法律って説明するとめんどくさい
店長の家は見事なペントハウスだった。
10階建てのビルの上3階すべてが家なのである。
主に使っているのは最上階である10階と、9階の部分で、リビングとお客様用のゲストルームがある。中央には巨大な液晶テレビ。奥にはアイランド型の台所が鎮座していた。ちなみに、10階の半分は9階から吹き抜けになっており、螺旋階段でうえに上がれるようになっている。
まるで、海外ドラマに出てくる風景そのものだった。
玄関で呆気に取られていると、先に入った店長が声をかけてきた。
「どうしたの?なに驚いてんの?」
「いや……普通、驚くでしょ?なんなんですか?この家」
しかし、驚いているのは俺だけのようだ。
「ふむ。西洋風のなかなか良い間取りだな。調度品の数々も値が張るものばかりだ……あのシルクのペルシャ絨毯なんか手織りで特に素晴らしい物だな」
京子は玄関で涼しい顔をしながら言った。
よくよく考えれば、この二人はお金持ちだったのをすっかり忘れていた。ここではこれぐらいで驚く小庶民的な感覚の人間は俺だけなのだ。
「さすが京子ちゃん!よくわかってる~~!さあさあ!上がってよ!」
「お邪魔します」
俺たちはそう言って、リビングの無駄に広いソファに座った。
すると、すぐに奥の台所からビーニャさんが飲み物を持ってきた。
「いらっしゃい!京子、ユウさん!」
ビーニャの声を聴いた京子が笑いながら立ち上がった
「ああ、ビーニャ。一昨日ぶりだな……とは言っても、私が意識を失ってる間に世話になったらしいので、昨日ぶりか?迷惑をかけたみたいで申し訳ない」
「そんな気になさらないで?私たちは仲間でありお友達なんですもの!」
「かたじけない。そう言ってもらえると助かる」
京子は深々と頭を下げた。
「あのさ……二人はいつの間にファーストネームで呼び合う仲になったの?」
「ん?売店でお土産物を見ていた時くらいかな?」
「私が提案したんですの!同い年ですし、お友達なんですもの!さん付けなんて他人行儀ですわ」
「それもそうか……そういえば、同い年なんだっけ?俺ら」
「そうだぞ?今頃気づいたのか?」
「……ああ」と口から漏らし、二人の姿を見ながら腕を組み、考える。
同じ年月でなぜこうも体型が違うのだろうか?
別に胸とか様々ところが発育が良いから偉いということは思っていないのだが、あまりに違いすぎる。
お互いタイプの違う美人であるのは間違いはない。ただ……こうも差があると同い年には見えなかった。
「なんだろうなぁ?裕次郎の視線に悪意が感じられるぞ?」
京子は笑いながら、額に青筋を浮かべ、頬をピクピクさせながら言ってきた。
なにやら、後ろから殺意の波動も見える。
あわてて腕組を外して「いや!あのテレビがデカくて何型だろうなぁ?って思ってただけだよ!ホント!」とごまかした。
「苦しい言い訳だな……まったく!」
京子は頬を膨らませ、プイっと違う方向を向く。
ちょうど店長がテレビをつけて話し始めた。
「これは100インチだよ~!もちろん8K!ピッカピカの新製品で、外商に頼んで買ったんだよ~!」
「でも店長。わざわざ液晶じゃなくてもプロジェクションとかならもっと大きく見れるんじゃないですか?」
「ん?シアタールームなら別にあるよ?それに日常使いは普通のテレビの方が楽だから」
「でも大きいほうが良いんですね?」
「あったりまえじゃん!大きいことは良いことだよ?僕の家電選びのポイントは、最新!最大!最高級!だからね?」
「はぁ~……羨ましいですね?」
「これも異世界様様だよ~……おっと、何か始まるよ?」
テレビではなぜか国会中継が始まった。
時刻は11時半を少し過ぎたころ合いだ。普通なら最新ニュースや、お昼のワイドショーがあるはずだが、今日はどのチャンネルに合わせても国会中継のようだった。
