4話
「ザック、おかえり。」
「ただいま母さん!」
「早速、薬学の先生から聞いてるわよ。
入学早々怒られたそうじゃない?」
「いや、それにはちゃんと理由があるから!!」
「ふふっ…あとで聞かせてね。
夕飯はできているからさっさと手を洗って、荷物を部屋に置いてらっしゃい。」
「はーい」
僕は学園が始まって初めての連休を迎えた。
夏休みや冬休みのような長期休みもあるけれど、今回の休みは一週間程度の短い休みだ。
魔法庁の設立記念日に、王国記念日、それから豊作の日という国の祝日が週末の休みと偶然重なってできた連休だった。
そのため、短期間だけ実家に帰るのがめんどくさくて、そのまま寮で過ごす人も多いらしい。
確かエリオットも寮に残るって言っていた。
学園に残ってエリオットと一緒に普段はいけないところも含めて学園のあちこち探検することも考えたけれど、僕は勇者アレンの講義を聞いてから当時の両親の話もどうしても聞いてみたかったから帰ることに決めたんだ。
「おかえりザック。」
「父さん!帰ってたんだ」
「あぁ、ザックが帰ってくるってアイリスから聞いていたからね、早番にしたんだ。
それで学園は…」
「それも話すけど!それより僕父さんに色々聞きたいことがあるんだよ!
まずさ、友達が言ってたんだけど、父さんが騎士団で閃光って言われてるって本当?
僕聞いたことなかったんだけど!!」
「げ…」
「なぁに?それ?」
「…アイリス、君は知らなくてもいいことだよ」
「え?」
「ザック、この話は…」
「なんでよ、教えてよ。」
「私もそんなこと言われたら気になるわ?」
父さんは母さんに甘いからこんなふうに母さんに聞かれたら黙っていられないのを僕はよく知っている。
きっと、戦場をすごい速度で駆け抜けるとか、剣さばきが光のように速いとか、凄い武勇伝が聞けるに違いない。
そんなワクワクした気持ちで話の続きを待っているとやがて観念したように両手をあげて父さんは首を振った。
「……僕の仕事が早いからついたあだ名みたいなものだよ。」
「え?」
「アイリスやザックと過ごすために何がなんでも定時で上がるようにしていたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていたんだ。」
「武勇伝は?」
「そんなものあるわけないだろう…
恥ずかしいから知られたくなかったのに…」
「ふーん?私と一緒にいるためにお仕事頑張ってくれてるのね?」
「当たり前じゃないか」
「ふふっ…いつもありがとうセドリック」
「もう!そうやってすぐイチャつかないで!!」
「はぁ…良いところだったのに…
邪魔するなよザック」
「父さん!!」
「はいはい、おふざけはこれくらいにして、さっさとご飯を食べちゃいましょうか。
早くしないと冷めちゃうわよ
ザックが帰ってくるって言うから私張り切って好物作って待ってたんだからね」
「本当!?かぼちゃグラタンはある?」
「あるわよ」
「やったー!早くご飯にしよう!!」
食卓に並んでいたのは僕の好物ばかり。
かぼちゃグラタンに、ミートローフ、それからベーコン入りマッシュポテト…
いつもなら面倒だからってなかなか作ってくれないローストビーフまであった。
中には特別好きじゃない、オニオンスープとかサラダもあったけれど、その中に僕の嫌いなピーマンは入ってなさそうだ。
普段の母さんなら絶対に刻んで入れてくるんだけど、今日は久しぶりだから特別仕様なのかもしれない。
言葉通り母さんが腕によりをかけて作ってくれたのがわかった。
「最高!!」
「ほら、よく噛んで食べなさい。
それからサラダもちゃんと食べて…」
「えー…」
「ピーマンは入ってないでしょ!?
好き嫌いしないの!!」
「ちぇ…」
僕が生まれる前に死んでしまったらしいけど、母さんの料理は、母さんのお婆ちゃん、僕にとってはひいおばあちゃんから教わってたんだって前に言っていた。
学園のご飯も美味しいけど、やっぱり家のご飯は特別に美味しいと思う。
「母さんの料理は世界一だよ
ピーマンさえ入ってなければ」
「はいはい、調子いいんだから…」
僕と母さんのやり取りを父さんはくすくす笑いながら見守っている。
いつもの食事って感じがして、改めて家に帰ってきたなって実感が湧いたような気がした。
「それで?学園はどうなの?ザック」
「…んぐ…っ楽しいよ、不思議なこともいっぱいあるし、友達もできたんだ
エリオットとブリジットっていうんだけど、ブリジットは魔法科だから母さんあったことあると思うよ。
今度家に連れてきても良い?」
「ブリジット・メイベルかしら?
すごく真面目でいい子だけど、ザック…貴方よくお友達になれたわね?
まさか無理やり…」
「そんなわけないだろ!?
