警察署
警察署に出向くと、「特対課」という部署に案内された。特対課と書かれた部屋の前に簡易的な椅子が用意されており、あの報道を見て訪れたと思われる人が何人か座っていた。
「おー!裕次郎じゃん!昨日ぶり!」
座ろうとしたとき、禁煙パイプをプラプラさせながら歩いてきた梓さんに声をかけられた。
「こんにちは、梓さん」と挨拶すると、京子が驚いたような顔をして「……あの時の」と小さく呟いた。
「知り合いなの?」
そうなのかと思い、梓さんの顔を見るがキョトンとした顔をしている。どうも知り合いといったような感じではない。
「いっ!いや!ただ土曜日に竜宮の湯でお見かけしたっていうだけの話だ!知り合いなどと……めっそうもない!」
京子が慌てて否定をする。そして、「はぁ~」と一息ついて、梓さんに頭を下げた。
「昨日は、ご迷惑をかけたと聞きました。本当に申し訳ありません。私は大泉 京子と言います。以後、お見知りおきしていただければ幸いです」
京子がそういうと、梓さんは笑った。そして、握手をする。
「黒井 梓だ。迷惑なんてとんでもない。こちらこそ、できの悪い弟が変なことに巻き込んじゃったみたいでごめんね」
「幸いにして何事もなかったので気にしないでください。でも、その点……心さんについては少しお話させていただければと思っています」
「ああ、もちろんだ。ついでに言うと、今日のテレビは見たかい?」
「はい。『トリックスター』制度の事ですよね?」
「そうさ。裕次郎はもちろんだけど、他のみんなも登録に来たんだろ?」
「はい」
「よし。話ついでに書類も作るから、とりあえずそこの会議室に入ってて!」
梓さんは廊下の先にある会議室と書かれた部屋を指さした。
「わかりました」と返事をして会議室に向かった。
会議室はそこまで広くなく小会議室といった風だった。大人10人ぐらいが座れるようにコの字型に薄汚れた長机が配置されており、くたびれたパイプ椅子が並んでいた。
バン!と扉が開き、梓さんが紙の束を持って入ってきた。
「テキトーにそこれらへんに座って!ちょっと私は用事ができたから、待ってる間にこいつを書いてて!」
バサッ!と紙の束を置いて、忙しなく梓さんは出て行った。
紙には、さまざまな個人情報の他に、使用武器、魔法等の特殊スキルなど多岐にわたる詳細に書く欄があり、結構時間がかかった。
「この『トリックスターネーム』ってなんだろう?」
「ハンドルネームみたいな物なんじゃないですか?店長の場合だったらタイチコフでしょう?」
「ああ。そういう事か。じゃあ、ユウくんだったら、勇者ユウ?」
「さすがに自分で勇者って名乗れないでしょう?ユウでいいですよ」
そんなことを話ながら色々と書いていると、いつの間にか30分ぐらい経っていた。
会議室のドアが開き、梓さんが入ってくる。
「書けた~?お前らのエモノ……使用する武器を写真に撮るからちょっと出して」
俺たちは「は~い」と言って、それぞれの武器を机の上に出す。
しかし、梓さんは腕を組んだまま動かなかった。
「どうしたんです?」
「部下がカメラを持ってくる手筈なんだが……おせぇ~」
禁煙パイプをカチカチ鳴らせている。たぶんイライラしているのだろう。
すると、会議室のドアがノックされた。
梓さんがすかさずドアを開けて外に出た。
「?」
会議室のドアは薄くて、外に居る梓さんと部下の声がよく聞こえた。
「コルァ~!タチバカァ!遅せ~んだよ!」
「ひぇ~!すっ!すいませ~ん!」
「謝って済むなら警察はいらね~んだよ!ボケッ!」
そう言ったやり取りの後「パーン!」と見事にお尻を蹴りあげたような音が聞こえた。
会議室のドアが開き、二人が入ってくる。
満足したような顔の梓さんと、苦笑いを浮かべてお尻をさする、カメラを持った男性がそこに居た。
「こいつは立花 葵っていう私の部下だ。よろしく」
俺たちは葵さんに軽く自己紹介をした。
葵さんは、一人一人に丁寧に自己紹介をした後、テキパキと写真を撮って、特徴を書類に書いていた。しかし、ことあるごとにお尻を擦っている。
『まあ、うん。やっぱり、見た目通りの性格だな……梓さん。その部下っていうのも大変だな。真面目そうなのに……可哀そう』
葵さんに同情した。
その後、テキパキと仕事をこなした葵さんは書類をもって外に出た。みんなが武器をなおしていると、自販機で買ってきたであろうお茶を持ってきてみんなに配っていった。
「あっ!ありがとうございます。わざわざすいません」
「いえ。これも本官の勤めですので……主任とゆっくりお話しください」
葵さんは全員に配り終わると、一礼して外に出た。
「立花さんっていい人ですね?仕事も手際がいいし」
「ああいう事務仕事は任せられんだけどなぁ……残念ながら本筋の仕事じゃない。ヤツはまだまだ場数が足らね~んだよ。厳しく教えてやらなきゃならねぇ~……めんどくせぇけどよ」
言葉では文句を言っているが、梓さんの口元は少しだけ笑っていた。その様子に葵さんを信頼している感じが伝わってきた。
各々が長机に座った。
そして、さっそく質問した。
「梓さん。カース・オブ・マイハートは本当に黒井 心……弟さんなんですか?」
「裕次郎。あんたも聞いただろ?ヤツは私の事を『姉さん』と言ったんだ。それに、あの顔に髪型に背格好。そして、何とか病特有の眼帯に口調にポーズ……間違いなく私の知ってる心に間違いない」
