湖畔に魔物
水神公園は一周4キロの円形の大きな池で、江戸時代、隣に建っていた藩主の城の周りを囲む長大な水堀の調整池が起源であり、現在は隣にある小さな陸上競技場と合わせて市が管理する公園になっている。
池の真ん中には小島があり鳥居と小さな祠が建っているのが見えるが、主に使用しているのは水鳥たちで、その休憩場所になっていた。
そんな場所で営業している喫茶店の歴史は古く、戦前から存在しており、市が公園を管理する前から営業していたため、特別に公園内で営業できているらしく、内装その他、すべてにおいて趣が感じられるレトロな名店だった。
京子と俺は店に入り座る。するとすぐに洒落た感じのカッコいい中年ウエイターがにっこりと微笑みながら注文を聞きに来た。
京子は慣れた感じでコーヒーを専門用語を交えて注文する。
何を言ってるのかさっぱりわからないので周りを少し見渡した。
周りを見れば皆一様にコーヒーを嗜み、時には上品に談笑している。
先ほどの本屋もそうだが、ここなんかも場違いな場所であることは明白であった。
ウエイターが「どうぞごゆっくり」と恭しく頭を下げて奥に戻る。
「京子……無粋な話で申し訳ないんだが」
「どうした?もしやハイチやハワイコナ辺りのブレンドのほうが飲みたかったのか?だが、ここは希少なブルーマウンテンの本物が飲めるのだぞ?ほら、あそこに大手商社の証明書も飾ってあるし……」
「いや、そうじゃない。というか、俺はコーヒーについてあまり詳しくないからそこらへんはお任せで結構なんだが……この店にはメニュー表とかないのか?」
京子は「ふっふっふ」と笑い、自信満々に言った。
「実はこの店、コーヒーセットしか商品はない。しかもセットのケーキがまた良くて、本場フランスで腕を磨いたパティシエが毎日数量限定で作る最高の物で、とてつもなくうまいのだ!もちろん無くなれば店は閉まる。売り切れ御免というヤツだ」
「なかなか粋な店で結構だな。……で、本題なんだが」
「?」
「いったい、いくらだ?」
「そんな事か……なんと、おいしい日替わりケーキ付で1杯2000円だ!どうだ?安いだろう!コーヒーを希少なブルーマウンテンにすると500円の追加料金を取られるが……間違いなく本物だ!素晴らしい店だろう?」
「はは……そっ、そうだ、な」
驚き、苦笑いを浮かべる。
こうも金銭感覚が違うと付き合うほうも大変だ。
そっと財布の中を見て支払えることを確認し、安堵する。
『さすがにこういうところでは俺が出さないと格好がつかないよな~。しかし、さっきのファミレスの2倍強のコーヒー代か』
少しだけ心の中で溜息をした。
しばらくすると京子自慢の高級なおいしいコーヒーセットが来た。
正直、味のほうはよくわからなかったが、癖もなく香りが強かった。また、ケーキのほうもコーヒーを引き立てる様に味わい深い美味しいものだった。
ふと、コーヒーを飲みながら京子を見る。
そこには嬉しそうにコーヒーを嗜む京子が居た。
『朝とは大違いだ。まあ、アレは俺が全面的に悪いけど……少しは日ごろの鬱憤が晴れたかな?』
そう思いながら、一口コーヒーを含んだ。
ふと視線を湖に面した大きな窓に向ける。
すでに、日は傾き始め、赤い太陽の光が湖面にぶつかり、キラキラと反射していた。
『こんな綺麗なところに魔物がいたなんて……信じられねーな』
風景を見ながら、ビーニャの言っていたことを思いだした。
そんな時、一人だけパソコンを広げた黒いショートボブの女の子が窓辺の隅に座っているのが見えた。服装や雰囲気が妙に俺と似ている上に、左目には何やら細かい文字が入った黒い眼帯をしているので、目についたのだ。歳は15~6歳ぐらいだろうか。仏頂面のままゆっくりコーヒーを飲んでいる。
