16話 アイリスside
「私もね、セドリックと友達になって、色々と知っていった。
最初はもちろん、憧れの人だったから、友達としての距離感なんてわからなくて、困ることもあったわ。
でも、私が慣れるまで、セドリックは絶対に焦らせるようなことはしなかった。
友達になってよ、の時は強引だったけれどね。」
だからゆっくりと私のペースでセドリックと仲良くなっていけた。
顔がかっこいいのも、優しいのも、人気者なのも知っていたけれど、それだけじゃなくて…
「寝癖がいつも左側についてること。
心配症で、実はちょっと怖がりなところに…」
「え?そうなの?」
「ふふっ…夜中に後ろに立ったらね、毛を逆立てた猫みたいになっちゃうのよ」
「今度やってみようかな?」
「アイリス…?」
「ごめん。夜中は気をつけてね、セドリック?」
「ザック、やったら本気で怒るからね」
「えー…」
それから…打算的なところでしょ?
でも…周りをよく見ているし、いざ本当に困っている人がいたら、内心でめんどくさいと思っていても、絶対に手を差し伸べてくれる人。
悪戯に人を傷つけるようなことは絶対にしない。
自分を消費、しちゃう人だったのよね。
完璧無敵の王子様!みたいな噂ばかりが育っていく中、期待通りの人でいようと必死だったのは見ていてわかった。
セドリックは決して私の憧れていたような王子様ではなかった。
でも彼のことを一つ知る度に、素敵な人だって認識を重ねていった。
毎日アンナやキースにはセドリックのことを聞かせていたくらいだもの。
「でも応援には来てくれなかったじゃないか。」
「それは……」
…それは、少しだけ今でも後悔してる。
でも、あの時のセドリックの周りには私なんかよりずっと可愛らしい女の子達がたくさんいて、どうせ届かないって思ってしまったから。
応援に行くどころか、声をかけることすらできなかった。
普段のセドリックが人気なのは勿論なんだけど、操縦レース当日はいつもの比じゃなかったから…
オッズ一位ってそれくらい凄いことなのよ。
「人気ねぇ、アイリスの王子様は…」
「そう、だね…」
「アイリスは応援行かなくていいの?」
「行きたい…けど…」
「まぁ元気出せよ、レース中にセドリックと話せたらアイリスが応援してたって俺からも伝えといてやるからさ」
そうやってキースに言われてホッとしたのよ。
私が直接応援に行かなくても大丈夫って思ったから。
だって、私がレース前にセドリックに言いたかった言葉は、囲んでいた女の子達と何も変わらない。
素敵。頑張って。気をつけて。
きっとあの中で嫌というほど聞いていたと思う。
…私にとってはね、セドリック。
ずっと憧れていた貴方と友達になれた。
でもそれって本当に偶然だったし、私にとっては信じられないくらいに凄いことだったの。
あの日図書室がたまたま満席で、同じ席に座って、少しお話しをしただけ。
バタフライエフェクトっていうのかしらね。
もし、それがなかったら私達はきっと友達はおろか、話すことだってなかった。
私だから特別じゃない。
私はたまたま運が良かっただけ。
友達になる前の私のようにセドリックを思っていても言葉に出せない子はたくさんいたわ。
時折見かけるだけで幸せになれる。
もし席が隣になれば胸が苦しくなる。
遠くから見てるだけでいい、だって彼のような素敵な王子様が私を見てくれるわけなんてないんだから…って。
セドリックは知らないかもしれないけど、貴方にアプローチできる子は可愛い子、綺麗な子、頭がいい子…そんな自分に自信を持っている子ばかりだったの。
そんな子達を押し退けてまで多くの女の子は告白するどころか声をかける勇気も湧かなかったはず。
だから単に物珍しかっただけなんだと思ってた。
私みたいな普通の女の子が。
あの時席にいたのが違う人だったらセドリックはその子と仲良くなっていたわ。きっとね。
だから怖かった。
もし私がセドリックを取り囲むたくさんの女の子達の中に紛れて、同じような言葉、同じような態度でいたら、今までの魔法のような時間が全部解けて、それで…
セドリックの中から私が消えてしまうんじゃないかって
「…そんなことないのに」
「…そうね、でもあの時はそんな風に感じてしまったのよ。」
レースが開始されて、客席が盛り上がってる中、一位を独走しているセドリックが大きくモニターに映し出された。
瞬間女の子達の黄色い悲鳴が聞こえる。
友達なのに、友達のはずなのに、どうしてあんなにも遠く感じたんだろう。
可愛い女の子達は皆、セドリックならやり遂げると信じていたのに私一人だけが怖がってた。
怪我をしないで、無理をしないでって。
なんなら負けて欲しいとすら思っていたかもしれない。
だって、セドリックが負けたら少しくらい貴方を囲む女の子が減るかもしれないじゃない。
私って最低なのよ。
友達を素直に応援できなかったんだもの。
でも、それを後悔したのはそのすぐ後。
選手達の騎獣達が突如として暴走を始めた。
騎獣同士で喧嘩を始めたり、選手を振り落としてどこかへ飛んでいってしまったり、中には選手に直接敵意を向ける騎獣もいた。
勿論従魔契約がされているから攻撃はできないようになっていたけれど、従魔の敵意を感知した目印は、けたたましいほどの警告音を鳴らしていたわ。
それも、一つや二つどころの騒ぎじゃなかった。
客席はモニターに映し出されるあまりの惨劇に悲鳴を上げることすら忘れて静まり返っていたわ。
そんな中で先生方は魔道通信をつかって客席からコソコソと出ていくの。
先生方が慌てたら生徒にも伝わってしまう…それは教師になった今だからわかるけど、そういう教師の緊急時マニュアルがあるのよ。
きっと生徒達に伝えられていないだけで裏ではとんでもないことが起きていたんだと思う。
「こ、これを私が放送で!?」
「そうです!これは緊急事態です!」
盛り上げ役の解説の女の子に先生が鬼気迫る表情で迫ってるのが見えたわ。
今にも泣きそうになりながらその子は渡された原稿を必死に読み上げていた。
「レースは一時中断です!
