民宿 恋われ荘
旅館から見える小川の風景やのどかな山間の景色は、まさにひなびた温泉旅館という言葉がぴったりだった。
夕日に照らされた川はキラキラと美しく輝いていて、早めに食事を済ませて、窓辺にあった椅子に座ってボーっと外を眺めていると、温泉旅行にでも来た気分になる。
これで、視界の端にガルクニコフの城が見えてなければ完全に勘違いをしているところだ。
梓さんと葵さんは、本部に着任と状況説明の報告があるため出かけている。
状況説明と今後の方針がわからないと俺たちは動けないので現状は部屋で待機するしかすることがない。
TVをつけても国営放送協会しか映らないし、携帯もキャリアによっては圏外になってしまう電波不毛地帯である。ここで時間をつぶすには、食事をするか、風呂に入るか、外の景色を見る事ぐらいしか無かった。
本当は散歩でもと思っていたが、一応待機中ではあるので、この旅館に誰もいなくなる事は避けたい。みんなで源泉かけ流しの風呂に入りに行くというイベントをこなせなかった店長はかなり残念そうだったが、遊びで来たわけでないので我慢してくださいと説得し、男性陣が先に食事をして、女性陣はお風呂に行ってもらったのだ。
ちなみに、俺と店長は相部屋である。隣は葵さんの部屋、その隣がビーニャと京子の相部屋、その隣が梓さんの部屋という感じだ。
「ねーねー!カードゲームやろうよ!」
先ほどまで、何とか電波が入る壁際で「ふぉぉおお!」と言いながら例のソシャゲをやっていた店長が、カバンを持ってきて言った。
「あれ?店長。ゲームはいいんですか?」
「いま充電中~。電波状況が悪くて、電池の減りが早くってさ」
「そうですか。俺なんか圏外ですから、もう電源切ってカバンに入れてますよ」
「キャリアの差が激しいからね。まあ、こんなこともあろうかと、僕はアナログなカードゲームを用意してたってわけさ」
店長はニヤリと笑いながら言った。
まあ、流石は店長と言ったところである。どうりで荷物が多いなと思った。
正直、高校の修学旅行以来だが、ブラックジャックでも、大富豪でも、一通り経験しているから大丈夫だろう。
「流石ですね。じゃあ、何します?定番の大富豪ですか?」
しかし、そんな話をすると、店長が怪訝な顔で聞き返してきた。
「大富豪?なんの話?僕は確かに人よりお金は持ってるとは思うけど、大富豪とか言えるほどは持って無いよ?」
「はぁ?」
なんだろう。いまいち噛みあわない。40代の人たちには大富豪以外の定番といえるゲームがあるのだろうか?それともカードゲームはフェイントで麻雀牌でも出てくるのだろうか?
「なんだかよくわからないけど、僕が持ってきたカードはこれだよ!」
そう言いながら、店長はカバンの中から大量のカードを取り出し、机の上にドン!と音がするぐらい勢いよく置いた。
それをみて、旅の疲れが3倍ぐらい増した気がした。
店長が机に置いたソレは、『ラブます。』のカードデッキだった。
『もののふ道』という会社が出しているそのカードゲームはさまざまなゲームやアニメとコラボしている事は何となく知っている。しかし、『ラブます。』バージョンがあることは今、初めて知った。
俺は半ば呆れながらも「……すいません、初めてやるんですけど」と店長に言った。
「そうなの?でも大丈夫!10デッキ作れるぐらい色々持ってきたから僕が手取り足取り教えてあげるよ!」
店長が目を輝かせながら詰め寄ってきた。
密室の中、逃げれない事を確信したので、不承不承ながらやることになった。
しかし、やってみると戦略性があって面白く、ハマるわけではないが楽しい時間は過ごせたので良しとしよう。
日が沈みかけるころ、浴衣を着たビーニャと京子が「お先に頂きました~♪」と声をかけてきた。
湯上りの火照った体に薄手の浴衣姿はちょっとドキドキする格好だった。しかし、浴衣なんてどこから持ってきたのだろうか?
