15話 セドリックside
「その前に聞きたいんだけど、アレンから僕のことをどんなふうに聞いたんだい?」
「父さんがまだ五年生なのに当時のオッズ一位で、魔獣たちを興奮させる匂いが漂う中でも騎獣を操りながら魔獣を討伐しまくってたって。」
「あぁ…なるほどね…」
「全部本当なの?」
「……嘘、ではないよ。
ただ、僕はアレンのように崇高な目的があったわけでも、志があったわけでもない。
当時の僕はザック達よりは少しだけ大人だけどそれでも十分子供だったんだと思う。」
「どういうこと?」
首を傾げるたった十歳の息子にはきっとまだわからないことだ。
誰かを異性として好きになること。
そしてその好きになった人が自分じゃない誰かを見た時に感じる閉塞感なんて。
「僕がアイリスと友達になった話はしたよね?」
「うん、前の連休で教えてもらったよ。」
「そう、あれから月日が流れる度に僕は彼女のことを知っていった。」
笑った時に左頬に笑窪ができること。
根っからの虫嫌いなのは小さい頃に蜂に襲われて大変な思いをしたから。
お婆ちゃんに教わる料理が好きで、面倒見が良くて家庭的なところ…
結構雑なところもあってね、細かいことは気にしないんだ。
課題にうっかりお茶をこぼして、しわしわになってるのに読めればOKよ!って強行突破して先生に呆れられてたりね。
得意科目は呪文学で、中でも防御系の魔法が得意だってこと。
逆に攻撃魔法は苦手。アイリスは優しいからどうしても躊躇してしまうんだろう。
それから、好きな色は青と黄色、食べ物ならチョコレートが大好きだ。
そんなことをね、少しずつ知っていった。
「こんにちはセドリック、今日も素敵ね」
「…ありがとう」
「今度の操縦レース、貴方も出る?」
「あぁ、出るつもりだよ
もうエントリーもしてる。
アイリスも出るの?」
「私は出ないわ、箒に乗るのも、絨毯に乗るのも嫌いだし、従魔契約…はできなくないんでしょうけどなんだか怖いから…。
セドリックは去年も一桁入賞だったでしょう?
頑張ってね。今年も客席で応援してるわ。」
アイリスと友達という関係になってから彼女は僕のことを毎日のように素敵だとかかっこいいって褒めるようになった。
今までは僕を困らせてしまうと思って黙っていたらしいんだけど、僕が許可をしたからね。
ファンとしてって言ってたけど、正直、悪くはなかった。少し照れくさかったけど。
気づいてなかったけど、この頃からもう僕にとってアイリスは特別な存在だったんだと思う。
なんでだろうね。なんでアイリスだったのか、僕にもわからない。
他の女の子達が僕のことを同じように素敵だって言っても何も思わなかったのにさ。
彼女に言われるのだけは嬉しかったんだ。
「アイリス、早く行かないと遅刻するわよ」
「もうそんな時間?じゃあ、またねセドリック」
授業は仕方ない。
そんなことはわかってるけど、アイリスはあまりにもあっさりと僕から離れていってしまう。
「歴史学よ、騎士科も合同みたいだからキースも誘っていきましょうか」
「えー?キース待ってたら一番後ろの席埋っちゃわない?」
「それもそうね、行きましょうか」
「待て待て待てって!!」
「あら、居たの?キース」
「ずっと居たけど!?」
僕に友達がいるように、アイリスにも僕以外の友達がいた。
まるで先程まで僕といた事なんか忘れてしまったみたいにあっという間に三人の世界だ。
アンナとキース…アイリスと同じ青寮の同級生で僕と知り合うよりずっと前からの友人だ。
僕はその二人がアイリスと共にいる時、いつも遠くから見ていることしかできなかった。
勿論、アイリスがアンナ達と僕に優劣を付けるってわけじゃない。
