1章 エピローグ
特定害獣特別対策法が施行されて1週間は、まさに魔物祭りと呼ぶべき1週間だった。
報道各社の自粛要請が解除したこともあり、怒涛の勢いで情報が報道されるようになって、全国ニュースでも地方ニュースでも、何処でどういう魔物が現れ、誰が倒したというニュースが踊った。
大手検索サイトに『今年の流行語大賞にノミネートか!?』という記事が載るぐらい魔物に関する情報が溢れる様になったのだった。
しかし、そんな状態も長くは続かなかった。
目的も理由もわからないまま出現する魔物についての事象は結論が出ない上にTV等でコメントしづらく、また、トリックスター制度がうまく機能しており、人的被害は無いとは言えないが、限りなく0に近い状況だったため、次第に交通事故情報などと同列に扱われるようになった。
法律の施行から1か月が経つ頃には、世間一般では「魔物?ああ、そんな話もあったね?」というぐらいの感覚にまで落ち着いていた。
そして7月。
4週目が始まると、俺たちにとって最大の難関が立ちはだかる。
そう、前期テストの幕開けである。
土曜日から始まった直前のテスト対策の会場に選ばれたのはもちろん俺のアパートである。
しかし、先ほどから周りが……いや、一人だけ機関銃のように喋りまくる人間が居るため、京子以外は勉強がされど進んでいない。この部屋には3人しかいないはずなのに、非常に騒がしい。
「へ~~!この超絶食系男子がやっと気が付いたか!珍し~事も起こるもんだね~!キャハ!」
そう言ってケタケタと笑うこの女は、同級生である浅井 麻紀である。同じ大学ではなく、その近くにある看護師専門学校に通っている。
「うるさい麻紀。というか、なんでお前が居るんだ?テスト期間は一緒でも、俺たちは文系、お前は看護系だろ?全然違うじゃね~か!」
「え~!?いいじゃん、いいじゃん!ひっさしぶりに一緒に勉強しようよ~!!京子大先生に勉強教えてもらわなきゃいけないし~!」
「おいおい……いくら天才の京子でも、いきなり医学の勉強は教えられないんじゃないのか?」
そう言って京子の方を向くと、涼しい顔しながら語った。
「ああ、それなら一通り勉強したから大丈夫だと思う。先週、麻紀が私の寮にきて教科書を置いていってくれたからな。時間が足りず、予習が完璧でないのが心残りだが、だいたい覚えてきた」
「さっすが京子大先生!!頼りになる~~!」
思わず額を抑え「はぁ~」と溜息をついた。
「おい京子……お前、いいように使われてるぞ?」
「親友の頼みだ。そう邪険にするな。……まあそれに、こういう人間の体に関する書物というのは新鮮で非常に面白い!個人的には続きを早く読んでみたいものだ。頼むぞ、麻紀」
麻紀は笑いながら、調子よく敬礼して「ガッテンしょうち!」とほざいた。
思わず、また「はぁ~」と溜息が出た。
言い方は悪いが、麻紀は昔からこういう風に人を使うのが上手だ。しかも、なぜか相手が喜んで協力するような形になってしまうから性質が悪い。
「まあまあ、ユウも人のこと言えないんじゃないの~?大学の判定Fランクだったあんたが入試を突破できたのも、京子大先生のあっつ~い!熱血指導があったからこそじゃない!」
「ぐっ!」
ホントに痛いところついてくるヤツだ。
確かに、いま大学生活をエンジョイできているのは京子が、毎日、1日中勉強を見てくれたおかげに他ならない。
どの先生からも進路変更を進められていた俺を「大丈夫だ!私と一緒に勉強すれば問題ない!」と励まし続けてくれた京子がいなかったら今は無い。
しかし、それは俺だけに言えることではないと思う。
「ちょっとまて……それはお前にも言える話だ。色んな男と青春を謳歌しまくってたお前が京子に泣きついて一緒に勉強したからこそ、今の専門に入れたんだろ?」
「てへ♪ばれた~」
可愛らしくテヘペロをしながら誤魔化す麻紀。
「ま~~き~~~!」
怒りで我を忘れそうになった。
そんな俺たちをなだめたのは京子だった。
「まあお遊びもそれぐらいにしておけ……それに、私は3人で一緒に勉強していた時期は本当に楽しかったのだ。入試を突破するという同じ目的の為、共に助け合う友情。なんと、感動的だろう!その一助になれたことに充実感こそあったが、迷惑だなんて一度も思ったことはない。今も同じではないか?共に頑張ろう」
