湯めぐり温泉 竜宮の湯
滝が見える露天風呂で私と彼女は仲良く浸かっている。
「うぅ~~~ん!本当に、温泉というものは素晴らしいですね?京子さん!」
「そうですね。ビーニャさん」
外は雨が降っているが、ここはお風呂全体にしっかりとした屋根がついているので濡れないようにできている。また、外のスポットライトに当てられた大きな滝に近くで眺めが非常にいい。
雨が降っている状況もまた幻想的で情緒あふれる素晴らしい露天風呂である。
彼女からこの人気のない露天風呂で打ち明けられたのは、「私は、父を追いかけて異世界から来たのです」という驚愕すべき話だった。
店長の生い立ちや自分の事など色々と話を聞いたが、特に私が興味深いと思ったのは、異世界に転移する魔法は大儀式を要する上に非常に成功率が悪いらしいという事だった。
それでもまだ、召喚した転移者を元の世界に返す場合は50%ぐらいの成功率があるらしいが、血筋だけの関係者の場合は0.01%ぐらいまで成功率が急降下するらしい。
しかも、失敗すれば『次元の狭間』と呼ばれる閉鎖空間に閉じ込められ一生出ることができないという危険もあるとの事。
縁もゆかりもない世界に行くというのはそれほどリスクが伴うらしいのだ。
彼女はそれでも、一目見ることも叶わなかった父に会いたい一心で飛び込んできたという。
私はその話を聞いて涙がこぼれた。
彼女は女王の2番目の娘で、そのままその世界にいれば何不自由なく一生を過ごせたであろう。
しかし、父親に会いたいという純粋な強い思いでこの世界に来たのだ。
「すべてを捨ててこの世界に来たので……これから辛いことも多く経験するでしょうが、お父さまと出会え、こうして生活できているので私は幸せ者です」
そう語る彼女のはにかんだ笑顔を見て、どうやら自分が愚かな勘違いをしていたことに気づき、恥じた。
純粋な思いでこの世界にやってきた人に、遠目での見た目のみで判断し、下卑た思考で裕次郎との関係を疑うなど、私の浅はかかつ愚かな行為であったと後悔した。
少しだけ『先に話していてくれればこんな事にならなかったのに!』とも思ったが、朝の段階の私に異世界うんぬんの事を言われても「頭がおかしくなったのか?」と聞き返していただろう。
あの水神公園での出来事がなければそのような話はにわかには信じられなかった。
たぶん裕次郎は、私に気を使ってあのような嘘でごまかしていたのだろうと思う。
私はまた、彼に迷惑をかけてしまっていたのだ。
そう考えが至ると急に恥ずかしくなって顔が火照ってきた。
「どうしました?顔が真っ赤ですよ?」
幻想的な雰囲気の滝を見ていたビーニャさんは、そう言ってわざわざ近くまで来てくれた。
私を心配しているのか、お湯から体を出してジャブジャブと急いできてくれたので、彼女のたわわに実った胸が目に入った。
「いえっ!だっ!大丈夫です!少し湯あたりしただけですから!」
そう言って、私は、露天風呂の縁にある岩に腰かけ、足だけお湯に浸かった。
ビーニャさんは「そうですか?何かあったら呼んでくださいね?」と優しく微笑み、また滝を見に戻った。
『天は二物を与えず』という諺があるが、彼女の姿を見ると、それはまやかし、あるいは一物も与えられなかった人の負け惜しみのようなモノだと、私は愚考する。
裸体というものは、さまざまな目的をもって着る服や下着など外見的特徴の補正を一切取り払った、その人が神から与えられたありのままの姿である。
私なんかは、麻紀が選んでくれた可愛らしい服のおかげで表面上は可愛らしい風を取り繕ってはいるが、身長や体重、その他、女性としての特徴的な部位等すべてにおいて中学校3年生当時から何も変わっていない。
あまり公言するのも憚られるが、高校時代は3年間全てにおいて通知表はオール5であったし、華道、剣術においての試合や展覧会、ついでに言えば、書道についても各種公募の展覧会等でも最優秀賞を獲得するぐらい文武両面においては人より優秀であると自他ともに認められているつもりだ。
そういう才能との引き換えとして、身体的特徴や女性としての特徴……特に男性にも負けるであろう驚異の胸囲等の成長は諦めているし、この年端のいかない少女のような体つきに関しては納得してはいるつもりである。
……いや、納得はしているが感情は別だ。今までは、たまに見る麻紀の母性を感じられるふくよかな体つきを見るたびに『天はやはり二物を与えんな』と羨ましく思う程度だった。
しかし、彼女は別格だ。
神に愛されたかのような天性の美貌に加え、服の中から現れた芸術品のような肢体は、同性であるはずの脱衣所にいる誰しもが振り返り、羨望のまなざしを一身に集める見事なものだった。
その上、動きの端々に現れる所作法の美しさからにじみ出る高貴さは、思わずこちらが畏まってしまうぐらいの圧倒的な存在感を放っている。一朝一夕で身につくものではないその自然な動きは同性の私から見ても非常に美しかった。
だからと言って、高貴さを鼻にかけるでなく、好奇心旺盛で天真爛漫と表現すべきその行動や言動は非常に愛らしく、尊い。彼女はコンビニから今現在までの間に、異性に向ける恋愛感情や、同性に向ける友情とは違う、主従関係における忠誠心にも似た気持ちを私に植え付けた。
これがカリスマ性というものなのだろうか?
