6話 アイリスside
相変わらずセドリックへの憧れはあったし、前にすると緊張することも変わらない。
でも、遠くで見ていただけの時とは違って、時々図書室で会うようになって、少しだけ話をして、それから向かいの席に座って静かにお互いの課題に取り組む、そんな時間ができた。
私にとっては夢のような時間だったけれど、特別何かをしたわけじゃない。
けれど、そんな時間を過ごすうちに、自然と廊下ですれ違ったら挨拶をするようになったし、授業が重なった時は始業まで談笑する、そんな関係になっていったのよ。
別に普段から約束をするわけじゃない。
図書室では、会う日もあれば会わない日ももちろんあった。
けど、その日はセドリックがきた。
いつものように軽く挨拶をして、お互い課題に真面目に取り組んでいたの。
でも、その時のセドリックはどこか疲れた様子だった。
「………はぁ…」
「…セドリック?」
「あ、ごめん…」
別に謝られたいわけじゃなかった。
ただセドリックのことが心配だっただけ。
でもなんとなく…本当になんとなく、その時の彼には人を拒絶するような雰囲気があったから、私はそれ以上踏み込まないで、課題に向き直ることにした。
もしかしたら勉強に疲れていたのかもしれないし、人気者だから人に囲まれていることに疲れたのかもしれない。
理由はわからないけど、しばらくして再び聞こえたため息に、余計なお節介かもしれないと思いつつも、つい世話を焼きたくなった。
私が困っていた時にセドリックは助けてくれたから私も何かしてあげたかったのよね。
「あの…セドリック、これ…」
「ん?飴?」
「私のお気に入りの飴なの。
疲れた時は甘いものを食べて早めに休んだほうがいいわ。」
「………ありがとう」
セドリックは少し複雑そうな表情で飴を受け取り、その場で包み紙を開けて飴を口に含んだ。
「……甘いね…これ…」
「美味しいでしょ?」
「………うん…
アイリスは甘いものが好きなの?」
「大好き。いつもチョコレートとか飴を持ち歩いてるくらいよ。
その飴気に入ったのなら沢山あるからあげるわ。元気、出してね」
「…君は…」
セドリックが何かを言いかけたところでちょうどアンナが図書室に私のことを呼びにきた。
「アイリス!」
「わ!?びっくりした…
アンナ?そんなに慌ててどうしたの?」
「魔法科の先生がアイリスのこと探していたから迎えにきたのよ。
絶対ここにいると思ったわ!」
「先生が?
………あ!大変!私今日日直だった!!」
「一大事じゃない!
早く行かなきゃ怒られるわよ!罰則よ!?」
「それは嫌!
ごめんなさいセドリック、話の途中だったけど、私行かないと…またね?
しっかり休んでね」
「あ、あぁ…」
セドリックがあの時何を言いかけたのか最初は気になっていたんだけれど、アンナに急かされるまま図書室を後にして、魔法科の先生に怒られながら、日直の仕事をこなしているうちに、いつの間にかすっかり忘れてしまっていたの。
でも、その日の夜寮の部屋でアンナにセドリックのことを話していたら言われたのよ。
「え、甘いもの渡したの?グレイシーに?」
「そうだけど?疲れた時は甘いものじゃない?」
「アイリスったらあんなにグレイシーに熱を上げてるくせに知らないの?
グレイシーは甘いものが嫌いで、女の子からの差し入れも一切受け取らないって有名なのよ!?」
「そうなの!?え、どうしよう…
私、ただでさえ彼が疲れている時に嫌いなものまで食べさせちゃった?」
だからあの時少し苦い顔をしていたのかと腑に落ちて、自分のやったことに思わず頭を抱えたくなった。
元気付けるつもりが、まさか逆効果だった?
本当にそんなつもりがなかったからこそ、申し訳なく思う気持ちが大きかった。
「……ど、どうしようアンナ!!」
「まぁ、気にしなくて良いんじゃない?
