月曜日
月曜日。
朝一で全授業の休講と政府広報を見るようにとの連絡がメールで届ていた。
授業は2限からだったので、ゆっくりと起きてそのメールを見た時にはおもわず「よし!」と小さくガッツポーズした。
そんな時、店長から着信が入った。
「もっしー?ユウくん?今日暇でしょ?うちに遊びに来ない?もちろん京子ちゃんも連れてさぁ」
「店長……いったい朝からどうしたんですか?」
「ちょっと小耳にはさんだんだけど、僕の言ってたとおり、政府広報がらみで今日はお休みでしょ?だから、今日は暇でしょ?」
「まあ、確かにそうですけど。でも、それと店長の家に遊びに行くことに何の関連があるんですか?しかも、京子まで連れて」
「だって気にならない?政府広報が僕の言ってた『魔物』がらみの話かどうかってこと。あの美人警察官もそんな感じの事言ってたし、どうせ暇なら一緒に見ようよ?ほら、仲間なんだし!それに、京子ちゃんの件について娘が聞きたがってるし」
そのことを聞いて昨日のことを思い出した。
京子についての件……それは、水神公園で魔将バルヒトニスを屠った後の事である。
倒した後、水神公園に店長とビーニャさんが駆けつけてくれたので、梓さんを含めた4人で京子を茨の十字架から助けた。
しかし、一息つく間もなく水神公園には赤色灯を灯した警察車両が集まってきた。
「おい。裕次郎らはこの娘を連れて、早くこの場から離れろ」
梓さんは遠くの赤色灯を見ながら言った。
「え?何でです?普通、事情聴取とか話を聞かれるんじゃないんですか?」
「それがめんどいから言ってるんだよ!……お前の武器は残念ながら今の法律に引っかかるし、今はこういう類の事案は根掘り葉掘り聞くようになってるから、事情聴取も2~3日かかっちまうんだよ。まあ、月曜日以降だったら大丈夫だろうけどさ」
「月曜日?」
「ああ。詳しくは話す時間はない。ここは私がうまく言っとくから。まあ、お前が倒したばるひとにす?だっけか……私が殺ったて事にするけど、いいね?」
「ええ……かまいませんけど」
「また今度。ゆっくりお前たちの話を聞かせてくれよ。心の事についてもな?」
「はい……じゃあ、連絡先でも…」
「どうせ、月曜日以降は嫌でも私の所に来ないといけない手はずになってんだから、そんなのあとあと!さあ、早く行け!」
「はぁ……」
そう言って、梓さんと別れて、俺たちはタクシーで水神公園を後にした。
タクシーの中で、ビーニャさんは俺に強い口調で言った。
「では、京子さんはユウさんが介抱するってことで良いですね?」
「え!?」
「あたりまえでしょう?原因はユウさんなんですから?」
「でも、女性を男性の家に連れ込むというのは……」
「ユウさんが京子さんに悪さなんかできるはずがありません。それができるなら、今頃こんなことにはなってないはずです」
数日前にあった人間に断言されてしまった。
呆気に取られていると、助手席に乗っていた店長が笑い出した。
「あっはっは!残念だねユウくん。娘は言い出したら聞かないから京子ちゃんを介抱するしかないよ?……それに、早く話し合って仲直りしたほうがいいと僕も思う」
「そうですわ!流石はお父さま。女心はお手の物ですわ!それに比べて、ユウさんは駄目のダメダメです!」
「は……はぁ」
「仲直りしないと仲間失格です!当然、バイトもクビにします。」
「えーーー!」
困る。非常に困る。あの超優良労働環境がなくなると思うと、来月からの財布が大変なことになってしまう!……というか、なぜビーニャさんがお店の人事まで口出しするのだろうか?
「困るよ~!バイト人員はカツカツなんだから~~!辞めないでくれよ~~!ほら!ユウくんもさ!諦めて介抱してよ!!仲直りしてよ~~!!」
店長は本当に困ったように懇願する。というか、店長兼オーナーはあんたじゃないのか?
