19話
「ザックが父さんと母さんのことが大好きだって言うの、なんとなくだけどわかった気がする。」
「エリオット?」
「…俺もさ、帰ったら聞いてみるわ。
母ちゃんと親父のこと。」
「……うん」
父さんと母さんの操縦レースの話を聞いた日の夜、エリオットとそんな話をした。
幼い頃から魔王軍との戦いの話を僕は何度も何度も絵本で読んできた。
悪者をやっつけ、世界が平和になった。
かっこいいと思ったし勇者アレンには憧れていた。
前回の連休の時に父さんたちに話を聞いた時、まだ僕はどこか遠い別の世界の物語のような感覚だったのかもしれない。
犠牲者が出た、苦しんだ人がいた。
それだけで絵本のような綺麗事だけじゃないことなんてわかっていたつもりだった。
でも、今回父さんや母さんの話を聞いて、その時の生々しい記憶と当時その場にいた人達が感じた気持ち。
僕が走ったあのレースのコースで実際に起きた事件。
実際にその場にいたわけじゃないから父さんたちの感じた恐怖を直接感じるとかそういうことはない。
ただ、想像、できてしまうんだ。
あの草原にゴブリンの群れが埋め尽くす様を。
大勢の騎獣のコントロールを同時に失ったとき、どんな惨状になるかを。
「怖くて夜眠れなくなっても知らないけどね?」
父さんに言われて十歳だからそんなわけない!
話を聞くだけだし!って思っていたけど、目を閉じると従魔たちの足音がどこからともなく聞こえるみたいで落ち着けなくなった。
エリオットの寝言はとっくに聞こえていたのに僕が眠れたのは深夜一時を回った後だった気がする。
そうして僕の初めての夏休みは寝不足の朝から始まったんだ。
「ふぁぁ…」
「眠そうだな?ザック?」
「セドリックと私の話が怖くて眠れなかったのかしら?」
「っち、ちがうよ!!」
「…ふーん?そう?
それより今日はプールに行くんでしょう?
早く朝ごはんを食べて準備をしてきなさい。」
「「はーい」」
エリオットとはそれから死ぬ気で遊んだ。
母さんの運転する車でプールに行って、遊園地に行って、映画館行って、買い物に行ったら悪戯グッズをたくさん買って、庭に大穴を開けて母さんに死ぬほど怒られたりもした。
毎日が最高に楽しかった。
魔王軍との話を忘れたわけじゃない。
続きももちろん気になるけど、あまりにも楽しいから、いつのまにか思考の端に追いやられて、それとこれとは話が別だよな。なんて思っていた。
そして、あっという間に夏休みが過ぎていって、残すところ半分。
エリオットが自分の家に帰る日になった。
ずっと一緒にいたから少し名残惜しいけどエリオットだって両親と会いたいだろうし、また学園が始まれば会えるから別に寂しくはない。
嘘。本当はまだまだ遊びたいし寂しいけど、ここで駄々こねたら子供みたいだから黙ってただけ。
「お世話になりました」
「送っていかなくて本当に大丈夫?」
「はい、馬車の手配もしてもらったんで、十分です
駅からは魔道列車に乗りますし…」
「そっか、またねエリオット!」
「おう!また二学期な!」
お土産をたくさん持たせたエリオットの旅立ちを玄関先で見送ってから、僕と母さんは家の中にもどったんだけど…
「ザック、夏休みの課題の進捗はどうなの?」
「げ…」
「私、あちこち遊びに連れて行ったわよね?
そして遊んだ。もちろん進めてるのよね?
課題の一つや二つ…」
「げげ…」
「ザック……?」
「ご、ごめんなさいー!!!」
もう夏休み後半だというのに僕が課題に触れてすらないと知った母さんはオーガと化した。
「今日の夕食をピーマンサラダにピーマンライス、ピーマンスープにするわよ?」って背後に立たれ脅されながら死ぬ気で課題の山をこなし続けた。
毎日だよ?信じられない。
「父さん助けてよ!!」
「じゃあ…」
「セドリック?」
「ごめん無理みたいだ。ザック頑張れ」
「父さんのばかぁぁあ!!!」
「ザック!今日は素材学のレポートでしょうが!
