17話 アイリスside
皆が食事を終えて、汚れた食器を片す。
私がそんな家事をしている間に、ザックとエリオットは順番にお風呂に入って、歯磨きも済ませ、二階にある自室へと登っていった。
気まずい空気は、二人がお風呂から上がる頃には消えていて、明日はプールに行くんだと張り切っていたからそれには一安心だ。
それから、私やセドリックもそれぞれ寝る支度を整えて、日付が変わる前。
夜23時になる頃には夫婦の寝室で共に横になっていた。
「明日は早いの?セドリック」
「あぁ、無理やり今日の休みを取ったから、少し書類が溜まっててね、早朝には出るよ。
アイリスは寝てていいからね。
明日はザック達をプールまで連れて行かなきゃいけないみたいだし、ゆっくり起きたらいい。」
「でも…」
「……それよりさ、さっきの話は本当?」
「さっきの話?」
「惚けないで。わかってるんだろ?」
「……本当。嘘じゃない。」
布団を頭まで被って見たけれど意味なんてなくてあっさりと捲り上げられてしまった。
恥かしくてセドリックの顔なんかとてもじゃないけど見られなかった。
「アイリス…」
「……だめ、子供達も帰ってきてるんだから。
それにさっき言ってたじゃない。
明日は早いって。」
「…あんなに可愛い告白を聞かされたっていうのに、僕はこのままお預けってこと?
それはあんまりじゃないか?」
「もう!揶揄わないでよ…
本当に恥ずかしいんだから…
それより私も聞きたかったことがあって…」
「…何?」
「誕生日プレゼントのこと。」
「っ」
「……その顔は、やましいことがあるのね」
「ごめん、本当に反省してる。ごめんなさい。」
「お願い、ちゃんと教えて。
あの時、どうして、そうなってしまったのか。」
「じゃあ、アイリスも、どんな気持ちでプレゼントを選んでいたのか教えてよ」
「いいわ、まず私からね」
魔王軍の幹部と戦うセドリックを見て私は貴方への思いが普通の友達じゃなくて特別だってことを自覚したわけだけど…。
でもだからと言って劇的に何か変わるかと言われたらそんなこともなくて。
勿論セドリックを見ればドキドキだってしたし、前よりずっと意識はしてた。
「むしろ遅いくらいよ。
やっと気づいたのね」
「…私、どうしたらいいのかな」
「告白しちゃえば?」
「え!?告白!?」
「私、あの様子なら絶対脈あると思うのよね。
近々王子様、誕生日なんでしょ?
プレゼント渡して、そのまま…とか?」
「いや…でも…でも!!!」
「私とキースも一緒に探すからさ。
…それに、私思うんだよね」
「ん?」
「確かにあのセドリック・グレイシー相手に弱気になるのも仕方ないけど、アイリスは私の自慢の親友。もっと自信持ちなさいよ。
私の知る限り、貴女ほどいい女はいないんだから。」
「ふふっ…何それ」
アンナに励まされて、その週末の休みは外出申請を出して、セドリックの誕生日に向けてプレゼントを選びに街へ行くことになった。
アンナと、キースと三人でね。
でも、当日アンナが風邪をひいてしまって…
延期しようにも誕生日まであまり期間もないからキースと二人で出かけることにしたの。
キースなら貴方と同じ騎士科だし、本当に喜んでくれるプレゼントのアドバイスも貰えると思ってね。
一応言うけど、デートなんかじゃないわ。
キースもアンナのことがずっと好きだったからアンナへのプレゼントを私が相談に乗るってことでお互い様だったのよ。
前からこっそり相談だけはされてたけど。
「ごめんね…言い出しっぺは私なのに」
「いいから!アンナはもうベッドで寝てて!」
「そんな状態で玄関まで来たのかよ…
無理すんなって…」
「だって…」
「ほら、部屋まで送ってくから、ちゃんと寝ろ」
「そうよ!」
毛布にくるまったまま、頭には冷却シートを貼り付けて、玄関先まで見送りに来たアンナを部屋に戻してその後やっと二人で出かけた。
「うーん…騎士ってそもそも何が必要なの?」
「剣、盾、ナイフ、鎧…それから…」
「そんなのは、自分で自分に合うものを選ぶべきよ。命を守る大切なものじゃない。
そうじゃなくて、なくてもいいけど、持っていると案外便利みたいなそういうのはないの?」
「アミュレットとか」
「セドリックよ?
