29話
「セドリックは…私のことをずっと好きでいてくれたのね」
「当たり前だよ」
「それなのに私…すっかり疑心暗鬼で…」
「母さんは何も悪くないよ」
「……ザックの言う通り、アイリスは何も悪くないよ。」
父さんと母さんの話を聞くのはこれが初めてじゃない。
友達になった時のこと、操縦レースで応援して欲しかったこと。
剣聖との模擬戦に、今回の聖女様のこと。
それで、僕は思ったんだ。
いや、薄々気づいていたのかもしれないけど、僕の父さんって実は意外とポンコツなのでは?ってことに。
僕の父さんはかっこいいし、この国の騎士団の二番隊隊長を務めるほどの実力者だ。
母さん至上主義で、僕にも優しい。
最高の父さん…のはずなんだけど…
でも、学生時代の話を知れば知るほど母さんのことになると何もカッコよくない。
嫉妬して、拗ねて、気を引こうとする。
僕だってそんなことしない。
でも、だからこそ、どうしたらここまで仲のいい夫婦になれたのかとても気になったんだ。
「結局二人はどうやって付き合えたの?」
「それは…」
「ザック、もうお話はおしまい。
また熱がぶり返したんじゃないの?」
「う…」
「マリアンヌ様のことは聞けたんだから満足でしょう?
早く休んで、今は体を休めなきゃ」
「…元気になったら聞かせてよ?」
「いい子にしてたらね」
父さんに続きを聞こうとしたら母さんに遮られてしまったけど、確かに先程興奮したせいか頭は熱くなっていた。
絶対早く元気になって、明日か、明後日か…とにかく冬休みの間に聞いてやると思っていたのに、父さんも母さんものらりくらりとかわすばかりで教えてくれなかった。
「母さん!どうやって父さんと…」
「ごめんなさいね、ザック。
私ちょっと今から学園に書類を取りに行かなきゃいけないからまた今度ね
一人でお留守番していられる?」
「当たり前だよ、僕もう十歳だよ?」
「変な人が来てもドアを開けちゃダメよ?
具合が悪くなったら家の備え付けの魔道通信機で母さんに知らせること、それから…」
「あー!もう!早く行きなってば!!」
「戸締りしっかりね!!」
そう言って足早に家を出て行ってしまった。
仕事なら仕方ないと思う。
きっと僕のせいで迷惑をかけちゃったし、その日は我慢したんだ。
「父さん!父さんは…」
「そういえばザック、クリスマスは何が欲しい?」
「ボードゲームがいい!
学園に持って行ってエリオットと遊べるやつ!」
「なら最近流行りの魔導チェスとかにしてみるかい?」
「うん!!」
ある時はのんびり食後のコーヒーを飲む父さんに聞こうとしたんだけど、クリスマスプレゼントの話をされてつい聞くのを忘れちゃったし…
「母さん!この前の約束は!?」
「そう言えばザック、お爺ちゃんが会いたがってたけど遊びに行く?」
「行く!!」
またある時はお爺ちゃんの家に遊びに行く話になってそれどころじゃなくなっちゃったんだ。
ちなみにお爺ちゃんの家のご馳走はピーマンが入ってないから最高に美味しかった。
「ねぇ二人とも…」
「いけない、洗濯物回したままだったわ」
「僕はそろそろ仕事に行かないと」
「わかってやってるでしょ二人とも!!」
「「何のこと?」」
結局、父さんと母さんが聖女様がいなくなった後にどうなったのか聞けないまま、冬休みが明けることになってしまった。
「ザック、行ってらっしゃい。
忘れ物はない?」
「ある」
「え?教科書?ノート?何を忘れたの?
今ならまだ間に合うから持ってくるけど…」
「父さんが告白したの?
それとも母さんからなの?