「なんだか貴族には見えませんわ……もしかして代議士制?」
ビーニャの質問に京子が得意げに語りだした。
「そうだ。ここにいる人たちはすべて選挙で国民に選ばれた代表だ」
「やっぱり……“びじねすすーつ”っていうんでしたっけ?そういう服装ばかりだから……貴族だったらもっと着飾ってますわ。うちの貴族院がそうですから」
「こっちでは貴族院があるイギリスでも今はスーツだからな。これがこの世界のスタンダードだ」
「ふ~ん……ところで、これは何の話し合いですの?」
「法案だろうと思う……察するに、議論は終わり、決をとっているところだ。だいたいテロップで書いてあると思うのだが……ああ、あった。『特定害獣特別対策法案(とくていがいじゅうとくべつたいさくほうあん)採決中』と書いてあるぞ」
テレビが大きすぎるので、右上に表示されているテロップが見えにくいが、確かにそう書いてあった。聞いたことがない語句だったので京子に聞いてみる。
「特定害獣ってなんだ?」
「さあ?……まあ、全チャンネルがこの事を報じているということはよほど重要な法案なのだろう」
しばらくして、採決も終わり、議長が淡々とした口調で語りだす。
「……賛成多数。よって、本法案は可決。成立しました」
割れんばかりの拍手とフラッシュ中、首相らしき人と、担当大臣らしき人が立ち上がり、お辞儀をする。
首相らしき人はえらく若かった。
「知らなかったんだけど、えらく若い人が首相やってるんだな?」
「実際若いぞ?まだ42だったはずだ。28歳で初当選した直後からメキメキ頭角を現した秀才だと聞いている。外交、農林水産、経済、財務の各大臣を歴任し、現在の空前の好景気を生み出した凄腕国会議員とのもっぱらの評判で、他の大物国会議員を追い抜き、昨年、最年少で総理大臣になった強者だ。というか、自分の国の首長だぞ?知っとくべきだろう?」
「受験とか忙しかったからニュースとか全然見てないもん。……しかし、なんだその完璧超人的プロフィール。なんかのチートかな?って疑っちゃうほどすげ~な」
「確かにな……人間性も温和ながら決断力があり、知的とのもっぱらの評判だ。まあ、どのテレビ報道や新聞や週刊誌までも絶賛の記事しか書いてないのがなにやら胡散臭いが、とにかく支持率、人気ともに最高の国会議員だ」
「ふ~ん」
テレビの中の首相はにこやかに笑っていた。
しばらくすると、映像が切り替わり、内閣府と書かれた演台が映し出された。
よく政府の記者発表するところだ。
そこに、内閣官房長官らしき人が入ってくる。
テレビの中では一斉にフラッシュがたかれ、カシャカシャと音が鳴っていた。
官房長官は演台で一礼し、持ってきた書類を読みだした。
「え~……先ほど、特定害獣特別対策法案が可決、成立しました。本法案は、国民の生命財産に重篤な侵害がある恐れがあるため、法律の公布日である本日から施行します。また、関連する刑法並びに関係各法なども改正され、同様に即日施行となります」
記者の一人から「特定害獣についてもう一度確認をお願いします!」という質問が飛んだ。
「え~……本法案の特定害獣とは『何らかの目的を持ち、意図的に国民生命財産を犯す生物』と規定されています。その他には、『特殊遮断幕をもって通常武器が効かない、もしくは効きづらい生物』という規定もあります。……有り体に言えば世間で言われている、魔法的な物を使う『魔物』と言われている生命体のことです」
『魔物』という言葉が出た瞬間、フラッシュとカメラの音が響く。
「お!当たった!やっぱり魔物のことじゃん!」
店長は予想が当たってテレビの前で嬉しそうに言った。
テレビでは「なぜ今なのですか?もっと前から情報があったのではないのですか?」と質問が飛んだ。