何人の女の子に貰えると思ってるのよ」
「手拭いとかは?」
「ちゃんと考える気ある?」
あれでもない、これでもないって散々いろんな店を回ってやっと決めたのが、雨の日につけるグローブだった。
原理までは覚えてないけど、鎧との摩擦で滑りにくくなるんだってお店の人が熱弁しててね…
勿論わざわざ雨の日用でなくても普通のグローブで問題ないから使っている人は二割程度しかいないらしいんだけど…
でも、魔獣を切り倒すセドリックを見て、将来騎士になる貴方の助けに少しでもなればいいと思って決めたプレゼントだった。
「って…セドリック?どうしたの?」
「………罪悪感で死にそうになってる。
…でも、ちゃんと聞きたい。続き、聞かせて」
「…うん」
本当なら誕生日当日がいいけど、操縦レースの時と同じで囲まれてしまってゆっくり話せる時間がないかもしれない。
そう思って前日に会いに行った。
操縦レースの後、セドリックはさらに人気者になってしまったし、事情聴取でいつも忙しそうにしてたから、私まで話しかけたら気を遣わせちゃうかなってずっと遠慮してた。
疲れた顔をした貴方を見かける度に本音を言えば駆け寄りたかったけれど、それより先に誰かが貴方の隣にいたの。
でもその日だけは何がなんでも話そうと思った。
だって、これ以上ないってくらいのプレゼントを選べたと思っていたのよ?
セドリックのことだから絶対に喜んでくれるって浮かれてた。
そのプレゼントに勇気をもらってたのよ。
でも…
「セドリック!お誕生日おめでとう!
少し早いけど、プレゼントを渡したくて…」
「………。」
「グローブなんだけど…キースに相談にも乗ってもらってね…」
「いらない」
「え…っ…ごめんなさい…でも…」
「迷惑だよ。じゃあねアイリス」
「待っ…」
わけがわからなかった。
無意識に引き止めようと手を伸ばしたらその手をパシって払われて、力は全然強くなんかないはずなのにすごく痛かった。
それ以上何も言えなくて、その場に立ち尽くして俯くことしかできなくて…
視界に入ったプレゼントは途端に色褪せて見えた。
少し前まであんなに綺麗だと思っていたラッピングだったのに。
私は何を間違えたんだろう。
せっかく友達になれたのに、図々しかったかな。それともグローブが嫌だったのかな。
私の気持ちがバレてしまったのかも。
それで煩わしくなったのかしら。
どうして?
それからどうやって自室に戻ったのかはあまり覚えてない。
気付いた時にはアンナに肩を抱かれて慰められてたわ。
次の日のセドリックの誕生日は皆に囲まれて、祝われて、沢山のプレゼントを抱えている貴方を見た。
私のプレゼントは受け取ってもくれなかったのに。
それどころか迷惑だと言われた私はセドリックと話すことすらできなくなったんだって、こんな残酷なことがある?
