36話
母さんはまたボロボロ泣いて、僕もまたボロボロ泣いて、そんな僕達を困ったように見ながら父さんが抱きしめてくれる。
僕にとって自慢の父さんと母さんだ。
母さんは課題終わらせないとオーガみたいになるし、大嫌いなピーマンをいつも食べさせようとしてくるし、虫一匹で大騒ぎするけど、
心細いときはずっと側にいてくれる。
僕が悩んでいたら一番に気がついて同じ目線に立って話を聞いてくれる。
誰より優しくて温かい人だ。
父さんは都合が悪いとすぐに誤魔化そうとするし、カッコつけだし、母さん至上主義だけど、僕のことをいつも見守ってくれている。
一緒に遊んでくれる。
騎士としてだってかっこいい。
困ったら絶対に助けてくれるまるでコミックのヒーローみたいに強い人だ。
勇者アレンに魔王戦争の話を聞いて、二人が生きた時間を知った。
父さんと母さんの学生時代の恋愛はもどかしいの一言に尽きるけれど、その時間があったからこそ、今があるんだと思う。
父さんがどうして母さんの悲鳴一つで飛んでくるのか。
母さんがどうして僕が熱を出したり怪我をしたときにあんなにも苦しそうにするのか。
全部が繋がった気がする。
父さんの話が終わった頃には玄関先に届けられていたピザはとっくに冷めていた。
でも、それを三人で仲良く食べた。
チーズは伸びないし、生地は固かったけど、不思議とすごく美味しかった。
「今日は一緒に寝てもいい?」
「あら、いつも、もう十歳だからって言うのに」
「……だめならいい」
「ダメなわけないだろ?ほら、おいで」
その日は父さんと母さんの間で眠った。
その日だけね。いつもなら怖い映画を見ても一人でちゃんと眠れるし。
なんだか僕は二人の子供なんだって思ったら二人に甘えたくなったというか…。
僕のお腹に乗せられた二人の手がすごく温かかった。
「おやすみ、父さん母さん」
「おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
朝起きたら、母さんのお腹に足を乗せて、父さんの脇腹に頭をめり込ませていた。
仕方ないと思う。寝相が悪いのは。
寝てる最中のことなんて僕は覚えてない。
「ザックったら夜中に何度直しても一瞬で布団を剥いでしまうのよ?」
「端に寄せてもすぐに戻ってくるしね。
実は起きてたとか?」
「ううん、寝てた。」
「そう…すごいわね」
「すごいな、ザックは」
「えへへ」
「「褒めてない」」
二人とも寝不足だったみたいだけど、僕は嬉しかった。
楽しかったからもう一度一緒に寝たいって言ったら次はリビングの荷物を全部どけて一面布団にするんだって。
今日は父さんが仕事休みだったのもあって、自宅でゆっくり過ごしていたんだけど、昼過ぎに来客のベルが鳴ったんだ。
どこに出かける予定も無かったから暇を持て余していた僕はすぐに玄関に向かった。
「はーい!って…勇者アレン!?」
「やぁ、アイザック、セドリックさんはいる?」
「いるよ…じゃない、居ます!呼んできます!」
散々昨日の晩に父さんと母さんから戦争の話を聞いた後だったからびっくりした。
失礼があったらいけないと思って、急いでリビングに戻って、コーヒー片手に飽きもせず母さんの後ろ姿ばっかり見ているいつもの父さんの腕をひっぱった。
「え?何?ザック?」
「父さんにお客様!」
「ちょっと待ってコーヒーが…」
「いいから!」
そんな僕たちの声が聞こえていたのか玄関に着くと勇者アレンは口元に手を当てながらくすくすと笑っていた。
そして、父さんもそんなアレンを見て思わぬ来客だったのか目を見開いていた。
「アレン?どうしたんだ?」
「学園で魔王戦争についての講義を引き受けていたんですが、また旅に出るので、その前に挨拶に来たんです。」
「あぁ、上がっていく?
アイリスが今ケーキ焼いてくれてるけど」
「いえ、アイリス先輩のケーキは魅力的ですが今日はここで。
セドリックさんの顔も見られましたし。
ただお願いがありまして…」
「なんだい?」
「いえ、セドリックさんじゃなくて息子さん、アイザックにね」
「僕?」
「そう、私の講義を誰より真剣に聞いてくれていた君と最後に話がしたいんだ。
時間をもらっていいかな?
