12話
「ブリジットー!どこー!?」
森の中は単純に落ちてきた石や岩だけでなく木の根は突き出てるし、ぬかるみもあるし、罠で落とし穴まで空いてるしで、どうしても慎重に歩を進めるほかなかった。
今この瞬間もブリジットが怪我をして苦しんでるかもしれないという焦る気持ちはあるけれど、僕まで怪我をしたら余計に救助に時間がかかってしまう。
それだけは絶対ダメだ。
わかってる、わかってるけど…
そんな僕の迷いとは裏腹にウインドホースの足取りに迷いは全くない。
ここまで来るのにもしっかりと僕の言う通りに動いてくれていたし、やっぱり父さんの言っていた通りとても賢いんだと思う。
この子を選んだことは間違いじゃなかった。
「…ウインドホースって風を操れるらしいけど、君も使えるの?」
ブルルル…
「ブリジットの位置、風の流れでわかったりしないかな…そんな都合よくはない?無理?
でも僕の友達を早く助けに行きたいんだ…。
助けてくれる?」
進め、止まれみたいな簡単なことならまだしも、魔獣相手に友達を助けたい。なんて言葉が通じるとは端から思ってなかった。
ただ、なんとなく口から言葉を発してないと不安だったから独り言を呟いていただけ。
それなのにウインドホースは僕の言葉を聞くとぴたりと足を止めた。
まさか言葉が通じた?なんて一瞬期待したけれど、すぐ思い直す。
コミックじゃあるまいし…って。
相手は魔獣なんだから。
従魔契約をしたってお互いの思いが繋がるようになるなんて、そんな都合のいい話はない。
「無理だよなぁ…」
いやでもブリジットを助けられるなら馬の手も借りたい状況ではある。
ウインドホースは僕の戸惑いを感じ取ったのか、もしくはバカにされてると思ったのか、なんだか怒ったように嘶いた。
ヒヒーンッッッッ!
「うわぁ!?何!?ごめん!?ごめん!?」
とりあえず意味もわからず謝ってみたけど、ウインドホースは興奮したように鼻息を吐き出すばかり。
それどころか何を思ったのか、馬が威嚇する時のように前足を高くあげるものだから咄嗟に落馬しないように必死にしがみついた。
リアリングっていう動作なんだっけ、ウインドホースはほぼ馬だから一応馬の生態については調べてきたけど、さっきまで大人しかったのに急に動かないでほしい。びっくりするから。
「どう…どう…」
ブルルル…
「って…ちょっと!?どこいくの!?
っわぁぁあ!?」
今度は大人しくなったと思ったら急に方向転換して走り出した。
もうわけがわからない。
凹凸の道を華麗に飛び越え、木々の間をまるですり抜けるみたいに先に進んでいく。
もしかして、ブリジット助けたいからどうにかならない?っていう僕の願いを聞き受けてくれたんだろうか?
いやでもやっぱり言葉が通じるかは…
「うぅ…」
「っブリジット!!」
通じていたみたいだ。疑ってごめん。
心の中で謝りながら安全そうな場所にウインドホースを待機させ、周囲を確認しながら岩やら石を飛び越えると、なんとかブリジットの元へと辿り着くことができた。
「大丈夫?」
「…えぇ、なんとかね」
「よかった。怪我は?歩ける?」
「どうだろう…
この岩に足が挟まって動けないのよ…」
「…ちょっと待ってて。
今なんか、梃子の原理で頑張ってみるから!」
「え?梃子?」
「梃子の原理ってとりあえずなんか凄いイメージあるよね。なんとかなるはずだよ。多分。
ちょうどここに降ってきた岩に折られた木が落ちてるし。大丈夫きっと。」
「ザックって…」
「ん?」
「もっと近寄りがたいのかと思ってたわ」
「なんだろう、バカって言われてる気がする。」
「あら賢い。」
軽口を叩く元気はあるみたいだし、意外と元気そうで本当に良かった。
落石に巻き込まれているのを遠くから見ていた時は本当に肝が冷えたから。
地面と岩の間に木を差し込んでなんとか力一杯やってみるけど、少し動くだけ。
力を込めるのをやめた瞬間元に戻ってしまう。
幸い岩がブリジットの足を潰している、というわけではなさそうだから岩が動いたからと言って痛みがあるわけじゃないみたい。
太い木でもどかせるか試してみたけど結局あまり変わらなかった。
ブリジットの膝下や腕に擦り傷や打撲痕が目に入って気持ちばかりが焦っていく。
痛いだろうし、早く出して医療テントに連れて行かないと…って。
でも僕の力だけで岩を退かすことはなかなかできなかった。
浮遊魔法を使ってブリジット自身に浮かせてもらうことも考えたけれど、それができることなら、きっととっくにそうしてるだろう。
ブルル…
「あ…」
この状況で焦りを表に出したらブリジットを怖がらせる、そう思っていても岩は中々動かないし、このまま救助が来るのを待つとしても、ブリジットの怪我の状態がわからない。
頭を打ってるかもしれないし、ずっと身体を圧迫するのは良くないって母さんに聞いたことがある気がする。血の巡りが止まるわよ、って。
輪ゴムで指をぐるぐるにしてた時に。
とにかくもし万が一何かあった時に対処するのは難しい。
どうしようかと途方に暮れた瞬間、遠くに待機させていたはずのウインドホースが僕のそばに来て風の力で岩をあっさり退けてくれたんだ。
そんなことある?
