8話 セドリックside
その日は朝から色々と大変だった。
授業終わりに、女の子に告白をされたんだ。
それ自体は何も珍しい事じゃなかったんだけど、その子はなかなか諦めてくれなかった。
「セドリック、貴方が好きなの…どうか私と…」
「ごめんね、気持ちは嬉しいけど今は勉強とか剣術の訓練で忙しいから誰かと付き合うとかは考えていないんだよ」
「そんな…っわ、私はそれでもいいから…」
「僕は、君が期待するような恋人としての時間を確保できない。
だから、付き合ったところで君を傷つけてしまうだけなんだ。ごめんね」
中途半端に期待を持たせてもその子にとって良くないからハッキリ伝えたつもりなんだけど、なかなか諦めてくれなくて、一日中付き纏われていたんだ。
最終的には友人の力を借りながらなんとか解決はしたけれど、とにかく疲れた。
自室で休むのも違う気がして、気晴らしに校舎を散歩していたら、無意識のうちにアイリスのいる図書室に足が向いてた。
きっと、あの場所が気を遣わなくて済む穏やかな場所だって僕はとっくにわかっていたんだろうね。
いつもの席でアイリスが課題に取り組む姿を見たらなんだか肩の力が抜けて普段ならつかないため息が自然と口から漏れていた。
多少話すようにはなっていたけれど、僕達はまだそこまで気安い関係でもなくて、咄嗟に向かいの席に座るのに理由を探した。
なんとなく、用もないのにその席に座るのは気が引けたんだ。
だから手元にあったのは殆ど終わってる課題だったけれど、それを理由にして座った。
やる気なんてさらさらなかったけどね。
アイリスは僕が疲れていることをすぐに見抜いて、小さな飴をくれた。
僕は甘いものが嫌いだ。
でも、アイリスのそれがただの善意から来るものだってわかったからつい無意識に受け取ってしまっていたんだよね。
いくら甘いものが嫌いとはいえ、受け取ってから突き返すのはもちろん、食べないのも失礼かと思ってとりあえず食べたんだ。
美味しくはなかった。馬鹿みたいに甘いし。
でも、アイリスに「美味しいか」と聞かれた時、見栄っ張りな僕の口は勝手に美味しいよと嘘をついていた。
僕の答えにアイリスが嬉しそうにしていたからそれでいいかなって思ったんだ。
別に嘘だと訂正する必要もない。
でもそうしたら、アイリスがもっとたくさんの飴を握らせてきたから流石に少し困ってしまったけれどね。
でも、気持ちを勝手に押し付けるように告白をして、僕を疲れさせる女の子のそれとは全然違ったから嫌ではなかったんだよ。
アイリスが友人のアンナに連れて行かれる時、少しだけ名残惜しく感じてしまうくらいには。
「…父さんは何を言いかけてたの?」
「わからない。多分無意識に口が動いてたんじゃないかな。
当時アイリスみたいに下心なく優しくしてくれる人が珍しかったから君はなんなんだ?って。」
「人を珍獣みたいに言わないでよ」
「それくらい君が特別だったんだよ」
「……もう、そんなこと言われたら何も言えないじゃない」
「ストップ!ストーップ!二人ともイチャつくなら後にして!」
「邪魔するなよザック」
「父さん!ふざけないで!」
……アイリスは他とは違う、特別な女の子だから、彼女となら友人になれるかもしれない。って思った。
そう思った矢先、授業の後に残って欲しいなんて言われたからショックだったんだよ。
結局君も同じ、僕のことをそういう目で見ていたのかってさ。
勝手に裏切られた気になっていた。
けれど、覚悟していたような告白は影も形もなかった。
お詫びだと言ってアイリスが差し出したのは有名な紅茶缶と、有名コーヒーメーカーのスティック詰め合わせ。
拍子抜けも良いところだったよ。
確かに甘いものは嫌いだけど、飴は本当に迷惑なんかじゃなかったのに。
僕はどれだけ自惚れてたんだろうね。
「お詫びなんて…
そんなの気にしなくてよかったのに…
それに、君の気遣いはちゃんと嬉しかったよ」
「そう言うと思った。
でも、私が納得できなかったの。
セドリックは私に気を遣ってくれたのかもしれないけど、嫌いなものは嫌いでいいのよ。
疲れてる時にまで気を使う必要はないわ。
少なくとも、私にはね。
どうしても気を使ってしまうと言うなら、私がセドリックを知っていく。
貴方の好きなもの、嫌いなもの、時間がある時にでも少しずつ教えてくれると嬉しい。
コーヒー派っていうことは今日覚えたから、今度差し入れする時はコーヒーにするわ。
用事はそれだけ。次もまた授業あるでしょ?