にこやかに、そして本当に嬉しそうに語る京子を見ると、怒りがストンと消えた。
「きゃ~~!さすが京子大先生!!惚れちゃうっ!結婚して~~!!」
そう叫んだ麻紀が、勉強中の京子に抱きついた。
「おいおい……麻紀ったら。まったくしょうがないヤツだ」
そういうと、優しく京子は笑った。
何とも変な光景だ。
思わず頬杖をついて、何となく窓から外を見た。
「ちょっとお腹すいた~!小倉トーストでもつ~くろっと!」
いつの間にか、勝手に台所に移動した麻紀が変なことを口走った。
「ちょっ!おま!」
しかし、俺の言葉を遮るように京子が先に語りだした。
「ああ。食パンだったら右の棚の中にある。たしか、粒あんも冷蔵庫の中にあったな。しかし……麻紀の作る小倉トーストは久しぶりに食べるな」
「なんで京子が知ってるんだよ!」
「なんでとは心外だ。6月以降、毎週のようにご相伴に与っているからではないか?」
「ヒューヒュー!ユウもやる~~!早く同棲しちゃえ!というか結婚しちゃえっ!」
「いい加減にしろよ……はぁ~」
頭が痛くなったので思わず頭を抱える。
「いいではないか裕次郎。もう勉強し始めて3時間は経つ。小休止が必要だ。休憩に甘いものは付き物。ちょうど良いではないか?」
「……家の主人に断りなく作られたものでなかったら文句は言わね~よ」
「うっさい!ユウ!こ~んな美少女二人と一緒に勉強できるだけでなく、手作りの食事まで食べれるんだから黙って座っとけ!」
「そうだぞ裕次郎。甘いものは心に安らぎを与えてくれる本当に素晴らしいものだ。麻紀の小倉トーストは、あのしゅわしゅわのピンクのめろんそ~だのように尊いのだ……じゅるり」
おいおい、京子……口からなんか垂れてるぞ?
というかなんだろうか、この噛みあわない会話は……しかも、俺が悪者だし。
どうにも勉強する気が失せてしまった。
なんてことない普通の日曜日。まるで、この世界に魔物なんていないのではないかと思われるような平凡な日常の風景だな。
ぼ~っと外を眺めていると、台所からパンの焼ける良い匂いと、「チンっ!」とトースターの、パンが焼けたことを知らせる音を聞こえた。
☆ ☆ ☆
この世界で新たに増えた犯罪がある。
それは、魔物を装った人間が行う強盗だ。
これは、警察関係の上層部が法案を国民に知らせることによって予期されるであろう懸念ではあったが、それが現実のものとなったのだった。
もちろん、警察関係は対応できるように準備はしていた。
しかし、全てを防ぐことは不可能だった。
温泉街が広がる山間を猛スピードで走る現金輸送車がいた。
あきらかに普通でないその車には、魔物と思しき人外と警備員が乗っている。
普通であれば、現金輸送車を襲った魔物が、その警備員を使って車を動かしているであろう状況だが、車内に緊張感は無い。
むしろ、ニヤニヤと笑っている。
「クックック……あーはっはっは!うまくいったぜ~~!」
堪えきれずに警備員の男が笑いながら叫んだ。
「ックク!ははは!これで大金持ちだ!ヒャッハー!」
魔物もこらえきれずに笑った。
そして、頭が取れる。
中からは仲間と思しき、無精髭の生えた若者が現れた。
「やっぱり内通者がいると楽だわ~。会社もサツからの指導で対策してるから困ってたんだ」
「だろ?さあ、こんな車、山ん中に捨てて金を分けようぜ!」
現金輸送車は人里離れた山奥に走る。
山奥の少し開けた平地。車はそこに止まった。
男達は車の中から現金を無造作に外に出す。
アタッシュケースの中には、札束がぎっしりと入っていた。
「ほほぉ~♪現ナマ!現ナマ!」
「おい!あんまり拝んでると日が暮れちまう!早くバックに分けて入れろ!」
男達は流れるような作業で現金をカバンに詰め込んでいた。
「はっ!どこの世界にも子悪党がいるもんだな?同族を騙して私腹を肥やすバカが!」
暗闇の中から声が響いた。
男達は即座に反応して、懐から拳銃を取り出し、辺りを見回しながら叫んだ。
「だっ!だれだ!?!?」
「サッ!サツか!?」
男達はひらけたところにジリジリと周りを見ながら移動する。
その瞬間、巨大な金棒によって現金輸送車が吹っ飛んだ。
キラキラと割れた窓ガラスが宙に舞う。車体の半分は金棒によって瞬時に潰され、豪快な音を立てて、周りに生えている木よりも高く飛んで行った。
男達はあっけにとられて固まった。