さっきからこの子には驚かされっぱなしだ。
このレースが終わったらたくさん馬の好きそうな食べ物を持ってこようと思った。
「…ありがとうウインドホース、あとザックも。」
ブルルル
「僕はおまけ?まぁいいけど。」
「ふふっ…ごめんね?」
「それより、ここにずっと居たらまた石が落ちてくるかもしれないし早いところ安全なところに行こう。」
「そうね」
ブリジットの箒は先ほどの落石で折れてしまっていたから僕のウインドホースに二人でまたがりその場から離れた。
それからしばらく、もと来た道を戻って、少し進むと森の出口が見えてくる。
日の光が差し込んできて、思わず眩しさに目を細めた瞬間、遠くで歓声が聞こえたんだ。
釣られるようにブリジットと空に浮かぶモニターに視線を向けると、ちょうどエリオットが九位でゴールインした姿が映っていた。
十位は本当に僅差で三学年上の先輩だった。
「なんと!!騎士科の先輩をゴール目前で追い越し一桁最後に躍り出たのは一年生!
黄色寮、騎士科所属のエリオット・シュゼットだー!!
一年生が一桁入賞は初めてのことです!
相棒はアースドラゴン…ではなくグランドオオトカゲ!?信じられません!!
みなさん!一年生の活躍に大きな拍手を!!」
そんな司会者の声が聞こえて僕とブリジットはウインドホースの上だというのに大興奮。
「やったじゃない!」
「流石エリオット!!」
興奮冷めぬまま、ウインドホースを走らせ、草原の途中にあるチェックポイントに到着した。
設置されている医療テントにはリタイアした生徒達が多くいて、中には大怪我をしている生徒もいるみたいだ。
医療ゴーレムや先生達が包帯を巻いたり、消毒をしたりと忙しなく動いていた。
それが余計に不安になる。
元気に見えるけど今こうしてる瞬間もやっぱりブリジットは辛いんじゃ無いかって。
「ブリジットは大丈夫ですか?先生」
「打撲や切り傷はありますが、骨折などはなさそうです。
でも、後から傷が痛む場合もありますから、レース続行は断念した方がいいでしょう」
「わかりました。
ザック、私はここでリタイアするわ」
「じゃあ僕も」
「何言ってるのよ?貴方はまだ元気じゃない。
せっかくなんだから貴方もゴールしてきて。
私を助けたせいでリタイアしたなんて私が嫌だもの。」
「でも」
「安全地帯まで運んでくれたんだからそれだけで十分よ、本当にありがとう。
エリオットもきっとゴールで待ってるから早く行ってあげて。」
「…わかったよ」
幸いにも怪我は軽いものだったらしく、ホッと胸を撫で下ろす。
心配だしこのまま着いていようと思ったのにブリジットはそれを許してはくれなかった。
モニターを見ると残る参加者は30人ほど。
今もまた一人14位の生徒がゴールインをしたところだった。
持ってきた双眼鏡で草原を見回してみると遠くには疲れているのか少しフラフラと空を飛ぶ魔法使い。
地面には凹んだ魔道バイクに、息の荒い騎従の姿が見える。
対して僕のウインドホースはずっとここまでゆっくりだったしまだまだ元気そうだ。
「君が全力で走ったらどれくらい早いんだろう」
ブルルル…
「…やってみる?」
どうやらウインドホースもやる気満々らしい。
この時は僕も周りの空気のせいか行けるんじゃ無いかって思ったんだ。
でも何も想像してなかった。
ウインドホースの本気ってやつを。
遊園地にあるジェットコースターくらいかなって思ってたらさ、全然違って…
風の能力を自在に操るウインドホースだ。
追い風も向かい風も、自由自在。
だからまるで風が道を開くみたいに開けていくし、そのおかげで本来あるはずの抵抗もない。
つまりすごく速いってこと。
きっと車より速い。
不思議とレース途中の記憶はないんだ。
多分気絶してたんだと思う。
気がついたらゴールインしていたんだ。
14位の生徒がゴールしてた時点でまだ一つ前のチェックポイントだったのに、結果は21位。
それがどのくらい凄いことかうまく言葉にはできないけど。とにかく凄かった。
「またもとんでもない一年生が現れたー!!