アイリスも悪気があったわけじゃないんだし、受け取ってくれたんでしょ?」
「それは、そうだけど…でも…
お詫びとか用意したほうがいいかしら」
「だから気にしすぎだってば」
アンナはそう言っていたけれど私はどうしても納得ができなくて、せめて、お詫びの品でも用意したら何か変わるかなって、そう思った。
でも何が好きかわからないから無難に紅茶とコーヒーになってしまって…。
改めて思った、ずっと憧れてはいたけれど私ってセドリックのこと何も知らないんだなって。
「セドリック、この授業が終わった後、少しだけ時間いいかしら?」
「……あぁ、わかった。」
これがまるで告白の呼び出しだった事には後から気がついてまた頭を抱えることになったんだけれど、この時はただ本当に申し訳なくて、セドリックにお詫びの品を渡さないと、ってそれしか考えてなかった。
いつも通りの授業が終わって、約束通り教室に残ってくれたセドリックに、私は二つの包装紙を差し出した。
そしたらね、身構えていた彼から拍子抜けしたような声が聞こえたのよ。
「え?」
「セドリックはコーヒーと紅茶どっちが好き?」
「コーヒー…だけど…」
「ならこっちね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだいこれ?」
「え?…これは……その…
…ごめんなさい、私、知らなかったの。
セドリックが甘いものが嫌いだなんて。
この前の図書室では良かれと思って飴を渡したんだけど、余計なお世話だったなって。
困ったでしょ?だからこれはそのお詫び。」
「お詫びなんて…
そんなの気にしなくてよかったのに…
それに、君の気遣いはちゃんと嬉しかったよ」
「そう言うと思った。
でも、私が納得できなかったの。
セドリックは私に気を遣ってくれたのかもしれないけど、嫌いなものは嫌いでいいのよ。
疲れてる時にまで気を使う必要はないわ。
少なくとも、私にはね。
どうしても気を使ってしまうと言うなら、私がセドリックを知っていく。
貴方の好きなもの、嫌いなもの、時間がある時にでも少しずつ教えてくれると嬉しい。
コーヒー派っていうことは今日覚えたから、今度差し入れする時はコーヒーにするわ。
用事はそれだけ。次もまた授業あるでしょ?
引き留めちゃってごめんなさい。」
「いや、それはいいんだけど…」
「私も次の教室が遠いから急がないといけないの。
またねセドリック。
この前は本当にごめんなさい。」
最後は言い逃げみたいな形になってしまったけれど、勇気を振り絞ってお詫びの品も渡せたし、言いたいことも伝えられた。
私はそれで満足してセドリックを教室に残したまま次の授業の教室へと向かったわ。
夏に話すようになった私達だけど、この頃には季節は変わっていてすっかり冬になってた。
ちょうどその頃にね、あちこちで密かに囁かれ始めた噂があったのよ。
『アグネスの港に行くと天国が見られる。』
それがどういう意味だったのか、その時の私にはわからなかったけれど、同時期に不可思議なことがあちこちで起こっていた。
穀物が黒色化して、それを間違えて食べてしまった人が病気になったとか。
湖の水が一夜にして干上がってしまったせいで水不足になってしまったとか。
アグネスの噂もかなり広がっていて、その噂を信じた人が眠ったまま衰弱死する事件も起きていたから国が調査に乗り出したの。
けれど、調査に送った騎士達は誰一人帰ってこなくて、とうとう、勇者アレンが調査に向かうことになった。
詳しくは知らないけれど、アレンのことだから確実に手がかりを掴んで行ったんでしょうね。
魔族が学園に魔獣を放ったのは年が明けてすぐのことだった。
学園中が魔族や魔王の気配に怯えていたわ。
私も皆と同じように怖かったから、授業が終わると、すぐ寮の自室に帰るようになった。
頻繁に通っていた図書室への足も自然と遠のいて行ったの。
セドリックと過ごしていた時間もなくなって、元々友達とも呼べないような関係だったけれど、私たちは疎遠になった。
それで…
「…アイリス、僕と友達になって」
「え?何突然?」
「私もびっくりしたのよ。
廊下ですれ違ったと思ったらいきなり腕を掴まれてセドリックにそう言われて…」
「あのタイミングを逃したらまたアイリスと喋れなくなると思ったらつい…」
「で、母さんはどう答えたの?」
「え?すぐ目の前のセドリックの顔が素敵すぎてYES以外に答えられなかったわよ。」
「母さんらしいね」
セドリックによく似た可愛い息子の頭をそっと撫でる。
あの時の出会いがあるからこの子がいると思うとなんだか不思議な気持ちだった。
セドリックとは友達になった後も色々とあったけれど、夜も更けてきたから今日話せるのはここまでだ。
「ザックはそろそろ寝る時間でしょう?
早くシャワーを浴びて歯磨きしなさいよ」
「えー…もっと聞きたいんだけど」
「夜更かししたらゴーストが来るわよ?
それに私はセドリックのお話も聞きたいわ」
「父さんの話!?僕も気になる!!」
「え!?僕も話さないとダメなのかい?」
「何か話せないことでもあるの?」
「…ない。ないけど、嫌いにならない?」
「なるわけないじゃない」
「父さん聞かせてよ!」
「……はぁ、わかったよ
今日はもう遅いからまた明日ね」
「うん!じゃあすぐ寝る!」
「おやすみザック」
「いい夢を」
「おやすみなさーい!」
素直に寝る支度をし始めた息子を見守っていたら隣にいたセドリックに手を取られて、きゅっと握られた。
ハッとしてそちらに視線を向けたけどセドリックは気にした様子もなくて。
ずっと一緒にいるはずなのに昔話をしたせいだろうか、なんだか昔を思い出してドキドキと心臓がうるさかった。




