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シンフォニア王国物語〜僕の知らない父さんと母さんの話〜  作者: 椿


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32/38

32話 アイリスside




春休み。

ザックが一年間の学園生活を終えて自宅へと帰ってきた。

一年前とは違う、子供の成長を感じながら私は変わらずザックを家に迎え入れたんだけれど、どこかその表情は思い詰めているようで、私との挨拶も最低限に、さっさと自室への階段を上がっていってしまった。

しばらくしたら降りてきてくれるかと思ったけれど、その気配はない。

心配になった私は静かにザックの部屋のドアをノックした。


「…ザック?入るわよ」


なるべく音を立てないように部屋に入るとザックは昔から大切にしていた勇者の絵本を食い入るように読んでいた。


勇者が現れた話。

港町の不思議な事件を解決して

小さなドラゴンに乗りながら魔王軍の幹部を倒して

迷宮の大冒険の末に聖剣を手に入れて、怖い鬼をやっつけて

そして最後には魔王すらも倒してしまう話だ。


当時の状況を知っている私からすればそんな簡単な話でもないけれど、子供が夢を描くのに素敵な絵本なことに変わりはなかった。

この絵本を読んで勇者に憧れる子供達も多い。

物語に触れて、ワクワクハラハラする冒険心や正義感なんかを培うのかもしれない。

何度も何度も幼い頃のザックに読んでとねだられて何度も何度も読み聞かせたのは今でも忘れない。


あの時はキラキラした目で勇者の活躍を見ていたのに、今はどうだろう、どこかずっと苦しそうな視線で絵本を読んでいた。


「…ザック」

「っ…母さん…」

「何かあったの?」

「………僕、勇者アレンの最後の講義を聞いたんだ。」

「…そう、それで?」

「魔王が僕と変わらない少年だったって…」


うるうると大きな瞳に涙を溜めるその姿は幼い頃と変わっていない。

大きくなっても子供は子供だった。

私の何より大切な、宝物だ。


「わからなくなっちゃったんだ…

…僕にとって、魔王は悪いやつだった。

歴史の教科書に迫害のことは書いてあったけど、それでも嫌な奴に決まってるって…でも…」


ザックはそこで言葉が喉奥に詰まったみたいに黙ってしまった。

私は、その場に居たわけじゃないからザックがアレンの講義で何を聞いたのかはわからない。

けど、ザックの言葉で推測することはできる。


戦争後に魔王が普通の人間だったとアレンは声を大にして民衆達に伝えていたことを知ってる。

でも、当時その話をまともに相手をしていた人は何人いただろう。

大切な人を失った人にとって、家族を恋人を、友人を失うかもしれないと震えた人々にとって魔王という存在は悪だ。

どんな理由があれ、どんな背景があれ、私にとっても悪だった。


あの時、アレンが民衆に向けていた言葉を子供達にも聞かせたのかもしれない。

それを受けて、ザックが何かを感じて、それがザックを不安にさせるなら母親として安心させてあげたいと思った。


「ねぇ、ザック」

「なぁに?」

「ずっと聞きたがってた話、今するわ。」

「え?それって」

「父さんと母さんが、どうやってあの時代を生きて、夫婦になったのか。その話を。」

「いいの?あんなに嫌がってたのに…」

「……ザックにとってこれが正解になるかはわからない。

余計に混乱させてしまうかもしれない。

でも、今の貴方は…すごく危うく見える。

魔王は悪いことをしたのよ。それは事実だわ。

確かに、迫害されていた。

それがまだザックとあまり歳の変わらない子供だった。

哀れだと思う、同情もする。けれど、彼がやったことは許されていいことじゃない。」


私は震えそうになる声を抑えながら当時のことをザックへ話し始めた。



_________


「…やぁ、アイリス」

「セドリック?どうしてここに…」

「騎士科の授業が先に終わったから少し話したくて待ってたんだ、迷惑だった?」

「そんなことはない、けど…」


マリアンヌ様が教会に帰ってからセドリックはそれこそ不思議に思うくらい私に話しかけてくるようになった。


魔法科と騎士科では授業も違うし、そもそも青寮と黄色寮では寮も違う。

でも、セドリックは自分に時間があるならたったの五分でも私に会いにきた。

用事があるのかと思えばそんなこともない。

話すのは他愛のない話ばかり。

騎獣のこと、騎士科の訓練のこと、魔法のこと、今日の天気や流行りのお菓子のこと…

本当にただの世間話。

最初は何のつもりかわからなかった。

てっきり私は失恋したのだとばかり思っていたから。

きっと今更何を言われても、疑っていたと思う。

マリアンヌ様と別れたから次は私なの?

