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宣言

 目を開けると、見たことのある風景が見えた。

 ここはどうやら裕次郎のアパートらしい。


 茜色の光が強い。朝……いや、外の騒がしさから夕方だろう。


 キッチンの方から何やら料理をする音がする。

 食欲をそそるソースのような匂い。


 それは、いつか裕次郎に食べてみたいと語った食べ物の匂いを思い出す。


「ああ……そうだ、確か花火大会に行ったら、私は露店で焼きそばが食べたいと言ったのだったな」


 高校2年生の時の淡い……そして、叶えられなかった思い出。

 少しだけセンチメンタルな思い出を考えていたら、どうしてこんな状態になったのかをだんだんと思い出してきた。


 体は非常に怠かったが、上半身を必死に起こす。

 服装は黒井 心という変な女に襲われた時と同じだった。


「おっ!起きたか!いま軽くメシ作ってるから少し待ってて!」


 裕次郎が気付き、さも何事もなかったかのようにそう言った。


「……うん」


 返事をしたつもりだったが、あまり声が出なかった。


 たぶん、何かしらあったのだろう。

 事情は裕次郎が知っているはずだ。じゃないと、私はここに居るはずがない。



 しばらくして、裕次郎が予想通り焼きそばを大皿に山盛りにして出してきた。


「おまたせ~!昼は食べてないんだろ?俺も色々あったから食べれなくて……冷蔵庫の中の残り物だけど、良かったら食べてよ」


「なあ、裕次郎。食べる前に聞きたい。私に何があった?」


「どこから説明すればいいか……俺ん家を飛び出したのは覚えてる?」


 少しムッとするが、まずは情報を得ることが最優先だ。


「もちろんだ。私はそのあと、大学図書館近くにある小さな噴水のあるベンチに居た」


「あれ~?俺もそこは探したんだけどな~?」


「そうなのか?では入れ違いだな。私はそこで、黒井 心という眼帯をしている怪しい女の子に出会った」


「え!?」


「ヤツは私の名前を知っていて、七色刀を持たず、一人で出歩く時を狙っていたと言っていた。そして、魔法をかけられ、意識を失った」


「なるほど……じゃあ、ヤツは京子の七色刀を狙ってたというわけだ。ふ~ん。しかし、いやにあっさり引き下がったな……そういえば、京子は『暗黒騎士 カース・オブ・マイハート』って名前に心当たりはない?」


