土曜日はまだまだ続く
「ちょっとそこ止めろ」
黒井 梓はPCを操作している立花 葵の椅子を蹴った。「イタッ!」という葵の悲鳴と共に、液晶画面に映し出されている映像が止まった。
彼らはいま、署内で防犯カメラの解析をしている最中で、水神公園での事件を時系列に追って確認している。
葵は腰をさすりながら振り返り、梓に苦言を呈す。
「何するんですか!!蹴らなくてもいいでしょう!」
「うるさい!そこ!木が生えてる部分をもっとズームして見やすく加工しろ!」
そういうと梓は葵の頭をペシッと叩いた。
「イタッ!さっきから何なんですか!暴力反対!」
実は葵は口ではこう言っているが、内心、少しだけ嬉しさがあるのは内緒だ。それは、そんなこと口走れば「ほう?じゃあもっと激しくしてやんよ!」と鉄拳が雨のように飛んでくることが目に見えているからだ。
彼女は空手の有段者であり、今でも国内大会で上位入賞できるほどの実力者だ。一発喰らえば拳の形の青あざができるほど強烈で、しかも性格的に加減をするとか配慮はしない。
さすがの葵でも、そこまでは求めていない。
どつき漫才のごとく、これぐらいの感じがちょうど良いのだ。
画面では、巨人が咆哮したあと、人々が逃げ惑う様子が映し出されている。
梓が指でさしたのは、水神公園の奥にある木が生えている芝生の部分。そこには木に隠れるように誰かが立っていた。
葵がPCを操作してその部分を拡大し、画像処理をかけた。
梓は立ち上がり、画面を持ち、食い入るように見つめる。
そして、狂ったように笑い出した。
「……あっ!……ハハッ!ハハハッ!アーハッハッハ!……見つけたっ!ついに……ついにっっ見つけたぞ!!!」
葵は梓が画面の前に立ち見ているので様子が分からなかったが、突然の笑いに驚き、腰を浮かせて少しだけ引いた。
しかし、梓の奇行はそれで収まらなかった。
不意に葵の方を向き、ネクタイを掴んだのだ。
そして、思いっ切り引っ張った。
体勢の崩れた葵は、梓に導かれるように倒れた。
そして、そのまま葵の顔は梓の胸の中に吸い込まれた。
「あーはっは!でかした!でかしたぞぉ!立花ぁ!」
梓は胸の中の葵の頭を乱雑に撫でる。葵は胸の中で息ができないのか一生懸命胸部を触らないようにもがいていた。
しかし、梓は離すまいとしてさらに抱きしめる。
「もがっ!もががっ!」
「ついに!ついに見つけたぞ!やっぱり生きていた!アイツは!やっぱり生きてるんだーー!」
梓は嬉しくなると、とにかく何かを抱きしめたくなる癖がある。
それは、男女関係なく発揮され、葵も何度か餌食になっている。
葵は初めて餌食になったとき、梓に「男の人に胸とか触られて恥ずかしくないんですか?」と聞いたことがある。
その時、梓は「そんなちっぽけな事、気にしてどうする?大体の人間はおっぱい吸って大きくなるんだ。今さらちょっと触ったぐらいで欲情するようなガキか?貴様はぁ?」とケタケタと笑っていた。
しかし、今回は長い。普段に比べれば、もう3倍以上時間がたっている。
普段の長さであれば葵も『役得!役得!』と納得できるのだが、今回は違った。
梓の胸はそこそこ大きい。それは、人間のほほあたりまで覆うぐらいあり、葵がいくら谷間でもがいてもいっこうに息が吸えないという事情と深く関係している。
人間が長いこと息が吸えないとどうなるだろうか?意識の消失、もしくは窒息死である。
梓の胸の中には、恍惚の表情で顔中真っ青になった葵がいた。
「よーし!祝杯だ!いっちょいつもの風呂屋に行って一杯飲むか!?」
梓はやっと葵を胸から話す。
葵は条件反射で「ヒューッ!」と喉を鳴らしながら、本能的に息を思いっきり吸った。
「よし、飲むぞ!お前は車を出せ!善は急げだ!……あ、お前はハンドルキーパーだからノンアルな」
「はあ…はぁ」
梓はぐったりしている葵のネクタイを引っ張り、容赦なく引きずる。
「おら!早く立て!行くぞ!」
「は……はひぃ」
二人はPC等の機材をすべてそのままにして部屋を出て行った。
そんな、PCの液晶画面の中には、先ほどまで梓が狂喜乱舞する原因を作った人が映っていた。
それは、木に隠れるように立っていた。
左目には細かい模様が入った黒い眼帯をしている、黒髪ショートボブの女の子のような顔つきの人だった。
その人はニヤリと笑って、逃げ惑う人々を見つめていた。
☆ ☆ ☆
俺と、京子は地下鉄に乗り、いつもの大学付近に戻ってきた。
朝の状況が気になって、コンビニ前を通ると、ちょうど店長が『火よう日まで、りんじきゅーぎょー』と汚い字で書いた段ボールを持って外に出てきた。
「ひぇっ!……なんだ、ユウくんと彼女さんか」
店長は京子に少しだけビクつきながらも、俺を見つけて話しかけてくる。
その時、なぜか京子が「かっ!」と言って顔を真っ赤にして固まった。
