34話 セドリックside
「なるほど、それで二人とも泣いてたんだ」
「ごめんなさいセドリック、夕飯の支度がまだできてなくて…」
「そんなの気にしなくていいよ
今日はアイリスもしんどいだろうし、デリバリーでも頼もうか」
「僕ピザがいい」
「じゃあそうしよう。」
「……ありがとう、セドリック」
「気にしないで。
…ほら、おいで、アイリス」
「え?うん?」
首を傾げながら近寄ってきたアイリスの腕を引いて、そのまま抱きしめた。
途端にオロオロするけど、ただ可愛いし愛しいだけだ。
きっと真面目な彼女のことだから嬉しいと思ってくれてる反面、ザックの前で、とか色々考えてるんだと思う。
アイリスは、学園で魔法学の先生を務めているのに、こうして家事もこなしてくれるし、ザックとの時間だって大切にしてくれている。
僕だって庭掃除や洗濯物、買い物の荷物持ちだって、やれることはやっているけれど、正直言うと、もっと頼ってほしい。
けど、アイリスの魔法が便利すぎて、あまり役に立ててないのが現状だ。
そんなに頑張らなくてもいいのに。そう思って伝えたこともあるけど「私が大好きな二人のためにしたいからいいの」だって。
本当に昔から彼女は健気というか…そこがたまらなく好きなんだけど。
母親であり、妻でもあるけど、それ以前に一人の人間で、僕のずっと大好きな女の子だ。
嫌なことは嫌と伝えてほしいし、疲れた時は甘えてほしい。僕が甘やかしたい。
一人でできないことは二人でやればいい。
悩みがあるなら一緒に考えたらいい。
僕はずっとそう思ってるのにアイリスはあまり人を頼らないというか…
そこだけは唯一彼女の欠点だと思う。
でも僕がこんなふうに素直に感情をぶつけられるようになったきっかけは、間違いなくマリアンヌ様の言葉だと思う。
学生時代、好意を向けられることには慣れていたけど、自分の抱いた好意をどう扱ったらいいのかはずっとわからなかった。
アイリスからどう思われているのか。
アイリスはどうしたら僕を見てくれるのか。
ずっとモヤモヤしてたけど、結局は素直に気持ちをぶつける勇気がなかっただけ。
今はこうしてアイリスからの愛情を素直に信じられるから、僕もまた素直に言葉を声に出せるんだと思う。
「それにしても、ザックが羨ましいな」
「え?」
「僕が戦争に行ってた間のアイリスの気持ちを聞いたんだろう?
僕だってまだ聞かせてもらったことないのに」
「……父さんは?
父さんはどんな気持ちで戦場にいたの?
母さんのこと考えてた?」
「もちろん。
むしろそれしか多分考えてなかった。」
「聞かせてよ、戦場のこと。」
「いいけど…感動する話なんてできないよ?」
「うん。ちゃんと聞かせてほしい。
父さんの話…あ、聖女様と別れた後からね?」
「まだそれを言ってるのザック?」
「母さんも気になるでしょ!
父さんが何を考えてたのか!!」
「…それは、そうだけど…」
「わかった、ならそこから話そうか」
__________
学生の時、僕はすごく、回り道をしたんだと思う。
もっと早くこの気持ちに気づいていたら、もっと早く気持ちを素直に伝えられていたら。
後悔しない日は今もない。
マリアンヌ様が教会に帰った後、ちゃんと自分の気持ちに素直になろうと思った。
でも、すぐ言葉にしてしまうのはマリアンヌ様にもアイリスにも不誠実だ。
それに、今更何を言ってるんだって信じてもらえないだろう?
だからまずは行動で示そうとした。
授業が終わって時間があるならまずアイリスに会いに行くようになった。
放課後だったり、昼休みだったり、たとえ一言だけでも、話をしようと思ったんだ。
「……セドリック」
「やぁ、アイリス」
「今更何しに来たのよ、王子様?
