気付き
時刻は、12時を少し回ったところ。
自宅である官舎で飲んでいた黒井 梓はベッドからキャミソールにホットパンツという寝間着のようなラフな格好でむっくりと起き上がった。
「ふぁ~~……今日は非番か。さすがに昨日は飲んだな」
お酒の缶、瓶、つまみが散乱している部屋で梓は背伸びをする。
ベッドから起き上がると、床の上にはスーツ姿の男性が「う~ん…う~ん」と悶えながら寝ていた。
立花 葵である。
「ふふ……無理して飲みやがって。襲いそうになったぜ」
床で寝ている葵を見ながら少しだけ笑った。
梓は、年齢的にも、肉体的にも一通りの恋愛経験は済ませている。
彼女は言動がアレでも美人である。そんな人間が男社会である警察という組織に居れば、数は少ないながらも奇特な男性は現れるモノである。
もっとも関係が進んだのは、彼女に刑事のイロハを教えた先輩である。
お互いに豪快な性格で、ウマが合い、毎晩のように紫煙を漂わせ、飲んだ。
だから、口約束であるが、結婚の約束をしていた。
しかし、その約束は永遠に果たされてることはなかった。
彼は、梓と犯人を追いつめている最中にやけくそになった犯人に撃たれ、殉職してしまったのだ。
梓はそれ以来、煙草をやめている。しかし、口寂しいので禁煙パイプを愛用しているのだ。
いつものように梓は禁煙パイプを咥え、一杯の水を飲む。
そして、床で悶える葵を「ニシシ!」と笑いながら見る。
葵はまだはっきりとは言っていないが、梓に好意を持っていることは知っている。
「まあ……アレだけやってるのに、文句だけで逃げないんだから、そういう事だわな」
満足そうに梓は水を一気に飲み干した。
「お前は、私に……もう一度煙草を吸える機会をくれるのかねぇ?」
「ニシシ!」と笑いながら梓は独り言をつぶやいた。
そして立ち上がり、床で寝てる葵を足で小突いて起こす。
「おい!いつまで寝てるんだ!私は出かけるんだから早く家に帰れ!邪魔だ!」
あまりに激しく小突くもんで、葵は驚き、寝ぼけ眼で返事をする。
「はいっ!はあ……え?ここは?あっ!そうか……昨日は飲んでたんだ」
「そうだよ!私たちは、月曜から忙しくなるんだから配慮されて今日が非番なんだろ?早く帰れ!」
そういうと、さらに強い力で葵を蹴る。こうして、乱暴に、葵を家から追い出した。
梓は出かける前のシャワーを浴びる。
熱いシャワーを浴びながら、梓は思う。
『水神公園……目撃証言から、妖怪のような奴らが頻繁に現われている一番キナ臭い所だ。弟もそれに関わっているのか?よくわからんが、やはりもう一度洗ってみないとな。……特に、映像にあった場所を重点的に』
梓は水神公園に行くことを決めた。
☆ ☆ ☆
時刻は12時になった。
今日は俺の話をするだけだと思っていたのに、なぜこのような大惨事になったのかがよくわからない。
ワナワナと震えだした京子が、いきなりうちのテーブルをひっくり返したのはつい20分前の事だ。
そして、逃げる様に部屋を出て行った。
財布や携帯の入れているバック。そしていつも持ち歩いている曽祖父から受け継いだと言っていた『七色刀』まで置いて行ったのだからよほど思うところがあったのだろうと推測できるが、俺にはその理由がよくわからない。
俺は思わず追いかけようとしたが、お茶や茶菓子がぶちまけられ、床やカーペットがぐちゃぐちゃになっているうえに、不幸なことに湯のみがベランダにつながる窓を割ってしまった。
このまま部屋を放っておくわけにはいかない。
なので、部屋の片づけをしているというわけだ。
ベランダの窓は応急修理として段ボールとガムテープで塞いでおいた。
急いで京子の荷物を持ち、家をでた。
「いきなりどうしたんだ?長い付き合いだが……あんな感じは初めて見たぞ?」
俺にはよくわからなかった。
京子は財布や携帯などが入っているカバンを置いて出て行ったためそう遠くには行っていないはずだ。
しかし、京子がそういう時に行くような場所はさっぱり見当がつかなかった。
適当に右往左往探していると、いつの間にか俺が務めているコンビニの前に着いた。
そして偶然にも、出かけようと外に出ていた店長とビーニャさんとばったり出会った。
たぶん俺の顔には焦燥感が如実に出ていたと思う。