引き留めちゃってごめんなさい。」
ある意味で僕は告白よりすごいことを言われてる気がするけど、アイリスがとても真面目で相手のことをよく考える人だって思ったんだ。
疑っていた自分を恥じたよ。
それから少し忙しくなった。
アレンがアグネスの事件解決のためにあれこれ画策していたからか、突然学園周辺の魔獣の動きの活発化が確認され、騎士科は近隣の森の調査などもカリキュラムに追加されたんだ。
当時四年生だった僕はまだ直接闘いに参加することこそなかったけれど、そう言った調査には参加させられていた。
普段ならあまり害のないスライムや角ウサギの生息する地域のはずなのに、狼型の魔獣の足跡があったりといつもとは少し違っていたのをよく覚えているよ。
そして聞いた通り、魔獣は結界を破って学園内へと入ってきた。
もとより警戒体制も敷かれていたし、先生や、すでに現場に出て直に指導も受けていた最高学年の先輩達が作戦通りに応戦する中、何を思ったのかアレンを慕う生徒達が魔獣に無計画に突っ込み、前線が崩壊してしまったんだ。
そのせいで怪我人が出た。
その後すぐアレンが転移魔法を使って学園に戻ってきて簡単に魔獣を討伐してしまうんだけどね。
「やっぱり勇者アレンってすごいんだ!」
「そうだね、アレンは[勇者]という称号に負けず、とても強い人だよ。」
「父さんも勝てないの?」
「悔しいけど、多分、勝てないだろうね」
「そっか、それで?
昨日は母さんがこの後父さんにいきなり友達になってって言われたって言ってたけど…」
「なにも、いきなりじゃないさ
アイリスが忘れてるだけ」
「…そうだったかしら?」
「そうだよ、あの時のアイリスは結構失礼だった。」
「え!?」
魔獣の危機が去ったとはいえまだ警戒体制が敷かれていた学園では不要の外出は控えるように全生徒へ通達があったんだ。
図書室への足が遠のくのも無理はない。
僕もまた図書室には通えてなかったから。
でも、その頃にはもうアイリスと少なからず仲良くなれていたと思っていた。
図書室では一緒に勉強だってしていたし、廊下で会えば挨拶もできるし、授業の時だって。
でも、違った。
アイリスは同じ青寮の生徒であるアンナやキースと歩いている時はすごく楽しそうなのに、僕に対しては会釈だけ。
遠くに見えるアイリスはいつも笑顔なのに僕を前にすると途端に無表情になってしまう。
理由はわからないけど、とにかく僕はそれが面白くなかった。
なぜかなんて、考えれば考えるほどにわからなかった。
あんなに僕のことを意識しているくせにどうしてよそよそしいんだろう。
なんで僕にはあの素直な表情を見せてくれないんだって、ね。
「アイリスってなんで僕にだけあんな態度なんだ?」
「知るかよ。気になるなら本人に聞けば?」
「それはそうなんだけど、もしかして僕嫌われてるのかなって」
「それはないから安心しろよ」
入学してからずっと一緒。
同室の一番信頼できる友人のアドバイスだ。
けれど、納得はできなくてその翌日はモヤモヤした気持ちのままずっと過ごしていた。
そんな時、アイリスが一人で廊下を歩いていくのを見かけたものだから咄嗟に引き止めたんだ。
ただ、君のことが知りたかったんだと思う。
「やぁ、アイリス」
「…こんにちはセドリック、久しぶりね」
「久しぶり」
「騎士科は今、色々大変だってキースから聞いているけどセドリックは大丈夫?」
「あぁ、うん…」
「そう、良かった。
じゃあ私は用事があるからこれで…」
「っ待って!」
「え!?何!?」
簡単に抜け出されてしまわぬようにアイリスのことを壁際に追い詰めて静かに聞いた。
「僕らって友達、だよね?」
「…え?」
「答えてよ」
「…違うと、思うわ」
その答えは衝撃的なものだった。
だってあれだけ一緒に過ごしてきたし、話せるようにもなった。
僕のことを労ってもくれたしお詫びの品まで。
その上僕の好みまで知りたいとまで言っていたのに友達じゃないって言われたんだよ?
