10話
「すっげー…ここが管理区域」
「わぁ……広いね…」
二人揃って空いた口が塞がらない。
そもそも学園の地下に降りたら魔道列車が走っているだなんて誰が想像できるだろう。
魔道列車に揺られ地下道を抜けるとそこには広大な大地が広がっていて…さっきからずっと驚きっぱなしだ。
「魔獣管理区域?」
「そう、先輩達が話してたんだよ。
学生なら魔道地下列車に乗っていつでも自由に行けるし、従魔契約を結ぶこともできる場所があるって。
道具も学園が用意してくれるんだってさ。」
「へー乗り物の宛があるってそれ?」
「そう!魔法使いの仲間を見つけたら、放課後に早速行ってみようぜ!」
魔獣学の作戦会議の後、エリオットとそんな話をしていたけれど、ここまで広いとは流石のエリオットも知らなかったみたいだ。
列車の中で学生向けに配布されている管理区域マップを確認しただけでも、学園の裏にある小さな森とは違って、草原や岩場、湖や森と、かなり自然環境に近く、それぞれ魔獣に適した環境が用意されているのがわかる。
けど、こんな自然に溢れている中で景観を損なうほどに目玉の形の監視ゴーレムがそこら中を飛んでいた。
言葉の通り、学園で管理がしっかりされているんだろう。
授業で魔獣の生態について直接学んだり、実際に討伐したり、素材を取ったりと色んな用途で使われてるみたいだ。
そしてまさに、管理区域こそが操縦レースの舞台となるらしい。
「で、どこから見る?
寮の門限に間に合うように帰りの時間を考えるとあまり長居はできないぜ?
ザックは魔獣のことセドリック隊長から色々と教わってるんだろ?」
「うーん…そうだね
そもそも狙いの魔獣がいるとも限らないけど、湖と岩場は外してもいいと思う。
水生魔獣はレースにそもそも向いてないし、岩場には飛行型魔獣が多く生息しているはずだけど、空を飛ぶのはかなりの技術がいるらしいから今から練習するんじゃレースに間に合わない。」
「なら、草原か森?
でもこの草原見渡す限り何もいないけど?」
「そうだね、角ウサギとかスライム、コボルトなんかは居るみたいだけど流石に乗れないよね。」
「俺嫌だ。スライムに乗ってレースに出るとか」
「わかってるってば
あと、気性が荒いのも危ないし、比較的穏やかで人が乗れるってなったら相当絞られるんだよね、例えば牛とか。」
「牛!?魔獣じゃなくて!?」
「ルールのところにも書いてあっただろ?」
「…ドラゴンは?」
「無理に決まってるだろ
あとあのバケモノも居ないからね。」
管理区域とはいえ、魔獣はほとんど野生の状態で放たれており、角ウサギの子供も見かけたから多分かなり自然に近い形で、生態系も作られているんだろう。
気性の荒い魔獣の生息地域には、注意看板はもちろん、電気柵も設置されていて洒落にならない。
エリオットと細心の注意を払いながら森の中を探索することおよそ一時間。
魔獣自体は何度か見かけることはあっても、植物型や蜂、ヘビだったりと乗るには適していないものばかりだった。
やがて森の中にある少し開けた場所に着くと、そこに僕の目当ての魔獣はいた。
「あ、いた。」
「お!どんな魔獣!?