騎士科の教室はあっちでしょ?」
「アンナ…」
「そうなんだけど、少しアイリスの顔が見たかったから」
「よく言うわよ[聖女]と付き合ってたくせに」
最初こそそんなふうにアイリスの友人のアンナやキースに邪魔されることもあったよ。
でも、いい加減なことをしたのは僕だったから甘んじて受け入れた。
言い訳一つ、するつもりもなかった。
でも、諦めるつもりもなかった。
あまりにも僕がしつこかったからか、僕の本気が伝わったのかはわからない。
でも、いつしか許されるようになって、迎えに行くとアンナ達が隣を譲ってくれるようになったんだ。
そうして二人で過ごせる時間も少しずつ増えていった。
「アイリス…」
「王子様ったらまた来たの?
…はぁ…はいはい、いいわよ。
邪魔者は先に行くわ」
「はは…ありがとう」
「…でも、次、アイリスのこと泣かせたら本気で許さないから」
「……肝に銘じておきます。」
「……なんて言えばいいか…その、アンナがごめんね?いい子なんだけど…」
「僕は気にしてないよ。
友人としてアイリスのことが大切なのはわかってるから。」
「……ありがとうセドリック。
それで?今日はどうしたの?」
「何も?ただアイリスと話したかっただけだよ」
「またそうやって私を揶揄うのね?」
「嘘じゃないんだけどなぁ…」
本当なら離れてしまった距離をゆっくり縮めていければよかったんだけど、時間はあまりなかった。
卒業が間近に迫っていたんだ。
僕は夢を叶えて騎士の道に進むことが決まっていたし、アイリスは騎士とはなんの関係もない魔導研究室へ行ってしまう。
どんどん魔族達の動きも活発化していて、連日の魔導新聞の表紙を飾っている。
一年前に卒業した先輩から騎士の仕事に慣れるよりも先に現場で仕事をさせられていることも聞いていた。
もうすでに、いつ、どこで、何が起きるか、わからない世の中だったんだよ。
もし、このまま卒業して会わなくなったら、アイリスが職場で他に好きな人を作ってしまうかもしれない。
それより前に僕が騎士として危険な任務について死ぬかもしれない。
そんなの耐えられなかった。
だから気持ちを伝えることに決めた。
ちょっと狡い言い方をした自覚はあるけど、それでもアイリスがOKをくれた時、本当に嬉しかったんだ。
アイリスへの長年の想いがやっと通じて、卒業した後に二人で過ごす時間はかけがえのないものだった。
でも、世界は確実に暗くなっていった。
魔の力が強くなるとね、不思議と空が曇天になるんだよ。
いつも空は曇っていた。
それが人々の不安にも繋がってたと思う。
僕達は必死にそんな世界から目を背けながら小さな幸せを大切にしていたんだ。
髪型が変わっていれば可愛いとすぐに伝えたし、デートの時の服装がいつもと違えば僕のためのオシャレだってわかりやすく浮かれた。
人通りの多いところでは当たり前に手を繋いだし、好きも、愛してるも言いたい時はどんな時でも口に出した。
学生時代に伝えられなかったこと、思っていたことの全てをまるで隙間を埋めるようにね。
でも、そんな日々の中、三国協定の進軍があって、多くの人達が亡くなった。
卒業して間もない僕を導いてくれた先輩は右腕だけしか返ってこなかった。
現実から目を逸らしていられなくなったんだ。
先輩の両親がその腕を抱きしめて泣くんだよ。
こんなの息子じゃないって。
こんなに小さくないって。
騎士になる夢を叶えて、学生時代には努力を重ねて、優しくて誠実なあの子がこんな簡単に死んだなんて嘘だろうってさ。
僕はそれを静かに見ていた。
見ていることしかできなかった。
震える母親の肩にコートをかけることを躊躇した。
座り込む父親に手を差し出すことを躊躇した。
僕は進軍に参加していなかったから先輩の最期を知らない。
そんな僕の慰めになんの意味がある?って。
アイリスと過ごす時間はとても大切だ。
でもその裏には犠牲者になった人達と、その遺族の影がどうしてもチラついていた。
初めて二人で海に行った時、突如魔獣が現れて避難誘導されたことがあったんだ。
浜辺はパニックだったし、誘導通りに動けなくて逃げ遅れる人、押し合って怪我をする人、両親と逸れて泣いてる子供。
それを見てさ、思ったんだ。
もしこのまま魔王が世界を包み込んでしまったらアイリスはどうなるんだろう、って。
考えたくもない最悪の未来が頭をよぎった。
「セドリック、お願い、騎士なんてやめて
生活なら私の給料で何とかなるし、騎士じゃなくて街を守る保安官でもいいじゃない?
