11話
エリオットの騎獣になりそうな魔獣を探しながら森や草原をあちこち回ったんだけど、なかなかめぼしいものに出会えず、気づけば空はもうすっかり赤く染まり始めていた。
「なかなかいいのが居ねぇな…」
「いや、居るには居たけど…」
決して出会いがなかったわけじゃない。
ハウンドの魔獣はあちこちにいたし、僕と従魔契約をした子とは違うウインドホースもいた。
珍しいものだと熊型魔獣、グリズリーなんかも見かけたけど、エリオットはそれらを見ても頑なに首を振るばかりだった。
従魔契約で妥協することはできない。
気に食わない相手の上に乗るのも、気に食わない相手を乗せるのもお互いに危険があるから。
お互い納得して従魔契約を結ぶのが一番大切だと今さっき自分自身で経験したばかりだ。
だからこそこうして時間ギリギリになるまで探すのに付き合っていたけれど、寮の門限も考えると今日はこれで終わりにするしかない。
「明日また探しに来ようよ。
まだ操縦レースまでは時間あるし、きっとエリオットが気に入る子がいるって。」
「…ごめんな」
「謝ることじゃないでしょ?」
申し訳なさそうなエリオットの肩を叩いて、帰りの魔道地下列車の時間を調べようとパンフレットを開いたらまさにその時。
ズシン…と腹の底から響くような音がした。
僕とエリオットは咄嗟に身を屈めて危険を確認しようとしたんだけれど、その状態に気がついた瞬間エリオットが目を輝かせたんだ。
「…ザック、俺アイツにするわ」
「本気!?」
「対話できると思う?」
「…流石に難しそうじゃない?」
「だよな、じゃあどうすればいいのか、ザックが一番最初に教えてくれてたよな?」
「まさか…」
「落とされないように乗る!!」
「馬鹿野郎!!」
駆け出していったエリオットは止まらなかった。
結局、寮の門限スレスレまで時間をかけて従魔の契約はできたんだけど…
その従魔を見て僕はなんとも言えない気持ちになった。
エリオットが嬉しそうだからそれ以上言うことはなかったけれど。
_________
そして迎えた、操縦レース開催日
「今年もやって参りました!
シンフォニア王立学園のメインイベント、操縦レース!
司会は私、紫寮のアリスティアが行います!」
その日は晴天。
拡声魔法を使った威勢のいい司会者の声が辺りに響き渡ると、それに応えるように盛り上がった生徒達が大歓声を上げた。
「すごい熱気ね」
「そうだね」
ブリジットとスタート地点前で合流をし、二人でエリオットの到着を待つ。
どうやら騎獣の準備に手こずっているみたいで到着はスタートギリギリになるかもしれないって前日の夜から僕に言っていた。
「ザックの従魔素敵ね。」
「ウインドホースだよ」
「よろしくねって種族名じゃない。
名前は?付けてあげないの?」
「うーん…色々考えはしたんだけど、どれも嫌だってされちゃったんだよね」
「例えば?」
「キャロットかアップル…ホウレンソウもいいかなって思ったんだけどさ…」
「ザック…それは流石に私も嫌だわ。」
「そう?可愛いと思うんだけどな?
馬って野菜好きだし…
結局、この子は野生が好きみたいだからペットみたいにするのは違う気がしたんだよ。
ウインドホースって呼んでもちゃんと僕に反応してくれるし。」
「ならいいけど…」
ブリジットはどこか納得してなさそうだったけれど、これは僕がウインドホースとちゃんとお話しして決めたことだ。
エリオットも残念なものを見る目で僕を見ていたけど、なぜかはわからなかった。
「それにしても何人いるんだろう…」
「今年の参加者は226人ですって」
「わぁお…」
スタート地点には参加者の人数だけ多種多様な乗り物があった。
錬金術科や魔導科学科なんかは自作のバイクや車、スケートボードにロケットブーツを履いて列に並んでいるし、魔法科はやはり箒を使う人達が目立つけれど、中には絨毯に乗っている生徒もいる。
それからやはり騎獣に乗っての参加者が圧倒的に多い気がする。
僕と同じウインドホースをはじめ、グリズリーもいるし、他にも鹿、鳥、ワイバーン、珍しいところでは突然変異したのかデカすぎる角ウサギなんかも目を引いた。
「今回の大会の優勝候補者の紹介をします!
まずオッズ一位!赤寮所属のゲイリー・マーク!騎士科の7年生です!
相棒はドラゴン種であるファイヤドラゴン!
前回も優勝している猛者です!
最強種ドラゴンのパワー、スピードは他者の追従を許しません!圧倒的強者!」
紹介を受けゲイリーと呼ばれた先輩は腕を大きく突き上げた。
それに合わせるように騎獣のドラゴンもブレスを吐き出す。
熱気がこちらまで伝わってきそうな業火のドラゴンブレスだ。
あまりにもすごいパフォーマンスに観客達は歓声を上げて僕は空いた口が塞がらなかった。
「続いてオッズ二位!
