26話 アイリスside
「ちょ、ちょっと待って母さん。
それって何かの間違いじゃないの?」
「いいえ、本当のことよ。」
「だって父さんと母さんこの頃からお互いにちゃんと好きだったはずだよね?」
「その…筈なんだけどね?
詳しいことはセドリックに聞いてみないとわからないけど、当時二人が付き合ってたことは事実なのよ。」
私たちが六年生になった頃、魔王軍の活動がどんどん活発になり始めていた。
以前アグネスで起きた人々を眠らせるだとか、作物が黒色化したとか、そんなじわじわしたものじゃなくてもっと直接的なものよ。
地方になってくると騎士団でも抑えきれなくなって小さな村がスタンピードに呑み込まれてしまったなんて話も聞いていたわ。
だからザックが授業で聞いたように、勇者アレンは本格的な魔王軍との争いに備え、魔王を討ち倒すための武器を迷宮へ取りに行くことにしたみたい。
それで本来なら教会で人々を癒している[聖女]と、騎士団と共に各地を飛び回っていた[剣聖]が学園に招集されたのよ。
勇者アレンは学園を拠点としていたから。
聖女マリアンヌ様はとても綺麗な人だった。
腰まで真っ直ぐ伸びた黒い髪に日焼けを知らない白い肌。
人々を癒すその笑顔はまるで天使のようだと比喩されているくらい素敵な人だった。
剣聖ギルバートはザックも剣術技能大会で見たと思うけど、どこか影があって歴戦の戦士!って感じの人だったわ。
学園は二人の登場にすごく浮き足立っていた。
特にマリアンヌ様の方は、連日男子生徒達に取り囲まれていた。
だって深窓の令嬢よ?
もちろん教会に行けば癒しの魔法を使ってくれるけれど、よほどの重症患者か、貴族でもなければ[聖女]が直々に治療なんてしない。
普通は会うことすら叶わないのだから。
「マリアンヌ様!お疲れじゃないですか?
よかったら膝掛けをお掛けください!」
「マリアンヌ様小腹は空いてませんか?
チョコレートなんですがいかがでしょう?」
最初は男子生徒達も仲良く譲り合う…というのも変な話だけど、それなりに折り合いをつけながら、甲斐甲斐しくマリアンヌ様のお世話をしていたわ。
でも、そのうちマリアンヌ様の取り合いが始まってしまったの。
「俺は貴族だぞ!」
「僕の差し上げた高級チョコレートは喜んでくれたけど、そんな安物のクッキーで喜んでくれるわけないじゃないか」
「うるせぇよ!成り上がり商人の分際で!」
毎日のように喧嘩をして、突き飛ばして相手を怪我させたとか、実家にクレームが入って学園に問い合わせが来たとか、殺人未遂なんて笑い事じゃない話になるケースもあった。
それに困ったマリアンヌ様の提案で学園にいる間は護衛騎士として生徒の一人を指名することになったのよ。
そして、指名したのがセドリックだった。
セドリックは成績優秀だったし、人望もあったからマリアンヌ様に近づく男子生徒は目に見えて減ったわ。
減ったからと言って護衛をやめる、ということはなく長い期間二人は一緒に過ごしていた。
それで恋が芽生えてしまったのか、二人がだんだんと…その…いい雰囲気になっていって…
「付き合ってるって思ったの?」
「そう。そんな噂が流れて、セドリックも決してその噂を否定しなかったどころか、マリアンヌ様の肩を堂々と抱いて歩いていたのよ。」
ショック、だった。
マリアンヌはとても綺麗で、素敵なセドリックの隣に並んでも釣り合っていたから。
とても勝てないと思ってしまったのよ。
マリアンヌ様のファンの男子生徒達も、そしてセドリックのファンの女子生徒達も、同じだったと思う。
あの二人なら仕方ないか…って。
「セドリック、マリアンヌ様と付き合ってるって…」
「……あぁ…」
「とてもお似合いだと思う。
…おめでとう!」
もちろん、私は告白してないし、セドリックも告白をしてくれたわけじゃない。
けど、セドリックが優しかったから、もしかして?って期待も少なからずあったのよ。
それなのに、どうして?