「しかし……なんで、魔物側についているんだろう?闇世界の調整者だなんて言ってたし」
「異世界に行ったと仮定するなら……まあ、昔からそれっぽい感じのキャラクターが好きだったから、そういう設定の世界に行ったっていう事じゃないのか?だから、暗黒騎士なんて変な肩書をもってるんだろう?」
「う~ん」
腕を組み、考える。なんというか、それにしては根拠が弱い気がしてならない。なにか別の……肉親である実の姉の元に戻れない理由があるような気がする。
みんなが言葉に詰まっていると、京子が手を上げ話はじめた。
「……話は変わるのだが、梓さんは心の事を弟と言っているがそれは本当なのか?」
「ヤツは女の子みたいな顔つきだが、ちゃ~んとアレはついてるよ。小学校3年生まで一緒に風呂に入ってたんだから間違いないよ」
「ニシシ!」と笑いながら梓さんはおどけて言う。
京子は思わず驚き、顔を赤くした。
「ばっ!?馬鹿を言っている場合か!……しかしだな、私は間近で見たが、どうもそうは思えない。胸のふくらみもあったように思うし……なにより、声が女性特有の物だ。男性があのような声を出すのは難しいと思う」
「それは私も思った。3年ほどヤツの声は聴いていないんだけど…あんな声じゃなかった気がする」
「声なんかは魔法で偽装することもできるけど、バレてるのにそんなことする必要もないし。う~ん」
「あ~!ホント異世界とか、魔法とかめんどくせぇなぁ!わけわかんねーぜ。……ところでさあ、お前らはなんでこの世界に戻ってきたんだ?」
「俺は、異世界の魔王を倒したら戻ってきました」
「ぼっ!僕は!……諸事情で」
「曽祖父の場合だと、裕次郎と同じ理由だな。現地を苦しめていた魔物を討ち滅ぼし、この七色刀を持ち帰ったと聞いている」
「ふ~ん……まあ、何かしら向こうの世界で事を成し遂げたって感じか。という事は、ヤツもなんか成し遂げて帰ってきたのかなぁ?出ていく前は引きこもりだったのになぁ」
「そうだったんですか?」
「ああ、小学校高学年ぐらいからいじめが酷くなってね。あの名前に、あの言動だろ?おまけに小さくて非力だったからさ……でも、アイツはプライドが高くてねぇ~『僕は群れない……それは、孤高の存在だからだ!』とかポーズ決めて言ってきやがるんだ。ホントに病気だよ。びょーき!」
少しだけ「ハハ!」と乾いた笑いをした。そして、天井の方を見つめながら口元の禁煙パイプを煙草のように持ちながら口から離して、寂しく言った。
「でもなぁ……アイツは優しいんだよ。張り込みなんかで何日も家を留守にする私を心配してくれたり。家に居る時なんかは気を使って料理とか作ってくれたり。両親を早くに亡くしちまって、色々と思うところもあっただろうにさ」
「お姉さん想いのいい弟さんだったんですね?」
「ああ。結局は学校もいけなくなっちまったが、家でコツコツ勉強してたり、強くなりたいって言ってたから私が空手教えたりしてたのに……3年前、こつ然と姿が消えちまった。私はてっきり犯罪集団が連れてったんだろうと思ってたんだが……」
「異世界に行っていたと?」
「ああ。たぶんな。あんななりで帰ってきたんだからそう考えるのが普通だろ?カース・オブ・マイハートだなんて大層な名前までつけてさ」
「カース・オブ・マイハート……無理やり意訳すれば、『我が心の呪い』とでも言うのだろうか?心の闇か?……黒い…心?そうか!?自分の名前からか!?」
京子が閃いたかのように手を打って、言った。
「なるほど……そういう感じか」
京子の推理に思わず納得してしまった。
「とにかく……あの感じ。アイツは間違いなく私たちの敵側だ。理由はわからね~が京子のその七色刀?だっけ?をつけ狙ってるのは確かだ。ヤツは刀を奪えず、逃げた。という事は、またお前らに接触する可能性が非常に高い。愚弟が本当に迷惑をかける。でも……できれば、殺さないでほしい」
梓さんは机に手をついて、頭を天板すれすれまで下げた。
「殺すだなんて……もちろん、そんなつもりはない。安心して欲しい」
京子が恐縮してそう言った。俺も含めたみんなその考えのようで、無言で頷いた。梓さんはゆっくり頭を上げる。
「でも……特定害獣として広く認知されちまったらそうはいかねぇ。現場の行動指針では、人的被害が出る前に射殺が基本だからな……たとえ人間の形をしてても、可能性はある」
「そんな!?」
「だから……頼む!捕まえてくれだなんて迷惑は言わねぇ!次にヤツに会ったときは、私が来るまで引き付けてくれないか?」
「梓さん。そんな水臭いこと言わずに、協力して早急に捕まえましょう?こちらとしても京子の七色刀をつけ狙う理由もわかりますし、背後関係もハッキリします。いかがでしょう?」
ビーニャが優しい声音で提案する。
店長や京子、もちろん俺も賛成なので、アイコンタクトをとって頷いた。
「そうしましょう!俺らもカース・オブ・マイハート……黒井 心を捕まえるのに協力します。一緒にやりましょう!」
「すまない……そう言ってもらえると、非常に助かる」
梓さんはまた頭を下げた。
その後、お互いの連絡先などの情報交換をして、書類を書き終えた俺たちは警察署を後にした。




