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シンフォニア王国物語〜僕の知らない父さんと母さんの話〜  作者: 椿


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33/38

33話 アイリスside




お守りが完成してすぐ、王国が第二の進軍を決定した事を国民へ発表した。

前回の犠牲者が多かったこと、三国協定が崩れたことで今回は新人の騎士達も出兵の対象になって、セドリックも出兵を免れなかったわ。


「アイリス、次の休みにデートしてくれる?」

「えぇ、もちろんよ。どこに行く?」

「僕に考えがあるから当日はエスコート任せてよ。」


酷いでしょ?

セドリックったらね、進軍が決まってもすぐに教えてくれなかったの。

次の休みの日、本当に楽しかった。

今まで私が言った些細なことを彼ったら全部覚えててくれてね?

私が行きたかった公園、私が食べたかったケーキ、私が憧れていたペアのリング。

一つ、一つがまるで…


「母さん…?泣いてるの?大丈夫?」

「…っごめんなさいね。

思い出したら止まらなくて…続き、よね…」


まるで、別れの挨拶みたいでしょ?

私の喜ぶことばかり、私と過ごした全てを覚えてるみたいに丁寧に重ねていくの。

そして最後にレストランで彼は静かに言った。


「次の進軍に参加することになったよ。

今日は進軍前の最後の休みだったんだ。」

「え……」

「驚かせてごめん。

でも、デートは余計なことを何も考えずにアイリスに楽しんで欲しかったんだよ。」


「この料理美味しいね」ってセドリックったらあまりにも平然と言うの。

私は味なんて何もわからなかったのに。


本当は引き止めたかった。

セドリックの手を引いてこの国から逃げてしまいたかった。

でもそれが許されないのはわかっていた。

私は、ただ余計な言葉を出さない様に唇を噛み締めながら黙ることしかできなかった。


「そんなに噛んだら傷つくよ?」

「っ……」


セドリックの手が優しくて、暖かくて、泣きたくないのに涙が出た。

だって、泣くってセドリックが無事に帰ってくることを信じてないみたいでしょう?

彼は帰って来てくれる。絶対に。

そう思いたいのに、私の頭は勝手に彼の死を妄想するの。

それが怖くて私は溢れて止まらない涙を何度も拭いながら首を振った。


「アイリス、聞いて…」

「いや…聞きたくない…っ…」


セドリックが何かを言おうとしたんだけど、それ以上何も聞きたくないって耳まで塞いだわ。

まるで駄々をこねる子供みたいに。

そうすれば時が止まるとでも思ったのかしらね。


セドリックはそんな私を困った様に見て、ジュエリーケースを差し出したの。

それが何か、なんて言うまでもないでしょう?

そして耳を塞ぐ私の手をそっと外して言った。


「この戦争が終わったら僕と結婚して欲しい。」

「……っそんなの」

「あ、待って!待って!

返事はすぐにしないで!!」

「へ?」


意味わからないでしょ?

プロポーズしたくせに、答えようとした私を必死になって止めるんだもの。


「こういうのってさ、映画でもあるだろ?

俺、この戦いが終わったら結婚するんだって言って死ぬやつ。」

「……そうね?」

「だから返事は帰ってくるまで絶対にしないで。

それがYESでも、NOでも。

そしたらこのプロポーズの返事をアイリスから聞くまで死ねないだろ?」

「何よそれ…バカね…本当に…バカ…」


セドリックは私の涙を丁寧に拭って抱きしめて沢山キスをしてくれた。

その抱きしめてくれた腕がね、すごく震えてた。

さっきまであんなに余裕そうだったのに。

耳元で聞こえたのは本当に小さな声だった。


「…あー……怖い…死にたくない。

アイリスと結婚したい。

ずっとこうしてたい…死んだらどうしよう。

もし僕が死んでも、アイリスは次の男になんて絶対行かないでね。」

「……セドリックは、死なないで帰ってきてくれるんでしょ?」

「………。」

「私の気持ちを聞かないままでいいの?」

「それは嫌だなぁ…」


きっと心からの本音だったんだと思う。

痛いくらいに私のことを抱きしめながらそうやって呟くの。

私も怖かったけど、セドリックだって怖くないわけがなかった。

だってそうでしょ?