「かーすおぶまい?知らん。それがどうかしたのか?」


「いや、ヤツは自分がそうだと名乗ったんだ。俺の名前も知っていたんだけど、心当たりがなくてね。……とすると、あとは梓さんに聞いてみるしかないか」


「梓さんとは?」


「黒井 梓っていう名前で、黒井 心のお姉さんっていう人だよ。俺は水神公園で彼女らが言い争っていた所に偶然遭遇したんだ」


「水神公園?私はそんなところに居たのか?」


「そう。そして、『魔将の生贄』っていう特殊スキルの人柱にされてた」


「なるほど、どうりで体が怠いわけだ。なにか、力が吸い取られたようでかなりきつい」


「この間の巨人とか狼をいっぱい召喚したからね。ごめん……俺がもうちょっと早く助けることができてたら」


 裕次郎が俯く。


「なに……私がここに安穏と寝ていたという事は、お前がそいつらを倒して連れてきてくれたという事なんだろう?」


「ああ。もちろんだ!」


「私は少し怠いが五体満足だ。お前も無事に生きている。たぶん、その梓とかいう人も無事なのだろう?……では、結果オーライというわけだ。謝ることではない」


「そうか?」


「そうだ。……むしろ、謝らねばならんのは、私の方だ。アレはたぶん私がやったのだろう?」


 ダンボールでふさがれているベランダの窓を指さす。


「いや……謝ることじゃないよ。俺が、お前の気持ちを考えずに、ベラベラ調子にのって喋ってたからな。……俺が悪いんだよ」


 少し、頬を染め、バツの悪そうに頭に手を置きながら裕次郎は言った。

 その反応は、どう考えても私の気持ちに気付いているようだった。


「そうか……とうとう気付いたか。バレてしまっては仕方がない。そうだ、私は轟 裕次郎の事が好きだ。いつから好意を抱いていたか聞きたいか?」


 わかっていても気恥ずかしく、顔が火に当てられたように火照ったが、あの朴念仁の目を見て言ってやった。


「いや……その、そんなに前から?」

 裕次郎も恥ずかしいのか、さらに顔を真っ赤にして頬をかきながら聞いてきた。


「ああ。ざっと9年前……小学校5年生の時からだ。当時はその気持ちが何なのかよくわからなかったが、中学校の時に麻紀に相談してそれが恋だと知った」


「麻紀!?……なるほど、どうりでアイツは事あるごとに俺と京子を二人っきりにしようとしてたわけか!そういう裏があったとは!」


「ふふ……本当にお前は気付いていなかったのか?当時の麻紀は嘆いておったぞ?お前は正真正銘の絶食系だと」


 裕次郎は少し考えていたが、溜息をついて話し出した。


「ハァ~。まあ、確かにそうかもな。あの時、気付いてれば、こんな事にもならなかったかもしれないな……」


 裕次郎は苦笑いを浮かべる。しかし、すぐに真顔で私を見据え、ハッキリと言った。


「……お前の気持ちは非常に嬉しい。でも、俺の心の中にはエルがいる。だから……」


 その言葉を聞いて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 轟 裕次郎とはこういう奴だ。心に決めたことは絶対曲げない頑固者の朴念仁。そういう部分に私は惹かれている。



 だから、困らせることを言ってやろうと思う。

 こいつは大馬鹿者だからこれぐらいしてやらないと腹の虫がおさまらない。

 私がどれだけこいつに振り回されたのかをこれから思い知らせてやるのだ。



「みなまで言わずともその答えはわかっている。それでは裕次郎。少し教えてほしいのだが、今のお前にエル・ファシル・リゼルランと会える手立てはあるのか?」


 裕次郎が困った顔をする。しかし、すぐに拳を握り、強い口調で言った。


「今は無い。だが、必ず見つける!」


 なぜそこまでの強い意志の対象が私ではないのかと残念に思う。しかし、個人的にはそこまで裕次郎に思わせるエル・ファシル・リゼルランなる女性に会ってみたいと思った。

 たぶん、この朴念仁を好きになる私のような変わり者だろう。存外、変わり者同志ウマが合うかもしれない。


「しかしだ、私はビーニャに聞いたが、異世界に転移する魔法は非常に高度な儀式を要する上に、かなり成功率が低い危険な物だと聞いている。お前が居たカミオンとは違う技術であるから、それが同じく適応されるとは言わんが、かなり難しいのではないのか?だからこの2年間、彼女はこちらに来なかったし、こちらも行かれなかった。この推測は間違っているか?」


 裕次郎は「グッ!」と小さく呻き、腕を組んで何かを考えている。


「まあ、そう考え込むな。私は別に『会えないのだから諦めろ』と言っているわけではない」


 裕次郎が驚いたような顔をする。本当にこいつはわかりやすい可愛いやつだ。

 だから、私は机に乗り出すように進み、裕次郎の目を見つめて言った。


「こちらの都合ばかり押し付けるような言葉だとは重々承知している。そして、お前を困惑させるだけかもしれん。都合のいい女だと罵られても一向に構わん」


 一呼吸おいて、裕次郎の手を取り、言った。


「エル・ファシル・リゼルランと再会を果たすまででいい!私をっ!私をお前の彼女だと思ってはくれないだろうか?私はお前を諦めきれない!!……頼む!」


 裕次郎は非常に難しい顔をした。しかし、すぐに私の目を見て言った。


「俺は、親友であるお前をそんな風に扱いたくないし、利用したくもない。身勝手だとは思ってるけど、今まで通り一緒に居たいだけなんだ。……エルとの約束は必ず果たす。だから、諦めてくれ」


 振られてしまったが、この答えは予想通りだ。

 やはりこいつは私の好きな裕次郎である。こういう流れも想定内だ。

 だから、思わず笑いが出てしまった。


「ふふ!……やはりお前は裕次郎だ。異世界の『勇者ユウ』ではなく、私の知っている轟 裕次郎だ。ははっ!」


 裕次郎がキョトンとした顔をする。

 だから、私はトドメの言葉を言ってやった。


「しかし、お前のエゴにはもう付き合いきれん。私としても考えがある」


「考え?」


「引いてもダメなら押すのみだ。エル・ファシル・リゼルランがどれほど魅力的か推し量る事はできんが、私も負けるつもりはない。お前が私に振り向くように精一杯努力をするとしよう」


「え?」


 裕次郎は理解できずにキョトンとする。


 これは、まだ見ぬ『エル・ファシル・リゼルラン』への宣戦布告状なのだ。早く理解してくれないと困る。

 そして、これが裕次郎にとって一番のお灸になる事を知っている。


「えーーー!」


 裕次郎が頭を抱えて、真っ青になる。


 やっと気付いたか大馬鹿者め。せいぜいこれから私とエルとの間で困ってもらおうか?

 そう思ったので、裕次郎に気付かれないように舌を出した。


 そして、机の上に置かれているほんのりと温かい焼きそばを取り皿に分けて、自分の口に運ぶ。


「うまいな!……これは毎週お邪魔になりご相伴与らねばならない!」


 満面の笑みで裕次郎に言ってやった。

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