18話 セドリックside
チェリオットのせいで操縦レースは中止になったけれど、モニター越しに僕やアレンを見ていた人達からは称賛の声が上がっていた。
だから学園に戻った時、真っ先にアイリスを探したんだ。
アイリスも、褒めてくれると思ったから。
キースよりずっとすごかった、までは言わないだろうけど僕の頑張りを労ってくれるって。
でも、僕の周りを取り囲むのは、同じ寮の友人や話したこともないよく知らない生徒ばかり。
「流石セドリックだな!」
「素敵だったわ!!」
そんな他人からの言葉より君からの一言が欲しかったのに、君はアンナやキースの元にいた。
二人の体に怪我がないかと念入りに体をチェックして、何もないと分かれば泣きそうな表情でアンナに抱きついていた。
僕は駆け寄ろうにも他の生徒達に阻まれてしまってそれどころでもなかったし、横目に見ていただけだった。
同じ友人のはずなのにどうしてこんなにも遠いのだろう。
僕の心配はしてくれないのか?
そう思ったけど、話しかけようにも学園側からの事情聴取なんかに追われて、あっという間に数日が経ち、週末になって初めて落ち着いたんだ。
学園は休みだし、やっと君と話せると思った。
それで青寮まで行ったら、アイリスがちょうど寮の部屋から出て来たんだ。
いつもの制服じゃなくてお出かけ用のワンピースに着替えた可愛い君が。
声をかけようとして、できなかった。
すぐ後からキースが出てきたからだ。
それから君はキースの腕を「早く早く」って急かすように引いたんだ。
まるで甘えているようにも見えた。
そんなこと、僕には一度だってしてくれたことがないのにね。
後ろにいる僕に気づくこともなく、二人で出掛けて行ってしまった。
どこにいったのか気になったけれど、聞きたくもなかった。
アイリスはキースと友人だとばかりに思っていたけど、レースの時のキースの口ぶりもそうだし、実は二人は前から特別な関係だったんじゃないか?って思ったから。
もしこれからデートなんだと言われたら何かが壊れてしまう気がした。
アイリスは当時、僕のことを素敵だとかかっこいいとよく褒めていたけど、肝心な時には欲しい言葉をくれない。
正直ムカついた。
誰にでもいい顔するのかって思ったんだ。
僕が知らなかっただけでアイリスはそう言う女の子だったのかもしれない、って。
そんなわけないのにね。
まるで裏切られた気分に勝手になってた。
「セドリック?どうした?」
「……なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないけど?」
「今はほっといてくれ。頼む。」
友人に八つ当たりしそうになるのを必死に堪えてなんとか平静を保った。
普通に授業を受け、普通に生活する。
それだけで手一杯だった。
そんな中、時折見かけるアイリスはいつだってアンナやキースと一緒だった。
楽しそうに過ごしている姿を見るたびに面白くない気持ちになったよ。
あぁ、アイリスは僕が別に居なくたって何も思わないんだなって思ったさ。
僕がチェリオットと戦った時どんな思いでいたと思う?
怖かった。死ぬかと思った。
突然の状況に振り回されながらも、命懸けで戦って、必死に帰ったんだ。
でもさ、君は僕がもしあの場で死んだとしても気にしないかもしれないってさ。
アンナとキースが無事ならそれでいいんだろ?って。
だから、あの日のプレゼントを受け取らなかった。受け取りたくなかった。
なんで今更僕に構う?
ましてキースと選んだものなんて必要ない。
僕への当てつけか?ってさ。
でも、その後すぐに、後悔したんだ。
手を払った後、君の顔があまりにも悲しそうだったから。
でも声をかけることはなかった。
僕自身どうしていいのかわからなかったから逃げるようにその場を後にしたんだ。
「おい、セドリック。」
「……キース…僕に何か用?」
「ふざけるなよ。お前、わかってるんだろ?