『なんとまあ、アレな眼帯だな。もしや……いや、考えすぎか。昨日魔物が出たからって、過剰に心配しすぎか?』
視線を外す。すると少しだけ悪寒がした。
『なんだ?誰かに見られたような?』
感づかれないようにゆっくりと辺りを見回す。
しかし、監視するような人は見当たらなかった。
「どうした?裕次郎。知り合いでもいたのか?」
「いや……何でもない。少し疲れてるだけだ。昨日は夜中のシフトだったし」
「そうか。そんなきつい時に、今日は付き合ってもらってすまない。本当に助かった。もし次もあれば手伝ってくれるか?」
「ああ、喜んで。というか、付き合い長いんだから暇ができたら遊ぼうぜ。二人で合うのが嫌だったら麻紀なんかも呼んで……」
俺の言葉を遮るように京子が強い口調で叫んだ。
「いいのかっ!?一緒に遊んでも!!いいのか!?!?」
身を乗り出すように語る京子の迫力に少しだけたじろぐ。
「あ……ああ。麻紀も一緒でも全然かまわないぜ」
「ああ!確かにそうだ。実はこの服を選んでくれたのも麻紀なのだ!今度、お礼をしなくてはな」
「へ~。どおりで見たことない服だと思った」
まじまじと京子を見ると、顔を真っ赤にしてなぜか困ったような表情を見せる。そして呟くように聞いてきた。
「その……この服、似合ってるか?」
「?……ああ。すげー似合ってるよ。」
その言葉に、京子は顔を真っ赤にして満面の笑みを浮かべながら「そうか!……うん。そうか」と頷いた。
『京子は意外と美人だからな。こういう服を着ればホント女の子らしい。学校ですれ違っても動きやすさ重視の変な私服だからなぁ。エルみたいに、こういう女の子らしいところもこだわれば可愛いのに』
そう思うと、目の前にいる京子にエルの姿が重なった。
『いかんいかん!京子は大事な親友だ。そういう邪な考えを持つなんて……失礼だ!』
考えを振り払うように、残りのコーヒーを飲み干した。
苦みが喉を通り、気分が少し落ち着いた気がした。
☆ ☆ ☆
会計を済ませ、急に軽くなった財布をポケットに入れながら地下鉄の駅に向かうため、喫茶店を出る。
楽しい時間はあっという間に過ぎるようで、すでに日は傾き、辺りは夕日で真っ赤に染まっていた。
「本当にいいのか?昼食に続いてコーヒー代まで出してもらっても?」
心配そうに見つめる京子。
「ああ。問題ないって。こういう時のためにバイトしてるんだし。……まあ、気に病むなら今度遊ぶときにでも出してよ?」
「ああ!任せろ!」
京子は笑みを浮かべ、胸を張った。
――その時、近くで「キャーーーー!」という甲高い悲鳴が聞こえた。
急いで声のした方角を見る。
そこには、3メートルはゆうに超える筋骨隆々の男がショートソードを振り上げながらゆっくりと歩いていた。
バイキングがしているような木製の兜に上半身は裸、ブーメランパンツのような皮の茶色いパンツに、腰までのマントを羽織っている。
右手にはショートソード、左手には円形の小さな盾。姿かたちこそ古代人のような人間であったが、その巨大さとありえないような筋肉の盛り上がり、そして全身から漂う禍々しい嫌なオーラがその男が魔物であると物語っていた。
「ぐおぉぉおおおおおおお!!」
魔物が野太い咆哮を上げる。
その咆哮は強烈に禍々しいオーラを周囲に拡散させた。
周辺の一般人は恐れおののき、悲鳴を上げながら四方八方に逃げて行った。
「アレは……なんなのだ!?」
京子が少し後ずさる。
俺は京子の前に立ち、思わず呟いてしまった。
「やっぱり出やがったか……魔物が」
「なっ……裕次郎?お前はアレが何か知っているのか?」