不思議には思ったが、気にせずに挨拶をする。
「お疲れ様です。先に言っておきますが、隣の女性は彼女ではありません。親友です。ところで店長。今日は本当に大盛況だったみたいですね?」
京子が今度は「なっ!」といって顔を真っ青にして固まった。
店長が少しだけ不思議な顔をしたが、同じようにスルーして話し出す。
「そうそう!商品の9割が売れちゃった。補充も月曜の夜しか来れないらしいし、再開は火曜からになりそうだよ」
「そうですか。やっぱり月曜のシフトが……。倹約しなきゃなぁ」
「大丈夫だよ!一応、休業補償するから」
「マジですか!?」
「マジだよ!でも、平均勤務時間分しか出せないんだ~。ユウくんの場合は4時間分ぐらいだよ。余りに少ないんで代わりに昨日……というか、今日の超過勤務分にイロつけるから許して!というか、辞めないで!!」
店長はそう言って、両手を合わせて謝った。
この店は本当に労働者にやさしいお店のようだ。
俺は「そんな!こちらこそすいません!そこまで配慮していただいて!」と恐縮する。
その言葉を聞くと、店長はにっこり笑って話を変えた。
「……ところでユウくん。この後、暇かな?」
「ええ、特に予定はありませんけど?」
「急で悪いんだけど……僕とお風呂屋さんに行かない?」
「えっ?なぜです?」
「実は、今日は頑張ってくれた娘の慰労を兼ねて『竜宮の湯』に行こうと思ってるんだ」
「『竜宮の湯』ってあの、多くの有名温泉の源泉を輸送して営業してるっていう温泉テーマパークの事ですよね?入場料がめちゃくちゃ高くて入ったことありませんけど……いいんじゃないですか?俺なんか誘わずに、親子水入らずでぜひ行ってくださいよ?」
「そうしたいんだけどね……ほら?僕、固まっちゃうでしょ?しかも、事情が事情だから、何も知らない人にいざというときに任せられないし……だから、お願い!」
店長の気持ちはよくわかる。ビーニャは異世界から来た人間なのだ。何かあったとき事情を知らない人が手に負えるような人ではない。
『なんだ?てっきり、勢いで行っちゃう人かと思ったけど。娘のために……意外と配慮できる人なんだ』
正直言えばMAXまで店長の好感度は下がっていたので『絶対に行くものか!』と思っていたが、その娘を思う親心は俺の好感度を『まあ、そういう事情であればしょうがないか』と思わせるほどに上げた。
だから、「わかりました」と言おうとした。
しかし、言葉を遮るようになぜか京子が強い口調で語りだした。
「任せる?いったい何を任せるのだ?……まさか!?二人は…もう、そういう仲なのか!?」
よくわからないが、どうやら京子は何かを勘違いしているらしい。
「いや……ちょっと待て、京子。落ち着け。これには事情があってだな……」
「事情!?事情だと!?……貴様!朝は「ただの知り合い」とか言っていたではないか!?何の事情があるというのだ!」
いけない、火に油を注いだようだ。
たぶん、京子は俺とビーニャがそういう仲だと勘違いしているらしい。
なんでそれで怒るのかよくわからないが……とにかく、このままでは関係のないビーニャにまで問い詰めたりして迷惑をかけかねない。
「まてまて!京子!そういうわけじゃないって!」
しかし、その言葉は京子には届かず、感情が暴走する。
「なんということだ!わざとらしく私との関係性まで否定形で言うし!!おかしいと思ったのだ!泥棒猫っ!……泥・棒・猫がぁ~!」
まずい……錯乱して訳のわからないことを言い始めた。こういう状態になった京子は非常にヤバい。
結局、店の前で20分も使って、京子をなだめた。刀に手をかけた時には、俺も死を覚悟したが、何とか静まったのだった。しかし、なだめる事には成功したが、いまだに京子は納得していないようだった。
いつの間にか、空から雨がポツポツと振り出してきた。
「提案なんだけど……京子ちゃんも一緒に行かない?雨も降ってきたし、娘も一人じゃ不安だろうし。もちろんお金は全部僕が出すからさ!」
「え?」
俺と京子は目が点になった。
「……京子ちゃんは納得してないんでしょ?なかなか大っぴらには言えないこともあるから、ここじゃ話づらいし。ゆっくりした後、じっくり僕らも交えて話し合おうよ?最上級のロイヤルプランで予約したから、料理も送迎もついてるし、着替えも買おうと思ったら施設の中で買えるから、大丈夫でしょ?」
京子は一瞬考えるように腕を組んだが、「はぁ~」と溜息をついて、バックから携帯電話を取りだした。
「……ちょっと、寮に確認してもいいですか?」
店長は満面の笑みで「いいよ!」といった。
寮に確認をとると「帰りがあまり遅くにならなければ…」という、条件付きで許可が出た。
結局、京子も交えて俺らは『竜宮の湯』に向かうことになった。