だけど目には見えない差みたいなものを僕が勝手に感じていたんだよ。
だからアイリスが過去の僕の順位を知っていてくれたこと、個人的に応援の言葉をかけてくれたこと、本当に嬉しかった。
どんな声援をもらうよりずっと僕のやる気を引き出してくれたんだ。
「セドリック!応援してるからね!」
「五年生でオッズ一位なんてさすがだな!」
そんな称賛を沢山浴びながら挑んだ操縦レース当日。
数日前に応援してるとアイリスは言っていたけれど、当日、僕に声をかけてくることはなかった。
僕がたくさんの人に囲まれてたから来られなかっただけなのかもしれないけど、彼女は友人のアンナやキースの所にいて、力一杯のエールを送っていた。
僕にしたのと同じように…いや、それ以上に。
僕はやっぱりそれを遠くで見ているだけだった。
「やぁ、セドリック、流石の人気だな!」
「あぁ…」
「あ、俺のことわかる?」
「キースだろ、流石にわかるよ。
同じ騎士科だし、アイリスの友達だろ?」
「噂の王子様に知っててもらえて光栄だよ。
そういえばこの前アイリスがさ…」
開始直前、スタート地点でたまたま隣に来たのがキースだった。
キースは別に悪いやつじゃないんだけど、とてもおしゃべりなやつでね…
こちらは聞いてもいないのにペラペラとアイリスがどうだのこうだの喋りっぱなし。
共通の話題がアイリスってだけだと今ならわかるけど、当時の僕は本当に面白くなかった。
俺の方がアイリスと仲がいいんだぞってマウントでもとってるのか?って思ってた。
「お互い頑張ろうな」
「あぁ、そうだね」
『スタートです!!』
「…負けるつもりは一ミリもないけど。」
「え?何?」
「じゃあ僕は先に行くよ。」
僕はキースを置いてスタートから飛ばした。
罠だとかそんなものはウインドホースの体を浮かせればよかったし、そもそもウインドホースの速さがあれば罠が発動する頃にはもう罠の範囲外だ。
キースと話してからずっとイライラしていた。
でも、こうも思ったんだ。
これで僕が本当に一位になったらアイリスはキースみたいなヘラヘラした男じゃなくて僕を見てくれるんじゃないか?
その時キースは悔しがるかな?ってね。
だから、必死に走ったよ。
そしたらさ、少し走った先にゴブリンが見えてとりあえず護身用に持ってた剣で斬り捨てた。
「え?」
「むしゃくしゃしてたからさ」
「と、父さん?どういうこと?」
「アレンの話が本当ならこの時点ですでに魔獣避けの結界が解かれていたんだろうね。
だから迷い込んだゴブリンが堂々とコース上にいたんだと思うよ。」
「だから斬った?」
「そう、キースにムカついてたし。
って二人ともどうしたんだ?青い顔して…?」
「…ま、まぁ、続き聞こうぜ?な?」
「う、うん…」
ザック達が明らかに挙動不審になったのが少し気になったけれど僕は促されるまま続きを話し始めることにした。
「…なんだ?」
最初は小さな違和感。
ゴブリンがいたこともそうだけれど、それだけじゃない。
ゴブリンの他にもちらほらと草原には角ウサギやスライム、コボルトなんかがいたんだ。
僕は一年生の頃から操縦レースに出ていたけれどそんなことは初めてだった。
だから手当たり次第に見える魔獣は斬った。
どちらにせよコースに魔獣がいるのは危険だったからね。
ウインドホースに風を纏ってもらいながら周囲の様子を警戒していたんだけど、突然すぐ後ろを走っていたやつの騎獣が暴れ出した。
その原因が魔獣を興奮させる作用のある匂い袋のせいだったのは後で知ったことだけど、僕達がその被害を受けなかったのはウインドホースが風を纏っていたおかげだったんだ。
「レースは一時中断です!
繰り返します!レースは一時中断です!
