新グルガストン城
竜神山は、この地域では比較的高い山で標高は2000メートルを少し超える山である。大学からは車を使って高速道路を走り2時間ぐらいという所にある。
噴火などの火山活動は無いが、一部山頂付近には硫黄がゴロゴロと転がっている入山規制地域があり、独特の匂いと煙を出している個所もある。
周囲はカルデラ地形になっていて、十二単地方といい、非常に多くの温泉が湧き出ることが有名である。地名の由来は、平安時代から湯治場として栄えていたからとか、山間の起伏にとんだ地形が、上から見たとき、平安時代の貴族衣装である五衣唐衣裳……通称十二単のように折り重なって見えたからとも言われている。
そんなところの端っこに目的地がある。
湯治場として有名な市街地から車で1時間近く走ったところ。
山の中の寂れた温泉街、裏山温泉と呼ばれているところだ。
寂れた温泉宿がポツンポツンと点在するだけの集落に報道各社が集まっていた。
原因は温泉街にある裏山と呼ばれている竜神山に連なる山の中腹にある、田舎に似つかわしくない西洋風の巨大な城のせいだ。
一夜にして現れたと言われているその城の主は『破壊王ガラクニコフ・ガランゲイマルク』という。
そう、俺らの中で噂になった、異世界でタイチコフに倒されたはずの魔物だ。
そんな魔物が、大学の試験中に現れた。
しかも、報道陣をその城に呼びつけて、声高々に『この地を統治する!』と一方的に言ってきたのだ。
「人間どもよ!俺様の前に跪け!そして、軍門に下るのだ……手始めにこの地域は俺様が統治する。抵抗するならするがいい!!俺様の力を存分に見せつけてくれよう!ハーハッハッハ!」
国もすぐさま対応し、対策をした。
しかし、そんな事件が起きて2週間が経つが、いまだに解決されていない。
それは、破壊王ガラクニコフ・ガランゲイマルクが強すぎるのだ。
ヤツの巨大な金棒が一振りされる度に、警察車両2~3台が宙を舞う。
その瞬間をTVで見たが、まるで映画のように見事な軌道を描いて吹っ飛んでいったのだ。
しかも、頼みのミスリル弾もまったく効かず跳ね返され、逆に配下の魔物の攻撃で重傷者がでる始末だった。トリックスターに登録された能力者も数人派遣されたが同じような末路を辿った。
それは、今まで相手にしていた魔物とは比べものにならないぐらい能力差がある上に、バルヒトニス級の魔物も多く付き従って、まるで精強な軍隊のごとく統率のとれた攻勢を仕掛けてきており、質、量ともに現行の警察組織では対応不可能だったからである。
現在は小康状態が続き、自衛隊の出動要請が検討されているらしい。
そんな中、俺、京子、店長、ビーニャ、の4人は葵さんの運転する車に乗っている。助手席にはまるで定位置だと言わんばかりにふんぞり返った梓さんもいる。
主な目的はガラクニコフの討伐。副目的はもちろん黒井 心を捕まえる事だ。
梓さんに事情を話して隣県の応援部隊として現地入りする手筈を整えた。
高速を降りて1時間。周囲は民家さえまばらな典型的な山の中の田舎の風景が広がっている。そんな道をしばらく行くと突然検問所が姿を現した。外を見回すと、規制線が張られ、警察官が24時間体制で温泉街に入る道をふさいでいた。
「お疲れ様です!」
窓を開け、葵さんが手帳を見せると外の警察官は敬礼をしてそう言った。
葵さんも「お疲れ様です」と言って窓を閉め、車を動かし、規制線の中に入って行った。
「ったくよ~。ホントにめんどくせ~ヤツ!」
梓さんは助手席で禁煙パイプをプラプラさせながら呟いた。
「しかし……弟さんが魔物側に居るなんて。主任も大変ですね?」
葵さんは苦笑いを浮かべて呟いた。
黒井 心が魔族側にいる件は、葵さんに話していなかったらしく、この道中、俺たちの会話からそのことがバレてしまい説明したのだった。
もちろん、内緒にしてもらう事には了承済みだ。
梓さんは「うるせ~!タチバカ!ちゃんと前見て運転しろ!」と強い口調で言った。
「しかし、なんで梓さんは葵さんに話していなかったのだ?」
京子が怪訝な顔で質問する。
「うるせー!うるせー!個人的な話だし、下手したら懲戒とか、そういうめんどくせぇ~大人の事情が絡んでくるから言ってなかったんだよ!わり~か!?」
京子はあまり納得している顔ではなかったが「まあ……そういう事情なら仕方ないか」と呟いた。
「しかし、行方不明だった心くんが戻ってきてくれれば……竜二さんも喜ぶでしょうね?」
葵さんがそういうと、梓さんの雰囲気が一気に険悪になった。
そして、インパネにヒビが入るぐらい思いっ切り蹴った。