都合のいい女だと思ってるの?ってね。

でも、セドリックは何をいうわけでもなく、行動で示してくれたのよ。


困った時は誰より早く私を助けてくれたし、たくさん話しかけてくれた。

私のつまらない話だって嫌な顔一つしないでちゃんと耳を傾けてくれた。それこそすごく嬉しそうに。

私をエスコートする手が。何より私を見つめる瞳がとても優しかった。

なんというか、ドギマギするのよ…あの瞳に私が映るたびに落ち着かなかった。


「ねぇ、セドリック…その…最近の貴方、なんだか変よ?」

「え?そうかな?」

「会いにきてくれるのは嬉しい、けど…

貴方だって忙しいはずなのに、わざわざ遠い青寮まで…」

「僕がアイリスに会いたいから来てる。

確かに時間がない時もあるし疲れてる時もあるけど、それでもアイリスと話した方が元気が出るんだ。

やっぱり、嫌だった…?」

「……嫌じゃない…」

「…よかった」


なんでそんなにホッとしたような表情をするの?

期待しちゃうじゃない。

また期待するだけさせて、振られるのかな。

そう思うと怖くて私からセドリックの気持ちを直接聞くことはできなかった。

会いに来てくれる、話してくれる。

だけど、決して確信を持てる言葉だけは伝えてくれなかった。

卒業を目前に控えるその日までは。


「アイリス」

「セドリック?どうしたの?

何だかいつもと雰囲気が…」

「僕は、アイリスが好きです。」

「っえ!?」

「本当はもっと早く伝えればよかったんだけど、言えなかったんだ。勇気が出なくて。

僕はずっと前から君のことを特別な女の子だと思っていた」

「ちょ、ちょっと待ってセドリック!

本気なの?それって…でも…」

「疑われても仕方ないことをたくさんしてしまったけど、本心だよ。

僕達は卒業したら離れ離れになる。

僕は騎士に、君は魔法研究室に。

卒業して友人のままでも会う事はできるんだろう。

でも今よりずっと会えなくなる。

そんなのは嫌なんだ。

まして魔王軍の動きが活発化してる。

……僕は、騎士として死ぬかもしれないから

受け入れてもらえなくてもいい。

でも、ちゃんと伝えておきたかったんだよ」


好きな人にそんなことを言われて断れるわけないでしょう?

私は泣きながらYESと答えた。

永年の想いが結ばれたのよ?

でも、そんな悲しい告白じゃ、全然嬉しくなんてなかったの。


それから間もなくして私たちは学園を卒業した。

セドリックは騎士になったし、私は魔法研究室で働き始めた。

慣れない環境、初めての仕事。

先輩や上司との人間関係。全てが大変だった。

でもそんな大変な日々でも、なるべくセドリックとは休みを合わせて学生の時の隙間を埋めるようにデートを重ねていったの。

映画に行ったり、買い物をしたり、魔獣館や操縦レース場、海に山。本当にいろんな所に行った。

もちろんその全てが安全だったわけじゃない。

魔獣騒動で急遽避難を誘導されることだってあったわ。

それでも、二人ならどこでも楽しかったし、トラブルだって平気だった。

私は学生の頃よりずっと彼を愛していたわ。


そして、三国協定の進軍が始まった。

一度目の進軍の時、セドリックはまだ騎士として新米だったから王宮で王族の護衛を務めていて無事だった。

でも、参加していた多くの騎士や兵士が亡くなった。

死者の数は全体で5000人を超えていたそうよ。

遺体や遺留品が残るならまだ良かった。

崖の下に落とされて、そのまま行方不明になってしまったり、魔獣に踏み潰されたり、食い殺されたりでとても回収できる状態ではなかった人も多いわ。


学生の頃からずっと怖かった魔王軍との戦い。

でも目の前で直接相対してるわけじゃないからどこか他人事の様に思ってる部分もあった。

でも、そんなことを言っていられなくなった。

だって、本当に、人は死ぬの。

それもすごくあっさりと。

セドリックがもしあの場にいたら?

