3話
歴史学の教室は本館を三階に上がった先にある。
「昔話を語るなら心地の良い場所で」というお爺ちゃん先生のこだわりで、夏は東の教室に、冬は西の教室と太陽の動きを意識して、季節や気温で教室の場所が変わるんだって。
それ自体はいいけれど、心地のいい教室、お爺ちゃんの話す昔話…つまり、わかるだろう?
歴史学の授業はほとんどの生徒にとってお昼寝授業なんだ。
「げ…一番前しか空いてねぇ…」
「やったー!」
「…歴史学の授業で一番前の席を喜ぶのはお前くらいだよザック…」
最初から眠る気満々だったとしても、堂々と真ん中で眠るのは流石に罪悪感があるのか、生徒達は後ろの席から順に座っていく。
後に残っているのは前の席ばかりだ。
いつもなら教室に入ってすぐ、授業が始まる前から既に眠っている生徒も多い。
けれど今日はあの[勇者]が直々に魔王戦争の話を聞かせてくれる特別授業だ。
僕ほど楽しみにしてる生徒はいないにせよ、流石に眠っている生徒はいなかった。
僕は空いていた一番前の真ん中の席を選んで、不服そうなエリオットもその横に座らせた。
そして今か今かと勇者アレンの登場を待ち構えていたんだけど、エリオットは剣術の授業で疲れたのか机に伏せてしまった。
「ねぇ、ねぇ、エリオット、あの[勇者]の授業だよ?聞かないの?寝るの?起きないの?」
「寝る」
いや、授業だぞ?
堂々と寝るなよ。それも一番前の席で。
エリオットの図太さに感心していると、ガラリと横開きのドアが開いて教室へ勇者アレンが入ってきたんだ。
教室のざわめきが一瞬で消える。
見た目だけで言えば珍しくもない普通の黒髪の普通にかっこいいお兄さんだ。
けれど、何故か教室の空気がピリッとしたような緊張感に包まれた。
彼が壇上に向かって一歩進むたび、よくわからないけれど、僕の心臓はドキドキと高鳴っていた。
第一声はなんだろう、どんな声なのかな。
やっぱりかっこいいことを言うのかな。
そんな期待を裏切るように、勇者アレンはわざとらしく肩をすくめたんだ。
「…ふぅ、慣れないね
戦後から各地で講義を開いているけれど、やっぱり緊張してしまう。」
そんな言葉になんだか拍子抜けしてしまった。
絵本や歴史書にはそれはそれは素晴らしい人なんだって描かれているから、てっきり厳格な人か、太陽のような人が来ると思っていたのに。
「はは…最初は皆、同じ反応をするんだ。
何故だか私が想像以上に凄い人だと伝わっているみたいでね。」
目が合うと、まるで心のうちを見透かされているみたいな感覚がした。
一番目立つ席にいるからかもしれないけれど、確かに勇者アレンは僕を見ていた。
でも、僕を見てるようで、なんだか僕よりずっと先を見ているようなそんな不思議な感じもした。
「…さて、大切な歴史学の授業時間をもらっているから、いつまでも無駄にはできない。
早速講義をはじめさせてもらうよ。
君達は授業でどこまで習ったかな?」
「…魔王が現れる兆候があったことまでです」
「そっか、うん。
じゃあそこから話そう。
まずその兆候を感じ取ったのは今から300年前に生きていたとされる大賢者マーリーナだ。
マーリーナは二つの予言をした。
魔王が生まれることと、それを打ち滅ぼすために同時期に生まれる[勇者]の存在についてだ。
それを調べるために作られたシステムが皆も八歳の頃に受けただろう鑑定の儀ってやつだよ。
私も辺境の村で生まれ、暮らしていたけれど、八歳になった年、例外なく受けた。
そして[勇者]になったんだ。」
この世界には稀に称号というものを持った人々が生まれてくる。
[聖女][剣聖][賢者]…[勇者]もその一つだ。
彼等はこの世界において何かを成し遂げる宿命のようなものを背負って生まれてくるんだって。
多くの人は称号を持っていない。
父さんや母さん、もちろん僕も持ってない。
称号を持たずに生まれてきても歴史的な偉人はたくさん存在しているし、可能性が潰れてしまうわけじゃない。
けれど、称号持ちというのは、もっと根本的に別格の存在なんだって。
僕の鑑定の儀をしてくれた教会の人が話してくれたのをよく覚えている。
「私が[勇者]だと鑑定を受けた頃、世界では魔獣達の動きが少しずつ活発化しはじめていた。
予言通りこの頃に魔王が生まれたんだろうね。
けれど私はまだ戦う力を持っていなかった。
[勇者]だからって最初から魔法や剣が使えて最強なんだってわけじゃない。
国の偉い人たちがたくさん相談をした結果、私はこの学園に入学して[勇者]としての力を身につけることになったんだよ。」
そこまで話すと一度呼吸を落ち着けるかのように勇者アレンは息をついた。
「…で、ここからが本題だ。
[勇者]になってからは王家の保護の下、城の中で二年間の修行に明け暮れ、十歳…今の君達と同じ年齢になると、私もこのシンフォニア王立学園へと入学したんだ。
ここは凄いだろう?
あれもこれも不思議で楽しいことだらけだ。
中央噴水にコインを投げてみたことはある?
あれをやると何故か次の日の調子が良くなるから皆も是非やってみるといいよ」
[勇者]以前にこの学園の先輩としての小話もたくさん教えてくれるから僕は夢中になって勇者アレンの話に耳を傾けていた。
回復の噴水のことや、隠し部屋にいる悪戯妖精のこと。それから何故か翌日に復活する絶対に魔石を落とす角ウサギの居場所まで。
なんでそんなことを知ってるんだろう?
