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こころ

 お腹が「グ~」と小さく音を鳴らした。

 私は恥ずかしくなって顔が火照ってきた。そして、キョロキョロと周りを見渡した。


『誰もいなくて助かった』


 近くにある時計を確認すると、午後2時少し手前。健康な私のお腹が普通の生理現象を起こしても不思議でない時刻だ。

 しかし、人に聞かれたら恥ずかしい音でもある。


 私は少しでも小腹を満たそうと、財布を取り出して自動販売機でジュースを買おうと思ってそういう動作をする。


 そこで重大な事に気が付いた。


『しまった。ついカッとなって財布も全て置いてきてしまった!』


 気付けば私は大学構内の、いつも暇なときは休憩しに来る小さな噴水のあるベンチに座っていた。


 ここは大学図書館から近い場所にあり、人通りも少なく、外の空気を吸いたいときにはもってこいの場所なのだ。

 錯乱した私はついつい来てしまったようだ。習慣とはホントに恐ろしい。


「ハハッ!何も思い浮かばん!……これからどうしよう?ハハッハハハハ、ハァ~」


 ……いかん。あまりにも何も浮かばないので思わず笑ってしまった。

 誰かに見られてなければ良いが。独り言ついでに乾いた笑いを上げるなど完全に頭のおかしい人間ではないか。


 しかし、あのバックの中には、財布、携帯はもとより、寮のカギまで入っている。

 現状では座っておく以外、選択肢はなさそうだった。


「はっ!しまった!?七色刀!あのような大事なものまでぇ~!?不覚ぅ~」


 思わず両手で顔を覆ってしまった。


 最悪、寮のカギや、お金などは何とかなると思う。寮は寮母さんが常駐しているから話せば何とかなる。お金は寮から実家に電話すれば何とかなるだろう。携帯もまたしかりだ。


 しかし、七色刀はどうにもできない。


 あれは、この世で一本しかない替えの利かない物だ。

 裕次郎が何かしでかすとは思えんが、そのためにアイツと話さなければならないと思うと非常に嫌だった。


 そう、声を聞くのも不愉快だ。

 あのような軟派者……もう、幼馴染でも何でもない!


 また怒りが沸々と湧いてきた時、ふと、違和感に襲われる。


「……私に、怒る資格はあるのだろうか?」


 とめどなく吹き出す噴水を見ながら私は思う。


 『エル・ファシル・リゼルラン』は裕次郎に想いを伝えている。その結果その願いが叶った。


 私はどうなのだろうか?

 裕次郎が異世界に行く前、私は何をしていたのだろうか?


 麻紀にも相談し、『私は裕次郎が好きだ』という感情を抱いていたはずだ。しかし、『エル・ファシル・リゼルラン』のように想いを伝えたであろうか?


 答えは『否』である。気恥ずかしさが先行し、言動に自分自身が思い悩むほど裕次郎に辛く当たっていたではないか。


「そうだったな……だからあの日、花火大会に誘ったのだ。あわよくば想いを伝えようとして」


 そして、裕次郎は異世界に行き、『エル・ファシル・リゼルラン』と出会った。



 私の恋心は非常にわかりやすいようで、麻紀だけでなくクラスの多くの人間が知っていた。さすがに昨日、ビーニャさんに「ユウさんと結ばれるといいですね?」と微笑みかけられたときは焦ったが、少し話を聞けば誰でもわかるほどのものらしい。


 しかし、多くの者が知っている『暗黙の了解』であろうとも、本人にその想いが伝わっているかは別問題だ。



 私は行動を……裕次郎に想いを伝えていない。



 それなのに勝手に彼女面かのじょづらして、勝手に怒って……馬鹿じゃないのか?


