14話
夏休み初日。
あらかじめ正門前に馬車を手配しておいて、二人でそれに乗って僕の家に帰省する予定を立てていたんだ。
エリオットは遠方に住んでるから先に僕の家に寄る方が都合がいいよねって話になって。
それで、僕とエリオットは馬車の時間に合わせて荷物をまとめて寮の部屋を後にした。
…まではよかった。
正門周辺は帰省する生徒達で溢れていた。
両親が車で迎えに来ている生徒達も居たけれど、馬車を利用する生徒もかなり多くて、手配していた馬車がどれなのかわからなかったんだ。
でも、途方に暮れそうになったのは一瞬だけ。
なぜなら御者さんがデカデカと『おかえりなさいアイザック坊ちゃん』と書かれた旗を振り回していたからだ。
「それではグレイシー邸に向かいますね。」
「…ありがとう…ところでその旗はなんなの?
僕すごく恥ずかしかったんだけど…」
「あぁ、アイリス様の案ですよ。「迷子になるから目印を着けておいて」と」
「もう少し他の目印はなかったのかな!?」
たくさんの馬車が並んでいる中周囲の注目を一番に集めていた馬車だったんだ。
恥ずかしくて僕、顔を上げられなかった。
そんな僕とは裏腹にエリオットは始終ゲラゲラと笑い続けていた。
なんなら息が止まるほどに。
横っ腹に肘を入れたら治ったけど。
「ぎゅうぎゅうだな?」
「二時間の我慢だよ…多分」
「そんなに近いのか?」
「エリオットは王都から三日かかるんだっけ?」
「そう。なんもねぇ田舎だよ。
牛と豚と羊しかいねぇ…」
「のどかそうでいいじゃない。」
「最新コミックが届くのが一月後でもか?」
「訂正する。それは嫌だ。」
入学した時や連休の時と違って大荷物だし、エリオットも共に乗っているから馬車の中はぎゅうぎゅうだったけれど、二人で話す時間は楽しくてあっという間の二時間だった。
寮でも散々話しているはずなのにね。
「……これがザックの家?」
「そうだよ」
「でっか」
「そう?」
馬車から降りると開口一番そう言ったエリオットに首を傾げた。
僕からすれば生まれ育った家だし、特別広いとも感じない。
ハウスキーパーを雇わずに自分達で家事をしたいという母さんの希望でこの大きさになったんだって。
お爺ちゃんの家の方がもっと大きいし、家を管理する侍女さんや執事もいるくらいだから。
「お前…金持ちだったんだな…いや、所作は綺麗だなって思ってたけどさ…」
「エリオットだって貴族じゃないか」
「田舎貴族と都会貴族を比べるな馬鹿者。」
普段のエリオットがあまりにも気安いから、全然気が付かなかったんだけど、帰省先の場所を聞いたらまさかの子爵領。
別に本人は秘密にしていたわけじゃないらしいけど、エリオットはシュゼット子爵家の三男様だったんだ。
兄が二人いるらしく、それぞれ学園の貴族科を卒業していてエリオットは継ぐ爵位もなかったから騎士科に来たんだとか。
エリオットも貴族として扱われることはあまり好きじゃないと言っていたから僕達はそのままの関係だ。
貴族だからと言って気まずくなるより、むしろエリオットの事を知ることができて、より僕達の仲は深まったと思う。
「ただいまー」
「おかえりザックとエリ…シュゼット君も一緒なのね」
「お、お邪魔します。エリオットで大丈夫です」
「そう?なら遠慮なく。
エリオット、いつもうちのザックと仲良くしてくれてありがとう。」
母さんは花壇に向かって水をやっていた。
軍手をはめて、足元には小さな草の山があったから庭仕事でもしていたのかもしれない。
僕の声で帰ってきたことに気がついた母さんはホースの水を止めて温かく迎えてくれたんだ。
エリオットは先程までの元気はどこへいったのかなんだかとても大人しくて、普段の様子に慣れている僕には少し気持ちが悪かった。
「おやつにはケーキを焼いて…っいやぁぁ!?」
少し大きい蜂が横切って母さんは会話の途中など関係なく頭を抱え込んで小さくなった。
庭仕事なんてしていれば虫の一匹や二匹仕方ないと思うんだけど、母さんってば虫嫌いなくせによく庭掃除なんてやろうと思ったな。
いつもの事だから僕はそんな事を考えながら見守っていたけれど、エリオットは混乱した様子で母さんを助けるべきなのかとキョロキョロ視線を慌ただしく行き来させていた。
「くるよ」
「は?」
僕の言葉とほぼ同時。
玄関のドアが壊れるんじゃないかと言うほどの勢いで開かれ父さんがスリッパのまま外に飛び出してきた。
「アイリス!?どうした!?」
「虫!セドリック!虫!
