ポリス
裕次郎たちが逃げおおせたころ、水神公園は赤色灯を灯した警察車両が続々と集まり、制服を着た警察官がゾロゾロと「立ち入り禁止」と黄色の帯に黒いゴシック体の文字で書かれたテープで周りを取り囲んでいた。
同時に巨人によって抉られた地面や、黒こげになった地面の跡などを「鑑識」と腕章を付けた人が丁寧に作業をしていた。
「また『マル特』案件か~……昨日今日の立て続きだな~」
中年の警察官が帽子を被り直しながら、面倒くさそうに隣にいる同僚に呟いた。
「特定害獣特別対策法だっけ?ホント役人どもは……現場の身にもなってくれよ!ったく!」
同僚の警察官も嫌そうに小さな声で悪態をつく。
「あの特対課のねーちゃんもいけすかんヤツだし……でも初動捜査は俺ら地域課の担当だし、困ったもんだ」
「お前、知ってるか?あのねーちゃん、元マル暴だぞ?射撃の腕も超一流だし、腕っぷしも、頭の回転も半端ないらしいぞ」
「なるほど……だから、あの若さで警部補だけでなく主任なんてなってやがるんだな。いつも気怠そうに禁煙パイプなんか加えてウロウロしてるくせに」
「あんなんじゃ、嫁に行けねーよなぁ。……おっと、噂をすれば来たぜ。今をときめくマル特の主任様だ」
そういうと、二人の中年の警察官はいそいそと別な場所に移動した。
ちょうどその時、一台の警察車両が水神公園に到着した。
助手席から降りてきたのは、一人のスーツ姿の女性。
女性にしては少し長身な上に、スキニーなパンツスーツを着ているせいか、かなり背の高いように見える。猫背になり、両ポケットに手を突っ込みながら歩いてるためガラが悪い。しかし、細身だがメリハリあるボディラインをしており、まっすぐ立てば、まるでモデルのような体形だった。
髪は濃い茶髪の綺麗なストレートで、胸まで伸ばしたロングヘアー。顔は端正で美人の部類に入る方だが、気怠そうな三白眼に、口でカチカチ鳴らしている禁煙パイプが残念な印象を与えている。
「はぁ~……めんどくせぇ」
開口一番、公務員にあるまじき言葉を漏らす。
彼女の名前は、黒井 梓。特定害獣特別対策課通称、特対課、主任。階級は警部補である。
「……主任。もうちょっと真面目にしましょうよ?」
苦言を呈すのは運転席から降りてきた若いスーツ姿の男性警察官。主任補佐の立花 葵。階級は巡査部長である。
「でもなぁ、立花ぁ~、私はこんなとこより元の仕事先でドンパチやってるほうが性に合うんだって~」
「そいつらとドンパチやりすぎてこっちに配属になったんでしょ?聞いてますよ?ロシアンルーレットやって相手を自首させたってやつ。やりすぎですよ!」
「うるせぇ~!タチバカ!こちとら、異世界だの、魔物だの専門外なんだよ!漫画かっての!ケッ!」
「あ~!またっ!またその名前を言いましたね!パワハラです!署長に訴えますよ!!」
「あ~。うるせぇ。訴えるなら訴えやがれ!署長だろうが、警視総監だろうが受けて立ってやんよ!……それより、準備できてんだろうなぁ?」
「ホント勝手だ……監視カメラの映像ならもう手配は済んでますよ。急ぎならこのタブレットで映像回しますけど?」
「タンバリンだかなんだか知らねーが、私はそんなおもちゃ使わね~よ。帰ってからでいい。とりあえず私は一周してくる」
「ココはどうするんです!?」
「お前が地域課のヤツと話しつけて引き継ぎしてこい!あとは、異世界帰りの鑑識と状況確認!私は私で忙しーんだ!補佐なんだからそれぐらい何も言われなくても気ーきかせてやっとけ!」
「はいはい……まったく」
葵は「はぁ~」と溜息を吐きながら現場に向かった。
一方、梓は両ポケットに手を突っ込み、禁煙パイプを口でプラプラさせながら気怠そうに水神公園を歩く。
しかし、その目は真剣だった。
それは、彼女に刑事の基礎を叩き込んだ先輩の影響で『刑事の基本は足』をいまだに守っているからである。
彼女は硬派なのだ。
デジタル機器を使うことには非常に抵抗があるが、こういう労力は惜しまない。
事件解決のためだったら何日でも寝ずに張り込むし、何時間でも聞き込みできる。
普段の自堕落な言動や態度は彼女の一面でしかない。
現場では水晶を怪しく光らせた、鑑識と書いてある腕章をつけた警察官が現場検証をしていた。彼は特対課所属の鑑識人員である。
特対課には普通の課にはない特別な人員と装備がある。
その一つは、彼のような独自の鑑識人員。
それは、魔物は死ぬと蒸発するように消えるため、特別な技術で現場検証をしなくてはならないからだ。梓の署には運よく、鑑識の中で『異世界で鑑識技術を応用して無双した』という異世界帰り人間がいてそいつが回されてきた。普通は『時の水晶』というアイテムで鑑識をおこなう。
もう一つの装備は特別に作られた武器である実弾だ。
それは、鉛に魔法金属である『ミスリル』を混ぜた合金で作られたミスリル弾である。
魔物は魔法を使い現代兵器を弾く。その魔法を打ち破ろうとしたらTNT火薬200キロと同等の爆発エネルギーが必要だと実験の結果わかっている。
しかし、これでは初動で動く警察官では対応できない。
そこで生まれたのはこのミスリル合金の実弾なのだ。