…ってただの馬じゃねぇか」
「そう、馬。」
「魔獣じゃなくて?」
「あれはウインドホースっていう見た目も性能もほとんど馬だけど、れっきとした魔獣だよ。
父さん曰く、比較的おとなしいし、頭もいい。
その名の通り風を操る力を持ってるんだって。
繁殖方法も判明していて、騎士団にいる馬のほとんどはウインドホースになってるみたい。
初心者でも扱いやすいらしいよ。」
「……えー…なんかつまんなくね?」
「確かにドラゴンには勝てないし、ハウンドとかに比べたら攻撃手段もあまりないかもしれないけど、こういうレースは結局乗り物として優れてるやつのほうが有利なんじゃないかなって。」
エリオットはどこか納得してなさそうだが、僕からすればこれ以上ない魔獣だ。
前に母さんと父さんの忘れ物を騎士団に届けに行ったことがあるけど、ちょうど騎獣訓練のタイミングでウインドホースを自在に乗りこなす父さんがすごくかっこよかったんだ。
その時の僕はまだ小さかったけど今でも鮮明に思い出せるくらい衝撃的な記憶だ。
あまりにもウインドホースがかっこいいから「僕も乗せて!」とねだったけれどまだ小さいからダメだって言われたんだよね…。
すごくショックで、大きくなったら絶対乗せてもらおうと思ってた。
そんな魔獣が今、僕の目の前にいる。
それだけでもう胸がいっぱいになりそうだった。
「で?どうやって手懐けるんだ?」
「乗る。」
「は?え?いきなり?」
「本来なら長い時間をかけて、慣らしてとかテイム系の魔法をかけたりするみたいだけど、僕らにはそれができないでしょ?」
「そうだな」
「要は乗れたらいいんだ。
だから振り落とされないようにする。」
「おい、ザック」
「なんだよ」
「多分それ間違ってる。」
エリオットに微妙な顔をされたけれど、僕はそれ以外にやり方を知らない。
だって父さんが言ってたんだ。
大抵の魔獣は乗ればわかるって。
「普通敬意を払ってお辞儀をするとかさ
目と目を合わせて、赦しを得るとか…こう…
なんかあるだろ!?」
「僕は知らない!」
「あっ!?おい!?」
エリオットの静止を振り切り適当な石を踏み台にしてウインドホースへ飛び乗ろうとした。
けど、そんなうまく行くはずもなく…
ウインドホースは僕の気配に気づいてチラリと視線を向けたと思ったらパカパカと軽快に蹄の音を鳴らしながら逃げていってしまった。
「…そんなに都合よくはいかないか」
「俺、ザックのこと頭いい奴だと思ってたんだけどさ、意外とバカなんだなって今知った。」
「失礼だな。」
改めて、魔獣ってどうやって手懐ければいいんだろうね?と二人で作戦会議をしたんだけど、僕の乗る理論は却下され、結局エリオットが言っていたお辞儀をして敬意を払って語りかけてみよう。という話に落ち着いた。
「ほらいたぞ、多分さっきのやつだ」
先ほどの開けた場所から少し行った先に再びウインドホースを見つけ、僕達は咄嗟に茂みに小さくなった。
「ザック、落ち着いて行けよ。
間違えても急に乗ろうとするな。」
「わかったってば。」
腰を低く落とし、ゆっくりとした足取りでウインドホースの視界に入るように動く。
驚かせないように、怖がらせてしまわないように、静かにだ。
僕を視界にとらえたウインドホースは何を考えているのかわからないガラス玉のような瞳でこちらをじっと見つめていた。
「エリオット、これどうすればいい?」
「知るかよ!」
ブルルルルル…
草の影に隠れたエリオットに尋ねてみるも無責任なことにこちらに丸投げだ。
そもそも語りかけるとは言ったものの何を語りかければいいのか考えてもなかった。
「こ、こんにちは?」
「馬鹿野郎…」
うるさいな、挨拶は大事だろう。
それに何も思いつかなかったし。
僕とウインドホースの間には何とも言えない気まずい時間が流れていた。
「えーっと…さっきは驚かせてごめんね。
僕、今度の操縦レースに出たいんだけど、もしよかったら僕を乗せてレースを走ってくれないかな…?」
そもそも魔獣に人間の言葉が通じるのかもわからないけれど、僕なりに誠意を持って伝えたつもりだ。
あとはどうやって対話すればいいんだろう?