自分だけ逃げられないって必死に虚勢張ってるだけで誰だって死にたくないに決まってるもの。


しばらくして顔を上げたセドリックは嘘みたいにいつものセドリックだった。

それから三日後、彼は他の騎士や兵士たちと共に、王都を出た。


王城の前にはね、掲示板があったの。

そこでは一日一度、魔導通信で送られてきた犠牲者の名前が張り出されるの。

私は毎日毎日通った。

朝一に行って、一日に一度しか来ないとわかっていてももし名前があったらどうしようってお昼も、夜も確認しに行った。

周りの人たちが泣き崩れても、セドリックの名前がないことに安堵して、セドリックじゃなくて良かったって思った。


ただ、一人だけね、素直にそう思えなかった人もいた。

それは出兵から十日後のこと。

掲示板には多くの名前が書かれていたんだけど、そこにはね、キース・アルベルタルの名が書いてあった。

そう、ずっと友人だったキースよ。


学生の頃からアンナが好きで、お調子者で、それでも誰より周りを見ていて、セドリックに渡せなかったグローブだって引き取ってくれて、私のために怒ってくれる大切な友人の名前だった。

進軍に出ることは聞いていたし、それが終わった後、いよいよアンナに告白することも聞いてた。

アンナがキースの進軍を聞いて泣いていたのも知ってる。

二人は無事に帰ってこられたらちゃんと結ばれるはずだったのに、それは一生叶わなくなってしまった。

一瞬呼吸の仕方を忘れたみたいだったわ。


それでも私の指はセドリックの名前を探していて、名前が無かったことに安堵もした。

友人が亡くなったというのに、セドリックが居ないことにやっぱり安堵してたのよ。

最低でしょう?


それからまた十日がすぎて、王都中を覆い尽くすほどの号外の新聞が出回った。


『魔王軍崩壊 戦争の終わり

勇者の勝利 兵士たちの帰還』


そんな記事が。

多分今でもタンスに大切にしまってあるから後で見せてあげる。

私は崩れ落ちて泣いたわよ。

もう涙が枯れるほどに。


戦争を生き抜いた[勇者]や騎士、兵士達が王都に帰って来て勝利の凱旋をしている中、必死にセドリックを探して、彼を見つけたら迷わず彼の元へ駆け寄ったわ。

人の目なんて気にならなかった。

セドリックが生きてた。

生きて私の元に帰って来てくれた。

それだけでもう胸がいっぱいだったから。


「アイリス、ただいま」

「…おかえり、セドリック」

「早速だけど返事、聞いてもいい?

僕そのために死ぬ気で帰ってきたから」

「そんなの…YESに決まってるでしょ!?」


それで少しして戦争の余波が落ち着いてから私とセドリックは正式に結婚したの

そして翌年にはザックを身籠った。


「セドリックったらね、ザックがお腹にいるってわかった時、泣いちゃって…

戦争に行く前ですら泣かなかったのにね。」

「……父さんが」

「今まで、いろいろ話してきたけど…」


私は12歳でセドリックに憧れを抱いて

14歳で友達になった。

15歳の時に彼への恋心を自覚した。

16歳で聖女様相手に失恋したと思って

17歳で彼と付き合った。

18歳で戦争があってそれでも彼を愛し続けて

19歳で結婚して

20歳で


「ザックを産んだのよ」


私にとってセドリックが、ザックが、この家族がどれほど大切なものか、ちゃんと息子に伝えることはできただろうか。


戦争は決して綺麗な勇者の英雄譚なんかじゃなかった。

たくさんの人が傷ついて、たくさんの人が涙を流した。

魔王にも事情はあったのかもしれない。

でもそれは決して人を傷つけていい理由にはならない。

私は魔王を許してはいけないと思う。


「母さんは父さんのこと好き?」

「ええ、愛してるわ

もちろんザック、貴方のこともね。」


だからどうか無理をしないで。

ヤンチャなのは仕方ない。

けど風邪を引くまで雪遊びをしないで。

急に道路に飛び出さないで。

魔獣相手に無茶をしないで。

どうか、健やかに育って。


「僕…グリズリーの時、母さんがどうして褒めてくれないんだって…思ってたんだ。

すごいことしたのにって」

「………そう」

「…っごめんなさい、母さん…ごめっ…ごめんなさい…心配かけて…」

「…いいのよ、無事だったんだから

本当は母さんも鼻高々だったのよ?

一年生でグリズリーを倒せる子なんて居ないわって。怒ってごめんね」


声をあげて泣くザックを抱きしめる私もまた涙が止まらなかった。


「ただいまー」


二人でぎゅうぎゅう引っ付きながらわんわん泣いていたところで何も知らないセドリックの声が玄関の方から聞こえてきた。

つい話すことに夢中になっていて気づいたら時刻はとっくに夕方になっていたみたいだ。

夕飯も家事も何も終わらせてないという焦りもあったけど私の心はぐちゃぐちゃだった。


「アイリス?ザック?リビングにいないから…って二人ともどうしたの!?

なんで二人揃って泣いて…」

「っ…父さん!!父さんのバカァ!!!!!!」

「えぇ?」

「……本当にバカよね」

「アイリスまで!?本当にどうしたっていうんだ…」


困ったように頭を掻くセドリックが愛おしくて私はザックと二人で飛びついた。

すごい勢いだったのに、力強い両手は私達を簡単に受け止めて、抱きしめてくれる。


「愛してるわ、セドリック」

「僕も…って本当にどうしたんだよ…」


この幸せがなかった未来なんて私は想像もしたくなかった。






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