忘れ物
話し合いも終わり、時間も時間だけに俺たちは『竜宮の湯』を出ようとした。
そんなタイミングで店長が「ちょっと!トイレ!」と言って、腹を抑えて猛烈な勢いでトイレに駆け込んでいった。
ロビーで待ちぼうけをくらう俺たち3人。
そんな時、京子が「裕次郎。ビーニャさんを連れて、少し売店の方に行きたい。いいか?」と聞いてきた。
「ああ。俺はここで荷物番して待ってるから。二人で行ってきたらいいよ」
「すまない。……では、ビーニャさん。行こうか?」
そう言って、二人は売店に楽しそうに出かけた。
ロビーにある誰でも座れるテーブルセットに荷物と共に座って待つことにした。
ぼーっと周りを眺めていると、長身の美人だが『残念な美女』と表現せざるえない女性と目が合った。
『あ……なんか、ヤバいかも』
その女性は禁煙パイプをプラプラさせて、ニヤニヤしながら両手をポケットにつっこみ近づいてくる。その雰囲気はまるで『目が合ったから喧嘩を吹っかけに来た』という状況がぴったりと言ったような感じだ。
その人は明らかに近づいてくる。
そして、テーブルに「バンッ!」と音が鳴るぐらいの勢いで手を置き、まるでチンピラの様に睨みつけながら語りかけてきた。
「おや~?お前さん……どこかで見たことあるねぇ~。最近さぁ~、もしかして水神公園行かなかったかい?」
禁煙パイプをプラプラさせて試すように聞いてくるその口調は高圧的で、思わず固唾をのんだ。
「は……はぁ。行きました…けど?」
「ニシシッ!」と不敵に笑いながらさらに女性は質問する。
「お前さんさ~……何か、忘れてないかい?そういや、今日事件があったよなぁ~?もしかして、その場にいたのかい?」
間違いない。彼女は何か確信をもって話をしている。
確かに今日水神公園で魔物を屠った。それは良いことだと思う。
しかし、地面は抉れたりして被害は0ではないし、日本でいう銃刀法違反な武器を振り回して戦っていた。見られて負い目がないわけではない。
『ハッ!……もしかして、敵側の刺客!』
瞬時に閃いた。
異世界で冒険していたころ、何度か被害にあったが悪魔が人間に化けて俺たちに近づいてきて情報を引き出そうとした事があった。
その時はコジローが機転を効かせて対処したが、その状況とよく似ている。
『この人……見るからに悪い人っぽいもんな』
気付かれないように少しだけ観察する。
濃い茶髪のストレートのロングヘアー。顔は端正で美人の部類に入る方だが、気怠そうな三白眼に、禁煙パイプを口元でプラプラと遊ばせている。
尋問するように机の上に手を置き、反対の手はスーツのポケットの中。見下すようにとるポーズはまさに脅迫するチンピラである。
「あ゛~?何か言えよ?せっかくおねーさんが聞いてやってるってゆうのによぉ?」
「……俺に心当たりはありませんが?」
「そりゃないだろ?よく自分のポッケの中とか探してみたほうが良いんじゃないの?大事なもんを忘れてないかい?」
「?」
「ほら、目~かっぽじってこれを見やがれ!」
そういうと、ポケットをガサガサと何かを探し、机の上に「バンッ!」と音を立てて置いた。
「あっ!俺の学生証!!」
「あっはっは!なんだい?本気で気付いてなかったのかい?こりゃけっさくだ!」
豪快に笑った。
俺は完全に勘違いをしていたことに恥ずかしくなり、顔が火照ってきた。
そしてすぐに確認する。
失くしてはいけない学生証はいつも財布の中に入れていた。しかし、財布の中には無かった。
『あの時……コーヒー代とかで財布の中が急に寒くなってショック受けてたもんな……その時か』
「あ……ありがとうございます。拾っていただいたようで」
「あぁ?いいって事よ。善良な市民の務めってやつだよ。しかし、届ける前で良かった。めんどくせぇ~書類を書かね~といけないからよ」
「ありがとうございます。あの……お礼でも」
「これぐらい、いいって!じゃーな!もう失くすんじゃねーぞ!」
彼女はそういうと、手を頭の上でプラプラさせながら去っていった。
『……見た目で判断しないようにしよう』
