30話
管理区域の森林エリア…の少し奥に進んだ大きな木の根元にグリズリーの巣穴があった。
ここまで迷わず一直線に歩いて来た。
他の魔獣達には目もくれず、グリズリーの痕跡を探すでもなく真っ直ぐにだ。
おそらく、以前と変わらずそこら中を飛び回っている目玉型監視ゴーレムを使ってあらかじめ先生が巣穴を見つけていたんだろう。
「全員配置につくように!!」
その言葉を受け、僕達は道中で説明されていたように巣穴を囲って配置についた。
先生の合図で巣穴に直接煙玉が投げられると、暫くしてからノソノソとゆっくりとした動きでグリズリーが巣穴から出てきたんだ。
すかさず生徒達皆と足並み揃えて初動の攻撃へと移る。
教えられた通りに剣を構えて、突き刺そうと踏み出したけど、できなかった。
できたのは多少の切り傷がついた程度。
血の一滴すら滲んでいない。
グリズリーの外皮が頑丈だとは聞いていたけれどまさかここまでとは思わなかった。
グリズリーの外皮は鎧の一部やブーツなどさまざまな用途に使われるらしいけど、その本当の意味がわかった気がする。
並大抵のことじゃ傷がつかない。
だから装備として重宝されるんだってことを。
グオオオオオオ…
「来るぞ!単身じゃ奴のパワーには敵わない!
盾を構え支え合って初撃を防げ!!」
爽やかな朝日ではなく、雪解けのような暖かい温度でもなく…
煙で起こされ、いきなり寝起きに攻撃までされたら誰だって怒る。
グリズリーだってそうだ。
先生の指示を聞き、咄嗟に反応できた五、六人の生徒達は盾を構えて何とか防ごうとしたけど、踏ん張りが効かずにそのまま吹っ飛ばされていった。
「次!攻撃!」
生徒達はさっきよりも力を込めて攻撃したと思う。
最初はやっぱり相手が魔獣とはいえ、初めての真剣で、生き物を斬ることに少なからず抵抗もあったはずだ。
けれど、力を込めて斬り付けたら今度は剣がグリズリーの腕や脚に食い込んで外れなくなってしまったみたいだ。
剣が刺さっていると言うのにグリズリーは気にした様子もなく、群がる生徒達を振り払おうと右に左に腕を振り回す。
直撃すれば死ぬ、散々そう言われていたから攻撃した生徒達は剣をそのまま残して後方に下がるしかなかったみたいだ。
僕はその様子を少し離れたところでエリオットと共に見ていた。
「あれやばくねぇか…どうすんだよこれ」
「剣を引き抜いて同じところを切りつけていけば腕を切り落とせるかもしれない。理論上は」
「はぁ!?コミックじゃねえんだぞ?
この状況でそんな芸当ができるのは[剣聖]とかお前の父さんくらいなんじゃねぇの!?」
「僕もそう思う。」
「じゃあどうすんだって!」
「うーん…外皮が硬いのは十分わかった。
僕らの力じゃどうにもならないよ。
多分普通に切りつけられるとしたら柔らかそうな目、口の中、腹くらい。」
「でも5メートルくらいあるぞ!?
俺らじゃ剣が届かねぇ!来るぞザック!」
「っ!?…ぐうぅ…重いいい…」
「ザック!」
「うわぁ!?」
一度の攻撃だけではない。
魔獣だって考えるし、動きが変わることもある。
初撃では右の腕で払うようにされた攻撃、それはエリオットと共に防げたけど、二撃目、左腕が今度は上から降ってきて、僕はあまりの衝撃に耐えられず吹っ飛ばされた。
「いてて…」
「大丈夫かザック!!」
「なんとか…」
一瞬、僕の目には盾から光の魔法陣が出てグリズリーの攻撃をいなしたように見えた。
木に打ちつけられた背中は馬鹿みたいに痛いけれど、命はある。
これが先生の言ってた母さんの防御魔法なんだろう。
もはや連携なんてあったもんじゃない。
数人が最初に弾き飛ばされた時点で防衛線はボロボロだ。
攻撃する手段もない。
強い。そして、怖い。
「………ねぇエリオット」
「なんだよ?」
「魔王軍との戦争の時ってさ、こんなのがうじゃうじゃいたのかな。」
スタンピードの時も、迷宮の中にもこんなに強い魔獣がうじゃうじゃと。
そんな中、勇者アレンは様々な強敵と戦って元凶の魔王を討ち取った。
そのすぐ近くで父さんと母さんは戦争時代を生き抜いた。
父さんは何度もこんな思いをしたんだろうか。
それとも騎士団では戦争が終わった今でもこうやって毎日のように戦ってるのかもしれない。
「…僕は、父さんみたいになりたい」
剣術技能大会でそう思ったんだ。
たくさん考えて強くなった父さんみたいになるって。
父さんならこんな時どうするんだろう。
魔獣の動きを観察する?