早くどっかにやって!!」
家の中でのんびりしてただろう父さんが母さんの悲鳴を聞きつけて文字通り飛んでくると、虫を視界に入れた瞬間、手持ちのナイフで細切れにしてしまったんだ。
虫が、可哀想すぎると思う。
「安心してアイリス、虫は消えた。」
「ありがとう…セドリック、ごめんなさい…」
「大丈夫だよ」
「なぁ、ザック」
「なに?」
「なんか思ってたのと違った。」
「言っただろ?
父さんは母さん至上主義だって。」
「今わかった。疑っててごめん。」
僕の友人の前だって言うのにいつも通りにイチャイチャし始めた両親に僕は思わず顔を覆いたくなった。
「もういいから!早く家に入ろうよ!」
「ザック、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま!って絶対に気がついてたでしょ!!」
「ははっ…そちらは友達かい?」
「うん、エリオット・シュゼットだよ」
「あぁ、君が…
息子から手紙でよく聞かせてもらっているよ
ゆっくりしていってくれ」
「は、はい…」
庭でいつまでも話しているわけにはいかないと僕は両親とエリオットと家の中へと入った。
玄関には僕の赤ちゃんの頃の写真とか家族写真がたくさん飾ってあるんだけど、エリオットに見られるのは少しだけ恥ずかしかった。
でも、僕はこの玄関、嫌いじゃないんだ。
なんとなく写真を見ると落ち着くから。
「そういえば父さん今日仕事は?」
「ザックが帰ってくる日だからって休みを取ってきてくれたのよ。
朝から掃除も手伝ってくれて…」
「庭の雑草は?」
「セドリックよ、私は仕上げに花壇に水やってただけ」
「おかしいと思ったよ、母さんが庭仕事なんて」
「セドリックったら本当に素敵な旦那様よね」
「いやぁ…はは…照れるよアイリス」
「二人とも…エリオットもいるんだよ?」
「……あー…っごほん…
とりあえず荷物置いていらっしゃい。
エリオットの部屋はどうしましょうか?
ザックと一緒に寝る?
それとも隣の部屋にする?」
「一緒でいいよ!ね、エリオット?」
「は、はい…」
「じゃあ荷物だけ隣の部屋に置いておいてね
寝るときに邪魔でしょ?
置いたらリビングでお茶にしましょう。
学校での話聞かせてちょうだい。
操縦レースのこともね」
「はーい」
母さんに言われた通り、どこかまだ唖然とした様子のエリオットの手を引いて二階にある僕の部屋へと案内する。
そして適当に荷物を下ろすと、早る気持ちのままドタドタとリビングへと降りた。
「エリオットはコーヒーが好き?それとも紅茶?ジュースがいいかしら?」
「あ、紅茶で…」
「僕はジュースがいい」
「はいはい。」
母さんがキッチンで飲み物を用意してくれている間、僕はいつものようにソファでコーヒーを片手に母さんの後ろ姿を眺めている父さんへと詰め寄った。
「父さん!操縦レースに出てたんだって!?」
「ん?あぁ、そうだね」
「聞いてないんだけど!?そもそも操縦レースのこと自体も!!」
「そうだったかな?」
「それに勇者アレンと一緒に戦ったって話も聞いたんだけど!?」
「…言ってなかったっけ?」
「それも聞いてないよ!!」
いつもそうだ。
父さんは僕がこうして怒っても涼しい顔をして誤魔化すみたいに僕の頭を撫でるんだ。
それでさりげなく話題から逃げる。
「…ザックとエリオットも出たらしいじゃないか操縦レース。どうだった?」
…ほら。
「…なんで父さんが知ってるの?
僕らが操縦レースに出たこと」
「忘れてないか?
アイリスは魔法科の先生だよ?
二人の活躍をずっと見ていたみたいで僕にたくさん話してくれてたんだ。
そりゃあもう大興奮でね」
「母さんが?」
「そうだよ。
エリオット、君は初めてで九位だったんだって?凄いじゃないか。
それもあのグランドオオトカゲで。」
「…っうす…」
「ザックも、友達を助けたんだってね。
立派だったってアイリスが喜んでいたよ。」
「…べつに、普通のことしただけ…だし…」
操縦レースの順位だけで言えばエリオットよりずっと低いのに、僕を褒める父さんはすごく嬉しそうだった。
隣にいたエリオットも変な目で僕を見てくるしなんだかすごく照れくさい。
「ふふっ早速レースの話してるのね」
「母さん僕らのこと見てたの?」
「当たり前じゃない。
一番に応援してたわよ
それにしてもザックがウインドホースを選んでいることにはびっくりしたわ」
「なんで?」
「なんでって…セドリックの学生時代の相棒もウインドホースだったからよ
やっぱり親子なんだなって」
「そうなの!?