心の中でそう誓った。
☆ ☆ ☆
次の日
まったくもって予定のない普通の日曜日である。
……いや、予定は昨日できた。
昨日の帰りの送迎車の中で、京子が「貴様の話を聞かせてもらう。明日の朝10時にアパートに行くからな?」と凄みを聞かせて言ってきたのだ。
その勢いは、まるで語尾に「首を洗って待っとけよ?」というセリフが入ったかのような剣幕だった。
なので、いま部屋の掃除を念入りにしている。
いつもの日曜だったら昼ぐらいまで寝ているのだが、今日は7時半に目覚ましをかけて、掃除を始めた。
『あいつ……かなりうるさいからなぁ』
そう、京子はかなりの完璧主義者で、特にこういう掃除は小姑のごとく口出ししてくるのだ。
まあ、虫が苦手なので、そういう害虫を発生させないという意味合いもある。
かなり、丁寧に片づけた。時刻はまもなく9時50分になる。
たぶん、そろそろ来るはずだ。
京子は必ず10分前にくる。
秒まで意識してくる。
彼女はそういう人間なのだ。
9時50分00秒。うちのチャイムが「ピンポ~ン!」と鳴った。
急いでドアを開ける。
「今日は寝坊しなかったな?」
そこには、薄ピンクのシャツに少しだけフリフリのついたスカート姿で京子が立っていた。
「昨日今日で忘れるわけないだろ?どんだけ俺は忘れっぽい設定なんだよ?」
「私の記憶では、小学校の時10回。中学校の時6回。高校の時4回ほど同じような事があった。そして大学で1回目が昨日だ。流石の私でも幼稚園の時の記憶は定かではないが……たしか、5回だったかな?」
「そんなに!?」
「まあ、小学校以前の記憶はうろ覚えなのが残念なところだが、それでもこれだけ被害を被っていれば、貴様を弾劾するには十分だろう。……さあ、早く入れろ。もちろん茶菓子などは用意しているのであろうな?場合によっては昼食も考えなくてはならん。なにせ、じっくりと『勇者ユウ』とやらの話を聞かねばならんからな?」
「……はいはい」
京子のプレッシャーに頭が痛くなる思いだった。
☆ ☆ ☆
裕次郎の話は聞けば聞くほど気にくわない。
それは物語の端々で『エル・ファシル・リゼルラン』なる貴族の子女で”はいぷりーすと”とか言う役職の女が出しゃばって私の裕次郎とまるで甘酸っぱい青春模様を繰り広げていたからだ。
落ち着け、落ち着くのだ大泉京子。私は昨日ビーニャさんとの事で迷惑をかけたばかりではないか?
感情に任せて喚き散らすと同じ失態を繰り返しかねん。
また、私の勘違いという事も往々(おうおう)にしてある。
これ以上失態を晒すと裕次郎の事を棚に上げて自分はどうなのだ?と思われかねん。
私はもう裕次郎に迷惑をかけたくない。
嫌われるようなことはしたくない。
できれば、せっかく少しだけ進展したこの仲をもっと進めたい。
話は物語の佳境に入っている。
なんだか、裕次郎の言葉にも『エル・ファシル・リゼルラン』に思いを寄せているような感じが匂ってきているが……気のせいだ。気のせいに決まっている!
そんなわけがない!!
私は……私は!こいつを3歳の時から知っているのだ!幼馴染なのだ!
さっきは裕次郎が可哀そうだったから幼稚園の時の回数をぼかして言ったが、正確には12回だ。だんだん少なくなっているのは非常に良いことだな、反省の色が見える……うん。
いや違う!そういう事ではない!!
なぜだ!?なぜなのだ!?
トラックに頭をぶつけて頭がおかしくなったのではないのか?
ぽっとでの小娘に貴様はなぜそこまで想いを寄せることができる!?
なぜ、私の想いは届かない?なぜだ?なぜなのだ!?
私はこんなにも前から……お前のことが好きだというのにっっ!!!!
それ以降の記憶はあまり定かではない。
裕次郎がたしか、『エル・ファシル・リゼルラン』とお互いの想いを告白したというところで私の感情が爆発した。
テーブルの上にはお茶や茶菓子があったがもうそんな事は気にすることはできなかった。
私は思いっきりテーブルをひっくり返して、逃げる様に裕次郎にアパートを後にした。