終わらせないと夕飯ピーマンのフルコースだからね!?」
「あんまりだよおおおお!!!!」
そんなこんなで気づけばあっという間に夏休みが終わり、学園に戻る日になっていた。
「もっと遊びたかった。
後半なんてピーマンに怯えて僕、勉強しかしてない。」
「ザックが課題をギリギリまで残してるからでしょう!
エリオットが居た時に一緒に少しずつ進めていればこんなことにはならなかったのに!」
「だって…」
「全く…来年はもう少し遊びに行く日を調整しないとダメかしら…
ザックはいいけど、エリオットのご両親に面目が立たないわ…」
「それは嫌だ!エリオットが宿題終わってなかったら学園に戻ってから僕が一緒にやるから来年もたくさん遊びに行く!!」
「……はいはい。わかったから。
ほら、馬車に乗って。」
僕の話は適当に流され、急かされるように馬車へと押し込まれた。
結果的に課題は終わらせたし、もっと褒めてくれてもいいのにさ?
それにもう少し家でゆっくりしたかった。
僕がまた学園に戻っちゃうんだよ?
もう少し別れを惜しんでくれればいいのに。
父さんは早くから仕事に行って見送りすらしてくれないし。
「ほら、拗ねないの。
確か、夏休み明けに学園では騎士科の剣術技能大会があるでしょ?」
「…何それ?」
「知らないの?」
「うん」
「模擬戦とか障害物競走とか剣舞とか騎士科ならではの行事があってね、その時は騎士団としてセドリックも学園に顔を出すって言ってたわ。
だからしっかり練習に励むようにって。」
「父さんが学園に!?」
「だから、しっかり訓練して、それから勉強も。あと、体に気をつけるのよ。」
「はーい」
「行ってらっしゃい」
「行って来まーす!」
そして学園に戻ったんだけど、夏休み明け一番の衝撃はエリオットが宿題をちゃんと終わらせていたこと。
夏休みの間、僕の家にいる間も少しずつやってたみたいだ。
裏切りだ。僕は前日までかかったっていうのに。
「僕もっとエリオットって適当なやつだと思ってたよ。」
「失礼だな。お邪魔させてもらってるのに、それはダメだろ」
正論すぎて返す言葉が見つからない。
とりあえずエリオット変に真面目なところのおかげで来年もまた二人で楽しく遊べそうだ。
ちょっと納得はできなかったけど。
「エリオット剣術技能大会って知ってる?」
「なんとなくなら?
やけに先輩達が張り切ってたからどうしたのかと思って聞いたら恋の季節だって騒いでてさ」
「はぁ?」
「普段あまり話さない科の女子達にかっこいい姿を見せられるチャンスなんだと。」
「はぁ???」
わけがわからず首を二人で傾げていたけど、詳細は次の日の剣術の授業の時に明かされることになった。
「今配った資料を各自よく読んでおくように。
それからこれから剣術の授業の際にはそれに沿ったカリキュラムを組むから心してかかれよ。」
生徒達がざわつく中、エリオットと共に早速配られた資料とやらに目を通しはじめた。
『剣術技能大会について
この大会は普段から心身を鍛える騎士としての実力を存分に発揮し、自分の力量を正しく把握することを目的とした大会である。』
なんて文章から始まって、競技の説明や、勝敗についてなんかが長ったらしく書かれていた。
資料の説明を要約すると障害物競走や綱引き、魔法で作った岩山を登るロッククライミングや、腕相撲、縄跳びなんていう様々な種目がある総合運動大会という扱いになるみたいだ。
個人順位によって得点が寮の得点としてカウントされる寮別対抗試合になるみたい。
そんな資料の中に目を惹かれる文章があった。
それは今後の進路についての一文だ。
『なお、この国の騎士団長である剣聖ギルバート・ディルグレイをはじめ、各隊から隊長や副隊長などが観戦に訪れる。』
続くように己の普段の訓練の成果を…なんてツラツラと長ったらしく書かれているけれど要は絶好のアピールの場だということらしい。
生徒たちはそれぞれの特技や特性を発揮して将来の進路にも影響が出るみたいだ。
「これ本当かな剣聖が来るって」
「騎士科の生徒の進路って言ったら大抵は騎士になるか自警団になるかだろ?