「ああ……しまった。また私は……とんでもないことをしてしまった」


 思わず顔を両手で覆う。


 その時、目の前で声が聞こえた。


「こんにちは。大泉 京子さん」


 驚き、すぐに前を見据える。

 そこには、16歳ぐらいの可愛らしい黒髪ショートボブの女の子がいた。

 服装自体は少しボーイッシュで右手にはノートパソコンを持っている。そして左目には不思議な模様のついた眼帯をしていた。

 その声音は非常に愛らしく、もう少し年齢が下なのではないかと思わせるほど高いが、口調は落ち着き払っていて、まるで目の前で演劇をしているようだった。


 こんな人は、私の知り合いにいない。


「えっと……失礼だが、どちら様だ?」


「僕の名前は黒井くろい こころ。クックック……僕は待っていたんだ。君があの七色刀を手放し、人気のない場所に来るこの瞬間を」


 そのおどけた様なその口調に私は背筋に寒気が走った。そして、逃げ道を探し出した。


「逃がさないよ?勝手に僕の舞台から降りようだなんて……そんなことはさせないよ?クックック」


 眼帯に手を当て、ポーズを決める黒井 心。その動きは……なんというか、漫画のようで思春期独特のなんとか病と呼ばれているモノのようだった。


 しかし、どうやら私の考えは見透かされているようだ。だが、諦めるわけにはいかない。私はゆっくりと立ち上がる。


「ダメだよ?僕の台本シナリオ通りに来てもらわないと……だって僕は、闇世界アンダーグラウンド調整者コーディネーターなんだから」


「なっ!?」


 目の前に、魔法陣のようなものが展開された。

 その瞬間。私は意識を失った。


☆  ☆  ☆


 時刻はもう2時を過ぎようとしていた。


 俺は、大学周辺を隅々まで探したが京子を見つけることができなかった。

 寮にも聞きに言ったが、まだ戻っては無いそうだ。


 八方ふさがりだった。


「くそ……検知魔法が自由自在に使えたらなぁ。こういうサポート魔法はエルに任せっきりだったし」


 そう思いつつ、俺はちょっとやってみようかなと思った。


 検知魔法とは、その名の通り物や人を検知する魔法である。

 ダンジョンの中で罠を検知したり、大衆の中に紛れる人を検知したり、用途は幅広い。


 その汎用性ゆえに、熟練者と初心者では能力の差が激しく、誤差も多い。

 俺は一度だけ、エルに探知魔法を習ったことがあったが、その時は対象物をうまく思い描くことができずに大失敗を犯した。

 もうずいぶん昔の話だし、それ以降は一切やっていないが、うまくいけば見つかるかもしれない。


 俺は、人気のない所に行き、七色刀を握りながら目をつぶった。

 そして、探知魔法を発動させる。


『水神公園』


 頭の中で文字が閃いた。

 熟練者になれば対象物の現在の映像が流れたりするらしいが、俺にはそれが限界のようだった。


「水神公園?歩いていけない距離じゃないが……なんで、そんなところに?」


 俺は不思議に思う。もしかしたら、また前回の様に大失敗かもしれない。


 しかし、迷っている時間はない。

 一刻も早く京子に会わなければならない。

 藁をもつかむ思いで俺は行動する。


「……謝らなきゃな」


 俺は思わずそう呟いた。


 そして、携帯電話を取り出して、店長に行先だけ告げて電話を切った。


☆  ☆  ☆


 時刻は午後2時半を少し回ったところだと公園の時計が告げていた。


私は水神公園でこころの姿を見かけた木の付近を重点的にアラっていた。


 見つけたのは地面にうっすらと書かれた魔方陣のような模様。

 そして、何かを燃やしたような燃えカスがあった。


「あ~~!もうっ!何の模様なんだよ!こいつは!ったく!これだから異世界とか、魔法とか訳わかんねーよ!」


 私は途方に暮れた。


 せっかく見つけた証拠だが、関連性の裏が取れない。


『まだこころが異世界と関連性があると決まったわけじゃねーが……あの時の顔は笑っていた。あの顔……間違いなくアイツはあの化け物どもとなにか関係があるはずだ』


 そんな時、私は異変に気付く。


 少し離れた場所である、茂みや木々が多く生えており、巨石がオブジェのように置いてあるところに洞窟のような窪みがあることに。


 そして、そこから女の子を担いだ一人の人間が出てきた。


 黒い眼帯、女の子のような顔つき。黒髪のショートボブ。

 間違いない。黒井 心……私の弟だ。


 私は思わず武者震いがした。


 そしてゆっくりと歩き出す。

 しかし、その歩みもスグに止まってしまった。


なぜなら、こころが変な魔方陣を出したかと思うと、巨大な茨のような植物の十字架が出てきたのだ。そして、担いでいた少女が宙に浮き、まるでキリストの彫像のように茨の十字架に巻きつけられた。


「クックック……さあ。これで最終局面グランドフィナーレの準備は整った」


 その声を聴いて、私は不思議に思う。


 それはこころの声はあんなに高かったか?という事だ。

 すでに3年ほど彼の声を聴いていない。だからうろ覚えな部分もある。

 しかし、顔も声も女の子っぽかった事は確かだが、あんなに可愛らしい女の子の声ではなかった気がする。


『もしかして……別人か?』


 私はそう思ったが、目の前で行われていることを思い出し、声をかけることを決める。


 ヤツは明らかに昏睡した女性を肩に担ぎ誘拐してきた。

 そして、茨の十字架に巻き付け、なにかしでかそうとしている。


 これは営利目的等略取及び誘拐罪だ。

 職業柄、見過ごすことはできないし、職務の本分を全うしないといけない事案である。


 気付かれないように静かに近づきながら、胸にしまっている拳銃を取り出し、背中に隠す。

そして、大声で叫んだ。



「心!おまえ!何してやがる!!」



 こころは驚き振り返る。

 そして「げっ!ねえさん!?」と目を丸くしながら言った。


 私はその返答を聞き、にやりと笑った。


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