7話 セドリックside
「父さん母さん!早く起きてよ!」
「………今…何時だい?」
「朝五時!」
「…五時って…ふぁぁ…ザック、休みの日くらいもう少しゆっくり寝かせてよ…」
「だって昨日の続きが気になって眠れなかったんだよ!母さんは気にならないの!?」
「それは…気になるけど…」
「じゃあ早く起きて!」
「うぅ…」
腕の中に何より大切なアイリスがいる。
それがどれだけ尊いことなのか、僕は結婚してから毎日飽きることもなく噛み締めている。
たまの休日、息子のザックも学園から帰ってきていて、昨晩は久しぶりに家族水入らずで過ごす時間だった。
ザックが寝た後、場所までは決めずに、どこかへ出かける計画だけをアイリスと立て、朝はゆっくり、穏やかで爽やかに迎える予定だったんだ。
それがどうだ。
朝日が昇ると同時に、やたらと張り切った息子にゆさゆさと揺さぶられ、耳元では元気な声が聞こえてくる。
悪くない、決して悪くはない。
可愛い息子に起こされること自体は。
でも、求めていた穏やかさや爽やかさのかけらもなかった。
しかも理由が理由だ。
ずっとアイリス本人にも言えないでいた学生時代の情けない話を息子の前で話すだなんてどんな罰ゲームだと言いたい。
昨日話していたアイリスと友達になるまで、ならまだいい。
けれど、ザックのことだから間違いなくその先も聞きたがるだろう。
そして、結局伝えることになる。
その時僕は父親としての威厳を保っていられるのだろうか。
「とにかく!早く起きてよね!」
息子は僕達が起きたことを確認するとバタバタと騒がしく階段を駆け下り、リビングへと向かったようだった。
「…仕方ない、起きようか」
「そうね、おはようセドリック
今日も素敵よ、寝癖ついてるけど」
「おはようアイリス、君もね」
まだ眠そうなアイリスの額にキスを落とすとお返しだと頬へのキスが返ってくる。
あぁ、幸せだ。
あの頃の僕はなんであんなにバカだったんだ。
離れがたくなってもう一度布団に戻ろうとしたらリビングからザックがまた呼ぶ声がした。
「ふふっ…朝ごはんの支度、しなくちゃね」
名残惜しいけれどとアイリスは僕の腕の中からするりと抜け出して、あっという間に着替えを終わらせるとリビングへと降りていってしまった。
すぐさま二人の声が賑やかに聞こえてくる。
「朝からピーマンサラダ!?嫌だよ!!」
「好き嫌いせずにちゃんと食べなさい!」
さっきまであんなに眠そうにしていたのにすっかり元気に、親子喧嘩しているようだ。
これで笑うなという方が無理な話。
今日は家族でドライブにでも行こうと僕もまた準備をしてリビングへと降りた。
「父さん!早く早く!」
「はい、コーヒー」
「あぁ、ありがとうアイリス」
熱々のトースト、スクランブルエッグとベーコンにザックの嫌いなピーマンの入ったサラダ。
特別ではないけれど、いつもの朝食だ。
届いていた朝刊を開いて、コーヒーを飲み、トーストを齧る。
食べながら、ザックがたくさん喋っていてアイリスがそれに応える。
賑やかな朝。
二人で過ごす朝の時間も穏やかで心地よかったけれど、アイリスの方はザックが学園に行ってしまって少しだけ寂しそうだったから今はとても楽しそうで良かったと思う。
「今日はどうする?ドライブでもいく?」
「ドライブもいいけど、僕は昨日の続きが聞きたいんだけど。」
「…こんなにいい天気だよ?
