9話
父さんや母さんからたくさん話を聞かせてもらって、お土産のお菓子もたくさん持たせてもらって、連休明け、僕は学園へと戻ってきた。
本音を言えばもう少し父さんと母さんの話を聞きたかったけれど、それは夏休みまでお預けだ。
「おかえりザック、実家はどうだったんだ?」
「父さんと母さんが友達になった。」
「…え?何どういうこと?
まさか離婚したのか!?お前の両親!?」
「え?してないけど」
「はぁ?」
本当に言葉通りの意味なんだけれど、学園にいたエリオットに伝わるはずもなく、訳がわからないとただ睨まれてしまった。
「両親の過去の話を聞いたんだ」
「最初からそう言えよ。」
エリオットは呆れたようにため息をつくと、僕の前に、一枚のポスターを差し出した。
「何これ?操縦レース?」
「そう、学園発祥の競技で、なんでもありの障害物競走だよ」
エリオットが指をさしているところに書かれた文字に目を凝らすと、どうやらそれは操縦レースのルールについて書いてあるようだった。
①参加者はかならず乗り物に乗ること。
・自身が操縦できるものなら、従魔はドラゴンでも牛でも種類は問わない。
・また、魔法使いは自身のもつ魔力で飛ぶならば、箒などの無機物の使用を可とする。
・自身で作り上げ、整備をしている物ならば魔導バイクや、飛行車の使用も可とする。
②コースに制限はなく、地上を走る、空を飛ぶ、地下を進むなど乗り物に適した方法で進むことができる。
しかし、フラッグの立っているチェックポイントの通過を義務とする。なお転移魔法のみ違法行為とする。
これを破りチェックポイントをスルーした者は失格とする。
また、コース中にある障害物にぶつかるなどして走行不能となったものはリタイアとみなされる。
③他者への妨害について。
直接人体への攻撃でなければ可。
乗り物への攻撃、地形の利用、協力関係を結び撹乱するなども失格の扱いにはしない。
「小難しいことも色々書いてあるけど、要は何に乗ってもいい、ライバルの邪魔をしてもいい、コースを走って一番最初にゴールしたやつが勝ち!ってこと」
「へー!面白そう!」
「だろ!?ザックならそう言ってくれると思ってお前が実家に帰ってる間に、色々先輩達に聞いて回ったんだよ。
これが、かなりの規模らしいんだ。
ザックは両親から聞いたことなかったか?」
「学園には色々な行事が年間を通してあるんだよってことは聞いていたけど、詳しいことは何も。」
「俺もなんだよな。こんなに大きな大会なのに」
「当たり前すぎて伝え忘れたのかな?」
二人して首を傾げてみても、両親の考えなんてわかるはずもない。
こんな楽しそうなことを教えてくれてなかったことは後で文句を言うとして、僕は改めて操縦レースのポスターの下の方に書かれた小さな字に目を凝らした。
「へぇ、年齢制限はないんだね」
「そう!手続きさえ踏めば一年生からエントリーできるみたいなんだよ!!
………まぁ、大抵は先輩達と実力差がありすぎて辞退するか、記念エントリーで終わるらしいけどな」
がっくりとエリオットは肩を落とすが、内心はとてもレースに出たいのだろう。
ルール欄にチームを組むこと自体は失格にならないって書いてあるし僕自身も興味はある。
エリオットがやりたいのなら、やれるところまでやってみるのはありだと思った。
「一緒に出ようよ、エリオット」
「え…でも…」
「うーん…一位は流石に無理だと思う。僕も。
でも、やりようはあると思うんだよね、
例えば、記念エントリーです!って顔をしていれば先輩達はわざわざ僕達に構ってる暇もないだろうし、スタート地点が少し落ち着いた後、最後尾から出発すれば前方で先輩達が勝手に潰しあってくれてるだろ?