騎士も学生達の強さを見てからそれぞれの隊にスカウトしたいってことなんじゃね?
操縦レースのオッズ一位のゲイリー・マークはすでに実力派揃いの二番隊に内定してるって噂もあったぞ。」
「あの炎のブレスは凄かったもんね!」
「悔しいけどな。俺もいつかブレスを吐くんだ。」
「君のはトカゲだから無理だよ。」
「そんな事ない。相棒はきっとできる。
で?ザックの父さんもくるって?」
「うん、そう言ってた。」
「…はぁ…簡単に言うけど、それってとんでもなくすごいことなんだからな?」
そもそもこの国の騎士団には七つの隊が存在している。
一番隊は騎士団総括であり、隊長は剣聖自らが務めていて、基本的には王族の護衛として王城にいることが多くて、父さんのいる二番隊は騎士団の中でも実力派が揃っている。
三番隊は先駆けや情報伝達、四番隊が隠密や暗殺を行う。
五番隊は外交や情報操作。
六番隊は自警団と連携してて、七番隊は物資調達や現場仕事をメインにしているって、もっと小さい頃に教えてもらった気がする。
父さんは凄いんだよー。って肩車されながら。
これを聞いた時は、へぇ、そうなんだ、よくわからないけど凄い!くらいにしか思っていなかったけれど、今こうして騎士科として学ぶようになって改めて父さんの凄さを実際に感じている。
僕にとっては母さんが大好きで、カッコつけな父さんだけど、でも、この国の二番隊を率いるということ、そして毎日定時に帰ってくる事も、僕の誕生日には絶対に休みをとってくれる事も、本来であればありえない事なんだろう。
入学当初エリオットが僕の父さんが誰かを知って食いつく理由も今となっては少しだけ理解したつもりだ。
でもやっぱりそんなに騒ぐほどのことなのかな、って言う気持ちもあるにはあった。
「俺もザックの家に行ってセドリック隊長のイメージは変わったけど、それでも十分凄い人なんだぜ?お前の父さんはさ。」
「そう、だね」
その言葉を少しだけ、本当に少しだけ、プレッシャーに感じてしまった。
父さんがすごいのはわかる。
でも、それをエリオットが僕に言う意味がわからなくて。
「コース10週!」
「素振り500!」
「腕立てスクワット200セット!」
「組み手5本!」
父さんが来る、そんなことは次の日には頭の片隅に追いやられていた。
技能大会に向けたカリキュラム、目先の訓練がキツすぎて。
毎日筋肉痛。食欲も減るし、夜は死んだように眠った。
学園生活を楽しむ暇もない。
僕らはまだ一年生だからこれでも簡単な方らしい。
先輩達はもっと大変な訓練をしていて、連日ゲロに塗れている人を見かけていた。
「……ゼェ…はぁ…ザック、生きてるか?」
「…………」
「…返事がない。死んだか。」
「…生きてるよ。勝手に殺すな」
忙しく、日々は過ぎていって、そして剣術技能大会を迎えたんだ。
夏休みから何日経ったかって?
たった一ヶ月だよ。
その間は薬学とか、魔獣学、全部休み。
剣術や体術、走り込みばっかりをやっていた。
騎士科に入ったことを後悔するくらいにはね。