外に出たらきっと気持ちいいのに」
「それとこれとは別だし、今日は曇りだよ父さん」
誰に似たのかザックは口が上手い。
逃げ道を確実に塞がれ、なかなか誤魔化されてはくれない。
そんな僕が息子に苦戦する様子をいつもアイリスは楽しそうに見ていた。
「…そんなに聞きたいのかい?」
「聞きたいよ、父さんがどうやって母さんと友達になったのか。
僕もエリオットやブリジットともっと仲良くなりたいし。」
「ふふっ…これは話すまでしつこいわよ?」
「はぁ…わかったよ…」
今回はアイリスもザックの味方みたいだ。
そうなってしまったら僕に逃げ道なんて最初からなかったんだろう。
ドライブにでも行けばうまく誤魔化せるかと思ったのに。
ワクワクと身を乗り出すザックに仕方なく朝刊を閉じてあの時を思い出す。
「……やっぱり話さないとダメ?」
「「だめ」」
「あー……その…あの頃の僕は…モテた」
「へ?何言ってんの父さん?」
「えぇ、そうね。女の子からはもちろん男の子からも、モテモテだった。」
「だから最初は、その…アイリスも同じだと思ったんだよ。
僕に好意を伝えてくる女の子達とね」
自分で言うのもなんだけれど、僕の顔は整っていると思う。
勉強に剣術、毎日真面目に頑張っていたおかげで、学園での成績も良かった。
困っている人がいて、できる事なら助ける。
そうすると助けた人は僕に優しくしてくれる。
少なくとも敵対して稚拙な嫌がらせをしたり足を引っ張るようなことはなくなるんだ。
そんな、人間関係を円滑にするという打算があって、困ってる人を自分のできる範囲で助けていたらいつのまにかついてしまったあだ名が王子様。
初めて誰かに恋をされてると知った時は嬉しかった。
でも、そんな気持ちも一瞬だ。
毎日のように女の子からはラブレターをもらうようになって、ところ構わず好きだのなんだのと伝えてくる子も現れるようになってさ…
これがまた、上手くあしらうのがめんどくさいんだよ。
言葉を間違えればすぐに泣くし、縋られるし、いい迷惑だった。
アイリスのことを知っていたのも、僕をやたらと見てくる女の子がいるなって思ったからなんだ。
すれ違うたびに目が合うし、授業では後ろの席から視線を感じていた。
かと思えば他の女の子みたいに、わかりやすいアピールをしたり、友人になろうと擦り寄ったりしてくるわけでもなくて、なんだか変な子だったから印象に残っていたんだ。
アイリスの話していた夏の図書室の話は僕も印象に残ってる。
その日は確かに混んでいて、アイリスの前しか席が空いてなかったんだ。
でも課題の期日は翌日までだったからやらないわけにもいかなくて、正直警戒しながらその席に座った。
勘違いされても困るなって思いながら。
「ちょ、ちょっと待って、父さん嘘だよね?」
「………嘘じゃないんだよ」
「母さんに対してそんなことを思ってたの?」
「…だから言いたくなかったんだ。」
「いや、でもこれからきっと母さんのこと好きになるんだよね?」
「ふふっ…どうかしらね?」
「なんで母さんはそんなに楽しそうなの?
とにかく続き話してよ、父さん」
「………わかった」
案の定、目の前に座ったら痛いほどの視線を向けられて居心地が悪かった。
僕がその視線に気付くとわざとらしく逸らしていたけれど、見られていることはバレバレだったよ。
「…やらないの?課題」
「え…あ…ごめんなさい…」
僕ばかり見てないでさっさとやれよってね。
アイリスは焦ったようにペンを持ち直して参考書を追っていたようだけど上の空で、つい意地悪したくなったんだ。
「……どこかわからないとか?
僕でよかったら教えるけど、君、同じ学年だろ?」
「…私を知ってるの?」
「たまに授業で一緒になるじゃないか。
魔法科のアイリス・ウィンドンだろ?
僕は…」
「セドリック…セドリック・グレイシーよね。
騎士科の、知ってるわ。…………有名人だもの」
アイリスはそう言って綺麗に笑った。
でもそれだけだ。
わざと課題を寄せてきて問題を尋ねられることもなければ、脱線してつまらない雑談を始めるわけでもなかった。
それどころか、僕の厚意を受け流して、さっさと片付けを始めて図書室を出ていってしまった。
「大丈夫。用事を思い出したからもう行くわ」ってね。
あれだけ毎日僕に視線を向けていたくせに拍子抜けもいいところだ。
もしかして僕の自惚れだったのか?
そう思ったけれどそれからも相変わらずアイリスには見られていた。
なぜ気付いたかって?
目が合うんだ。
ふとした瞬間アイリスが僕を見ていて、僕がアイリスに気づくとハッとして逸らされる。
その繰り返しだったから。
何か僕に言いたいことでもあるのか?
でも、話しかけてくるわけじゃない。
何を考えていたのか全然わからなかった。
それで、再び図書室にいるところを見かけたから、アイリスの意図を確認しようと思って他に席が空いていても、前の席に座ってみたんだ。
アイリスは驚いて、けど、それだけ。
真剣に課題に向き合っていたし、僕は邪魔もされず、余計に話しかけられることもない。
時折視線は感じるけれど、静かで、普段から人に囲まれていた僕には新鮮な時間だった。
向かいの席はアイリスが座っているし、少し奥の席で入り口からは見つけにくい。
図書室では静かにしないといけない、という当たり前のルールもあって、わざわざ僕の席に来て話しかけてくる人もいなかった。
とても静かで穏やかな空気。
学園で一番勉強に集中できる空間だったと思う。
だから、図書室でアイリスを見かけると向かいの席に座るようになったんだ。