そして、森の奥から「うおぉおおおお!」と咆哮が聞こえ、地響きを立てながらその魔物は姿を現した。
破壊王ガルクニコフ・ガランゲイマルク。
深い森の暗闇から出てきたその姿は、まさに魔物の王であった。
その巨大で無慈悲な存在感は周りにいるすべての生物を委縮させる。
「けっ!弱そうな奴だ。大した生贄にはならんな」
4メートルを超える筋骨隆々で巨大な雄牛はつまらなそうに男達を値踏みした。
「ひぃやぁーーー!!!」
絶叫を上げた男の一人が、足を小鹿のようにプルプルと震わせながら拳銃を撃つ。
男達の唯一の対抗手段である。
しかし、残念なことに知識でもわかっているし、本能的にも通用するわけがないと知っていた。
だが、撃たざるをえない。
それ以外の選択肢はあの恐ろしい巨大な金棒で肉片になるということしか残っていないのだから。
「ブビャッ!」
一人の男が金棒の下敷きになり、一瞬で人間が発したとは思えない音を出しながら潰れた。
細かな肉片と血が飛び散り、人だった面影は一切ないペシャンコの肉の塊に変わった。
男がその瞬間を見ていた。
無言のままへたり込み、股間から液体を漏らした。
「魔物に襲われたから、あの飛んでった馬車で逃げてきたんだろう?それが本当になって良かったじゃないか。嘘吐きはこの世界じゃ酷い地獄に落ちるらしいぜ?まあ、盗みも立派な地獄行きだがな」
男が放心状態でガラクニコフを見上げる。
穴という穴から色々な液体を垂れ流し、非常に醜い顔だった。
「そんな醜い顔を向けるなよ?もっといたぶりたくなっちまう」
ガラクニコフは近寄り、顔を指ではじく。
男の顔が首から離れ、ボールのように回転して飛んでいった。
「あら?なんてこった。いたぶるつもりが殺しちまった。久しぶりに地上に出たから、力の加減が難しいな?」
ガラクニコフは呆れたようなジャスチャーをして、「はぁ~」と溜息をつきながら首を振った。
いつの間にか人間だった肉片の周りに魔物が集まる。
「お前ら……よわっちい、不味い生贄だが我慢してくれ。そして、俺様のために配下を呼び出せ!……この地に城を作る!さあ!さっさと動き出せ!」
「おーーーー!」
魔物は一斉に雄たけびを上げ、食べだした。
「……ガラクニコフ様」
いつの間にか後ろにかしづくカース・オブ・マイハートがいた。
「おう。準備はどうだ?」
「は!問題ありません。この示威行為はこの世界では絶大な効果を発揮します。あとは、タイチコフが現れるのを待つのみかと」
「そうか」
「では……私はそろそろ、ヤーベル様の元へ戻ります」
「まて、カース・オブ・マイハート」
「は?」
「もう少し付き合え。問題ないだろう?」
「はぁ……しかし」
なおも固持するカース・オブ・マイハートをギロリと睨むガラクニコフ。
「ひっ!」
「俺様の頼みが聞けないのか?」
「いえ……では、お供させていただきます」
カース・オブ・マイハートは恭しく頭を下げた。
ガラクニコフはカース・オブ・マイハートを無言で見つめた。
視線に気づき、顔を上げる。
「あの……なにか?」
「いや。なんでもねぇ。お前も城を作るのを手伝え。生贄が足りなくて配下が十分に集まらねぇ」
「はっ!承知しました!」
カース・オブ・マイハートは一礼し、魔物と共に闇に消えた。
『あの嘘つきの元に戻ってなんになるんだ?お前の願いは叶わないんだぞ?』
ガラクニコフは少しだけ同情した。
☆ ☆ ☆
数日後。温泉地に魔物が築城し占拠したという臨時ニュースが入る。
「人間ども!恐れおののけぇ!俺様は、破壊王ガラクニコフ・ガランゲイマルクだ!!」
報道陣を呼びつけ、声高々に宣言した魔物の王の名は全世界に轟いた。
全国ニュースはもちろんの事、臨時ニュースに流れるほどの衝撃が走った。
しかし、裕次郎たちはまだそのニュースを知らない。
「…………」
無言のまま、カリカリとシャープペンシルを走らせる裕次郎。
勉強会のおかげか、試験を順調に消化していた。
そんな時、カバンの奥底で「ブ~!ブ~!ブ~!………」と携帯のバイブレーションが鳴った。
しかし、裕次郎は試験に集中しているために気付いていない。
日常の終わり、法螺貝を吹き鳴らす音のような小さな振動音は静かに、確実に、裕次郎のカバンの中で鳴っていた。
第1章。ご覧いただきありがとうございました。




