31話
「やぁ、それでは今日の講義を始めよう。
一年間、歴史学の時間を借りて何度かこうして講義を行ってきたけれど、私からの講義はこれで最後になる。」
待ちに待った勇者アレンの講義。
僕はこの先もずっと、もっと詳しく勇者アレンの話を聞きたかったけれど、元々一年間だけという契約だったらしい。
実際に自分の経験を伝えることでもう二度と魔王という悲しい存在を作らないために各地を転々としながら歴史を伝えてるのだとか。
世界は平和になっても同じ歴史を繰り返さないために。
「さて、前回は迷宮を攻略し、魔王軍幹部ガルマーニとの戦闘を語らせてもらったね。
この後いよいよ、魔王戦争が本格化していくんだ。
そのため、シンフォニア王国とその周辺国、獣人の国であるガオウ国とドワーフの国グランディウスで三国協定が結ばれた。
三国合同で魔王軍が攻撃をしてくるより先に本丸を叩こうと言う大規模な作戦だったんだ。」
[勇者]が中心となり、北の山を越え、その先にある魔族や魔王の住む魔王領を直接叩く。
それは教科書にも書かれていることだった。
けれど、その詳細の多くは語られていない。
ただ、失敗に終わった。とだけ。
「途中までは順調に進んでいったんだ。
でもね…」
シンフォニア王国は6000人の兵士や騎士、魔法使いが出兵し、ガオウ国は2500人、グランディウスからは3500人の兵士をそれぞれ送り出した。
総勢12000人、大規模な進軍だった。
対して報告にあった魔族の総数は4000ほど。
仮に魔族が魔獣を使役したとしても十分に勝てる算段だったんだ。
雲行きが怪しくなったのは北の山を登り始めた辺りからだった。
本来なら居るはずの魔獣がいない。
スライムすらも。
辺りは嫌な静けさに包まれていた。
あまりの不気味さに兵士達は慎重に歩を進めた。
魔王領まで本来ならば三日ほど。
けれど多くの兵士が同時に移動するとなると倍の時間がかかる。
そのため一週間後の到着を目処にしていた。
「三日目の夜、事件は起きた。
野営テントで休んでいたグランディウスの将軍が暗殺されたんだ。
最初こそ魔族の襲撃かと皆が身構えたけれど、その気配は探してもどこにもなかった。
なら犯人は?もしかして身内の犯行か?
そして、三国協定に溝が生まれたんだ。
お互い疑心暗鬼になり、一部の兵士たちは他種族を罵倒するような言葉を投げることもあった。」
助け合うべき場面でお互いの足を引っ張る兵士がいて、その不安や不満はどんどん他の兵士たちにも伝染していった。
舌打ち一つで大騒ぎ。
肩がぶつかっただけで殴り合いに発展するほど…
皆、魔族という未知の相手との戦闘に対し恐怖心を抱いていたから尚更だ。疲弊もしていたんだろう。
気づいた時にはもうとっくに連携は崩れていた。
「ちなみにそれは全てグランディウスに忍び込んでいた魔王軍幹部の仕業だった。
名前はニフレイム。
ドワーフの兵士に変装しながら見事に自陣に入り込んでいたんだ。
ニフレイムは将軍暗殺をきっかけにして、兵士たちに不安や不信感を植え付け、それを精神魔法を使うことで増幅させていたんだ。」
勿論私は気づいてすぐにニフレイムを倒した。
けれど、一度植え付けられた疑心というのはなかなか拭えない。
そんな中、魔王自らが多くの魔獣達を引き連れて山の上から降りてきた。
「地の利はもちろん魔王にあった。
兵士たちは戦ったけれど、連携を失ったせいで多くの死者が出た。
その時は魔王をなんとか退けることはできたけれど半数近い兵士を死なせることとなったんだ。」
私は勇者としての責任を問われた。
けれど私しか魔王が倒せないのも事実。
三国協定は崩れ、ドワーフや獣人達の協力を得ることはもうできなくなった。
それでも一度始まった魔王軍の進軍は止まらない。
辺境の村や街が少しずつ呑まれていく。
だからシンフォニア国王は苦渋の選択としてシンフォニア王国の兵士のみで出立することを決めたんだ。
その数は4000人…一度目の進軍の半分にも満たない数だった。
そこまで話すと勇者アレンは悲しそうに目を伏せた。
「三国協定の時もだけど、二度目の侵攻でもたくさんの人が死んだ。
この学園の卒業生で、私の先輩達も。
卒業したばかり、騎士になったばかりの先輩達も戦争に参加せざるを得なかったんだ。」
