戦闘、そして逃避行
『何なのだ!裕次郎はいったいどうしてしまったのだ!異世界?冗談にもほどがあるぞ!』
京子の頭は非常に混乱していた。
それはそうだろう。
大学生が突然「異世界で勇者をしていた」と平然と口走ったからだ。
『正直どうかしている。しかし、この現状のほうがもっとどうかしている!』
京子は未だに目の前で繰り広げられている光景が理解できなかった。
人外であることに間違いない筋骨隆々の巨人。
狼のような獰猛な獣。
漫画の世界から飛び出してきたかのような剣。
そして、幼馴染が使う魔法のような攻撃。
すべてが常識という範疇を超えている。
ここは本当に日本なのだろうか?
ふと、京子が思い出す。
『待てよ……そう言えば、似たような話を私は知っている』
京子は隙を見て、曽祖父から言われていつも肌身離さず持っている刀を袋から取り出した。
そして、少しだけ刀身を抜いてみる。
まるで、この状況に共鳴するように七色に輝く刀身はいつもより輝いていた。
京子は七色に輝く刀身を見つめ、心の平静を取り戻した。
『しかし、あいつの太刀筋はなっちゃいないな。まるで我流の剣だ。どれもこれも踏み込みが甘い。……だが、数多の戦いの中で生き残ってきたようなそんな力強さも感じる。一朝一夕では身につけられる動きではない。あながち、異世界うんぬんという話も本当なのかもしれん』
京子はそう感じ、大きく息を吸った。
『だからと言って甘えてばかりではダメだ!思い出せ!裕次郎が入院した時のことを!己の無力さに打ちひしがれて、ただ待つだけだったではないか?』
京子は一生懸命に退路を切り開こうと、狼のような獣と戦っている裕次郎の背中を見つめた。
『ここは現実だ。夢でも幻でもない。そして、大切な人がまた私の身代わりになってくれている。……いま、私は何を持っている?曽祖父が残してくれた特別な刀ではないか?そして、私はこの刀の使い方を知っているのではないのか?』
京子は七色刀を握りしめ、決意を固めた。
『もう待つのは嫌だ!私は!もう裕次郎を身代わりにはさせない!』
そのとき爆発音がして、裕次郎たちが土煙に包まれた。
京子は慌てて裕次郎を探した。
「なっ!何をやっている!あれでは敵がどこから来るか見えんではないか!?」
そして、ちょうどその時一体の狼のような獣が土煙の中の裕次郎に飛び掛かるのが見えた。
「あれは!?……そうは、させるかーー!」
京子は叫びながら走り、七色刀を構え、土煙の中に振り下ろした。
☆ ☆ ☆
俺は左手を犠牲にすることを覚悟し、左手でガードした。
しかし、噛みつく直前、「ギャンッ!」と言って魔物は地面に叩きつけられた。
「大丈夫か!裕次郎!!」
そこには鞘のまま刀を振り下ろしている京子がいた。
地面を見ると、ヨロヨロと魔物が起き上がろうとしている。
急いで止めを刺す。
ちょうど土煙も収まり、視界が開けた。
狼の魔物もだいぶ数を減らし、京子一人ぐらいだったら逃げれそうな退路は開けた。
「ありがとう京子!退路は開けた!さあ逃げてくれ!」
「いや……それには及ばん」
「?」
「まったくもってお前の太刀筋は信用ならん。言っておくが、私はお前より武道の心得があるつもりだ。日々修行も欠かしていない。こういう切り合いなら得意とするところだ」
「京子!まさかその刀で戦おうってのか!残念だが普通の武器じゃ奴らには効かない!だから早く逃げてくれ!」
「なるほど……それを聞いてさらに安心した」
京子は不敵に笑い、手に持った刀を見せ、言葉を続ける。
「この刀はその昔、曽祖父が神と崇められていた大妖怪を切って捨てた異界で生まれし妖刀なのだ」
そういうと、京子は鞘から刀を抜いた。
その刀身をみて驚き、思わず「れっ!?レインボー」と口走ってしまった。
「七色刀……異界に赴いた曽祖父より受け継ぎし刀。魑魅魍魎に対しては、鬼に金棒だ」
その時、狼の魔物二体が京子に飛び掛かる。
しかし、京子は流れるような動きで魔物を避け、円を描くように刀を滑らせて、横から胴体を切り付けた。
魔物は空中で胴体を真っ二つにされて地面に落ちた。
七色刀の効果だろうか、切り付けられた魔物は口から泡を吐き出しながら、のた打ち回ることなく即死し、もうすでに消えかかっていた。
その動きに呆気にとられた。そして、口から「すげ~……」と感嘆符が漏れた。
「見蕩れてる場合か馬鹿者!まだ敵はいるのだぞ!?巨人も徐々に近づいている!ヤツが来る前にこいつ等を片づけるぞ!!」
「おっ!…おう!」
そうして、俺たちは武器を構え、魔物に切りかかった。
俺は魔法を駆使しながら後方の集団を屠り、京子が手前の集団を屠る。
息の合ったコンビネーションで次々と狼の魔物を倒していった。
そんな時、あることを思い出した。
『そういえば、コジローが言ってたっけ。「目撃者もなく、相手を確実に殺せるなら全力を出せ!それ以外はよく考えろ!」って……こういう弱いヤツをかませ犬にして覗き見してるやつがいるかもしれない。……いや、必ずいる』