状況を見る?
必死に考えた。
考えたけど、わかるわけない。
理想論みたいな想像は出る。
でも、できるかどうかわからないし、かなり危険だし、勝機も薄いと思う。
それでもやる?
…いや、勝てないってわかってて[剣聖]に挑んだ父さんなら、きっとやる。
そう思った。
「…まずグリズリーを転ばせる」
「どうやって?あの巨体だぞ?
ロープとかで足を引っ掛けようとしたところで俺たちが持っていかれるだろ。」
「…それは…うん」
「何か考えがあるのか?」
「一応……
できる保証はないけど、この盾、さっき母さんの魔法でグリズリーの攻撃をいなしたんだよ。
逸らした、に近いのかもしれないけど。」
「あぁ、それで?」
「もし踏みつけ攻撃をされた時にそれが発動したらさ、こう…良い感じにつるんと行かないかな?」
「マジで言ってる?」
「やっぱ無理だと思う?」
「………いや、案外いけるかもな?
よっしゃ!めちゃくちゃな気もするけどなんかいけるかもしれないからザックを信じる!」
「はぁ!?」
「なんだよ、ザックが言ったんだろ?」
危険なのに、あっさりと僕を信じてやる気になってしまったエリオット。
悪戯をする時みたいにニヤリと笑って僕の前に立った。
僕はそれがとても心強かったし、これ以上の相棒なんて多分どこを探したっていないと思った。
「よし!本当に危なくなったら先輩達が助けてくれるでしょ!多分!」
「多分な!!」
僕より力のあるエリオットが盾で攻撃を受ける。
身のこなしが軽い僕が木の上に登って、剣をいい感じにグリズリーに突き刺す。
そんな無茶苦茶な作戦なのに何故かうまくいくようなそんな気がした。
「こっちだ!デカブツ!」
足元を少しだけ掘ってすぐに吹っ飛ばされないように取っ掛かりをつくる。
人間が石に躓くのは石が動かないから。
つまり、エリオットは道端の石ってこと。
ちょっと誘導するのに煩くしてるけど。
僕は僕で近くの木に登ったけど、もしこれで前向きに倒れられたら何もできないどころか動けないエリオットが危険になってしまう。
その際はすぐさま周囲にいる先輩達にどうにかしてもらうしかない。
逆に、うまいこと腹を上に倒れてくれたら確実性の高い、目、もしくは口元に着地をしてすぐさま剣を突き刺す。
あの辺りは脳と繋がってるはずだから生物ならほぼ間違いなく殺せるはず。
即死は難しいかもしれないけど…
つまり僕もそれなりに危険ってことだ。
『そして次に顎!
強靭な力のそれに一度噛みつかれてしまったらお前達のようなチビはそのままガリガリボリボリと骨を砕かれながら腹の中に取り込まれることになる
つまり、待っているのは、死だ』
なんて授業の言葉を思い出した。
今思い出したくなかった、怖すぎる。
僕、口元に着地するんだから噛まれないわけないよな?
絶対痛いと思うし…バリボリ食べられたらどうしよう…
いやいや、大丈夫、脳みそに穴開けるんだよ?
大丈夫……いや、やっぱり怖すぎ!!
全然笑えない!!!