ミスリルは魔法障壁を打ち破り、着弾した魔物の中で非常に強い毒性を発揮し死に至らしめことが実験の結果わかっている。
そこで、技術研究所が開発し、特対課のみに数量限定で配備したのがこの実弾なのだ。
問題は価格で、ミスリル合金のグラム当たりの金属精錬単価が4000円前後と金と同じぐらいの値段であるということだ。
それは、ミスリル自体、産出できる場所はこの世界どこにもなく、たまたま技術研究所の中に『異世界で錬金技術を応用して無双した』という人間がおり、金と等価交換でミスリル生み出しているという事情がある。
材料自体が手工業的方法で作られているので大量に作ることができず、値段も下げることができない。だから配備も限られているのだ。
ちなみに、鑑識が使う『時の水晶』も彼が生み出している。
☆ ☆ ☆
水神公園は夜になり、あちこちで街灯がつき始める。
現場でも投光器が出されて検証が続いていた。
梓はふと足を止める。そして屈んで落ちていたものを拾う。
それは隣の区にある総合大学の学生証のようであった。
「轟……裕次郎。ふ~ん。こんな大事なもの、なんで落とすかねぇ?」
禁煙パイプをプラプラさせながら梓は呟いた。
「まあ、署に帰ったら遺失物課に回すか」
そういってポケットの中につっこんだ。
そうこうしていると、梓は公園を一周して、現場まで戻る。
そのタイミングで葵が梓に駆け寄り、報告する。
「現場検証が終わりました。あとは防犯カメラの映像を解析して、検証するだけです。まあ、どうやら人の被害はゼロらしいですけど」
「あっそう。じゃあ、この件はこれで終わりそうだな。……さて、こっちもめぼしいものは無かったし、帰るぞ」
「はい!」
葵は大急ぎで現場に指示を出して乗ってきた車両の運転席に乗る。
梓はすでに助手席のシートをかなり倒して、足を組み、禁煙パイプをカチカチ言わせながら座っていた。
パトカーが署に向けて移動を開始した。
梓は一人、物思いにふける。
『ホント……あいつはどこ行ったのかねぇ?』
梓が思い浮かべるのは弟のことだ。
黒井 梓の両親は他界しており、親類縁者もほぼいない。しかし唯一、年の離れた弟がいる。
だが弟は現在、行方不明だ。
梓は現在28歳で、弟は生きていれば16歳になっている
彼がいなくなったのは3年前の春で、当時一緒に住んでいた梓が、仕事から帰ると忽然と姿を消していた。
『……まあ、張り込みで4日間、家を開けてたからねぇ』
当時の梓は仕事が忙しく、家に居るほうが珍しいぐらいだった。
一方、弟は不登校でずっと家にこもってパソコンで何やら作業をしていた。
兄弟仲はあまり良くなかった。
それは弟の言動も深く関係している。
『……いきなり眼帯とかしだしてポーズとか決めだすんだもんな。バカかっての』
そう、彼は心をこじらせた中二病だったのだ。
『ちっちゃくて可愛いって評判だったのに……あの言動と名前のせいで本当に「孤高の存在」とやらになっちまった。……アイツがこの現実を知ったらなんて言うだろう?嬉々として喜び、また変なポーズで語りだすんだろうか?』
梓は最後に弟と会った事を思い出し、禁煙パイプをカチカチ鳴らしてイライラする。
『犯人取り逃がしてむしゃくしゃしてたもんな。「たまには早く帰りなよ」って心配してくれたのに……八つ当たりしちまって。悪いことしたな』
梓は弟が失踪して以来、仕事をする傍ら弟探しを続けているが手掛かりすらない。
『絶対あんな事できるのは犯罪集団だけだと思ってたが……もしや、こっちの奴らって線もあるのか?』
異世界帰りの奴らの話を聞けば、かってに『召喚』される場合もあると梓は聞いていた。
弟が消えた状況を鑑みれば妙に辻褄が合う気がする。
『まあ、どんなに考えたって、あくまで私の推測の域を出ないし。状況証拠もない。立証は不可能だ。地道に探すしかないか』
「ふぅ~」と溜息をこぼす梓。ふと目の前を見るとフロントガラスの先には梓が所属している警察署が見えた。
そして「……めんどくせぇなぁ」と呟いた。
その梓のつぶやきに、運転中の葵が反応する。
「これから地道な防犯カメラ映像の解析ですもんね?僕もあれは苦手で……」
「あ゛ぁ~?重要な仕事だろーがぁ?給料分は働け!このタチバカ!」
「ヒドい!主任がめんどくさいって言ったんじゃないですか!」
「しるかっ!いちいちノってくんじゃねーよ!さっさと署に戻りやがれ!」
そういうと、車のフロントパネルを「バンッ!」と勢いよく蹴った。
「ハイハイ……まったく」
いつの間にか降ってきた雨がパトカーのフロントガラスを濡らす。
パトカーは署内の駐車場に止まった。
梓は降ってきた雨を気にするそぶりもなく、ゆっくりと車から出て署に戻る。
その途中、ふと空を見上げる。
漆黒の闇にどんよりと雲が垂れ込め、雨が降る様子は弟の名前のようだった。
『しかし……あんな名前じゃなけりゃ~なぁ、いじめが酷くなることも無かったのに……黒井 心ってなんだよ?そっち方面にキラキラネームじゃねーか?まったく』
梓は少しだけ溜息をして「ホント……めんどくせぇ」と呟いた。
補足:立花は黒井に好意を抱いています。たぶんドMです。