二人はどうやって今みたいになったの?」
「……あぁ、まだそれ言ってるのね…
言ったでしょ?両親の恋愛事情を知ったところでザックの教育に良くないって」
「あそこで切る方が絶対に教育に良くないよ。
僕、気になって眠れなかったもん!」
「嘘をつきなさい、毎日ぐっすりだったわよ」
「とにかく!次の休みには絶対教えてよ!
もうここまで知ったんだから隠したって今更なんだからね!!」
「考えておくわ…」
「だめ!約束して!」
「はいはい…」
次は絶対に流されない。
流されてなんかやるもんか。
お菓子で釣られそうになっても、おもちゃで釣られそうになっても遊園地に誘われたって絶対に、流されてなんかやらないんだ。
そう決意を新たにして僕は再び学園へ向かう馬車へと乗り込んだ。
__________
「よぉ!ザック!久しぶり!」
「久しぶりエリオット」
「もうすっかり元気そうだな?」
「流石に二週間もあれば治るよ。
心配してくれてありがとう。
荷物も助かったよ」
「そっか良かった。
で?なんか初日から機嫌悪そうだけど?」
「僕は今、父さんと母さんの恋愛事情が気になってしかたないんだよ」
「はぁ?」
エリオットから訝しげな視線をもらいながら冬休みに持ち帰った荷物の荷解きを始めた。
で、結局どうなったんだろう。
父さんは気持ち伝えるの?
母さんは諦めかけてたけど聖女様が居なくなってどうしたの?
あぁ、もどかしい。
コミックが中途半端なところで終わって来月に持ち越された時みたいだ。
「そういや、俺クリスマスプレゼントにボール買ってもらったんだよ後で遊ぼうぜ!
ザックは何もらった?」
「ボードゲームだよ、僕も持ってきたから一緒にやろう!」
「いいね!最高!」
荷解きはまだ終わってなかったし、父さんや母さんのことは気になってしかたなかったけれど、気づいたら持ち寄ったおもちゃでエリオットと二人で楽しく遊びながら冬休みの思い出話に花を咲かせていた。
エリオットは実家の領地の雪まつりに参加して変な雪像をお兄さんたちと作ったんだって。
楽しそうだから僕もいつか行ってみたい。
それから話題は自然と明日からの授業の話へ移っていった。
「明日から魔獣学と剣術の合同授業だろ?」
「休み前に言ってたね。
魔獣の特徴を踏まえた上で、実際に戦う実地授業だっけ。」
「冬休み前は何と戦うかわからなかったけどさ、スライムとかゴブリンじゃないらしいぞ」
「そうなの?」
「先輩が言ってた、グリズリーだって」
「はぁ!?」
グリズリーといえばクマ型の魔獣で、その体は現在確認されている一番大きいもので10メートル、小型のものでも3メートルはあるとされている凶暴な魔獣だった。
ウインドホースのように属性を使ったりすることはないけれど、体が大きく基本的な身体能力が高い。
冬のこの時期は熊らしく冬眠もあって多少動きが鈍くなるらしいけれどそれでも十分に強い相手だった。
「何人かの先輩達も同席して、フォローはしてくれるらしい。
でも基本的には俺らだけで戦うんだと。」
「僕、家に帰ろうかな」
「諦めろ。俺は諦めた。」
そんな会話をして翌日、まずはしっかり魔獣の知識を得ること、ということで始まった魔獣学。
僕も知ってる大きさや毛皮の硬さなどの特徴から始まり、熊らしく冬眠をすることや、春は子育てのために特にメスの気性が荒くなるといった詳細な生体について。
そしていよいよ討伐の仕方という話へと切り替わっていった。
「まず、基本近づいてはいけない。
グリズリーの爪は鋭く、顎も強固だ。
グリズリーの爪は鎧なんて簡単に貫通するぞ。
あの剛腕を頭の上から落とされた日には人間の頭皮や頭蓋骨などプリンのようにサクッと簡単に穴を開けられてしまうだろう。
お前達のまだ若くて新鮮な脳みそを剥き出しにされずるずると啜られることになるぞ?
そして次に顎!