青寮所属!魔法科7年生!
マドンナ、シェリー・ナイトローです!
彼女の操る箒は機動力抜群!
さまざまな魔法を使いこなす魔法のスペシャリストでもあります!
周囲への妨害はもちろん障害物だって彼女の結界魔法の前では意味をなしません!」
「あ、先輩だ。」
「知り合い?」
「えぇ、同じ寮で同じ魔法科だから色々とお世話になってる先輩なの。
すごく素敵な人で、ファンも多いのよ。」
シェリーと呼ばれた先輩は魔導カメラに向かってセクシーなポーズを取り、投げキスを一つ。
男子生徒達の間にどよっとした低い歓声が湧いた。
「続いてオッズ三位!
白寮所属!こちらも7年生!錬金術科の天才!ノルド・カーティス!
彼の最先端発明には世界の注目が集まります!
どうやら今回の乗り物はバイク型のようですが果たしてその性能や如何に!?」
ノルドと呼ばれたその人がフラスコを天高く投げると空には大輪の花が咲いた。
こちらはシェリー先輩と違い女子生徒からの人気が高いのかキャー!!って耳が痛くなる歓声だった。
そんな人気の三人の紹介が終わったところで大会のルール説明や注意事項がまだ告げられ、スタートまで残すところあと十分。
会場の熱気はどんどん上がっていっていた。
「エリオット、遅くない?」
「そろそろ来るはずなんだけど…」
ブリジットに言われ、確かめるように会場の入り口に視線を向けると遠くからドスドスと土煙が上がるのが見えてすぐにエリオットだって分かった。
だってこの会場にいるどの騎獣よりも大きな影だったから。
「おーいザック!」
呑気に手を振りながらこちらに向かってくるエリオットに会場はどよめきが走った。
それもそうだ。あれだけ大きければ注目も浴びるだろう。
機動力の求められるこのレースで機動力を殆ど捨てたような騎獣に乗ってきたんだから。
「なによ、あれ…」
「デカいトカゲ。グランドオオトカゲだよ。」
「違う、トカゲじゃないぜ
こいつはドラゴンだ!」
エリオットは誇らしそうにオオトカゲの鱗を撫で、オオトカゲもまた嬉しそうにキュルキュルと鳴いている。
そう、何を隠そう、僕らがあの日の最後に見つけた魔獣の正体がこれだ。
小さな丘ほどある巨体を持つ、ドラゴンではなく、トカゲである。
正気を疑ったけれど、ドラゴンに乗りたかったエリオットはすっかり大興奮。
何度も振り落とされそうになりながら、おとなしくなるまで乗り続けた。
例えるなら拳と拳で語り合ってた。
確かに一見するとドラゴンには見えなくもないが、グランドオオトカゲはブレスも吐けないし、爪も短い。それに何より尻尾が切れる。
「…トカゲなの?」
「トカゲだよ。」
「だからドラゴンだって!!」
エリオットがそう言って聞かないからそういうことにしてるだけ。
グランドオオトカゲは大きい分スタミナもあるし、トカゲらしく崖などを登ることもできる。
頭は決して良くはないけど、何もない直線距離を走るなら大きい分進みも早い。
案外悪くない選択肢かもしれないって最後には諦めたんだよね。
「あ、そろそろ始まるみたいよ」
「よし、最初はゆっくり様子見でね
二人とも無茶だけはしないでよ」
「わかってるよ!」
ゾロゾロと生徒達がスタートゲートに並び始め、200人を超える生徒と乗り物が並んだ光景はまさに圧巻だ。
すごい迫力でそこに並んだってだけでこの大会に参加した甲斐があったとすら思う。
先輩方の邪魔にならないよう一歩引いた後ろに三人揃って並び、司会者が高らかにカウントダウンをする様子を黙って聞いていた。
「3・2・1!スタートです!!!!!!」
掛け声と共に一気に前に進み出す生徒達。
早速遠くでは事故が発生したようで何人かの生徒が巻き込まれ転んでしまった様子が魔導カメラで撮られ、空に大きく映し出されていた。
「おっと!?ここでまた五人脱落です!
今年も先生方の仕掛けた罠が生徒達に静かに牙を向いています!」
落とし穴に落ちた生徒や、ネバネバした罠を踏んで動けなくなる生徒。
空中では糸が張られていたり、脱落者はどんどん増えていった。
「僕らもそろそろ行こうか
罠があるかもしれないから慎重に」
「そうね」
「よし!目指せ優勝だ!」
「「それは無理」」
エリオットはスタートギリギリに会場に来たからあのオッズ三人衆がとんでもない人達だなんてことを知らないのだろう。
もうこの時点で勝てる気はしない。
僕のウインドホースがパカパカと蹄の音を軽快に立て、エリオットのグランドオオトカゲはドスドスと土煙をあげる。
ブリジットはふわふわと僕らの目線あたりを浮かびながら遠くを眺めていた。
__________
「三つ目のチェックポイント通過!っと…
よし!これでちょうど半分ね!