戦い方を研究し、今後の対策を打つのは当たり前の事である。
長く前線で戦う冒険者はそのことをよく理解しており、余裕のある戦いでは必ず全力を出さない。
もし、対策なんて取られでもしたら即、死に繋がるから当然の事だ
『あれぐらいの爆裂魔法で消滅するぐらいこの魔物たちは弱い。コイツらは絶対囮だ。誰が見てるかもわからないし……あんまり情報をダダ漏れするのも後々不味いかもね』
そうこうしていると、狼の魔物をだいたい駆逐した俺たちのもとに、あの巨人が迫ってきた。
巨人は天高く吠えるように「うぉおおおお!」と野太い声で叫ぶ。すると、残りの狼の魔物は一瞬で消えた。
『真打登場ってか?』
いつでも動けるように構え、相手の出方を伺う。
巨人は咆哮の後、大ぶりな動きでショートソードが振り下ろしてきた。
しかし、その動きは安直で予想しやすい動きだったので、余裕で避けた。
しかし、威力は半端なかった。
魔法武器であるショートソードの効果であるのだろうか、振り下ろされ、石畳の地面に突き刺さった瞬間、地面が爆発し、抉れた。
「うおっ!」
抉れた地面の土や小石、爆風のようなものが俺の体に当たって少しだけ驚く。
幸い、魔法効果の圏外まで距離を取っていたし、飛んできた土や小石でダメージを受けることもなかった。
『一撃は強い。一撃は強いが……この動きなら大丈夫そうだ』
俺は京子の様子を伺う。京子も平然としており、大丈夫そうだった。
「燃えろっ!」
魔法で飛び、切り付ける。
相手の動きは鈍く、易々と懐まで飛び込むことができたので、胸板を思いっきり横方向に切り付けた。
そしてすぐに逃げる。
その瞬間、爆炎魔法の効果が発動し、爆発した。
さすがに火まみれとはいかないが、胸のあたりを派手に燃やし、大きな傷をつけた。
魔物は「グォオオオオッ!」と悶えて後ずさりをする。
『なんだこいつ?……体力はありそうだけど、そこまで強くないぞ?』
敵はまだ悶えており攻撃準備ができていない。相談するなら、いまだ。
「京子!俺の後ろを守っててくれ!こいつは、俺が倒す」
「大丈夫か?」
「ああ。任せろ」
そう短く答え、高位の爆裂魔法を剣に込めた。
『もうちょっと下位の爆裂魔法でもよかったかな?でもまあ、これぐらい派手ならフェイクとして十分だろう』
ヤツの動き、攻撃によって抉れた地面、対峙してみての感覚。そのすべてが『ヤツはそこまで強くない』と本能が訴えている。
『という事は……奴も、かませ犬だ。誰かが俺たちを監視している』
そう確信した。
たぶん、キュクロプスバットで俺たちを見つけた誰かが、この魔物で実力を推し量っているのだろうと思う。
『派手だし、そこそこ威力あるし、俺が多用していると思わせられれば……裏をかけるはずだ』
そう、この技は囮だ。こうやって、敵に間違った情報を流布させ対策を取らせないようにする。
こういう戦闘は一度きりでは終わらないし、化かし合いでもしなければ次の戦闘で苦戦するのが目に見えている。
魔法で飛んだ。
巨人はとっさに剣を振る。しかし、緩慢な動きでそんな攻撃では当たる訳がない。
俺は懐に飛び込み、左肩から右脇に向けて袈裟切りをする。そして、すぐに逃げた。
魔法効果で切った場所は、すぐに大爆発を起こした。
余裕で地面に立つ頃には巨人は炎にまみれて「ぐあぁぁあああ!」と悶えていた。、
巨人はしばらく彷徨っていたが、やがてゆっくりと倒れ絶命した。
「やったーー!やったぞ!!さすがは裕次郎だ!」
感極まって京子が走ってきながら叫んだ。
そして、手を差し出してきた。
俺は迷うことなく握手をする。
京子はよほど嬉しいのかブンブンと力いっぱい振った。
「すごいぞ!私たちだけであのような巨大な人外を倒したんだ!これは表彰ものだ!!」
「ああ……うん。そうだな」
苦笑いを浮かべながらそう言うに留めた。
倒したことは嬉しい。しかし、えたいのしれない敵の影に素直に喜べなかった。
しかし京子は違う。いまだにキラキラとした笑顔を俺に向けていた。
『俺も初めてモンスターを倒したときはこれぐらい……いやこれ以上に喜んでたよな。懐かしいな』
武器を収めながら、京子の感極まりぶりを微笑ましく眺めていた。
そんな時、周りに赤色灯を灯した警察車両が続々と集結しだした。
「あっ!ヤバイ!京子!逃げるぞ!?」
「なに?何故だ?私たちは何もやましいことは事はしていない!むしろ感謝される方だ!」
「そういう訳にもいかないだろう!ここは日本だ!こんな武器なんて街中で持ってたら……その、なんだ、銃刀法だったか?の違反だろ!」
「ふむ……確かに、それはそうだ。だが!……」
口答えする京子の腕を無理やりつかみ走り出した。
「わっ!こら!待て!まだ話はっ!ひぅっ!」
京子は掴んだ瞬間、変な声を出したが、今は話をしている時間はない。
「いいから!ほら!走るぞ!!」
こうして俺たちは逃げるように水神公園を去った。