なので店長たちも浮かない顔で声をかけてきた。
「ユウくんどうしたの?大丈夫?」
「どうかしましたか?青い顔をされて……なにかお困りごとですか?」
「ああ……いえ、それが……」
正直バツが悪くて仕方がなかったが、もしかしたら京子についてなにか知っているのではないかと思い、京子が突然出て行ったことを掻い摘んで話した。
その話を聞くと、店長も浮かない顔をしたし、特にビーニャさんが俺に強い口調で質問してきた。
「ユウさん。いったい何を話されたのですか?推測するに、原因はユウさんのお話だと思うのですが?」
真顔で、少し怒るように見つめるその瞳は有無を言わせない感じがあった。
俺はたじろぎながらも正直に話した。
すると、ビーニャさんだけでなく、店長までもが「はぁ~~」と深いため息をして語りだした。
「ユウくん。それは言っちゃダメだよ」
「そうですわ!……もしかして、京子さんの気持ち。ご存知なかったのですか!?」
俺にはさっぱりよくわからなかったので、小首を傾げた。
「……なんというか、能天気というか、ニブちんというか。ある意味凄いよ。ユウくん。本物のラノベ主人公だよ」
「まったく、とんでもございませんわ!!!京子さんが可哀そうです!!!」
店長は呆れ顔に、ビーニャさんは腕を組み、怒り出してしまった。
俺は何かとんでもない失態をしているようだ。
そして、店長やビーニャさんの言葉に俺はその事の重大さを知った。
「まあ、直接聞いたわけじゃないから憶測なんだけど…………京子ちゃんはユウくんに惚れてるんじゃないかな?あの感じじゃ、だいぶ昔から想いを募らせてるんじゃない?」
「昨日初めてお会いした私でもそれはよく伝わってきましたわ!だから、お父さまもああいうお話の場を設けたというのに……たしかユウさんは幼馴染なんですよね?なんで気付いていなかったんですか?本当に、京子さんが可哀そう」
俺は、頭が真っ白になった。
大泉 京子は幼馴染である。
いつから、俺のことを想っていたのかはわからないが、京子の性格的に1~2年以内という事は無いだろう。
そうだとしたら、俺が異世界に行く前から想っていたことになる。
それほどまでに想っていた人間が、目の前で現在進行形の恋愛話を自慢げに話してたら京子はどう思うだろうか?
そりゃテーブルぐらいひっくり返したくなるわな。
俺だったら、さらに一発ぶん殴ってるところだ。
俺は……長い付き合いだなんだかんだと理由をつけて、京子の気持ちを無視していたのだ。
そんなことを棚に上げて、何が『異世界に行きたい』だ。
何が『店長の言動が残念』だ。
何が『勇者ユウの冒険譚』だ。
不誠実極まりない人間が何言ってんだっての!
そして、思い出す。
たまにエルの姿と、京子の姿が重なって見えたことを。
しかし、それは逆だったのだ。
京子の姿が、エルに重なっていただけなのだ。
それなのに、俺は京子をないがしろにし、エルを取ったのだ。
あまつさえ、のろけ話をさも得意げに披露した大馬鹿者だ。
俺は、力が抜け、膝から崩れ落ち、四つん這いになった。
そして、瞳から勝手にポロポロと涙が頬をつたい、地面に落ちた。
そんな時、ビーニャさんが俺の前にしゃがみ、両頬を「ぺちっ!」と音を出しながら持ち、無理やりグイっと持ち上げ目を合わせた。
「何を泣いているのですか!!過去は変えられなくても、未来は変えられるでしょう?そして、あなたには為すべきことがあるはずです。あなたは……轟 裕次郎でもあり、勇者ユウでもあるのですから!」
そして、店長が四つん這いの俺に手を差し出してくれた。
「ユウくん!僕らも手伝うから、今は京子ちゃんを探そう!さあ、立ち上がって!」
「店長……ビーニャさん」
俺は心の奥から力が湧いてくるような気がした。
だから、袖口で乱暴に涙を拭き、店長の手を取って立ち上がった。
「……すいません店長。昨日に引き続き…ご迷惑を掛けます」
「気にしないで良いよ!だって僕らはもう仲間だろ?仲間のピンチはみんなで乗り越えるモノだよ」
店長は親指を立ててにこやかにこう言い放った。
俺はその言葉にまた熱いものがこみ上げそうになっていた。
こうして、俺たちは手分けして京子を探し始めた。