「……ザック!くるぞ!」
呼びかけに咄嗟に木の下を見た。
エリオットは僕の無茶な作戦通り盾を構えてしっかり前向いているのに、異常な汗をかいて少しだけ震えてるのがこの位置からでもわかる。
僕も怖いけど、正面から対峙するエリオットの方がきっと怖い。
危険な役回りだ、もし僕が怖気付いたら一人取り残されるっていうのに、僕のことを迷いなく信じてくれてる。
その信頼に応えたい、怖いから逃げるなんて選択肢はなかった。
__________
結果的にグリズリーは僕とエリオットによって討伐された。
もちろん僕の立てた作戦が上手いことハマったおかげで。
それなのに…
「馬鹿者!!!!」
僕達は先生にものすごく怒られていた。
おかしい。グリズリーは倒したはずなのに。
確かに、エリオットは腕を複雑骨折したし、僕は足を食いちぎられそうになったけど、ちゃんと倒せたんだ。
あのあと、作戦通りグリズリーが倒れて、僕が顔の上に着地。
目は小さいし、動く中上手いこと刺せないと思ってたから迷うことなく口を狙って。
でも、グリズリーは喉の奥から脳に向かって剣が刺さっているというのに器用に僕の足に噛みついてきたんだ。
あまりにも痛すぎて意識飛ぶかと思ったけど、ここで剣を手放してしまった方が危険になるって思って、とにかく剣をぐりぐりぐりぐりしまくった。
早く脳みそぐちゃぐちゃになっちまえ!!ってとにかくヤケクソだったんだ。
「そもそも今回の授業の目的は実際の魔獣の脅威を知ることだ!!
そもそもワシは戦闘するとは伝えたが討伐しろなんて一言だって言ってない!!」
「「え!?」」
「当たり前だろう!一年生にグリズリー討伐などできるわけがない!!
お前達が勝手に勘違いをしただけだ!!
討伐する予定だったのは共に来ていた上級生達だったんだぞ!?」
「「えぇ…」」
確かに思えばグリズリーの怖さとか、吹っ飛ばされろとかは言われたけど、討伐とは言われてない気がする。
戦闘するとは言ってたけど。
でもこれ、僕達が勘違いしたんだとしても悪くはないと思う。
「まぁでも…一年生にしてはよくやった。
冬眠期とはいえグリズリーを倒して見せたんだからな。
ハイポーションのおかげで傷は塞がっているが、保健室には行くんだぞ。」
「「はーい」」
「そういえば…お前達が飲んだハイポーションが何でできているか、知ってるか?」
「「え」」
「材料はヒール草、黄色芋虫、豚蝙蝠の耳、それからグリズリーの内蔵だ。」
思わず口元を抑える僕達を見て先生はニヤリと笑った。
戦闘後、グリズリーがおとなしくなった途端、先輩や先生が文字通り飛んできて、焦った表情で持っていただろうポーションを僕の足やらエリオットの腕にバシャバシャかけたんだ。
口にも瓶ごと突っ込まれた。
怪我は面白いくらいに治ったけど、その中身を聞いて、僕はあの禍々しい液体をもう二度と飲みたくはないと思った。
「うえ…マジ最悪…まだ鼻の奥に草っぽい匂いがある気がする。」
「僕は口の中がネバネバしてる気がする。これ絶対芋虫だよ、気持ち悪い。」
「……でもさ俺達やってやったよな?」
「うん…グリズリーを倒したんだよ」
実感するより先に先生に怒られていたから今こうしてハイポーションの味に侵されながら今になって改めて実感が湧いてきた気がする。
エリオットもきっと同じだった。
僕達はどちらが言うわけでもなく拳を出してグータッチをしたんだ。
ちなみに、この時は浮かれてて知らなかった。
寮に帰ったらその前に母さんが鬼のように立って待ち構えていることを。
「ザック、エリオット」
「あ、母さん?どうしたの?
それより聞いてよ僕達…」
「そこに今すぐ正座なさい!!」
「え?地面?それより中に…」
「せ・い・ざ!!」
「「はい!!」」
「まったく、先生から聞いた時はどれだけ肝を冷やしたと思ってるの!?
魔獣学の先生はグリズリー討伐をすごいことだって褒めてもいたけど私は許しません!
今回はグリズリー単体討伐だったし、周りにも人がいたからよかった!
けど、もしいなかったら?他の魔獣が来たら?
怪我をした貴方達はあっという間に殺されて終わるのよ!?
大体貴方達は普段から…」
母さんの言うこともわかるけど、もっと褒めてくれたって良いじゃないか。
グリズリーを討伐したんだよ?
それなのにくどくどくどくどと追加のお説教をされ正直僕は少しだけ辟易としてしまったんだ。