やっと思いを自覚した。
素直になろうって決めた。
いきなり告白は無理でもあの日の貴方を見てたこと、お疲れ様って労わろうとした矢先よ。
それから何日経ったか、ずっと考えてた。
私の何が悪かったの?って。
考えても、考えても答えは分からなくて。
あんなに酷いことを言われたのに、私はやっぱりセドリックのことが好きだったから、諦められなくて…
もう一度だけ。最後にもう一度だけ、勇気を振り絞って謝って、それでダメなら諦めようって思った。
アンナは「あんな奴に謝る価値もない!!」なんて怒っていたけどね。
私がそうしたかったから。
あとは私のエゴというか、ただのわがまま。
セドリックの友達としてちゃんとお祝いがしたかったっていう。
最初のプレゼントではうんざりされるほど、キースにたくさん相談乗ってもらった。
でも、そのキースの好意を無碍にしちゃったから、もう頼れなくて、一人で街に出掛けてプレゼントを選んだわ。
「お嬢ちゃん彼氏に贈り物かい?」
「…そんなんじゃないわ」
「おすすめはある?」
「最近入荷したのはこの辺りかねぇ…」
雑貨屋の中で店主に勧められたのは可愛らしいマグカップとか、アクセサリーとか。
その横にセドリックに似合いそうな時計も見つけたけれど、私の手はその隣にあるなんの面白みもない無地のハンカチを選んでいた。
それからボールペンもこだわりのものじゃなくて、普通のもの。ノートも。
お菓子も無難なスナック菓子。
悩んだけど、結局はそれしか選べなかった。
またセドリックに断られたらと思うと怖かったの。
グローブはキースが引き取ってくれたけど、次はそうは行かない。
もしそうなったら捨てる勇気も出なくて私が使うしかない。
セドリックを意識して買ったプレゼントを何食わぬ顔して使えるほど私は強くないわ。
ずっと貴方を意識したままだなんて。
そんなの耐えられるわけがない。
それなら、普段使ってるものと変わらないもの、日常に溶け込めるもの。
そんなつもりで選んだの。
そして選んだプレゼントと呼んでいいのかもわからないありふれた物を見て悲しくなったわ。
こんなものならあげないほうがマシかもしれない、って。
でも、もう、本当に最後だからって…
縋るような気持ちで貴方に話しかけに行った。
「セドリック、少し…時間ある?」
「……うん」
本当に緊張した。
声が震えて、指先が冷えて、血の気が引いた。
剣技場の前でセドリックの剣術の授業が終わるのを待つ間、何度も何度も、心の中で言い訳を繰り返して帰りそうになるのを必死に我慢してた。
ここで逃げ出したらもう二度と話せない気がしたから。
「…セドリック、この前は、ごめんなさい」
「…なんでアイリスが謝るんだ。
謝るなら僕のほうだろ?」
「私が気づかないうちにセドリックに嫌なことをしてしまったから怒ったんでしょ?」
「違う!あれは…ただ…イライラしてて…
その…君に八つ当たりした…んだよ……」
そう言うと、セドリックはどんどん声が小さくなっていった。
その様子を見てたらね、喉の奥がつまったみたいに苦しかった。
八つ当たりってなによ。
私がどんな思いで貴方に声をかけたと思ってるのよ、って。
なんだか腹が立ってきちゃって、怒るつもりなんてなかったのに…
泣くつもりもなかったのに…
ちゃんと謝って仲直りしようと思ってたのに…
私の目からは涙が溢れて止まらなかった。
「…私の何が気に食わなかったの?
私は友達として誕生日のお祝いすらさせてもらえない。
迷惑だって言ってたわよね。
友達でいるのが嫌になった?
私のことが嫌いになったの?
それなら、そうと言って、お願いだから。
そしたらもう貴方には近づかないから…っ…」
「っ違う!そんなんじゃないんだ本当に!!」
セドリックに痛いほどの力で肩を掴まれて、私は言いすぎたって咄嗟に思った。
それで謝ろうと顔を上げたら私を見る貴方の顔があまりにも辛そうで、私はそれ以上何も言えなくなった。
「ごめん、本当に。
アイリスは何も悪くない。
悪くないんだ。嫌いにだってなってない。
だから泣かないで…」
「っ…本当に?」
「本当に。もう、二度としない。ごめん。」
「……なら、いい。」
「…いいの?」
きっと何も良くはないんだと思う。
でも、貴方が真剣だったから、本気で申し訳ないと思ってそうだったから、私の口は勝手にそう言ってた。
きっと許せない気持ちよりも、よかった貴方のそばにまだ居られるんだって安堵が勝ってたからでしょうね。
「…セドリック、これ」
「?」
「ごめんなさい、どうしても渡したくて。
貴方が生まれた日を、どうしても、お祝いしたかったの。
大したものじゃないから、いらなかったら捨てて。
…でも、できれば、私の見えないところで」
「捨てないよ」
「迷惑じゃない?」
「迷惑なんかじゃない。大切にする。」
それで仲直り。
でも、どうしてあの時八つ当たりされたのかは怖くてずっと聞けなかった。
問い詰めるみたいなことをして嫌われたくもなかったし…
でもこうして十年以上の月日が経った今なら聞けるようなそんな気がしたの。
「だから、次はセドリックの番。
教えて、あの時、貴方がどうしてそんなことを思ったのか。」
「…そうだね、僕も今ならきっと素直に話せる。
けど、嫌いにならない?」
「なれるならあの時とっくになってるわ」
「…じゃあ、話すよ。あの時はね…」