一つ前のチェックポイント通過した途端に前方を走る先輩達をごぼう抜き!
その速さはまるで稲妻の如く!
相棒はウインドホース!黄色寮騎士科一年生のアイザック・グレイシー!今21位でゴールイン!」
「…は…はは…どうも」
「ザックー!!!お前すげえな!!
モニターで見てたけど、なんだよあの必殺技みたいなやつ!超かっこいいじゃん!!」
「エリオット、九位おめで…」
「おいザック?ザック!?」
僕の意識はそこで途切れた。
こうして僕達の初めての操縦レースは幕を閉じたんだ。
もう二度とウインドホースの本気はやらない、今度から手加減してもらおうって心に固く誓って。
それからしばらくエリオットは年齢問わず人気者になったし、僕も声をかけられることが少なくなかった。
それ以外はいつも通り。
授業があって、山のような課題をこなす。
そして待ちに待った二度目の勇者アレンの講義の日がやってきた。
たしか歴史学の教科書に魔王幹部の初めての到来についての記載があったはずだ。
だいぶ読み込んでいる歴史学の教科書をペラペラめくると確かに書いてあった。
312ページ『魔王幹部との激闘』って
『当時学生だった勇者アレンはシンフォニア王立学園の行事、操縦レースへと参加し、そこで魔王軍の幹部チェリオットとの激闘を繰り広げることとなった。』
「操縦レース?」
なんてタイムリーな。
でも、あれだけ大規模なイベントだから当時学生だった勇者アレンが操縦レースに出るのは何も不思議じゃない。
そして魔王軍が仕掛けてきたということも。
前回の講義で聞いた、魔獣の学園襲撃事件で学園の警備は強化されていただろうし、そう何度も侵入なんてできるとは思えない。
その点、レース会場の管理区域は広いし、そこで自然のまま暮らす魔獣達もいる。
強固な結界を張ることは難しいだろう。
「………ん?」
ふと思ったんだ。
その年によって多少人数の変動はあるだろうけど、あれだけの数の人間がすごい速さで、魔法だ爆発だのをしながらコースを駆け抜けていくんだろ?
魔獣からしたら完全に人間のスタンピードじゃないかこれ?って。
で、気づかなかったことにした。
魔獣は可哀想だけど来年もまた出たいから。
一応、レース中は普段生活している魔獣達がその区画に入ってこられないように魔獣避けの結界は張られているって話は聞いた。
コースに魔獣がいたら危険だし、魔獣達を刺激してしまってとても危ないから。
だから実際に乗り物以外の魔獣を見かけることはなかったんだろう。
まぁ、僕が魔獣なら結界があってもなくても人間が怖くて住処から出ないと思うけど。
「もしかしたら今日の授業で勇者アレンの操縦レースのことが聞けるかも」
「本当か!?」
「うわ!?なんだよ、いつもは歴史学なんて興味もないくせに」
「操縦レースは別!つぎはもっと上位を狙えるようにしたいからな!!
さっさと歴史学の教室行こうぜ!」
「調子がいいんだから」
エリオットの調子の良さに呆れつつ、僕達は準備をして歴史学の教室へと向かったんだ。
この時はまだまさか勇者アレンの話に父さんが出てくるとは想像もしてなかった。