「え~~……この特定害獣につきましては、半年前から世界中で目撃されるようになったことは事実ですし、わが国でも同時期に確認されてます。しかし、発生原因、目的、その他さまざまなことがわからない状態ではありますので、国民にあらぬ混乱と誤解を生まないよう、報道関係各位には自粛をお願いしてまいりました。この措置に関しては、同様の被害を受けている関係各国も同様に対処しているので問題は無いと政府は考えています」
テレビでは「では、目的が分からない相手に対してどう対処するのですか?」と質問が飛ぶ。
「え~~~……まず、警察力の強化が第一です。特殊遮断幕を突破する強力な兵器の携行だけでなく、現場の判断で力を行使できる柔軟な武器使用規定の関連法案を改正いたしました。あと、『トリックスター』制度の創設です」
官房長官は用意されていたテロップを見せながら続ける。
「研究機関からの報告では、民間人の中にも、特定害獣に対抗できる『能力を持つ人』もしくは『武器』があることが確認されています。現状の警察力では同時に全ての早急な対応は難しく、民間のそういう人に協力を仰ぎ、対処するという方法です。具体的には最寄りの警察署で『トリックスター』として委任し、警察機関と協力して特定害獣に対処してもらう手はずです」
テレビの中では記者たちがザワザワと騒ぎ出した。
内閣官房長官は淡々と説明する。
「え~、特定害獣……いわゆる魔物は昨今凶暴化しており、昨日も大量発生したと報告がありました。これは関係各国も同様であり、人的被害が拡大する前に国や民間の力など協力して動員し対応しようというのが本法案の骨子であります。また国際協調スキームでもあり、各国も同様の法案を審議中です。国民の皆様におかれましては無用な混乱を生まないようご協力をお願すると共に、能力のある人、もしくは武器を持つ人はお近くの警察署に出向いていただき、『トリックスター』として委任され、警察と協力して少しでも被害が少なくなるようご協力をお願いしたいと思い、関係各位に通知させていただきました。よろしくお願いします」
内閣官房長官が深々と頭を下げる。
テレビの中では様々な質問が飛んでいるが、そんな中、俺たちは顔を見合わせた。
「なんだか難解な言葉でよくわからないな~」
店長が下あごをぷにぷに触りながら呟く。
「要するに、国だけじゃ魔物に対処できないから、力のある冒険者である私たちに“けいさつしょ”っていうギルドに登録して、ほかの人と協力して魔物退治のクエストしなさいって事じゃないですか?お父さま?」
「なるほど!」
店長は納得したのか閃いたように手を打った。
「梓さんが言ってたのは、これのことだったのか……」
「みたいですね。どうします?」
「う~ん。魔物側……特にカース・オブ・マイハートから名指しされているから、何もしなくても危険はあるし、『トリックスター』とやらに委任されれば、大手をふるって戦えるわけだから、やるしかないんじゃないかな?」
「そうだな……裕次郎の意見に私は賛成だ。店長はどうだ?」
「僕?僕はもちろんやるよ!だって面白そうじゃん?」
「決まりだ!じゃあ、今から梓さんのところに行こう!」
立った瞬間、おなかが「ぐ~」となった。
恥ずかしくて思わず固まり、顔が火照ってきた。
すると、ビーニャが待ってましたと言わんばかりのとびきりの笑顔で立ち上がる。
「皆様……善は急げと焦る気持ちはわかりますが、もうお昼のいい時間ですのでお食事にしませんか?」
「さんせ~い!」
店長は叫んだ。
俺や京子も顔を見合わせて頷く。
「私が腕によりをかけて作りましたのでどうぞ召し上がってください!」
ビーニャはとびきりの笑顔を振りまきながら台所に急いだ。
こうして、豪勢な昼食をいただいた俺らは梓さんの待つ警察署へと向かった。