血の匂い、泥の跳ねる音。悲鳴。
勇者アレンの語る生々しい現実に生徒達は息を呑むようにして聞き入っていた。
僕は先ほどの勇者アレンの言葉に手が震えた。
年齢的におそらく、父さんもそこに居たから。
「私は先輩や騎士の人達が切り開いてくれた道を抜けて、魔王と相対した。
そして拍子抜けしたんだ。
なんでだと思う?」
「……教科書には普通の人間だったって」
「そう。魔王はね、私達と年の変わらない子供だったんだよ。」
その言葉に教室がざわついた。
そんな子供が魔獣を操って多くの人々を殺したなんて信じられなかった。
なぜ?常人なら理解できないんだと思う。
そんな子供に好き勝手されて死んだと言うにはあまりにも犠牲者が多すぎたから。
「私には[勇者]という称号があって、魔王を打ち滅ぼす存在とされている。
だから繋がれたんだろうね。
あの現象を言葉で言い表すことはできないけれど、魔王の思想、過去、全てが私に流れ込んできた。」
魔王は小さな村で生まれた希望に満ちた少年だった。
私達と同じように学園に行くことを夢に見て、怪獣ごっこをするようなそんな子供。
けれど魔王の運命が変わったのは初めて魔獣を見た時だ。
最初は小さな角ウサギだった。
角ウサギが懐いた。それだけ。
角ウサギは従魔契約もしないまま魔王にだけ懐いた。
魔王のいうことだけを聞いた。
そして、次はスライムだ。
次はコボルト、双子のゴブリン、果てはグリズリーまで。
あり得ないことだった。
大人達は魔王をまるで悍ましいものを見るような目で見ていた。
自分と違う力を理解できなかったんだろうね。
別に魔王が村人に魔獣をけしかけたりしたわけでもない。
ただ森で生き物達と遊んでいただけ。
それでも人々にとっては恐怖の対象だった。
魔王の運命はそこから狂っていった。
村人が森に散策に行った。
怪我をした。
魔王のせいになった。
村人が狩に出た。
獲物に逃げられた。
魔王のせいになった。
そうしていつしか魔王は道を歩けば石を投げられ、何も持たぬまま村を追い出されたんだ。
「魔王はどこに行っても同じだった。
魔獣に襲われて困っている人がいたから魔獣にやめるように説得したのに恐れられたのは魔王だった。
そんなことを繰り返していくうちに、とうとう心が壊れてしまったんだよね。」
やがて行き着いたのは魔族の土地。
そこでは魔の力があるとして、魔族として同じように扱ってくれた。
魔王を受け入れて優しくしてくれる人は魔獣と魔族以外いなかったんだよ。
魔族は迫害対象で、多種族との交流も持てぬまま、北の痩せた土地で日々を精一杯生きるしかなかった。
だから魔王はね、自分を助けてくれた魔族を助けるために魔王として、魔獣を人々へと駆り立てたんだよ。
「私はそれを全て知った上で魔王を切った。
彼を許すには人を殺しすぎたから。
でも涙は止まらなかった。
もしも、魔族を迫害することがなかったら。
もっと早く魔王と呼ばれた少年に寄り添うことができたなら。
だって魔獣をたくさん自在に操れるなんて最強じゃないか。
彼がいればきっと生活は豊かになったはずなのに。」
教室は静かだった。
僕も声が出なかった。
教科書に書いてあったのは
『魔王は、普通の青年だった。
魔王には生まれつき、不思議な力があった。
魔獣に襲われない力。魔獣を従える力。
それは従魔を従えるビーストテイマーとも、魔族の能力とも異なる。
どんな危険な魔獣も自在に操れる力だった。
従魔契約などなしに、魔獣を引き連れ、人智を超えた力を持つ者。
魔獣達の王、人々はそれを魔王と呼んだ』
そして迫害されたことしか書かれてなかった。
けど勇者アレンの口から語られた事はそんな簡単な一文では言い表せないほどただ一人の少年の悲劇だったんだから。
「だから私は各地を転々としながらもう二度と魔王のような少年を出さないために、魔族への迫害を少しでも減らせるように旅をしているんだよ。
君たちがこの話を聞いてどこまで心に留めてくれるかはわからない。
けれど、どうか、もう二度とこんな悲しい物語を作らないでほしい。
これまで聞いてくれてありがとう。」
勇者アレンは一礼をし、いつのまにか鳴っていた授業終了のチャイムと共に教室を出ていった。
僕も、他の生徒達も、ただ、その様子を黙って見ていることしかできなかった。