繰り返します!レースは一時中断です!
現在、先生方が監視ゴーレムを使って状況を確認してくださってます!
生徒達は落ち着いて、自身の魔獣のコントロール優先してください!
それ以外の生徒達は箒や車両に不備がなければ近くのチェックポイントまで避難をお願いします!!」
何度も何度も悲痛な声で叫んでいた。
私は何もできずに息を呑んで成り行きを見守るだけ。
きっと周りの生徒達も…
モニターにはその放送を受け、魔獣のコントロールを試みようとして、できなかった生徒達が次々と魔法科の操る箒や錬金科の開発したバイクなんかに乗り込んで避難する様子が映し出されていた。
そんな中で時々ね、監視ゴーレムから送られてくる情報が潰されるのよ。
最後は決まって、大きく開かれる口、敵意を露わにした様子の細くなった瞳孔が映し出されていた。
生徒達はそれを見て初めて事態の危険性に気付いたみたいに悲鳴をあげて客席ではパニックが起きた。
先生達が落ち着くように声をかけても無駄で、学園に繋がる地下魔導列車の方へ生徒達は流れ込んでいったわ。
従魔契約をされた魔獣だけじゃなくて、レースコースになっていた草原エリアにいるスライムやゴブリン、コボルトをはじめ、森のエリアや岩山エリアにいる魔獣達も本来あるはずの結界を超えてコースに傾れ込んできた。
その頃には幸いにも生徒達の避難は終わっていたし、チェックポイントには先生方によって新たに張られた結界があった。
だから安心というわけでもないけど、少なくとも数刻は持つ対応だったと思うわ。
そんな混乱の最中、一つの監視ゴーレムが魔王軍の幹部とセドリックとアレンの激闘を映し出したのよ。
「アイリスは避難してなかったのかい?」
「アンナも、キースも、それに貴方だってあのレースに参加していたのよ?
それなのに私だけ避難なんてできるわけないじゃない。」
客席には私と同じように友人や恋人を心配する生徒達がまばらに残っていた。
それ以外はほとんど地下魔導列車で学園への避難を開始してたけどね…
私は一人手を握りしめて後悔してた。
セドリックが魔獣のツルに弾き飛ばされた時、応援しておけばよかった、気持ちを伝えておけばよかったって。
私が消えてしまうだとか、そんなことよりも、セドリックの無事を願えばよかったのにって。
失うかもしれない。それで初めて気づいた。
私はセドリックの特別でありたかったんだって。
他の女の子と一緒になりたくなかった。
私だけを意識して欲しかった。
憧れだと思っていた気持ちは恋だった。
そんなことに今更気がつくなんて…
怖かった、本当に…。
無事に帰ってきて、もう一度私とお話をして。
そしたら素直になって見せるから。
だからどうか、神様って。
モニター越しにずっと祈ってたわ…。
「アイリス…」
「息子と息子の友達の前で何言ってるのかしらね、私ったら…でも、あの時本当に無事に帰ってきてくれてよかった。」
そこまで言うとリビングはシーンと静まり返ってしまった。
母親の恋愛事情なんて思春期の息子達からしたらきっと聞きたくもないだろう。
何か空気を変えるようなことを言って欲しいのに、セドリックを見ても俯くばかり。
だから半ば無理やり私は話を切り上げるしかなかった。
「さ、さぁ!話はこれでおしまい!
遅くなっちゃってごめんなさい、夕食温め直してくるから待ってて!」
本当ならザックの好き嫌いを直すためにもピーマンをたくさん入れるところだけど、今日は気まずい思いをさせてしまったから、お詫びにピーマンは入れないでおこうと思う。
「いただきます」
「どうぞ、おかわりあるからたくさん食べてね」
どこかまだ気まずい食卓。
カチャカチャとカトラリーが食器とぶつかる音だけしか聞こえない。
息子の夏休み初日だと言うのにこんな空気にしてしまうだなんて。
こんなことになるなら話さなければよかった。
いや、そもそも話すとしてもセドリックと二人きりの時にすればよかったのに。
そんな後悔したところで話してしまったものはどうしようもないのだけれど。
ザック達は遊びに行くと言っていたし、明日になれば少しはきっと変わるはず。
そうであって欲しい。
夏休みの一ヶ月がこのままだなんて私には耐えられそうにない。
…でも、こうしたきっかけでもなければあの時のセドリックの気持ちも、私が抱えていた気持ちもお互い知ることはなかったのかもしれない。
せっかくの機会、私はもう一つセドリックに聞きたかったことがあった。
初めて喧嘩したあの日のこと。
流石にザック達の前で聞くことはしないけど、子供達が寝た後で、セドリックに聞いたら操縦レースの話の延長で話してくれないかな。
セドリックを横目にちらっと見たけれど、その顔は何を考えているのかわからなかった。