私達かなり順調じゃない!?」
ゆっくりだけれど確実に。
空に映し出された映像には残り人数が書かれているのだが、僕達がゆっくり進んでいる間も着実に数を減らし続けていた。
「あんなにいたのにもう80人ですって」
「そろそろスピード上げる?
流石にもうここら辺は先輩達もいないだろうから罠さえ気をつければ…」
「うお!?落とし穴!?」
「エリオット!」
「もう!言った側から何やってんのよ!」
大きいというのはメリットがあると同時にデメリットもある。
足元が見えにくいし罠も踏む。
大方先に行った先輩達によって壊されたり踏み抜かれたりはしているようだがそれでも罠は確実に仕掛けられていた。
そして今まさにエリオットとオオトカゲはそれを見事に踏み抜いてしまったんだろう。
といっても落とし穴が小さくて、下まで落ちることはなかったけれど。
「魔法で持ち上げるからじっとしててよ!」
ブリジットがなにやら聞き取れないような言葉の羅列をつぶやき杖を振るうと、落とし穴に落ちかけていたエリオットとオオトカゲの体がフワリと浮き上がったんだ。
そしてブリジットはヒョイっと軽い動きで二人をあっという間に安全な場所へと降ろした。
母さんが家で魔法を使っているのを見ることはあったけれど、掃除機を動かしたり、洗濯物を畳んだりするばかり。
だから僕の知っている魔法に迫力なんてないし、魔法ってすごいものと言うより便利なんだものなんだなってずっと思っていたんだけど…
でもこうして実際に目の前で魔法の力を見ると全然違った。
オオトカゲの巨体でも杖一つで軽々と持ち上げてしまうんだから魔法ってとんでもない力なんだなって改めて思った。
「サンキュー、ブリジット」
「もう、気をつけてよね」
エリオットを無事に救出したところで改めてルートの確認をする。
この先にある岩山が折り返し地点となり、そこからは直線の草原地帯が長く続いてラストスパートだ。
罠はその分多く設置されているが、それを乗り越え、単純な直線距離に如何にスピードを乗せるかの勝負になってくるだろう。
僕達は少しだけスピードを上げながら次のチェックポイントを目指した。
それまでの道中は不思議と何も問題なかった。
「周囲に罠が残ってないか偵察してくるわ」
ブリジットが空に飛び立ち、僕達はその影を追う形で進んでいく。
今までは地上にしか罠がなかったのもあって油断していたのかもしれない。
次のチェックポイントには空を飛ぶ生徒達を落とすために落石の罠が仕掛けられていた。
ガラガラと音を立てて小さな石から拳ほどの大きな石までがブリジットに降り注いでいた。
遠くで聞こえる悲痛な悲鳴。
けれどすぐに助けられる距離じゃなかった。
最初こそ自力でなんとか弾くなり避けるなりしていた彼女も、ついにはその石の量を捌ききれなくなり、箒のコントロールを失って墜落してしまったんだ。
「ブリジット!」
「早く回収しにいかねぇと!!」
そうは言っても落石のせいで道は悪路だ。
小回りの利かないエリオットのオオトカゲでは余計に時間がかかってしまう。
今こうしている時間もブリジットが怪我をして苦しんでいるかもしれない。
それにそもそもの目的は一年生としてこの大会で新記録を出すこと。
その時の僕は驚くほど冴えていた気がする。
この選択肢以外に考えられなかった。
「…いや、エリオットは先に行きなよ
あと残すコースは平坦な道の直進だ。
もうすでに三位までの生徒達がゴールしてるし、オオトカゲの足なら多少の罠でもダメージにはならないはずだ。
だからエリオットはとにかく突っ走ってゴールを目指せ!
ブリジットの回収は僕がいくから!」
「けど!」
「早く行けって!」
「っわかった…気をつけろよ」
「エリオットもね!」
エリオットもまたわかっていたんだろうオオトカゲで迎えにいくことは難しいってこと。
エリオットは後ろ髪を引かれるような表情をしながらもしっかりゴール方向へ向き直り、今までとは比べ物にならない速度でオオトカゲを走らせ始めた。
一人、二人、周りにいた人達はオオトカゲの突進に道を開けるしかない。
それはそうだ、あんなに重くて速度が乗った巨体に弾き飛ばされでもしたらとんでもない。
「頑張れ、エリオット」
僕はエリオットの背中にエールを送るとブリジットが墜落した方へとウインドホースの向きを変えた。
どうか無事でいてくれますように。って祈りながら必死に走った。