「その浴衣どうしたんだ?」
「布団がある押入れの下の段にあったぞ?」
「勝手に使っていいの?」
「問題なかろう?せっかくの温泉の風呂上りに、洋服など風情がない。まあ、何か言われればクリーニングの費用を出せばいいだけの話だ」
「それもそうか」
京子の話はもっともだ。目的外で使用するならまだしも、本来の目的で使うのであればそこまで気にする事でもないか。
「しかし、内湯も広くて良いものであったが、露天風呂の存在があるとは盲点だった。明日、機会があれば入るとしよう」
京子が艶めかしげに首から滴る汗を拭きながら残念そうに言う。
「露天風呂?」
「ああ。内湯の掲示板に書いてあったが、ここから10分ほど山に入ると共同露天風呂があるそうだ。写真があったが、雄大な景色が広がっていて気持ちよさそうだったな」
「そうか……じゃあ、俺はそっちに入ってみるかな?」
「ずるいぞ!裕次郎……まあ、もう外は暗いし私たちは明日にでも入ればいいか。あとで感想でも聞かせてくれ」
「ああ。なにかあったらよろしく」
そう言って、部屋に戻り露天風呂に行く準備をする。
「店長!浴衣着ます?あと、俺は外の露天風呂に行こうと思うんですけど、一緒に行きます?」
「浴衣は着ようかな。でも露天風呂はいいや。ちょっと聞こえたけど山の中を少し歩くんでしょ?それだけで汗かいちゃうからお風呂入る意味ないもん」
「そうですか?じゃあ、俺一人で行ってきますんで何かあったらよろしくお願いします」
「おっけー!」
そうして、押入れの奥から浴衣を取り出し、服を脱ぐ。
そんな時、店長が背中を見て言ってきた。
「あれ?ユウくん。その背中にある模様、何?もしかして刺青?」
「へ?」
そんなもの入れた覚えはない。
確かめようと首を伸ばしたが、見えそうになかった。
「ちょっとまって。いま写真を撮るから」
そういうと、店長は携帯を持ってきて写真を撮ってくれた。
確認すると、肩甲骨より少し下あたりに魔方陣のような小さな模様が確かにあった。俺が使っている魔法術式ではないので何の魔法かはよくわからない。
「なんですか!?これ」
まったく身に覚えがなかったので、携帯を見ながら思わず叫んでしまった。
「……しー」
店長が真顔になり、静かにするようジェスチャーした。
思わず両手で口を塞ぎ、ウンウンと頷く。
ポケットスペースの魔法から、40センチぐらいの人形を取り出した。
店長は無言で俺の髪の毛を一本抜いて、人形に埋め込む。少し痛かったが、真剣な面持ちだったので邪魔してはいけないと思い、我慢した。そのあと、背中を向くようにジェスチャーされたので背中を向けた。
何かを魔方陣があったあたりにこすり付ける感じがする。
しばらくすると店長が「もういいよ」と言ったので向いた。
店長の持つ人形の背中には、先ほど写真で見た魔方陣が書かれていた。
「なんなんです?これ」
「これはね~。『身代わり人形』っていうアイテムで、本来はバッドステータスなんかの身代わりをさせるアイテムなんだ。応用として、諜報系の魔法なんかも身代わりできるようになってるの」
「諜報系?」
「たぶん。この魔方陣は諜報魔法じゃないかな?カンだけど。そしてこれをやったのはカース・オブ・マイハートだろうね、そんな気がする」
「えーー!じゃあ、今の会話も筒抜けって事ですか!?」
「今は大丈夫だよ。僕が持ってるこれはその強化版アイテムで、対諜報魔法を付与されてるヤツだから。これに移った時点で欺瞞情報を相手に送るし、会話内容とかもシャットアウトする便利なヤツ」
「良かった~……って!良くないじゃないですか!という事は、今までは情報が筒抜けだったって事ですか!?」
「そういう事だね」
「くそ~……いつの間に」
「たぶん最初の魔物の時じゃないかな?カース・オブ・マイハートが何処でどうやって魔法を使ったかは知らないけど」
「不覚だ~……魔法剣士として初歩中の初歩対策なのに」
「ここは異世界じゃないからね~。まあ、今後は気を付けた方がいいかも。僕も気を付けよ~っと」
「ありがとうございます。店長」
店長に深々と頭を下げて、浴衣に着替え、外の露天風呂に出かけた。