設置された罠は踏み抜いた後だろうし、地面も最後には踏み固められて平坦になってるからきっと走りやすいと思うんだ。」
「おおぅ…?」
「出たいんだろ?エリオットは」
「それは、出たい…けど…」
「ならやればいいじゃないか
僕がサポートに回って、エリオットが一年生の最高記録を取る。
二人で取る順位だ!どう?この作戦は?」
「…最高だよ。」
それから夢中になって作戦を練っていたらいつのまにか始業時間ギリギリで、薬学の時みたいに全力疾走をする羽目になったんだけどね。
学園が広いのがいけないと思う。
魔法とか色々な技術使って転移陣とかあちこちに設置してくれればいいのに。
そうすればきっと遅刻する生徒も減るはずだ。
「ザック、やばいって、おい!」
「へ?」
「グレイシー、随分とボーッとしていたようだが私の講義はそんなにつまらないか?」
そんなことをぼーっと考えていたらいつの間にか先生がオーガみたいな顔をして僕の席の前で静かに見下ろしていた。
あまりの怖さに思わずヒュッと息を呑んだ。
隣に座ってたエリオットが先に先生の怒りに気がついて僕を揺すぶってくれていたみたいだけど、意味なかった。ダメだった。遅かった。
僕は今ヘビに睨まれたカエルだ。
「ハウンド魔獣の対策について答えろ」
「…は!…ハウンドは五感が大変に鋭く、集団で獲物を狩る習性を持つものが多いため、囲まれたら逃げることは困難です。
もし囲まれてしまった際は、一時的に高いところに避難するか、あるいは獣らしく炎が苦手なものが多いため、火炎瓶や五感を刺激する匂い袋や音爆弾などで撤退させるのも有効な手段とされています。」
「…ふん…勉強はしているようだな。
次からしっかり講義を聞くように。」
「はい…すみません」
知っててよかった!!!!!!
少し不服そうに黒板の方へ戻る先生の背を見送りながら、心の底からホッとした。
隣で様子を見守っていたエリオットまででかいため息をつくくらいには緊迫した空気だった。
厳しいことで有名な魔獣学の先生だ。
もしあの質問に答えられてなかったら山のような補習か、雑用が待っていたに違いない。
そうすれば操縦レースの準備もできず、参加も難しかっただろう。
本当に魔獣学が得意でよかった。
それもこれも幼い頃から父さんが仕事の休みの日に実演込みで色々教えてくれていたおかげだ。
ありがとう父さん。本当にありがとう。
「ザック?」
「ちょっと父さんに感謝の祈りを捧げてた」
「はぁ?また怒られるぞ?
それよりほら…」
エリオットから差し出されたのは折り畳まれた小さなメモ。
その中には『操縦レースどうする?』って小さな文字で書かれていた。
なんだか悪いことをしてるみたいだ。
でも秘密の作戦会議みたいでなんだかワクワクもする。
一度難を逃れたし、流石に一度の授業で二度は詰められないだろう。
多分、いくら魔獣学の先生でも。
少し怖いけど、それもまた楽しくて僕も『コース見てると結構大変そうだよね』と小さく書いてメモを返した。
正面を向いて先程より真剣に講義を聞いてるフリをしながら時々ノートに書き込むようにメモに返事を書く。
そうやってエリオットとコソコソ操縦レースの作戦会議を始めたんだ。
『とにかく全部直進して突っ切るのは?』
『却下。』
『空飛ぶ?』
『どうやって?なんの絵?これ』
『ドラゴン』
『無理。
あと、これはドラゴンじゃないバケモノ。』
今、一つわかった。
エリオットは絵が壊滅的に下手だ。
エリオットがドラゴンだと言って渡してきた絵は、腕が首から生えてるし、その腕もグネグネだし、尻尾がやたらと長くて翼は小さい。
こんなバケモノ見たことない。怖い。
『今の僕達に必要なものは?』
『ドラゴン?』
『真面目にやってる?』
『冗談だって
乗り物…しか思いつかない』
『そうだね、どうやって確保するの?