「知ってるっちゃ、知ってるが……詳しく説明する時間はない。簡単に説明するとしたら……俺らに危害を加えるヤベーヤツってことだけだな」
「どうする?」
「とりあえず、距離を取る。走れるか?」
「ああ。なんとか」
俺は返答を聞いたらすぐに京子と歩調を合わすように走り出した。
しかし、すぐに止まらざるえなくなった。
「ガウッ!ガウッ!」
「!?」
狼のような大型の犬が数十体、俺たちを取り囲むように現れたのだ。
目は血走り、口からは涎をダラダラと垂らしながら、禍々しいオーラを放つそいつらもまた、普通の獣ではなく、魔物だった。
何とか隙をついて逃げようとするが、奴らは統率の取れた素早い動きで回り込んでくる。そして、ついには逃げ道を絶たれた。
魔物自体はそう強くはなさそうだが、数が多い。俺一人だったら怪我をしてでも突っ込むが、京子に怪我を負わすわけにはいかない。こうなったら、剣で退路を開いて京子だけでも先に逃がすことにするか。
「くそっ!……仕方ない。俺が退路を開く。京子はそこから逃げてくれ」
「なに!?一体どうやって」
「こいつを使うのさ!」
笑いながら、腰にある剣を抜き、魔法を解いた。
「なんと!?その剣……いったいどこに隠していたのだ?しかも……なんとも不思議な力の流れまで見える。裕次郎。お前は……一体」
「京子の幼馴染……轟 裕次郎さ。まあ、異世界じゃ『勇者ユウ』なんて呼ばれてたけどね」
「い!?異世界!?」
京子が素っ頓狂な声を出して驚くのと同時に、狼に向かって切りかかった。
中級爆炎魔法を剣に込めて魔物に切りつける。
切られた魔物は斬撃によるダメージのあと、魔法効果が発動し、爆発炎上する。
狼の魔物は爆発の勢いで吹っ飛び、火だるまになりながら宙を舞い、地面に激突する。
地面に落ちた魔物は、しばらくのたうつが、すぐにピクピクと痙攣し、絶命する。
間髪開けずに次々と切りつける。
魔物は予想していた通り強くはなく、次々に宙を舞い、火だるまとなって死んだ。
しかし、狼の魔物の数は一向に減らなかった。
『くそっ!次から次へと……なかなか退路が開けない!』
イライラしながら切りつけていると、ある事を思い出した。
『そうだ……こんな時は魔法で一気に倒せばいいんだ!久しぶりの戦闘だから忘れてた!』
俺は本来、武器に魔法を付与して戦うことを主にしている。
それは、与えるダメージを一体に集中させるためだ。魔法を込めた剣で攻撃すると、剣の斬撃ダメージと、込めた魔法のダメージ、それに媒体となる魔法武器の効果も合わさるので1対1で戦う機会の方が多かったのでそっちの方が効率的だったからだ。
しかし、今回のように一斉に多数の魔物と戦う場合は、魔法を発動させた方がいいときがある。
ダメージが分散する上に、魔法武器の効果も無くなるので、敵が多ければ必ずそうするとはいいがたいが、比較的弱い今回の相手にはこっち方が効率的なはずだ。
思い出した俺は、高位爆裂魔法を発動させる。
魔法が発動し、狼の魔物の密集したところに魔法陣が現れると「ドーーーン!」という大きな爆音を轟かせ、爆発した。
同時に土煙が舞う。
「げほっげほっ!近すぎた!!」
まさに自滅である。どうも久しぶりの戦闘で感覚が鈍りに鈍っているようだ。魔物は吹き飛ばしたが、こうも視界を悪くしては意味がない。
すぐに警戒するが、感覚が鈍っているので気付けなかった。
気配を察知して振り向くと、土煙の中から、飛び掛かる狼の魔物が見えた。
危機を感じ、周りがスローモーションのように見える。
顔から2メートル先の空中で大きな口を開け、喉元に食らいつこうとするその魔物から逃れられるだけの時間はもう、無かった。
5月8日タイトル&後半部分改稿