あの兵士のように踏み潰されてしまったら?

そう思うと夜も眠れなかった。

目を瞑ると、操縦レースでセドリックが魔王軍の幹部と戦っていたあの日を思い出した。

そして亡くなった兵士たちの亡骸と重ねた。


「セドリック、お願い、騎士なんてやめて

生活なら私の給料で何とかなるし、騎士じゃなくて街を守る保安官でもいいじゃない?

わざわざそんな…」

「アイリス、気持ちは嬉しいけど僕は逃げたくない。

先の進軍でたくさんの先輩方が亡くなったんだ。

中には新人で右も左もわからない僕の世話を献身的にしてくれた人だっていた。

確かに戦争は怖いけど僕だけ逃げるのは違うだろう?」

「本当に死ぬかもしれないのよ!?

っ…お願いだから…お願いよ…

やっと、やっとこうして素直に…っ」


私はセドリックに死んでほしくなかった。

騎士なんてやめて欲しかった。

でも、ずっと夢だったからって…

わかっていたことよ。

彼が真面目でいざとなったら人のために身を投げ出すほどの正義感の強い人だってこと。

わかってはいたはずなのに…

彼は縋る私の手を優しく振り解いてしまったの。

セドリックは確かにそこにいるはずなのに、まるで遠かった。


「ほら、映画の時間に遅れてしまうよ。

早く行こう」

「……っえぇ…そうね」


さっきの言葉なんてまるでなかったかのように、彼は普通で、デートもそのまま。

だからこそ、辛かった。


ザックは知らないと思うけど、魔法研究室では様々な研究が日夜行われているの。

錬金術との相性がいいから、魔導列車の開発や、魔道冷蔵庫などの日用品の試作。

魔力によっての魔導力の伝達効率化や出力。

もちろん戦闘術式や転移術式、本当に多岐にわたるのよ。

学生の頃からずっと夢見てた就職先だったわ。


私はそこで、それらの研究に追われながら、自分でも一つの魔法を研究することにした。

それが、学生の頃から得意だった防御魔法。

結界魔法や衝撃吸収魔法。

とにかく守りに徹した魔法の研究だった。

私は人や魔獣を攻撃して傷つけることが怖かったから、攻撃系の魔法は昔から苦手だった。

だってファイヤーボールで魔獣を攻撃したら周りに飛び火して山火事を引き起こす可能性だってあるのよ?

とんでもないでしょう?


とにかく私の専攻は防御系の魔法だった。

私は必死に研究したわ。

防御魔法と言ってもその用途は様々。

単に攻撃を防ぐもの、反射するもの、衝撃をどこかへ転移させるもの。

どうしたら魔獣の攻撃を完全に防げるの?

衝撃波は?属性攻撃は?ただの物理は?

多重結界を展開したところで媒介となる魔導水晶への負荷はどうなる?

そもそもその持続性は?

とにかく必死だった。

だって私の研究でセドリックが救えるかもしれないじゃない。

そのためなら寝る時間なんていらない。

セドリックが死ぬより怖いことなんてない。

試作品を何度も何度もダメにしながら、やっとの思いで致死性の高い攻撃を一度だけ跳ね返す魔法を開発した。

私の魔力のほとんどを連日使い果たしてやっと一つ作れるもので、量産はできなかった。


研究所の上司は魔王を倒すことのできる勇者に託すべきだと言っていたけど、私はそれをセドリックに渡した。

お守りだって伝えてね。


研究の私的利用を理由に、私は研究所をクビになったけど、そんなのどうでも良かった。

セドリックさえ生きていてくれれば他の誰が死んだって、一人を助けたことで贔屓だと恨まれたって構わない。

最悪勇者が死んで魔王を討ち滅ぼせなくたってよかった。

それでセドリックが自分だけ助かったことで私のことを嫌いになったとしても。


それでも私はセドリックに生きて欲しかったのよ…






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