現在、先生方が監視ゴーレムを使って状況を確認してくださってます!
生徒達は落ち着いて、自身の魔獣のコントロール優先してください!
それ以外の生徒達は箒や車両に不備がなければ近くのチェックポイントまで避難をお願いします!!」
本来であれば盛り上げ役の解説生徒が切羽詰まった様子で何度もモニター越しに生徒達に呼びかけていた。
僕からは見えないけど、後ろの方、生徒達が固まっていた激戦区はもっと悲惨な状況だったのかもしれない。
嫌なざわめきはずっと聞こえていたから。
そんな混乱の中、一人僕に向かってまっすぐ突き進んでくる生徒がいた。
それが勇者アレン。
彼は僕と同じように騎獣に風を纏わせていたようで匂い袋の影響を受けてなかったんだ。
「セドリックさん!!」
「…君は…[勇者]の…?
どうして僕を知ってるんだい?」
「話は後です!
今はとりあえず助けてもらえませんか!?
このままじゃ魔王軍幹部がスタンピードを起こします!!」
「……なんだって?」
アレンがどうして僕のことを知っていたのかはわからない。
面識もなかった。でもまるで知っていたかのように僕に助けを求めてきたんだ。
[勇者]の言葉には説得力があった。
騎獣達の暴走や、ゴブリンなどの出現。
もし、魔王軍の幹部を生かしておけばレースに参加している生徒達の殆どは騎獣のコントロールを失っていて逃げ遅れる。
なんとか走ったところでコースには相当数の罠が敷かれているから、罠を踏んで逃げ遅れたところを魔獣に蹂躙される。
たくさんの犠牲者が出る。
そんな未来を僕に淡々と告げたんだ。
怖かったよ。
意味がわからなかった。
なんで僕に助けを求めるのかも。
僕以外にもたくさん強い先輩や先生はいるはずなのに、だ。
でもそんな時、ふと客席で待ってるだろうアイリスを思い出した。
もしこれで本当にスタンピードが起きたら彼女もどうなるかわからない。
現場は騒然としていたし、僕も混乱しっぱなしだったけど…
でも一つ言えたのは、目の前にいるアレンに協力する以外の選択肢がないことだった。
考えていたところで逃げる、もしくは戦う。それしかない。
わけがわからないまま、がむしゃらに来た魔獣を討伐するために剣を振るうより、目的を持ってそのために何が必要かを考える方が合理的だし確実だ。
だから僕は魔王軍に対して誰より詳しいだろうアレンに協力することにしたんだよ。
ウインドホースに気配を探ってもらって、最短のルートを進んだ。
僕が魔獣を蹴散らして道を作る。
アレンも魔獣を斬りつけてはいたけれど、当時、彼はまだ二年生だったから身体が小さくて、パワーのある僕が魔獣をまとめて引き受ける方が効率が良かったんだ。
そして、森を抜けた先にチェリオットはいた。
浅黒い肌に、二本のツノ。
人間とは明らかに違うし、獣人やエルフ、ドワーフなんかとも違う。
何が違うのか、と聞かれたら説明は難しいんだけど、暗く澱んだ空気を纏っていて、重圧が体にかかるんだよね。
これに触れちゃダメだ。みたいな生物的な本能がそう言ってるみたいだった。
キヒキヒと不気味に笑いながらチェリオットは大きな紫色の魔法陣を展開すると、その場にあった大木…だと思っていた植物系の魔獣を使役して僕らにけしかけてきたんだ。
その魔獣のツルが一度ムチみたいにしなると、岩を削り地面を抉った。
凄いパワーだったし、その上ツルは複数ある。
冗談じゃない。
あんなのまともに食らったら死ぬだろ…って。
けれど、今更逃げることもできない。
正直、詰んだと思ったよ。
「セドリックさん!