「あ゛ぁ?いま竜二の話はすんじゃねぇよ。一言多いんだよ!このバカ。殺すぞ?」
あまりの迫力に思わず固唾を飲みこんだ。
「すっ!しゅいませ~ん!」
葵さんが泣きそうな声で謝罪した。
『なんだか理由がありそうな感じだが聞かないようにしよう』
周りのみんなと目を合わせ無言のまま苦笑いを浮かべながら思った。
「あっ!見てください!」
後ろの席で窓の外を指さしながらビーニャが叫んだ。
山の中腹、そこに噂の巨大な城が見えた。
「おぉ~。見覚えある。僕が攻め込んだ時とまったく同じ城だ!」
店長が窓にへばりついて言った。
城の周囲は、どんよりとした黒い雲が覆いおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。たぶん、何かしらの結界だろうと思う。
「あれが……破壊王ガラクニコフの居城」
「当時は確か『グルガストン』とか言ってたね。うん」
「……グルガストン」
思わず固唾を飲んだ。
「グルメだかガスバーナーだかなんか知らないけどさ……たいそうな名前だね~。まったく」
梓さんが禁煙パイプをカチカチしながら「ふぅ~」と溜息を付いた。
車は裏山にほど近い寂れた温泉旅館に着いた。
趣ある昔の建物で「民宿 恋われ荘」と梁のような太い木の板に白地で書いてあった。
「さあ、ついたついた。ガキじゃねーんだから言わなくてもわかると思うが、持ち主の人は避難してるからな?ここに泊まる間はもちろん自炊だし、掃除も洗濯も自分たちですること。物が壊れたら私か立花に報告すること。警察らが捜査協力名義で借りてるからね……わざと変な事するなよ?」
俺達は「は~い」と返事をして車を降り荷物を降ろし始めた。
☆ ☆ ☆
「カース・オブ・マイハート……お前、風呂に入ってこい」
金棒一振りで間違いなく殺されるほど実力差がある、ガラクニコフの言葉は絶対だが、その命令の意図がよくわからなかった。
何かの冗談かと思い顔を上げて顔色を窺うが、玉座にいる彼の顔はいたって真面目な顔つきだった。
なので、かしづいたまま思わず変な声が出てしまった。
「はっ!……はぁ?」
「何を変な顔をしている?人間は定期的に風呂に入るものだろう?」
「はぁ……たしかにそうですが」
おかしい。言っていることは確かにあっているのだが、なぜ今なんだろうか?異世界で数々の権力者と舌戦で渡り歩いた僕でも、こんなよくわからない命令を受けるのは初めてだ。
「おい……俺様が気を使って言ってやってるのに不服か?」
ガラクニコフがギリギリと歯ぎしりをしながら言ってきた。ヤバイ。これは怒っている兆候だ。
「いえっ!滅相もございません!ただ……」
「ただ?」
「その……なぜ、今そのような命令をされるのか、真意を測りかねまして」
ガラクニコフが「ふぅ~」と溜息を付きながら立ち上がる。そして窓辺から外を見ながら語った。
「お前……におうんだよ」
「は?……はぁーー!」
あまりの衝撃的な言葉に、恥ずかしくて顔が火照って変な声がでた。
「メスの人間の匂いがプンプンする。俺様の鼻がつまりそうなぐらいヤバいんだよ!ここまで言ったら俺の真意がわかるか!?」
思わず、自分の脇とかを嗅いでしまった。
ガラクニコフはイライラしていた。
「俺様は人間の匂いがだいっきれ~なんだ。特にお前のような発情したメスの人間みたいな匂いは気分が悪くなっちまう!お前の事情はだいたい知ってるがもう我慢ならねぇ……まだまだ奴らは来ないから今のうちに何とかしろ!じゃないと殺す!」
「はっ!も……申し訳ありません」
ヤバイ。そんなににおってるのか。確かに、ここに来てお風呂なんかしばらく入ってないもんな~。というか、この城、魔物用だから風呂とかないもんな。築城作業でいっぱい汗も掻いてるし、恥ずかしい……超絶、恥ずかしい。
「さっさと行け!もうすぐ日も暮れるからちょうど良いだろう?ついでにその甲冑も洗ってこい!」
「はっ!……では、僭越ながら行ってまいります」
逃げるように、玉座の間を後にして自室に戻った。そして、着替えを選びながら考える。
異世界から戻ってきたとき、あったのはこの漆黒の甲冑と、中に着ていたボロボロの木綿の服しかなかった。ここにあるボストンバック一つしかない自分の荷物は、最近ファストファッション最大手の『ウニクロ』で買った最低限の数の下着と服しかない。
とは言っても、もともと僕はオシャレとか興味ないので、これだけでも十分だ。
「下着と……寝間着だけでいいか。今、着てる甲冑は洗って乾かして、また魔法で収納しとくか」