僕はただ前に父さんが初心者向けだって言ってたから選んだだけで…」
「ウインドホースが?」
「うん」
僕が頷くと母さんは父さんのことをギロリと睨んだ。
睨まれた父さんはと言えばコーヒーを飲みながら視線を逸らしっぱなし。
わけがわからず母さんに視線を戻すと母さんは呆れたようにため息をついた。
「確かに騎士団ではオーソドックスに使われてる騎獣ではあるけれど、そもそも騎士団に入ること自体が凄いことだし、そんな人達が操る魔獣なのよ?
それが初心者向けなわけないでしょう!」
「そうだったの!?」
「頭がいいが故に、気難しい性格、契約するのだってそもそも逃げ足が早すぎて簡単に見つけられるものじゃないわ。
レースに出ていたウインドホースと契約していた生徒は上級生ばかりだったし、ザックも乗ったのならわかるでしょう?
風の力を使って抵抗を無くすからそれこそ羽のように駆けていくあの力を。」
母さんが言うにはウインドホースはかなり上位の魔獣に相当するらしい。
そもそも属性が使える時点で相当なんだと。
確かに最後のあの速度には思わず気絶してしまったけれど、僕が頼んだらブリジットを助けてくれたし、優しくて穏やかな魔獣なんだとばかり。
ただちょっと僕の言葉がわかってそうで、普通じゃないのかも、とは思っていたけど。
「僕もウインドホースが騎獣として一番相性がいいから、きっとザックも同じなんだよ。
血筋なのかな?波長が合うんだろうね。
そもそも波長が合わなければ従魔の力を引き出すことなんてできないから。」
「そうだったの!?」
「むしろ知らないでやっていた事にびっくりだよ。どうやって手懐けたんだい?」
「乗ろうとした。」
「は?」
「父さんが乗ればわかるって言うから乗ろうとしたんだよ。
最初は逃げられちゃったけど…
エリオットはそのやり方でオオトカゲと契約したんだ。」
「…………セドリック」
「いや、ごめん。
まさかこう言う受け取り方をするとは思わなくて。」
一瞬の間。
それから母さんの雷が落ちた。
父さんと僕と、それからエリオットも揃って。
父さんが怒られるのは仕方ないと思う。
でも僕はただ父さんの教えに従っただけだから怒られるのは理不尽だ。
「これに懲りたらもう危ない真似しないこと!
セドリックも自分の息子に教えるならちゃんと教えてよね!!」
「「「はい」」」
「ふぅ…私は夕飯の準備してくるから
貴方達はしっかり反省してなさい!!」
「「「はい」」」
母さんがリビングを出て行った後、三人揃って今まで止めていた息をどっと吐き出した。
「ザックの母さん怖い」
「普段滅多に怒らないからね…アイリスは」
「僕も久しぶりに怒られた。」
「ザックが家の前で花火を振り回して遊んでいた以来だね、確かに。」
「お前そんなことしたの?勇気あるな」
「はは…それほどでも…」
「エリオットは褒めてないと思うよ」
二人揃って僕のことを呆れたような目で見ないでほしい。
あの時はただ花火が綺麗で家の周りでぐるぐるしたら家がクリスマスみたいにピカピカするかなって思っただけなんだから。
そんなことよりも、操縦レースのことだ。
父さんが勇者アレンに力を貸した話。
僕の知らない父さんの話。
聞いたら、本当にちゃんと話してくれるのかな…って少しだけ怖かった。
「………あのさ、父さん」
「ん?どうした?」
「僕、授業で父さんが勇者アレンと一緒に操縦レースの時に戦ったって聞いたんだ。
教科書とか参考書とか見たけど父さんの名前はどこにもなくて…
でも、凄かった…凄かったけど…僕…」
「気になるかい?」
「うん」
「じゃあ話そうか」
「いいの?」
「怖くて夜眠れなくなっても知らないけどね?」
「僕もう十歳だよ!?」
「はは…知ってるよ。
そうだね、あれは僕が五年生の時の話だ。」




