13話
いつもの歴史学なら隣で堂々と眠っているエリオットが今日は珍しく起きていた。
なんなら僕以上に張り切っているようにも見える。
勇者アレンの操縦レース武勇伝が聞けるかもしれない、ってなったらそれも当然の反応といえば当然なんだけど…
操縦レースに参加して以来、すっかりその魅力に取り憑かれてしまったエリオットは、魔獣学や地形学の授業を以前よりずっと前のめりに学ぶようになっていた。
「エリオットはドラゴンに乗りたいんでしょ?
また新しい従魔を探すの?」
「いや俺は相棒といつか一位をとる。」
「グランドオオトカゲ?」
「違う!アイツはドラゴンだ!…って言いたいけど、実際そう。
ゲイリー先輩みたいなファイヤードラゴンはすごくかっこいいよ。憧れもする。
でも、勝つために今回のレースを一緒に走ってくれた相棒を切り捨てるのは嫌だ。
ドラゴンのパワーで勝つより、相棒と戦略で勝負したいんだよ俺は。」
「それすごいかっこいいと思う!!」
僕がそう言うとエリオットは照れたように後頭部を掻いた。
「で、俺、考えたんだけど、相棒がドラゴンに進化すれば万事解決なんじゃねえかって…」
「僕の感動を返せよ。」
結局ドラゴンなんじゃないか!という僕の言葉はガラリと開いた教室のドアの音によって飲み込まれた。
そして、勇者アレンが入ってきて…教室の空気が凍りついた。
勇者アレンとあろう人がパーティでかけるような鼻メガネを着けてきたからだ。
「やぁ、今日は二度目の講義だね。
…ん?皆、変な顔で、どうしたんだ?」
「……アレンさん、それは…」
「あ、眼鏡つけっぱなしだった…
ごめんごめん、これはね私がこの学園に通っていた際に錬金科の生徒の失敗作をもらったものなんだ。
見た目はすごく残念だけど、性能はピカイチ。
面白いだろう?
さて、おしゃべりはこれくらいで、今日は何についてを話そうか…」
まるで何事もなかったかのように鼻メガネを外し普通に講義を始めようとする勇者アレン。
性能がどうとか言っていたけど、そうじゃなくて、[勇者]としての風格の問題な気がする。
僕はあまりの衝撃に空いた口が塞がらなかった。きっと他の生徒達も。
そんな微妙な空気の中、エリオットが誰よりも速く正気を取り戻して声をあげたんだ。
「っはいはい!
アレンは操縦レースに出たって本当か!?」
「無礼者!!」
「ぐふぅ!?…ゲホッ…え、なに?ザック?」
「エリオット。君は勇者アレン相手に無礼がすぎる。たとえ鼻メガネをしていたって[勇者]なんだから、せめて敬語を使いなさい。」
「はぁ?」
咄嗟に隣に座るエリオットの横っ腹に肘を入れたけれど、彼は[勇者]という存在に対し、あまりにも無礼。
天誅を下すのは勇者アレンのファンとして当然のことだと思う。
「ははっ元気がいいね
そういえばこの前、操縦レースが、あったんだっけ?君達も参加したのかい?」
「おう!一年生最高記録9位…ってことはアレンは…俺勇者より凄かったってことか?」
「そんなわけないだろ」
「えぇ?」
「ふふっ…いいね、君たちのコンビ。
そう、僕が初めて操縦レースに出たのは二年生の時だよ。」
勇者アレンは楽しそうに当時の様子を話してくれた。
僕らと同じように管理区域の広さに驚いたことや、ドラゴンと友達になったこと、操縦レースの規模…
それらは今も昔も変わらない。
エリオットも前のめりになって話を聞いていたし、僕もまた引き込まれるように聞き入っていた。
実際参加したからこそわかるんだ、勇者アレンの言う、岩山の凸凹道でお尻が痛くなったことも、罠が怖くて緊張で翌日の体がガタガタになったのも。
「オッズ制度ってまだあった?」
「ありました。」
「そうなんだ。あの司会のオッズ紹介がすごい迫力だったからさ、当時のオッズがすごく印象に残ってるんだよね。
オッズ一位は誰だったと思う?」
「アレンさんじゃないの?」
「違う。セドリック・グレイシー。
当時、騎士科の5年生だ。」
「え!?父さん!?」
「そうだよ、聞いたことなかった?」
「ない!!」
最高学年である7年生の中から有力候補が挙げられ、優勝候補が絞られるのは当然なんだ。
だってそれだけ多くの魔法や経験、実績を持っているから。
今年の操縦レースで取り上げられていた先輩達だってそうだ。
今の僕では格が違うと思ったし、凄い人達だって素直に思った。
それなのに父さんが二学年も上の先輩を超えてオッズ一位だったなんて、信じられない。
なんで話してくれなかったんだろう。
…いや、父さんって自分のことをあまり自慢しないタイプだから、深い意味もなく、ただ単に忘れているだけかもしれない。
「その年、私が操縦レースに出たのは、周りに勧められたからなんだ。
「お前なら優勝間違いなしだ!」ってね。
以前から興味もあったし、出場を決めた。
レースが始まる前から楽しみにしていたし、レースが始まって、色々な乗り物、それを自在に操る生徒達、自分が[勇者]だと言うことすら忘れてしまいそうになるほど熱狂した。
本当に楽しかったよ。途中までは…だけど。
レースも中盤に差し掛かった頃に、魔王軍の幹部、チェリオットが現れた。
レース中は警備が手薄で、罠や障害物もある。
邪魔な私を殺すのにこれほど絶好の機会はなかったんだろうね。」
ごくり、誰かが息を呑む音がやけに大きく聞こえた。
三人いたとされる魔王軍幹部は皆、魔族の中でも特殊な力を持っていたらしい。
