28話 セドリックside
聖女マリアンヌ様はとても綺麗な人だった。
勿論、僕にとってはアイリスが一番だったけれど、周囲はそうじゃない。
いや、そうだったら本当に困るんだけど…
学園に[剣聖]と[聖女]が召集され、二人は一気に注目の的になった。
それは当然と言えば当然だ。
でも、化け物じみた実力で恐れられる[剣聖]とは違い、[聖女]は慈愛に満ちた者、天使のようだなんて噂があったから彼女の周りには沢山の人がいた。
特に男子生徒がね。
ただ憧れているだけならいいけど、中には生活圏内にこっそり足を踏み入れたり、必要以上に関係を迫ったりするやっかいな奴もいた。
マリアンヌ様の立場上それらをきっぱり断ることも難しかった。
[聖女]という称号を背負い、教会の顔という役割もあったからね。
けれど、移動のたびに付き纏われ、食べたくもない差し入れを渡され、熱烈なラブレターが毎日のように届くんだからたまったものじゃない。
そこでマリアンヌ様の目に止まったのが僕だ。
僕は自分で言うのもなんだけど、成績優秀で人気者。
[聖女]に興味なくてアイリスに夢中。
マリアンヌ様にとって僕は最高の男避けに見えたんだろう。
それである日取引を持ちかけられたんだ。
「私は聖女としての責務をしっかり務め上げたいだけなんです。
それなのに男子生徒はあれだし、そのせいで女子生徒はまるで私を悪女みたいに遠巻きに見てくる。
仰りたいことがあるなら言えばいいのに…
これでは仕事にならないのです。
そんな時、セドリック・グレイシー、貴方を見つけました。
私の騎士になって恋人のふりをしてくれませんか?」
「はぁ?」
最初は思っていた[聖女]像とのあまりの違いに絶句した。
穏やかな表情だし、言葉も柔らかいのに自分を慕う男子生徒をあれ呼ばわりするんだよ?
その上恋人のフリをしろだなんて僕に提案してくるんだから驚かないわけがない。
「貴方、剣聖ギルバートに嫉妬しているのでしょう?
アイリス・ウィンドンかわいいですものね?」
「っ……」
「私にはわかります。聖女だから。
貴方がどれだけぐるぐる考えてるのかも。
お辛いですよね?焦ってますよね?
もし、私との仲をアイリスに見せることができたら貴方の感じてるそのモヤモヤをアイリスも感じてくれるかもしれません。
アイリスに、意識、して欲しいでしょう?」
まるで全てを見透かされてるみたいだった。
それでバカな僕はつい、甘い誘いに乗ってしまったんだ。
[聖女]が言うならそうかもしれないって。
お互い都合が良かったのもある。
僕が隣に立つことでマリアンヌ様に付きまとう生徒は激減した。
騎士として配置する、ということ以外僕らは公言していないけれど、それらしくエスコートをしていたら噂は勝手に広がっていった。
そして、ここでまず一つ目の誤算。
アイリスがその噂を簡単に信じてしまったことだ。
「セドリック、マリアンヌ様と付き合ってるって…」
「……あぁ…」
「とてもお似合いだと思う。
…おめでとう!」
気持ちを確かめ合ったわけではなかった。
でも、なんとなく僕達って良い雰囲気だよなってずっと思っていた。
だから僕としては付き合ってるのかって嫉妬しながら問い詰めて欲しかったんだけど、予想に反してアイリスには祝福されてしまった。
マリアンヌ様との約束があるから、僕が声を大にして引き止めることも、付き合っていることが周囲を欺くための芝居であることをアイリスに伝えることもできない。
情報が漏れてしまったらまたマリアンヌ様に付きまとう輩が現れるだけだったからね。
「…マリアンヌ様、君の作戦通りなら今頃アイリスは嫉妬してくれたわけだけど?」
「おかしいですね?
私の読んでる小説では「酷いわセドリック!私の気持ちなんてとっくにわかってくれていると思ってたのに!」「待ってくれアイリス!これには訳があるんだ!」ってなるはずだったのですが。」
「小説?[聖女]の力じゃなくて?
それって確かなの?」
「仕方ありませんね、では次の作戦です、」
それからもマリアンヌ様の立てる作戦を参考にしながら色々とやってみた。
「そうです、その角度。
この角度なら廊下を歩くアイリスからは私達が抱き合っているように見えるはずです。」
「いや、流石にこれは…」
「嫉妬して欲しくないのですか?」
「…っ…わかった…」
そう言われてしまっては後に引けなくて、廊下で抱き合ってるフリをしてみたり、階段をあからさまにエスコートして降りてみたり…色々ね…
けれど、アイリスは離れて行くばかりだった。
「セドリック、アイリスは鈍感なのでしょうか?
これだけあからさまなのに、顔色ひとつ変えていないように見えます。」
「………」
「それとも貴方が好かれていないんでしょうか?」
「僕もそう思い始めてたところだよ…」
「彼女にはもっと直接アピールが必要かもしれませんね。
貴方には普段から助けてもらっていますし、ここは私が悪役を引き受けてあげましょう。」
「本当にうまく行くの?それ」
「私に任せてください。私は聖女ですから」
マリアンヌ様の自信満々な態度。
[聖女]という称号。
不安は少なからずあったけど、そんなの、信じるしかないだろう?