父さんが女性を褒めるなら具体性が大事だって言ってたけど…
天気がいいですね、とか毛並みが素敵ですねって褒めたりすればいいんだろうか。
ゆっくりと一歩、近づく。
ウインドホースは動かなかった。
そしてもう一歩、距離を詰める。
それでもウインドホースは僕を見つめるだけ。
一歩、二歩、どんどん近づいていって、僕は気がつくとウインドホースの目の前に立っていた。
「…いいの、かな?」
ブルルルルル
実家の隣に住んでるおばさんに犬は高いところから手を出されると恐怖心を感じて嫌がるって聞いたことがある。
馬も同じかもしれない。
慎重に下からそっと手を出してウインドホースの反応を見ながら首筋をそっと撫でた。
逃げることも抵抗もされなかった。
ただ受け入れてくれているのがわかる。
「はは…すごいや…」
感無量ってきっとこういうことを言うんだと思う。
ウインドホースに触った瞬間、僕はこの子のテリトリーに入ることを許されたんだと思う。
それが嬉しくて、相手が従魔契約前の魔獣だとかそんなことも忘れて、ただ暖かくてサラサラな毛並みを噛み締めるみたいに撫でた。
「…乗ってもいい?」
魔獣は人間の言葉を喋れないから答えが返ってくることはない。
でも、エリオットの言ったように敬意を払うことはきっとすごく重要なことなんだと思う。
嫌なら抵抗をする。しないのが答え。
人間よりずっとわかりやすい。
きっと父さんの乗ればわかるってこう言うことだったんだと思う。
嫌ならそもそも乗せてもらえないんだ。
小さな僕のために少し屈むようにして受け入れてくれたウインドホースに乗り上げる。
逞しい背中から見える景色はいつもよりずっと高かった。
怖い気持ちも少しあるけど、それよりもずっとワクワクした高揚感でいっぱいだった。
「よかったな、ザック」
「うん!ありがとうエリオット!」
「で?これってソイツを手懐けたってことでいいんだよな?」
「そうだと思う。
あとは、僕用の契約バングルと対になってる目印をこの子につけて貰えばOKだよ」
この管理区画に入る際に入り口で申請すればもらうことができる従魔契約キット。
一通り受けた説明によると、手順通りに使うことで契約魔法が自動的に発動し、主人と従魔の間に契約が結ばれるらしい。
てっきりお互いの血を交換したりする儀式を想像してたけど、そんなのは大昔の話らしい。
最近はワンタッチで従魔契約ができるし、ワンタッチで契約解除も可能なんだって。
拍子抜けもいいところだ。
そんな簡単なことで平気なのか少し不安ではあるけれど、平気なんだって。
契約魔法と一緒に感知魔法も内蔵されてるからお互いに攻撃の意思があったり、従魔契約を悪用しようとしたら大音量で警報が鳴り響くようになってるみたいだ。
従魔側につけてもらう目印にも種類があって、硬い鱗を持つものや耳のない鳥系には足輪タイプが、ハウンドなど耳のある魔獣にはイヤリングタイプが推奨されていて、ウインドホースなら後者になる。
僕はカバンから目印を取り出すとそっとウインドホースの耳元へセットした。
「じっとしててね」
ブルル…
カチッと小さな音を立ててウインドホースの耳にイヤリングが装着されると僕の持つバングルが一瞬淡い光を放って、それで終わった。
「え、終わり?」
「みたいだね?」
「なんか拍子抜けだな?
それで?ソイツどうするんだ?
連れて帰るのか?」
「ん?うーん…どうしようかな…」
学園には契約した従魔を置いておける従魔小屋もあるらしい。
けれど、僕はまだ行ったことがないからこのウインドホースを連れ帰ったところでこの子に合う環境なのかはわからない。
かと言って野生のまま好きにさせておけば最悪の場合魔獣同士で戦って死んでしまうことだってある。
「…君はどうしたい?」
僕に判断は難しくて、ウインドホースにそう尋ねると、僕の周りをくるくると回り、頭を頬に押し付けられたと思ったら森の方へと駆けていってしまった
「は?逃げたぞ?」
「自然のがいいってことなんじゃない?」
「呼んだら来るのか?」
「どうだろう…多分?」
「おいおい…まぁ、どうせ騎獣の練習もしなきゃ行けないし明日また実験すればいいか?」
「そうそう、それよりエリオットの従魔も探さなきゃだよ!早く行こう!」
ウインドホースと契約をするためにかなり時間を使ってしまったし、残された時間は少ない。
エリオットにはたくさん助けてもらったから、次は僕がエリオットの気にいる従魔と仲良くなるために手を貸す番だ。
エリオットならきっといい従魔と出会えると希望を持ちながら僕らは再び森の中を探索し始めた。