なにか宛はある?』
『それは後で説明する。』
とりあえず乗り物のことは横に避けておいて、そのまま作戦会議を重ねていくと、安全なルートを確保するために、上空からの偵察は必要不可欠だよねという話になった。
ただでさえ操縦レースは初めてのことで、僕達にはわからないことだらけだ。
現在ポスターで判明しているコースの情報だけでも森を抜けたり岩山を回ったりするようで、場所によってはかなり視界が悪くなる可能性もあった。
そんな中、ただ闇雲に突き進むより、上空から罠の有無や、前方にいる先輩達との距離を確認して、安全にルートを進めているかが分かれば相当大きいはずだ。
けれど、僕達は空を飛ぶ手段を持ってない。
なら、もう一人空を飛べる仲間を探せばいいじゃないかって話になったんだ。
早速授業の後、同じ黄色寮にいる魔法科の同級生達に片っ端から声をかけてみたけれど、結果は惨敗。
理由は怖いとか、危ないからって。
そう思うのも無理はない。
それで無理やり参加を迫るわけにもいかないけど歯痒い気持ちがあったのも事実だ。
「揃いも揃って弱虫め!」
「まぁまぁ…仕方ないよ
もし見つからなくても二人で出ればいいさ」
そうは言ってもやっぱり空からの偵察は欲しい。
もちろん、先輩達と同じ土俵で戦うつもりなんて端からないけど、皆が心配するような危険もないのかと言われたら、わからない。
どうしようとエリオットと二人で頭を抱えていたらいつのまにか昼休みの時間になっていた。
「どうしたのよ?貴方達?」
「…魔法使いの友達がいないんだ」
「失礼ね、友達だと思っていたのは私だけってこと?」
「……え?」
聞き慣れた声につられて顔を挙げると腕を組んで頬を膨らませるブリジットがいた。
「あ。」
「なによ?」
「そういえばブリジットは魔法科だよね?」
「だからさっきからなんなのよ!」
痺れを切らせたブリジットに怒鳴られ僕とエリオットは現状を相談してみることにした。
もしかしたら彼女の知り合いの魔法使いを紹介してくれるかもしれないってそんな打算もありながら。
「操縦レースに?」
「…そう、僕とエリオットでエントリーしようと思うんだけど、空からもルートを確認してくれる仲間が欲しくて…」
「……いいわよ」
「え?」
「私がエントリーして貴方達を助けてあげるわ」
「い、いいの?ブリジットは青寮なのに…」
「別に優勝するわけでもないし、先輩達の邪魔をするわけでもないわ。
友達をちょこっと助けるだけでしょう?」
「それはそうだけど…」
ブリジットは女の子だし、怪我とか無理をして欲しくはないんだけど。
そう思っているのは僕だけなのだろうか。
やる気になったブリジットはエリオットとすっかり盛り上がってしまっている。
今更反対もできないし、有難いのは確かだけど、正直心配だった。
「…無理はしなくていいからね?」
「大丈夫よ
ゆっくり気をつけて飛ぶから」
「ならいいけど…」
「ところで肝心の乗り物はどうする予定なの?
私は持ち前の箒があるからそれに乗るけど…」
そう、そのことも考えなければならない。
レースまではあまり時間もないし、早いところ相棒となる乗り物を決めなければいけなかった。
今からバイクや車を作る技術があるかと言われればないし、魔法使いのように箒でスイスイ飛べるかと言われたらそんな技術もない。
そんな僕らの選択肢は限られている。
騎獣になる従魔を手懐けることだ。
僕ら下級生はまだ行ったことがないけれど、エリオットが先輩達に聞いて回ったところ、この学園には魔獣の生態を学ぶために用意された、馬鹿みたいに広い魔獣管理区域というものがあるらしく、そこで従魔契約を行うことができるんだって。
騎獣と仲良くなることができればその子に乗って参加することができる。
「…放課後に取りに行く予定なんだ。」
「…あぁ、管理区域に?」
「そうそう」
「ザック達なら大丈夫だと思うけど、気をつけて行ってきてね。
とりあえず私の方でもエントリー手続きはしておくわ。」
「ありがとう!」
「今度購買のお菓子奢ってよね」
「勿論!」
ブリジットと協力する算段が取れたところで休み時間の終わりを告げるチャイムの音が鳴って僕達はそれぞれの授業へと向かった。
着実に準備が整って行く様が楽しくて僕とエリオットはずっとワクワクしっぱなしだ。
そんな状態で授業に力が入るわけもなく、次の授業では二人揃って課題を増やされることにはなったけど。
放課後が待ち遠しくてそれどころじゃなかった。