とすると、もう彼女はすでに『美貌』と『カリスマ性』という二物を与えられていることになる。またかなり高貴な『家系』であるし、言葉の端々で感じられる『教養』の高さもある。
一つ二つの才能が少しだけ自分より上というのであれば羨ましがるかもしれないが、彼女の場合は私とは格が違いすぎてそんな感情も湧き起こらなかった。
「……京子さん?どうかいたしました?私の顔に何かついてます?」
「いっ!いえ!その……ビーニャさんは綺麗だなぁ、と思っていた…だけ…です」
しまった、思わず彼女の顔を見たまま考え込んでしまった。そんなことをしてしまった自分の行動が恥ずかしくて、顔が熱い。
また私は愚かな行為を……というか、なんでビーニャさんは私の手を握ってくるのだ!?非常に困る!
「そんなことありませんわ!京子さんも非常に可愛らしいじゃありませんか!ね?」
「そっ!そう…ですかねぇ?ハハ…ハハハ…」
小首を傾げて儚げに同意を求めるその顔は非常にまずい。ドキドキして湯あたりしそうだ。
だから、変な声で返事をした後、思わず笑ってしまった。
しばらくして私たちは室内に戻り、乳白色の内風呂につかる。
私はそこで、嫌なものを見てしまった。
視線の先には、モデルのように長身で綺麗な女性が寝そべるタイプのジャグジーで恍惚の表情を浮かべている姿が見えるのだが、その姿は『残念な美人』と形容するしかないぐらいの酷い格好で寝そべっている。
長身に、端正な顔立ち、それにあのグラマーな体つきであるので、まさに美人と呼ぶべき存在であることは間違いない。
だが、口角を上げながら、口や股をあけっぴろげに開いているさまは見れたものではない。その姿はまさにおっさんである。また濃い茶髪のロングヘアーを無造作に湯船につけているその精神構造は私には理解できない。普通は私のようにポニーテールにしたり、お団子にしたりして配慮をするべきだろう?