せっかくの家族団欒だけど…」
そんな誘いを受けて嬉しくないわけがない。
考えるまでもなく答えはYESだった。
「っいいよね!?父さん!行って来ていい!?」
「いいよ。
アレンと一緒なら何もないと思うけど、あまり遅くなる前に帰ること。約束だ。」
「はーい!!」
「すみません…それでは息子さんをお借りしますね」
そう言ってペコリと頭を下げた勇者アレンはあまりにも[勇者]っぽくなかった。
なんだか普通の大人の人って感じでこの人が魔王を倒したなんて今この瞬間だけだったらきっと誰も想像できないと思う。
僕は父さんに母さんのケーキを残しておくように伝えてから玄関に掛かっていたジャケットを羽織って外に出た。
「お待たせしました!」
「全然、ここじゃ話しにくいから少し移動しようか」
「移動って?」
「こうするんだよ」
アレンが何かを唱えると足元に魔法陣が現れて視界が歪み、気づけば知らない草原にいた。
一瞬管理区域かとも思ったけど違う。
いつも飛んでる気持ち悪い目玉監視ゴーレムはいないし、あるのは、転々と雲が浮かぶ青い空と、黄色い花がところどころに咲く原っぱだけだった。
「ここは…」
「驚いた?転移魔法を使ったんだ。
ここは私のお気に入りの場所さ」
転移魔法。
勇者アレンはなんてことのないように言ってるけど、凄いことだ。
一度、馬車がめんどくさくて母さんに転移魔法とか使えないの?って聞いたことがある。
『転移魔法はただでさえ魔力消費量が多いのに、正確な座標認識が必要になる。
そのためには緻密な魔力操作が求められるから大抵の魔法使いは無機物ならまだしも、人体でそれをやる人はいないわ』って言ってた。
下手すれば分子レベルで人体細胞が…とか怖いことも言ってたし、そんなすごい魔法を簡単に使ってしまうなんてやっぱり[勇者]ってすごいんだと思う。
でも転移するなら先に教えて欲しい。
勇者アレンは平然としてるけど、もし失敗してたら僕バラバラだったってことだよね?とは思っても言えなかったけど…
「ここなら誰にも聞かれないと思う。
お昼ご飯は食べたかい?」
「…うん、サンドイッチだったよ」
「なら軽いものがいいかな
ちょっと待ってね。」
勇者アレンはそう言うと肩にかけていたカバンからキャンプ椅子と小さなテーブルを取り出した。
そして熱々のティーポットにカップ。
つまみにはクッキーやチョコレートが、あっという間に並べられていった。
わけがわからなかった。
だってカバンより明らかに大きな物がどんどん出てくるんだから。
「ははっ…またびっくりしてるね。
これはマジックバッグ。
迷宮攻略の際に取ってきたんだ。
中には空間魔法が付与されてるから小さい見た目で中は部屋一つ分くらいのスペースがあって、時間も停止してるからお茶や食べ物は腐らずそのまま。旅の必需品さ、便利だろう?」
やっぱり勇者アレンはなんてことのないように言うけれど、これもまたとんでもないことだ。
海に遊びに行った時、魔法でこのまま溶かさないようにしてアイスを持っていけないの?って母さんに聞いたことがある。
『時間停止魔法というのは時間停止の間ずっと魔力で対象物の時間を止めていなければならないのよ。
その時点でとんでもない魔力を消費するけれど、それ以前に時空を歪めてしまう可能性があるのよ。
無理やり物の時間を固定すると、その反動に耐えきれなくなった時、物が爆散するわ。
危険だから禁忌魔法として登録されているの。』
って言ってたっけ。
僕はその言葉を思い出して勇者アレンから一歩距離を取った。
だってそのバッグが爆散したらちょっと怖いし。
とにかく、勇者アレンが何を言ってるのか何をしてるのか、まったくわからないけれど[勇者]だからすごいんだと思う。
「君、考えてることがとてもわかりやすいってよく言われないかい?」
「父さんと母さんには素直ってよく言われる」
「ふふっ…そうだろうね
さて、ここに君を呼んだのは君にだけは知っていてもらいたいなって思ったからなんだ。」
「何を?」
「私だけが知ってる、この世界の、秘密についてかな?」
勇者アレンはそう言って指を振ると、先ほどまで着ていた服やマントが、あまり見たことがない服に変化したんだ。
そして、本日三度目の驚きに目を丸くする僕を見て笑うと静かに語り出した。
その姿はあまりにも僕の知る勇者とはかけ離れているように見えた。
「私はね、この世界の外側から来た」
「……はぁ?」
「ふっ…だよね!そう思うよね!」
私は普通のゲームが好きなどこにでもいるサラリーマンだったんだ。
サラリーマンが何かって?会社員のことだよ
会社員が何かって?