僕だって友達くらい普通に作れるよ!」
「そう、よね?」
「いつか連れてきてもいい?」
「えぇ、いいわよ、もちろん。」
僕がブリジットと友達だと言ったら母さんは意味ありげにチラッと父さんを見て、父さんは視線をわざとらしく逸らした。
「二人ともどうしたの?」
「なんでもないわ」
「そう?あ、それから、この前勇者アレンの講義もあったよ。
やっぱり本物はすごかった!!」
「ザックは昔からずっとアレンと会いたがっていたからね、会えて良かったじゃないか。」
「うん、それでね、勇者アレンが僕と同い年の時にアグネスで魔族と戦った話を聞いたんだ。
その時学園にも魔獣が放たれて、怪我人も出たって…」
そこまで話すと、僕の食事をする手が勝手に止まってしまった。
当時の父さんと母さんは無事だったんだろうか。
もちろん僕が生まれているし、今も目の前で元気にしているから死んだりしていないのはわかるけど、なんとなく不安になってしまって。
三歳の頃にお爺ちゃんに買ってもらった勇者の冒険という絵本がある。
当時の戦争を子供向けに可愛らしく描いたもので、大好きだったんだ。
母さんが疲れてもなお、何度も読んでとお願いするくらいに。
今ではすっかりボロボロになってしまっているけどそれは僕にとっては大切な絵本だった。
絵本の世界の勇者はたくさんの冒険をして、強くなって、悪者をやっつけて、皆と仲良く平和に暮らしました。で終わる。
でも実際に話を聞いてみたら全然違った。
冒険と一言に言っても、そこには犠牲になった人がいたこと。苦しんだ人がいたこと。
歴史学の教科書を読んでからは少し想像できたことだけれど、でも、全然足りなかった。
まだ僕は何も本当のことを知らないんだ。
魔王戦争のこと。当時のことを。
どれだけの人が傷ついたのかってことを。
勇者アレンの話を聞いて改めて思った。
歴史の教科書だけじゃない、ちゃんとしたその時の様子を知りたいって。
まさかそれが両親の惚気話になってしまうとはこの時の僕はつゆほどにも思ってなかったんだけどね。
「あの頃……うーん……
本来であれば結界で強固に守られているはずの学園に魔獣が入ってきた時、確かに生徒達はパニックに陥ったわ。
でも、先生や上級生達がすぐに安全な場所へと誘導してくれたから殆どの生徒は魔獣の姿すら見ていないはずだわ。」
「え!?そうなの!?」
「あぁ、怪我をしたのはアレンを慕っていた生徒数人が無計画に突っ込んだからだって僕は聞いていたけど…」
「そう、だからザックもその場の空気に流されずに、もし本当に危ない時はしっかり先生や先輩達の指示を聞くこと。良いわね?」
「それは…うん…わかったよ、約束する。」
僕が素直にそう返すと母さんは満足そうに頷いて頭を優しく撫でてくれた。
父さんもまたその様子を穏やかに見守ってくれている。
愛が何か、僕はまだよくわからない。
けど、ふと、その瞬間に僕は二人に愛されているんだなって思ったんだ。
僕は今まで二人に、「学園ってどんなところ?」「授業はどんな感じ?」なんて同じような質問を繰り返し聞いていた。
改めて思い返せば、両親がどんな学校生活を送っていたかなんて聞いたことがなかった気がする。
学生時代に出会ったことは知ってるし、結婚してるんだから恋人になったのも知っている。
でも、勇者アレンの話に出てきたような実際に起きたこと、辛い経験や楽しい思い出。
二人が学生時代にどんなことが印象に残ったかなんて何も知らない。
父さんは、どんな授業が好きだった?
母さんは、どんな友達がいて、どんな遊びをしたの?
それが聞けたらきっとすごく楽しそうだって思ったんだ。
「父さんと母さんはその頃何をしていたの?」
勇者アレンが自分の使命を全うするため、魔王との戦いに備えて、魔族や魔獣を倒している間父さんと母さんはどんな冒険をしていたの?
僕と同じように薬学では芋虫を潰した?
監視ゴーレムに追いかけられたりしたことは?
僕の質問に父さんも母さんも驚いたように目を丸くすると、同時に顔を見合わせた。
その顔はどこか気まずそうで、普段仲のいい自慢の両親にしては珍しい表情だった。
「僕は…アイリスと友達になろうとしてたかな」
「そうそう、でも見て、この顔。」
「ぐぇ…アイリス、痛いよ」
「じっとしててセドリック」
母さんは父さんの頬に手を当てると、殆ど無理やり父さんの首を曲げて僕の方へ見せてきた。
何もわからなかった。何が?って感じ。
父さんは父さんだ。
鏡に映る僕とちょっとだけ似てる顔。
それより父さんの首が痛そうだけど、なんでちょっと嬉しそうなんだろう。
僕はそっちの方が気になった。
「…で?父さんの顔がどうしたの?」
「わからないの!?
…まぁ息子だものね。
見慣れてしまってるのかしら。
この顔はね、かっこいいの。とても素敵なの。
結婚している今でもセドリックは女性からモテモテだけれど、学生の頃からだったのよ。
文武両道で、かっこよくて、優しくて、男女共に大人気だった。
ついたあだ名は王子様よ。」
「閃光の前は王子様…?」
「…それも、不本意だ。」
父さんは、母さんのことが大好きで、母さんのためならなんだってする。
母さんの嫌いな虫は即殺す。
そんなイメージが強くて忘れていたけれど、確かに毎日のように父さん宛にファンレターがいろんな人から届いてるし、考えたら確かにそうなのかも。
父さんの学生時代、すごくモテそうだ。
「それで私もファンだったから近づくのは恐れ多くて、なかなか踏み込めなかったのよ」
「へぇ、もっと知りたい、教えてよ」
「ふふっ…いいわよ
私があの頃どうしていたのか、どんなことを考えていたのか、答え合わせしましょうか、セドリック」
「……あぁ、そうだね」
そして母さんは目を伏せると、あの日を思い出すようにゆっくりと語り出した。