マリアンヌ様は僕に廊下の端で待つように言ってから図書室にいたアイリスに一人で話しかけに行った。
「貴女が、アイリスさん?」
「は…はい…」
「セドリックから友人って聞いています。
彼ってすごく素敵ですね。」
「……っ自慢の、友達ですから…」
「えぇ!セドリックはしっかり私のことを守ってくださいます。
段差を降りる時は手を貸してくれるし、困っていたらすぐに助けてくれます。
彼を護衛騎士に指名してよかったです。
セドリックの友人ならアイリスさんも信頼できるし、私とも是非仲良くしてくださると嬉しいのですが?」
「……はい、そうですね。」
マリアンヌ様としては小説で読んだという悪女の立ち振る舞いとやらでアイリスの嫉妬心に火をつけようとしたみたいなんだけど見事に空振り。
私はセドリックの彼女で[聖女]なの。
貴女みたいな子犬ちゃんに何ができるの?
さぁ!噛みついてきなさい!
みたいな気持ちだったらしいんだけど…
これが驚くほど逆効果で、アイリスからはさらに避けられる結果になった。
これが多分二つ目の誤算だ。
路線を戻そうとたくさん話しかけに行った。
時にはマリアンヌ様と一緒に他人の距離で立つ二人の距離感を見せようともした。
でも、それが余計に悪循環。
アイリスはいつも申し訳なさそうに僕を見るばかりだった。
もう、この時点で薄々気づいてはいた。
僕はまた間違えてアイリスを傷つけたってことに。
でもまだ謝れなかった。
どうしてそんな顔をするんだろう。
本当の気持ちを聞かせて欲しい。
もし、僕を少しでも思ってくれているなら僕は全部話せる、謝れるのに、って。
この時点で素直に僕が謝って本当に好きなのはアイリスなんだって伝えれば良かったんだろうけど、僕は怖がりだった。
アイリスとの関係が壊れてしまうのが。
だから気持ちを確かめようとしていたんだ。
「ねぇ、アイリス。」
「何?」
「僕は君に何かした?
どうして避けるの?」
「避けてなんかないわ。
そう思わせてしまったらごめんなさい
最近少し忙しいの
今日もこの後先生の呼び出しがあるから
じゃあまたね、セドリック」
けど、アイリスが答えてくれることはなかった。
それからマリアンヌ様は予定通り勇者アレンと剣聖ギルバートと共に迷宮へと向かった。
二人で話せるチャンスだと思ったのに、アイリスの周りにはいつもコボルトみたいに威嚇するアンナがいたし、呆れたようにこちらを見るキースもいた。
話しかけることもままならない。
話しかけたところで逃げられる。
頭を抱えていたよ。ずっと。
それで、迷宮攻略をした三人が戻ってきて、学園にいた頃と同じように男避けとしてマリアンヌ様の側に控えようとしたんだ。
そしたら言われたんだ。
「私、いつのまにかセドリックのことを好きになってたみたいです」って。
「迷宮で何度も危険な目に遭いながらいつだってセドリックのことを考えていました。
貴方と過ごした数ヶ月、秘密の作戦を決行したこと、私を聖女という肩書きでなく、普通の友人のように接してくれたこと…
ずっと教会で過ごしていた私には全部知らなかったことです。
貴方が全部教えてくれました。
だから生きて戻ってこられました。
でも、だからこそ、こうして貴方を引き止めてしまうのは誠実じゃないとも思うのです。
セドリックの隣にいたからわかります。
私もやっとわかりました。
セドリックはアイリスのことが好きで、私にはその気持ちが向くことがないってことも。
…回りくどいことしたってなんの意味もない。
ちゃんと思いは伝えないといけないんです。」
そう言ったマリアンヌ様はとても綺麗だった。
少し変わってるけど、[聖女]としての責務を全うし、男の僕から見ても強い人だと思ったんだ。
僕はその言葉に何も言えず、ただ、取引の終了を受け入れたよ。
それから間もなく、マリアンヌ様は教会へ戻ることとなった。
僕はマリアンヌ様の言葉に背中を押され、自分からちゃんと思いを伝えようと思ったんだ。
「…マリアンヌ様が……そう…私、誤解してたわ」
「彼女は決して悪い人じゃなかったよ。
ある意味彼女も被害者だった。
幼い頃に天から与えられた称号で普通の生き方を知らないだけで。
僕達の作戦は大失敗だったし、そのせいでアイリスを傷つけたのもわかる。
でも僕にとってマリアンヌ様と過ごした時間は決して悪いものなんかじゃなかった。」
「いや、父さん良いように言ってるけど、そもそもそれって、聖女様と仮とはいえ付き合わなくても良かったんじゃないの?
結果的に二人を傷つけただけじゃん」
「…………。」
「それで?もちろんその後ちゃんと母さんに告白したんだよね?」
「いや、直前まで聖女と仮とはいえ付き合ってた僕が何か言ったところで説得力なんてないだろ?
だから…」
「そういうところだと思う、父さん。」
息子からの容赦ない一言に僕はその後何も言い返すことができなかった。