わざわざそんな…」
「アイリス、気持ちは嬉しいけど僕は逃げたくない。
先の進軍でたくさんの先輩方が亡くなったんだ。
中には新人で右も左もわからない僕の世話を献身的にやいてくれた人だっていた。
確かに戦争は怖いけど僕だけ逃げるのは違うだろう?」
「本当に死ぬかもしれないのよ!?
っ…お願いだから…お願いよ…
やっと、やっとこうして素直に…っ」
そうやって泣いて縋るアイリスを見るのは心が痛かったよ。
僕だって怖かったし、先輩に対しての思いも嘘じゃない。
でもそれ以上にアイリスを失いたくなかった。
僕一人の力があれば戦場を変えられるとか、大それたことは思ってない。
ただ、僕が一匹でも多くの魔獣を倒せば、その分アイリスの元に行くかもしれなかった魔獣を減らせると信じてた。
まもなく、上官から通達が下った。
第二次進軍に参加するようにってね。
「本来ならば、未来ある若者をあんな悲惨な場所に向かわせたくなんかない。
学生の頃とは違う。現場はいつだって何が起こるかわからないんだ。
大した経験を持たぬ君達は何も成し遂げぬまま魔獣に食い殺されるかもしれない。
今後、君達が当たり前に過ごすはずだった恋人や友人との時間を奪いたくない。
だが、それでも我らが行かねばならない。
国を、民を、そして身近にいる大切な人を守るために。
出立前に一人ずつ交代で一日の休暇を出す。
大切な人としっかり気持ちを繋げておけ。
それが戦場で生き残る糧になる。
それがなければ、現場に残るのは後悔だけだ。」
上官の言葉は重かったよ。
一度目の進軍では三国の協力を得られて、兵士や騎士の数も第二侵攻よりずっと多かった。
勝機だってあったはずなんだ。
上官や先輩達は前日には景気付けに一杯!って騒いでたくらいだし。
それがどうだろう、ほとんどが死んだ。
上官は部下が死んでいく姿を戦場で見ていた。
「こんなはずじゃなかった。
すまない…皆…本当に…すまない…」
そんな言葉を上官室の前を通りかかるたびに何度も聞いた。
上官は一人一人の騎士の実家や関係者に頭を下げて回っていたのも知ってる。
だからこその重さだった。
今回の進軍ではガオウ国もグランディウスも出兵しない。
シンフォニア王国だけ。
さらに先の進軍で多くの兵士たちを失ってる。
二度目の進軍にはね、一度目の半分も兵士はいなかったんだよ。
負け戦、誰もがそう思った。
でも、勇者アレンがね、頭を下げたんだ。
今度こそ私が絶対に魔王を倒すからって。
泣きながらね。
要はさ、私のために死んでくれってことだよ。
でも、僕達に魔王は倒せない。
倒せるのは[勇者]の称号を持つアレンだけ。
僕達が彼に言えることはなかった。
「…大変なことになっちまったな
セドリックはアイリスと順調なんだろ?」
「そうだね、キースこそアンナとはどうなんだ?」
「…まだ、告げられてないんだよな。
はは…長い片思いだろ?
全部綺麗に片付いたら伝えようと思うよ。」
「それで後悔しない?」
「するかもな。
でも、アンナに行くなって言われたらきっと俺は行けなくなっちまう。
こんなに、怖いのにさ…
だって、こんなの、死ねってことだろ?
中途半端に希望を持ったら、俺は戦場から逃げ出しちまう…」
ガタガタ震えるキースはずっと弱く見えた。
操縦レースでは友人としてアイリスの隣にいてあんなにも強敵に見えたのに。
「怖ぇよ…っ…く…」
僕はその言葉に何も返せなかった。
涙を拭うことも、肩を抱くこともしなかった。
それは僕だって同じだったからね。