アイリスのことだよ。」
「君に何かを言われる筋合いはないけど。」
「っ…そうかよ
お前がその気ならそれでいい。
ただ俺の友達をこれ以上傷つけるな。
アイリスは特別優しいからずっとお前のことを気にしてるけど、もうアイツに構うな。」
騎士科の授業。
キースと模擬戦で当たってそう言われた。
いきなり肩を掴まれてそんなことを言われて、僕がどんな気持ちかも知らないでさ…
最初は剣術のちゃんとした試合形式だったけど、キースが剣を落とした後も殴り合いで模擬戦…というより喧嘩をしてた。
教師が止めに入るまでね。
「二人とも罰として素振り500!」
隣で罰を受ける間も僕はキースの方を一度だって見なかったんだけど、キースは違ったんだ。
「ごめん」
キースは静かに謝った。
でも返してやる気にもならなくて僕は何も言わずに剣を振り続けていた。
別に続けていいと許可した覚えもないのに、キースはお得意のお喋りでペラペラ喋り出した。
「…アイリスは友達なんだ。
俺やアンナがすぐ喧嘩するからいつだって間を取り持ってくれる優しいやつで…。
だからこそ、ちょっと熱くなった。
アイツ、本当にレース中のお前のことを心配してて、それでプレゼントを選ぶ時も喜んでくれるかなって、本当に楽しみにしてたんだぜ。
最近のアイツ、見てられない。
さっきはもう関わるなっていったけど、もし、もしもアイリスがもう一度お前のことを尋ねて来たらちゃんと話を聞いてやってくれ。
……頼む。」
腰が直角になるんじゃないかってくらい深いお辞儀をされて思わず素振りの手が止まった。
でもさ、信じられるわけないだろ。
よりによってキースにそんなことを言われたって。
ただ、心には引っかかってた。
あの日のアイリスの表情が脳裏に焼き付いて離れなかったから。
それでタイミングを測ったようにアイリスが剣術場の前で待ってるのを見つけた。
別にキースに言われたからじゃない。
だけど、このままじゃ後味が悪かった。
だから話したいと言われて、素直に着いていったんだ。
その時はアイリスに泣かれて怒鳴られて責められることも覚悟していたけど、そんなことはなくて。
「…セドリック、この前は、ごめんなさい」
「…なんでアイリスが謝るんだ。
謝るなら僕のほうだろ?」
「私が気づかないうちにセドリックに嫌なことをしてしまったから怒ったんでしょ?」
「違う!あれは…ただ…イライラしてて…
その…君に八つ当たりした…んだよ……」
君が先に謝ったから、勝手に自分の口から出た言葉が心にストンと落ちたような気がした。
あんなにもムカついてた気持ちが不思議と凪いでいった。
それでわかった。
僕はずっと、キースに嫉妬して、八つ当たりしていたんだってこと。
レースの時、応援されていたキース。
終わった後も普通に心配してもらえるキース。
アイリスと週末に二人きりで出掛けられるキースに。
プレゼントだって本当は誕生日を祝いに来てくれて嬉しかったはずなんだ。
でも、キースと選んだプレゼントって聞いたら自分でもコントロールできなかった。
他の奴と楽しく選んだものを、そんなに嬉しそうに僕に見せるな、って。
僕はアイリスの特別でありたかったんだ。
君のことがとっくの昔に好きだったんだよ。
「…私の何が気に食わなかったの?
私は友達としてお祝いすらさせてもらえない。
迷惑だって言ってたわよね。
友達でいるのが嫌になった?
私のことが嫌いになったの?
それなら、そうと言って、お願いだから。
そしたらもう貴方には近づかないから…っ…」
「っ違う!そんなんじゃないんだ本当に!!」
好きだと自覚したのが遅すぎたんだ。
アイリスが涙ながらに僕に言う言葉の数々は当然のことだったと思う。
自分でアイリスのことを傷つけたんだから何を言われても仕方ない。
でも今にも君が僕から離れていってしまいそうだったから咄嗟に謝った。
みっともなく縋るみたいに。
僕がそうしたくせにね…それだけ君を追い詰めた。
今更必死になったって遅いかもしれない。
でも、これで終わりは本当に嫌だった。
「ごめん、本当に。
アイリスは何も悪くない。
悪くないんだ。嫌いにだってなってない。
だから泣かないで…」
「っ…本当に?」
「本当に。もう、二度としない。ごめん。」
「……なら、いい。」
何も良くなかったと思う。
でもアイリスは僕を受け止めて、心底ホッとしたように笑ってくれた。
胸が苦しかったよ。
アイリスの優しさに甘えているのもわかっていた。
許されたとは思ってない。
元通りには戻れないかもしれない。
でも、君が離れないでいてくれたことに心から安堵したんだよ。
それから恐る恐る、差し出されたプレゼント。
言葉は悪いけどありきたりなものばかりだ。
普段使いで自分が買うものと何も変わらないような。
でも、僕はそれを今度こそ大切にしようと思ったんだ。
持ってたボールペンを捨てて貰ったボールペンに入れ替えた。
ハンカチも、ノートもそうした。
それが僕にできる唯一の償いだと思ったから。
この思いを伝えようとは思わなかったよ。
というか、これだけ君を傷つけた後で図々しく好きだなんてとても言えなかった。
今はただ友達に戻れた。それだけでよかった。
「くだらない、嫉妬だったんだ。
それでアイリスのことを傷つけた。
後になってから嫌と言うほど後悔したし、なんなら今も後悔してる。
あのグローブは結局キースに渡したんだろ?」
「貴方が要らないって言ったからね。
それなら俺が使うよって。
気を遣ってくれたのよ。
私は騎士じゃないから使い道はないし、あのまま持ってても当時は辛かったから。」
「わかる。わかるけど、惜しいことしたなって」
「でも待って?私のこと好きって言った?
でも貴方、聖女様と…」
「…僕は本当に学生の頃何してたんだろうね。」
「え?」
「それはまた今度話すよ…あれにも事情があったんだ。僕なりに…一応。」
「?」
「一つ、言いたいのは、あの時、勇気を振り絞って諦めないでくれてありがとうアイリス。
愛してる。あの時の君のおかげで今がある。
あのまま疎遠になった先の未来なんて想像したくもないよ。」
十年以上経って本当の意味での仲直り。
それを噛み締めるようにアイリスを抱きしめた。
情けないくらいに腕が震えていたし、きっとアイリスにはその震えが伝わっていたと思う。
お返しにと僕の背中に回された手。
まるでザックをあやす時みたいに彼女の手は優しく僕の背中を撫でていた。
「……セドリックの話を聞けて、あの日の私が報われた気がする。
ありがとう、話してくれて。
私も愛してるからね、あの時よりずっと。」
「……そろそろ寝ないとね」
「そうね」
「……仕事行きたくないな」
「頑張ってね旦那様」
あの頃より簡単に触れられる距離。
聞けなかった頑張れの言葉も、労りも愛の言葉ですらも今では全部僕のものになったんだと思うと、たまらない気持ちになった。