………あー…どうしようかな…まずそこから…
あ、そうそう、王宮の文官!
そんな感じのお仕事だ。
この世界は私がプレイしていたゲームだったんだよ。
タイトルは『シンフォニア王国物語』
内容はよくあるRPGのゲームで、勇者が冒険して魔王を倒して世界に平和をもたらすというものだった。
わからない単語が多いかな?
この世界では電子ゲームはまだ普及してないから仕方ないけど…
絵本やコミックのような、一つの物語の世界の中と言えばわかるかな?
私にとってこの世界はそういう世界だった。
ある日、目が覚めたら私は物語の主人公、勇者アレンになっていたんだ。
最初は喜んだ。ずっと大好きだった物語の主人公になれたんだからね。
初めて唱えた言葉は『ステータス』だったよ。
強くなるための秘訣も知ってたからレベルアップにだって夢中になった。
『ステータス』の数値が目に見えてわかるから自分がどんどん強くなっていくのが楽しかった。
前の世界では戦いも剣も魔法もなかったから何もかもが新鮮だった。
初めての講義の時を覚えてるかい?
回復の噴水、隠し部屋にいる悪戯妖精、
それから何故か翌日に復活する絶対に魔石を落とす角ウサギの居場所
それらはそのゲームをプレイしていたから知っていた攻略法の一つだったんだよ。
その次の講義でつけていた鼻メガネは、見た目はあれだけど、とある生徒に協力することで得られる強化アイテム。
素材ドロップ率の向上と経験値増加の恩恵が得られるんだ。神アイテムってやつさ、見た目はあれだけど。
ずっと楽しかった。夢の中にいるみたいで。
けど、初めて、港で喋っていた人たちが眠ったまま衰弱していく姿を見た時、現実を突きつけられた気がした。
ずっと戦っていたはずなのに、私にとっての魔獣はレベルアップのための経験値を落とす『システム』にしか見えてなかった。
けど、意識した途端見えるようになったんだ。
魔獣を切れば赤い血が出る。
私は怪我をすれば痛い。
牙や爪で引き裂かれた人間の綺麗な臓物を食い漁る魔獣達を見た時、私はどうしようもなく怖くなった。
これは、遊びなんかじゃないって。
私はこの世界の未来を知っている。
ゲームの中では一瞬、文字でしか語られなかったことだ。
背景が雑に描かれただけで、たくさんの人が死ぬことを知っていた。
前世、と言っていいのかわからないけどそこでは人の死なんて触れたことなかったのに。
私の目の前で実際に人は死んだ。
これが、もしBAD ENDを迎えてしまったらもっと悲惨な事態になる。
だから私はなるべく原作を壊さないように、それでいて確実に攻略を進めていた。
レベリングも今まで以上に必死にやった。
それで、アイザックのお父さん…
セドリックさんはね、ゲームではお助けキャラだったんだ。
まだ育ちきってないレベル20前後の勇者の前に、魔王幹部チェリオットが現れる操縦レースのエピソードの時のね。
チェリオットはレベル20だけど、そいつの使役する植物魔獣のレベル45。
セドリックさんはその時のお助けキャラでレベルは破格のレベル50だったかな。
だから操縦レースで騎獣たちが暴れ、現場が混乱する中でも私は迷うことなく真っ先にセドリックさんを探したんだ。
そしてストーリー通りにチェリオットを倒した。
ゲームの中じゃダメージが入ってもキャラクターの描写が入るわけじゃない。
ザシュッて機械的な効果音がして、ツルが振られるモーションが画面に映る。
そして、攻撃されたセドリックさんのキャラクターがチカチカと点滅してHPバーが減る。
それだけの表記だったけど、現実はもっと違う。
セドリックさんは傷だらけだったし、それでも私を必死に助けてくれていたんだ。