信じられないよね。
「なんで…」
「確かに、セドリックはとても素敵。
憧れもあるけど…」
「なら…」
「でもだからこそダメなの。
別に恋人になることを望んでいるわけではないけど、友人にそんな感情を抱かれていたら気持ち悪いでしょう?
私は貴方のファンをやめられないし、きっと困らせてしまうわ」
「…ファン、だって…?」
「私も貴方の周りにいる女の子達と変わらない。
優しくて、かっこよくて、勉強もできて、運動もできる。そんなまるで絵本の中の王子様みたいな貴方に憧れてるのよ。」
「なんだよ、それ…」
僕の責めるような口調に困ったようにアイリスは笑うと、静かに続けた。
「むしろ、今までが近すぎたの。
話す機会が減ってわかった。
夢みたいな時間に浮かれて、かなり図々しかったなって思って…
友人と呼ぶには貴方は眩しすぎるわ。」
「…僕は君がいうほど、立派な人間じゃ無いよ」
「知ってるわ。意外と顔に出てるから
でもね、セドリックはセドリックなのよ」
嫌われてはいない。好かれている。
でも、それだけじゃ無い。
僕はアイリスとどうなりたいんだろう。
彼女はとてもいい子で、もっといろんな一面を知りたいと思った。
アイリスの友人達が羨ましくて、僕も同じように過ごしたいと思った。
彼女の視線の意味を知って、どう思った?
気持ち悪いと思ったか?
思わなかった。
ならそれでいいじゃ無いか。
「っ…僕は君と友達になりたい」
「え?えぇ…でも…気持ち悪く無いの?」
「アイリスならいいよ。別に。
ファンだっていうならさ、僕のお願い、聞けるよね?」
「……う…その顔やめてよ、かっこいいから」
「これで頷いてくれるなら使うよ。
僕と友達になって、アイリス」
「……意外と意地悪よね、セドリック」
「幻滅した?」
「それは、しないけど…」
アイリスは僕が素を出しても幻滅しないでいてくれた。
本当は噂で流れているような理想の王子様なんてどこにもいないんだ。
いるのは狡くてめんどくさがりな僕だけ。
想像と違ったってガッカリされたって仕方ないのにね。
僕は僕だと言われた時、どれだけ嬉しかったか。
それでちゃんと友達になったんだ。
「父さん怖い、恐喝みたい。」
「失礼だね、僕はただアイリスと友達になりたくて必死だっただけだよ。」
「嘘だ!!」
「そうそう、思い出した。
たしかにいきなり友達になってって言われたわけじゃなかったわ。
ただ友達になったことが衝撃的すぎて…」
「母さんはそれで良かったの?」
「セドリックが素敵だったからね
少し意地悪だけど、そこがまた凛々しくて…」
「えぇ…」
「それで私、ザックがセドリックみたいにブリジットに友達になってって迫ったのかと思って…」
「僕そんなことしないよ!むしろ逆だよ!」
「逆!?」
アイリスと話しながらもザックは少しだけ苦い表情をしていた。
自分の父親がこんなガキだったって知って驚いたのかもしれない。幻滅しただろうか?
でも、僕は本当に墓場まで持っていくつもりでいたんだ。
それなのに聞きたいと言ってきたのはザックだから自己責任だろう。僕は悪くないはずだ。
父親以前に僕だって一人の男だし、後にこれだけ好きになるアイリスのことで当時から振り回されていたんだと思うと感慨深かった。
「それで?二人はその後どうなったの?」
「それはまた今度にしようか」
「え?どうして!?」
「明日には学園に戻るでしょう?
しっかり準備して、休まないとダメよ」
「次に帰ってくるのは夏休み?
じゃあその時絶対続き聞かせてよね!」
「はいはい」
翌朝再び息子を学園へと送り出し、二人の時間が帰ってくる。
過去を振り返ったせいか少しだけ気恥ずかしい思いもあったけど、いつもより少しだけ近くにアイリスを感じられた気がした。