正直、ジャグジーの泡で体全体が見えなくて助かった。全体が見えない事で多少なりとも嫌なものを見なくて済み、怒りも抑えられる。あんな奴は、ビーニャさんが居なくて、今日のように色々あって疲れてなければ即、注意していたであろう。
しかし、あのような天に与えられた美しい体があるのに行動が非常にもったいない。
私にもしあのような体があれば裕次郎との仲も……ああ、なんだか考えるのが疲れてきた。
たぶん、今日は色々あったせいで疲れているのだ、湯あたりを起こして倒れる前にさっさと上がってご飯を頂くとしよう。
「食べ終わったら……みんなに謝らなければならんな」
私は独り言のようにそう呟いた。
そして、ビーニャさんに「そろそろ上がりませんか?」と声をかけた。
☆ ☆ ☆
『湯めぐり温泉 竜宮の湯』は想像を絶する広さの温泉テーマパークだ。
内湯が6つに露店風呂が5つ。その他大小や種類さまざまなサウナに、外には人工的な滝まで流れており、とても一日ではすべてを堪能することは難しい。しかも、お湯は別府や箱根等の有名温泉の源泉を輸送して使っているので、一つ一つが個性的でゆっくり堪能したい欲求に駆られてくる魅力的なものだった。
残念ながら俺は内湯2つ、露天風呂1つを巡ったところで湯あたりを起こしそうになりギブアップした。一瞬、『また明日も入りに来ようかな?』と思ったが、入場料一人1万円という事を思い出し、『もう二度と来ることはないだろう』と思い直した。
風呂から上がると、ロイヤルプランである俺らは個室に通され、豪華絢爛な料理が運ばれてきた。
ウニ、カニ、蝦蛄、カレイなどを使った海鮮料理だけでなく、メインとして地域のブランド牛を使った厚切りのステーキまであった。
非常にボリュームのある内容に『食べきれるか?』と心配したが、何とか食べきった。
ちなみにロイヤルプランは料理や自宅までの送迎等の費用も込々で一人4万円である。
ただのバイトである俺や、偶然居合わせた京子にまでその費用を惜しげもなく出せる店長の金銭感覚はホントに異常……いや、偉大だと思う。
食後のデザートとコーヒーを飲みながら、話は懸案事項でもあるビーニャと俺との関係性という非常にデリケートな問題になったが、その時、なぜか京子が神妙な面持ちで静かに語りだし、頭を下げた。
「まずはひとこと詫びねばならん。私が至らない事で意地を張ったばかりか、ビーニャさんに有らぬ疑いをかけてしまった。この大泉京子、一生の不覚。この通り、許していただきたい」
その行動に、店長と俺は唖然となり、顔を見合わせてしまった。
店長はビーニャに「何かあったの?」と聞いたが、ビーニャも不思議な顔で小首をかしげるのみだった。
「もう……いいの?」
京子は俺に「ああ」と短く言って店長に体を向けた。
「それよりも、私の不徳の致すところでこのような場を設けていただき、金銭的にご負担をかけさせてしまい申し訳ありません。店長には後日、裕次郎の分も含めた費用を弁済しようと思っています」
「え?別にいいって!こっちも、娘と仲良くしていただいたみたいでホント助かっているんだよ。それに……学生さんから貰う訳にはいかないよ!」
「ですが……」
「う~ん。そう思うのだったら、今後も娘と遊んであげてよ?こっちじゃ友達いないからさ」
「異世界から来られたそうですね?話はだいたい聞きました」
「話したの!?」
俺と店長はビーニャに思わず叫んでしまった。
ビーニャはにっこり笑って「もちろんですわ。もうお友達ですもの!」と言った。
「信じがたいお話ではありますが、私も今日は色々あって信じるに足る確証を得ました。私が受け継いだ刀を見てください」
そういうと、京子は持っていた刀を抜いた。
七色に輝く刀身がそこにはあった。
「この七色刀は、曽祖父がその昔、異界に赴き手に入れたといわれる一品です。お伽噺と思っていましたが、狼のような魔物を切り、それが本当の事だと悟りました」
店長は俺に、「そんなことがあったの?」と聞いてきたので、「ええ、大変だったんです」と答えた。
「事情はおおむね理解しました。このような事を私が言うのも甚だ遺憾に思われるでしょうが、どうか私も皆さんの仲間に入れていただきたい。そして、ぜひビーニャさんのお友達として今後もお付き合いさせていただければと思っています」
店長は即座に、親指を立てて、「もちろん良いよ!というかお願いします!」と言った。
京子は深々と頭を下げた。
顔を上げると、俺の方を向いて語りかけてきた。
その顔は笑ってはいるが、額には皺が寄り、眉は吊り上っているので怒っているようだった。
「そういえば裕次郎。私はまだお前の話をいっさい聞いていない。長い付き合いだが、いつ異世界に行ったのかも知らん。今日はもう遅いから、明日にでもその辺詳しく聞きたいと思う。仲間からの頼みだ。もちろん、かまわなだろう?」
京子は有無を言わせないように殺気を込めて言う。
たぶん、異世界についての詳細を今まで話さなかったことを怒っているのだろうと思う。
俺は「ああ……もちろん、大丈夫…だよ」と苦笑いをしながら返答した。