思わずそう言いたくなるほど効率的なことばかりを教えてくれた。全部メモはとったけれど。
「ごめんごめん、つい脱線した。
それで…そうそう。
今日は私が入学して一年目に起きた出来事について話そうと思っていたんだった。
今から16年前の話になるかな…」
父さんと母さんが四年生だった時、勇者アレンが入学してきたんだって前に聞いたことがある。
当時の生徒達の間ではかなり噂になってたんだって。
「当時、まだ十歳だったけれど、[勇者]としての力の一部を解放できていた僕は、国王陛下直々に頼まれて、ここから南に行った先にある港町、アグネスへと向かったんだ。
勿論複数の護衛も一緒に。
当時のアグネスでは、魔族の目撃情報があって、町では人々が眠ったまま衰弱し、やがて死に至る原因不明の奇病が流行っていた。
その因果関係を調べてほしいと言われてね。
歴史学の教科書、260ページ辺りに書いてあるんじゃないかな」
そう言われて歴史学の教科書を開いてみると、確かに表題には『魔王戦争の始まり』と書かれていた。
アグネスで起きた人々が眠ったまま起きない奇病をはじめ、畑の作物が突然黒色化した例や、湖の水が突如として枯れたなんて話もある。
そんな不可思議な現象の数々が写真付きで掲載されていたんだ。
そして、それらの事件に少なからず犠牲者がいたことも。
「結果から話すと、アグネスの謎の奇病の正体は魔族が違法薬物を蔓延させたことによるものだった。
人々を眠らせたところで、使役した魔獣に命令し、夜な夜なエネルギーを集めさせることが目的だったみたいだね。
調査をしている間、私の護衛をしてくれていた騎士の一人も亡くなったんだ。
前日まで話していた人が眠ったまま、ただ衰弱していく姿を見ているのは、辛かったよ。」
きっと、今までも何もなかったわけじゃない。
もっと小さなところで、歴史にも残らないようないざこざはあったのかもしれない。
けれど、魔族にとって魔王という絶対的な存在が現れた。
ずっと虐められていた子が武器を持ったらどうなるだろう。
いじめっ子にやり返すんじゃないか?
一度ブレーキが壊れてしまったら最後、もう止まることはできなくなる。
魔族からの攻撃の規模はそうして大きくなって行ったのかもしれない。
「魔獣を倒そうにもかなり特殊な魔獣で、夢の中にしか現れない。
討伐するためには使役している魔族そのものを叩く必要があったんだけど、これがなかなか尻尾を出さないんだ。
それでも、優秀な騎士達の協力もあって、調査は進み、やっと根城を掴んだ。
いざ戦おうとしたら、学園内に魔獣が放たれたんだ。
きっと私をその場から離すためだけに。
当時学園にいた生徒達は結構覚えていると思うよ、怪我人も出ていたくらいだから。
君達の両親の中にも当時の様子を覚えている人がいるかもしれない。」
そこまで話したところで、ちょうど終礼のチャイムが教室に鳴り響いた。
もっと先の話とか戦闘についても聞きたかったけれど、勇者アレンはどこか急いだ様子で教室を出ていってしまったから、それ以上聞くことは叶わなかった。
「ふぁぁ…あ?終わった?」
「まさかエリオットずっと寝てたの?」
「あぁ、あとでノート見せて。」
「全く君ってやつは…貸しひとつね」
「それを言うなら俺だって始業前に寮で声をかけてやっただろ?
まぁそれでも貸しひとつだっていうなら仕方ないから俺の分の夕飯のピーマンやるよ」
「それ、君が嫌いなだけだろ」
「バレた?それより薬学準備室の整理行かないと…下手すりゃ追加されるぞ」
「それは嫌だ。すぐ行こう。」
勇者アレンの言うように当時の様子を父さんや母さんは覚えていたりするのだろうか。
今度の週末にはちょうど連休があるし、帰って聞いてみるのもいいかもしれない。
それに、友人ができたこと、学園が楽しいこと、話したいことはたくさんある。
きっと二人とも喜んで聞いてくれるはずだ。
「急げよ!ザック!」
「知らないの?廊下は走っちゃダメなんだよ?」
「うるせぇよ!俺は先に行くからな!!」
あと、薬学準備室整理の愚痴も話そう。
遅刻しなかったのに結局罰則食らったって。
そう心に決めて、先を行くエリオットの後をなるべく早足、だけど走ることなく追いかけた。
だって廊下走ったらまた罰則食らうかもしれないだろ?
僕は言った。走っちゃダメだよって。
それでも聞かないんだから犠牲になるのはエリオットだけでいい。
僕は知らない。僕は歩く。
そう思ったのに…
「遅い。
グレイシーは明日もまた整理に来るように。」
「理不尽だ!!」
ゲラゲラ笑うエリオットを一発殴って渋々薬学準備室の整理を始める。
埃臭いし、なんかどこからともなく酸っぱい匂いもするし、こんな場所一秒だって長く居たくない。
「さすがエリオットだよ。
敬意を払って、夕食の時は僕の分のピーマンをあげるね」
「嫌いなだけだろっていうかお前もかよ」
「僕だってピーマンは嫌いだ。」
結局、始業前に声をかけたことも、ノートの貸し借りも、全て無かったことになって夕食のピーマンは各々水で流し込んだ。
にがい痛み分けになったんだと思う。