あのツルをどうにかできませんか!?」
「はぁ!?あれをどうにかしろだって!?」
「チェリオットは私が倒します!だから少しでいいんです!時間稼ぎをしてください!!」
それからはヤケクソだった。
最初はウインドホースに乗りながら少し離れた場所でツルを誘導していたけど、それでも避けきれなかったツルが迫ってきて咄嗟に剣で防いだ。
けれどあまりのツルの力に弾き飛ばされ、僕はウインドホースから叩き落とされてしまったんだ。
ブルルル…
「…っ危ないからお前は逃げるんだ」
ウインドホースは風で僕を沢山守ってくれていたよ。
でも、愛馬の自慢の脚に血が滲んでるのを見て、僕は咄嗟にそう言ったんだ。
ウインドホースは少し考えるような素振りを見せたけど、僕の意図を汲んで森の奥へ逃げていってくれた。
これで安心して戦える。
そう思って僕は改めて剣を持ち直した。
けれど、切り落としても切り落としてもすぐにツルは再生してくる。
なんとか近づけたところで相手は木だからね、剣が通らないんだよ。
炎の魔法でも使えたら違ったのかもしれないけど、僕には使えなかったからとにかく逃げる、防御する。それしかできなかった。
限界を感じ始めていたところでアレンは僕に宣言した通りチェリオットを倒して見せたんだ。
それで魔獣達は統率を失い、先生方が結界の張り直しもした。
スタンピードは少し時間をかけたけれど、魔獣達は確実に散り散りになっていったんだ。
相対していた植物系の魔獣も主人が消えたせいか、まるで大人しくなって、もうツルが伸びてくることもなかった。
「アレンは僕のことを心強かったって言ったんだっけ?」
「うん…」
「僕はただ、逃げることもできなくて、必死に足掻いてただけだよ。
ザック達は僕をかっこいい裏の英雄のように思ったのかもしれないけど、本当に、あれはそんな大層なものじゃなかったんだ。」
これはザックにはとても言えないけど、あの戦いが英雄の死闘のようにかっこいい戦いだったかと聞かれたら全然そんなことはない。
泥だらけ、傷だらけで立っているのもやっと…
アレンの采配は結果的に間違っていなかったけれど、僕からすれば何故アレンは無傷で簡単に魔王幹部チェリオットを倒す方を選んだのか。
わざわざ僕にキツイ方を押しつけたのかって。
そんな気持ちも内心抱えていた気がする。
「ウインドホースはその後どうなったの?
逃げちゃって帰ってこなかった?」
「ん?そんなことはない。
ちゃんと戦いの後に迎えにきてくれたよ。
その年の大会は中止になってしまったけど、来年もそのまた次の年も彼と共に優勝したからね。」
「二連続優勝!?すげぇ…」
話が一区切りついたから乾いた喉を潤すようにコーヒーを飲んでいたらキッチンにいたはずのアイリスが静かに隣に座った。
「…私は観客席にいて当時のことはモニター越しで見るだけだったのよね…」
「母さん聞いてたの?」
「……だって気になるじゃない。
私もあの時、本当に、怖かったのよ。
セドリックがアレンと一緒に魔王軍幹部と戦ってる様子が中継されるのを見て、セドリックが怪我をしたらどうしようって…」
「アイリス…」
もしかしたら最初の方に話していたキースへの嫉妬心も聞かれていたのかもしれない。
それは少し恥ずかしかったけれど、それ以上にアイリスの手が小さく震えていたから咄嗟にその手を取った。
今、こうしてこの手をとれるのもあの時の選択あってこそ。
僕もまた怖かった。
「母さんはどうしてたの?」
「私?私は…」
知りたかった。あの時アイリスがどうして僕の応援に来てくれなかったのか。
あの時のアイリスが僕をどう思っていたのか。
「僕も聞きたい」
「…何も面白くないわよ」
「いいよそれでも。」
僕の目を見るとアイリスは照れたように視線を逸らして、当時のことをぽつりぽつりと話し出した。