誰よりも魔王を敬愛し、魔王のためにその身を引き裂くことすら厭わない、そんな奴らだったってどこかで聞いた気がする。
「レースが行われる際にはコース周辺に通常、魔獣避けの結界が張られるんだけど、それが壊されたんだ。
最初は皆レースに夢中で気が付かなかったけれど、魔獣達を興奮させる作用のある匂い袋がそこら中にばら撒かれた。
結果、魔獣達のスタンピードが起こったんだ。」
「え…操縦レース中に?」
「そう。騎獣に乗っている生徒達のほとんどは自分の従魔が暴走するのを押さえ込むのに必死でパニック状態。応援会場は唖然としていたよ。
私はすぐにでもチェリオットを叩きたかったが、次から次へと魔獣達が襲いかかってくる。
私だって無敵ではないからね、段々と疲労が溜まり始めていた。
そんな時、セドリックさんが…」
「父さん?」
「うん、君のお父さんは辺りの魔獣をかなりの数討伐してくれてたんだ。
自分の騎獣が暴走しそうなのもコントロールしながらね。
とても心強かったよ。
アイザック、君が想像するよりずっと君のお父さんは強い人だった。」
勇者アレンのその言葉を、僕は素直に飲み込めていただろうか。
だって僕の知る父さんは、母さんのことが大好きで、カッコつけで、昔の母さんと友達になるために恐喝まがいなことをするような奴で。
でもそれと同時に誰よりも優しい姿も知っている。だって自慢の父さんだ。
けど勇者アレンの言う父さんはなんだか父さんじゃないみたいに感じたんだ。
まるで物語の英雄みたいで。
僕は教室中の視線が集まるのを感じながらも、何も言えず、勇者アレンの次の言葉を静かに待つことしかできなかった。
「私達が合流した時点で、辺りは魔獣の血に塗れ、セドリックさんの剣は真っ赤だった。
直接話したことはなかったけれど、操縦レースでオッズ一位になるほどだからね、その実力は本物だ。
だから協力をお願いした。
セドリックさんは潔く頷いてくれたよ。
そして、セドリックさんが道を切り開いて、私が先に進む。
やがてたどり着いた場所にチェリオットはいたんだ。
本体は案外、雑魚だったんだよ。
魔獣を操る力が他の魔族に比べかなり強いから厄介だけれど、一対一なら負けはしないさ。
植物系の魔獣がツルを伸ばすたび、セドリックさんが剣で振り払って、私は一瞬の隙をついてチェリオットを討伐した。
君のお父さんの助けがなければ成し得なかったことだ。
歴史学の教科書には決して残ってない。
知っているのは当時を生きた人だけ。
あの時は皆、必死にスタンピードで襲いかかってくる魔獣と戦ったんだよ」
勇者アレンはそういうと静かに目を伏せた。
まるで話は終わりだというみたいに。
ちょうど終業のチャイムも鳴り響いたから本当に話はそこで終わってしまったんだ。
そして、授業が終わると同時に教室にいた生徒達から質問攻めにあったけど、その時、僕は何一つ、答えることができなかった。
「大丈夫かよ、ザック」
「…うん」
その日の夜。
僕はまだふわふわした気持ちだった。
勇者アレンの話から抜け出せないみたいに。
エリオットが心配して声をかけてくれたけど、僕はずっと上の空だったと思う。
だって、なんだか急に父さんが遠くなったような気がしたんだ。
「あー…ザックの父さん、凄い奴だったんだな」
「…ね。僕も知らなかった。」
もうすぐ夏休みだけど、僕は父さんにどう接すればいいんだろうって途端にわからなくなってしまった。
まるでスーパーマーケットで迷子になった時みたいに焦りと心細さみたいな気持ちがぐるぐるとしていた。
もう僕は寮暮らしもできる十歳のはずなのに。
「ザックはセドリック隊長のこと好きなんだろ?」
「それは、うん、大好きな父さんだよ」
「ならそれでいいじゃん。胸張ったら?」
「え?」
「もともと自慢の父さんだったんだし、もっと自慢できることが増えたってだけだろ?
夏休みになったら色々聞けばいいじゃん。
今まで知らなかったならこれから知ればいい。」
「エリオット…」
その言葉にハッとさせられた。
確かにエリオットの言う通りなのかも知れない。
僕は父さんのことを全部知らない。
母さんとのことだって全然知らなかったし。
もっと知りたい。
大好きな父さんと母さんのことを。
「で、さ」
「ん?」
「落ち着いたらでいい、落ち着いたらでいいからセドリック隊長に操縦レースのこと聞きたいんだけど。」
「君は本当にそればっかりだな!?」
先ほどまですごく良いことを言ってくれてたと思ったのにエリオットは結局操縦レースのことばかり。
でもこう言うところに救われてる部分があるのも確かだった。
「だって気になるじゃん」
「…じゃあ夏休みになったらウチに遊びに来れば。」
「え?いいの?」
「いいよ、エリオットなら」
この数ヶ月、一緒に過ごしてきて僕にとってエリオットは相棒であり、親友でもある、そんなかけがえのない奴になっていた。
彼だからこそ家に招待したいと思ったし、エリオットなら父さんの話も一緒に聞いて欲しいって思ったんだ。
「プール行こうぜ!それから、映画だろ?あと、遊園地も行こうぜ!!」
「いいね!」
「で、あとは騎獣の練習な。」
「なんでだよ。」
「来年はもっと上目指したいからに決まってるだろうが!!」
父さんに会うのは今から少しだけ緊張するけど、エリオットと過ごせる夏休みは今から少しだけ楽しみだった。