強靭な力のそれに一度噛みつかれてしまったらお前達のようなチビはそのままガリガリボリボリと骨を砕かれながら腹の中に取り込まれることになる
つまり、待っているのは、死だ。」
いや、説明がすごく物騒なんだけど 。
生徒達は先生の話を静かに聞いていたけど、誰一人としてふざけることはなかった。
いつもなら少なからずコソコソと隣の席のやつと喋ってる時もあるのに。
それはそうか、皆、命は惜しいに決まってる。
「ならばどう戦うのが正解か。
魔法使いの場合なら遠距離攻撃で燃やすのが最適だ。
この時期は特に冬眠に備え脂肪を蓄えてるからよく燃えるし暖を取るのにちょうど良いだろう。
冬場でないなら雷が効果的だ。
しかし、それ以外であれば落とし穴などの罠を設置し、ハマったところで槍などで串刺しにするんだ。
かなり深い穴が必要になるのがネックだがこれが一番確実な方法と言えるだろう。」
倒すためには仕方ない。
下手に甘いことをすれば手負の獣ほど危ないものがないのは知っている。
確実に仕留めるためとはいえ、先生の説明を聞いてると所々悪意がある気もするし、グリズリーに何か恨みでもあるのかもしれない。
「以上のように、本来であれば十分に距離を取った上で討伐するのが正解だが、今回お前達の立ち回りは違う。
この盾を構えて実際のグリズリーのパワーを直に体で感じてもらう。
それから剣も木剣ではなく、真剣を使う。
毛皮の硬さ、実際に肉を断つ感触。
それらを体験するためだ。」
「で、でも先生、鎧すら貫通する爪なのにその盾で防げるんですか?」
「いい質問だ。
本来、グリズリーの攻撃は直撃を受ければ防御するのは玄人でも難しい攻撃だ。
しかしこの盾には魔法科のアイリス・グレイシー先生による特別な防御魔法が付与されている。
彼女の防御魔法は並大抵のことで破られることはないから安心して弾き飛ばされるといい。」
「鎧には付いてないんですか?
同じように防御魔法とか…」
「甘えるな!!」
「ひいっ!?」
「そもそも本作戦において鎧の装着を許可するつもりはない!!
グリズリーの攻撃は決して素早いわけではない!動作も大ぶりで軌道も読みやすい!!
むしろ軽装の方が攻撃を避けやすいだろう。
集団で固まり、盾で攻撃を防ぐ!そして剣で攻撃する!
今回はその方法でグリズリーとの戦闘を行う!」
母さんの名前が思わぬところで出てきて驚いていたのはきっと僕だけだろう。
皆グリズリーとの戦闘を前にそれどころじゃなさそうだったし。
これで時間が空くなら多少気持ちを整理する時間があったかもしれない。
けれどこの後すぐに全員で地下に移動し、そのまま操縦レースの会場でもあった魔獣管理区域へと向かうみたいだった。
「盾だけは手放すな!
手放せば死!あるのみだ!!
死んでも手放すな!!」
「「「はい!!!」」」
盾を手放したら死ぬ。
手放さなくても死ぬかもしれない。
万が一死んだとして、死んだ後に盾を持っててももうすでに死んでるんだから意味ないんじゃ?なんて空気の読めないことは言わない。思ったけど。
僕たちが来ているのは普通に騎士科の訓練用の軽装。
本当に鎧の装着は許されなかった。
そして支給されたのは軽量の盾と腰に差した真剣のみ。
装備が軽過ぎて何人かの生徒が不安に耐えられず体調不良を訴えたほどだった。
以前ウインドホースと仲良くなるために管理区域に来た時とは違い辺りはすっかり雪に覆われ、足元は想像よりずっと悪い。
滑るし、踏み固められていない雪は意外な深さを持っていて足を取られる。
こんな状態で本当にグリズリーを討伐できるのだろうか、不安を抱えたまま僕達はグリズリーの生息地帯である森を目指して列になって歩き出した。