「はぁ~」と小さく溜息をついた。
そういうやり取りがあり、京子はうちで介抱し、話し合いをしたのだが……あんなことを言われるとは思わなかった。
「……お前が私に振り向くように精一杯努力をするとしよう」
京子の口から出てきた言葉は、エルから奪うという宣戦布告宣言だった。
そこまで想われている事に対して、少しだけ気恥ずかしさと嬉しさを感じなくもないが、問題はそこではない。
エルも京子も頑固で自尊心が強い。会えば一触即発の戦争状態に突入するだろう。
それが自分の蒔いた種とはいえ、できればそうなってほしくないし、身勝手だとは思うが、知り合う機会があったとしたら、仲良くいしてもらいたいとも思う。
京子とは和解できたと思うが、同時にそういう心配事は増えた。
異世界への移動方法の確立というプレッシャーなんか小さいことだといわんばかりのストレスに思わず溜息が出た。
そこまで考えが至ると、電話機から「ねーねー、どうするの?来るの?来ないの?」と店長の声が聞こえた。
『まあ、今は目の前のことを確実にこなしていかないとな。重要な政府広報というのも確かに気になるし、魔物がらみであれば京子も関係してくるし……』
そう思ったので「わかりました。京子と合流したら伺います」と言った。
「りょーかい!合流出来たら、メールでもしてコンビニに来てよ?そこの上が僕の家だからさ。よろしくー!」
店長の電話はそれで切れた。
☆ ☆ ☆
合流し、コンビニ向かう道すがら、京子は授業が受けれなかったことが非常に残念らしく、盛大に溜息をつきながら愚痴をこぼす。
「は~……休講とは実に残念だ。私は毎週月曜日の『刑法総論』の授業を非常に楽しみにしていたのだ。なんということだ」
「そんなに授業って楽しいか?」
「ああ!もちろんだ!裕次郎はそうではないのか?」
「ぜ~んぜん。専門的過ぎてついていくのがやっとだよ」
「その専門性が良いのではないか?新しい知識を得るというのは非常に楽しいことだと私は思うぞ」
にこやかに語りかけてくる京子。
授業の類は一切楽しいと思ったことがないのでよくわからない感覚だ。
だから、少しだけ苦笑いを浮かべる。
「さすがは3年間学年トップだった人のいう事は違うねぇ」
「茶化すな、裕次郎。お前も異世界カミオンで魔法の知識などを享受してもらっていた時は楽しかったのだろう?」
そう言われてみれば楽しかった気もするが……つらいこともたくさんあった。
でも、生きるために必要な知識だったし、できた時の達成感がハンパなかったので続けることができたと思う。しかし、それと大学の授業となんの関係があるのだろうか?
「まあ……でも、それはゲームみたいな感覚だったから」
「それと同じだ。体系的に知識を授けてもらい、現実で行使することに変わりはない。大学の専門的な授業は魔法のように目で見えるものではないが、確実に社会で適用されている知識だ。将来どのタイミングでその知識を行使する場面に出くわすとも限らんぞ?」
実感はわかないがそんなものなのだろうか?
しかし、京子の法学部については何となくそれはわかる。特に京子は法曹職を目指しているので司法試験を突破するためにはこういう授業は必要なのだから。
だが、俺は別だ。学芸員や先生でもならない限り知識は使うことは少ない学科にいる。だから、溜息交じりに呟いた。
「そんな時は来るのかねぇ?」
「そう思ったからこそ、お前はこの大学の在籍する学科を選んだのだろう?」
「東と西の2大旧帝に合格圏内だったお前と一緒にするなって。俺の偏差値じゃ最高でここしか受からなかったからここに来たまでだ」
「それは非常に受動的な動機だな。しかしだ、ものの捉え方など考え方次第だ。今からでもその専門的授業に興味を持てば気持ちも切り替わると思うぞ?魔法の知識を得ようとした時のようにな?」
「はいはい……まったく、バロンメイヤー導師のような事をいうやつだな」
「バロンメイヤー?ああ、確かお前が言っていた魔法の師匠だったな?」
「そうそう……話が長い、魔法の専門家」
「……仮にも師匠になんという言い草だ。呆れてものが言えん」
「本人が自己紹介する時に自分で言ってるんだって!まあ、否定はしないけど」
「はは!面白いな。会えるものなら会ってみたいものだ……話が合いそうだ」
「まあ……たしかにな。古今東西あらゆる魔法に精通してる人だから知識はすごい。京子だったら聞いてて飽きないと思う」
「そうかそうか!それは楽しみだ。エル・ファシル・リゼルランと会うことと同じぐらい楽しみだな!はは!」
京子は非常に楽しそうに笑った。
対して、俺はその言葉のストレスに頭が痛くなったかのように感じ、少しだけ頭を手で支える。
そんな雑談をしていると、コンビニが見えてきた。
段ボールで書かれた『火よう日まで、りんじきゅーぎょー』という看板の前で手を振っている。
「いらっしゃーい!さあ!あがってあがって!娘もうえで待ってるから!」
店長はそう、にこやかに話しながら誘う。
「ん?店長。そういえば若い女の子の前じゃ固まっちゃうんじゃなかったんですか?なんだか京子の前でも平然としていますが……大丈夫です?」
「ああ。昨日、娘と特訓してね……なんとか固まることはなくなったよ!相変わらず震えは止まらないんだけど、近くで話すぐらいなら我慢できるようになったんだ」
「へぇ~。それはすごいですね」
「ほんと大変だったよ!鞭とかロウソクとか……いまだに背中がヒリヒリ痛いけど、僕は娘のために頑張るよ!」
「……へぇ~」
なんとも相変わらずである。京子は訳が分からないのかキョトンとしている。
「ま……まあ、とりあえず上がらせていただいていいですか?」
この話はスルーしたほうが賢明だ。じゃないと大変なことになる予感しかしない。
「どうぞどうぞ!こっちの専用エレベーターから入るんだよ!」
そうにこやかに言って歩き出した。
先を行く店長の首のあたりをよく見ると、荒縄で縛られたような跡が見えた。
『やっぱりこの親子は……なんなんだろうか?』
心の中で、せっかく上がった店長たちへの好感度が一気にダダ下がりした効果音が響いた。