『瞬間蒸着』と名付けた僕独自の変身魔法は、この漆黒の甲冑を魔法で作った亜空間に収納しておく収納魔法の応用だ。あまり物を収納することもできないし、特殊な亜空間の形成に割と魔力を使うが、緊急時に一瞬で着替えることができるし、何より特撮の変身シーンのようにカッコイイから僕はこの魔法をよく使う。
実用性とカッコよさ……僕の魔法はその点においては洗練されていると自負している。
コンビニで貰ったビニール袋に着替えを詰める。そんな動作をしていると、胸のあたりが苦しいことに気が付いた。思わず溜息がでる。
「はぁ~。最近また大きくなってきたしな。いつまでもサラシじゃキツくなってきた」
スポーツバックをあさり、まだ封も開けていない新品の下着を手に取った。
ソレをみて、思わず息をのんだ。
女性の胸部を支える唯一無二の下着、ソレとはいわゆるブラジャーである。よくわからないが、華美でない黒いスポーツブラを選んだ。下は普通の黒い男性用ボクサーパンツなのでよく見るとチグハグだが、まあ、外からは見えないのでこれでいいだろう。胸はしょうがないが、下まで女性物をつけるというのは精神上、非常に抵抗がある。
お店でそれを買うのは非常に勇気がいる行為だった。
今をもってしても、思い出すだけで心臓がドキドキしてくるし、耳のあたりまで真っ赤になっているとわかるぐらい顔が火照ってくる。
「……そういえば、風呂上りの姉さんはしてなかったなぁ。下だけ穿いて首からタオルかけてビール飲みながらウロウロしてたし。そういうもんなのか?」
少しだけ昔を思い出した。しかし、それに伴って自分自身の黒歴史が思い起こされ「しまった~!!」と口から言葉が勝手に出てきて、体がオタオタと動いてしまった。
『おちつけ!当時の僕は思春期真っ盛りの中学生!そんなオトコノコの前をデリカシーなくあんな格好でウロウロする方が悪いんだ!!そうだ!僕は悪くない!!それに、洗濯物を畳んでたんだから下着を触るぐらいしょうがないことだ!!……顔に近づけたのは誤解を生む原因だったと思うけど……いや、たしかあの時、少し糸のほつれが!……ほつれがあったはずなんだ!』
僕はいつの間にか床にしゃがみ込んでワナワナと震え頭を抱えながら、心の中で言い訳をしていた。
「えーい!何もかもこんな境遇になったのが悪いんだ!僕は悪くない!悪くなーい!」
少しだけ大きい声を出して、乱雑にブラを袋に入れる。
そして、警備の魔物に報告して逃げるように裏口から城を出た。
夕暮れの獣道を少しを歩くと、だんだんと冷静になってきた。
なので、少しだけ深呼吸して考える。
『というか、お風呂ってどこにあるんだろう?そういえばここは温泉街らしいし、少し麓に降りればあるんじゃないのか?』
僕は、こうしてタオルと着替えをもって、『新グルガストン城』を後にし、森の中に入って行った。
☆ ☆ ☆
カース・オブ・マイハートが出た後の新グルガストン城、玉座の間。
ガルクニコフの近くにいた魔将の一人が恭しく言葉を発した。
「ガラクニコフ様。協力者とは名ばかりの下郎が失礼しました。さっそくこの部屋を清掃させましょう」
魔将が手を上げ近くの兵を集めようとする。
しかし、ガラクニコフは玉座に座ったまま「せずともよい」と一言発した。
魔物達の動きが止まる。
「アレは方便だ。ヤツをこの城から追い出すためのな」
「なんと?そのようなお考えだったとは……御心を察することができず申し訳ありません」
「よい。もともと気にくわなかったのだ。ヤーベルが連れてきて、我らが神が承認したから今日まで使ってやったが、ことここに至っては不要な存在だ。今後を考えると邪魔になる恐れもある」
「流石はガラクニコフ様。賢明なご判断です」
魔将はかしづき敬意を示す。
「普通であれば喰らい、我らが生贄にでもするが……今までの功績に免じて追放で許してやろう。ここはヤツの故郷。放っておいても平気だろう」
「おぉ!なんと寛大なお裁き!ヤツも感激してむせび泣くでしょうな!」
「まあ、そういう訳だ。今後ヤツが戻ってきたらそう伝え、追い返せ!そして、もうすぐ決戦だ、準備を進めろ!」
「ハッ!」
魔物があわただしく動き始める。
ガラクニコフは玉座に肘をつき考える。
『嘘つき野郎の傍にいても使い倒されて朽ちるだけだ。願い叶わずとも、肉親のいるこの世界ならその体でも穏やかな余生が過ごせるだろう。人間どもに捕まり、説得されて戻れば御の字だが……帰ってくるだろうなぁ。そういう人生を過ごしてきたからな。難儀なヤツだ』
ガラクニコフは少しだけ溜息を零した。