裏切られたような気持ちになったし、付き合ってるなんて嘘でしょ?って問い詰めたかった。
でも、お互いの気持ちを知らないままの私とセドリックの関係は友達でしかないのよ。
そんなことを言う権利なんて私にはなかった。
だから精一杯の虚勢を張って、私はセドリックの幸せを祝福したわ。
…凄く苦しくて、辛くて、セドリックの前から逃げ出してしまいたいって思いながらね。
「貴女が、アイリスさん?」
「は…はい…」
「セドリックから友人って聞いています。
彼ってすごく素敵ですね。」
「……っ自慢の、友達ですから…」
「えぇ!セドリックはしっかり私のことを守ってくださいます。
段差を降りる時は手を貸してくれるし、困っていたらすぐに助けてくれます。
彼を護衛騎士に指名してよかったです。
セドリックの友人ならアイリスさんも信頼できるし、私とも是非仲良くしてくださると嬉しいのですが?」
「……はい、そうですね。」
マリアンヌ様には私の気持ちなんてバレバレだったんでしょうね。
だからこそ、そんなあからさまな牽制のような言葉をぶつけられたんだと思う。
悔しかったけど、私みたいな一般の魔法科学生が何かを言ったところで、[聖女]には勝てないし、これで喧嘩なんてしたら護衛に任命されているセドリックを困らせてしまう。
だから黙って言葉を受け止めるしかなかった。
本音を言えば仲良くもしたくないし、セドリックの名前がマリアンヌ様の口から出るたびに耳を塞いでしまいたかったけどね。
「アイツは!本当に!!」
「仕方ないよ、相手はあの[聖女]なんだし」
「アイリスはそれでいいわけ!?
セドリックも最低だけど[聖女]も[聖女]よ!
聖女ってどんな人を指す言葉か知ってる!?
行いが清く、慈愛や徳に満ちあふれた高潔な女性を称える言葉よ!!
あれのどこが!?アイリスに嫌味ばかり言ってくる上に、沢山の男を侍らせて、あんなのただのアバズレよ!
慈愛の精神とやらはどこへ行ったのよ!!」
「不敬罪で捕まるよ?アンナ」
「事実よ!もう!セドリックが[聖女]と付き合うならアイリスは[剣聖]と付き合ったらどう!?」
私が怒れない代わりにアンナがたくさん怒ってくれていたから私は私でいられたんだと思う。
[剣聖]と付き合うってやつは意味わからなかったけど。
もしかしたら、アンナは私が彼のファンだと思っていたのかもしれない。
私はただ[剣聖]ギルバートが大嫌いな虫共を微塵切りにするのが気持ちよくて、遠目に見て勝手にスカッとしてただけなんだけどね。
とにかく、私はマリアンヌ様とセドリック、なるべく二人を見ないようにして過ごしていた。
見るたびに辛くなったから。
でもずっとあからさまに避け続けるのも限界があった。
私が視線を逸らすたびにセドリックが悲しそうな顔をするのを知っていたから。
それで思ったのよね。
理由もわからないまま、冷たくされると、何かしてしまったのかな?嫌われたのかな?ってずっと考えて苦しくなる。
それをね、私は痛いほどに知ってた。
セドリックは私のことを仲のいい友達だと思ってくれているかもしれないのに、何も言わずに私が避けたら同じ思いをさせてしまう。
それは少し、嫌だなって思ったの。
でも、図書館で会うたびに話しかけられるのよ?
なんてことない会話だけど…
元気?とか調子どう?とか課題の話とかね。
それはセドリック一人の時もあったし、マリアンヌ様が一緒の時もあったけど、その度に心が痛かった。
諦められたらよかった。
でも、それができるなら最初からやってた。
こんなにも好きなのに、この思いを無かったことにして普通の友達として隣でマリアンヌ様と仲良くするセドリックを見守らなきゃいけないの?
私はそんなに強くない。
でも、好きな人に冷たい態度もとりたくない。
今思えば凄くめんどくさい女の子よね、私…
「やぁ、アイリス、課題?」
「…えぇ、呪文学のね」
「へぇ、魔法って難しい?」
「最初はコツを掴むまで苦労するけど、使えたら便利だし楽しいわよ」
「そうなんだ」
「今日、聖女様は?護衛はどうしたの?」
「…あぁ…マリアンヌは教会に一時的に戻ってるんだよ。だからこうして図書室に…」
「私この後アンナと予定があるからもう行くわ」
「え?」
「またね、セドリック」
急に態度を変えるのは難しくて、必死に取り繕って、最低限の会話はする。
それがその時にできた私の精一杯だった。
でも、セドリックは鋭いからすぐにバレてしまってね、ある日聞かれたのよ。
「ねぇ、アイリス。」
「何?」
「僕は君に何かした?
どうして避けるの?」
「避けてなんかないわ。
そう思わせてしまったらごめんなさい
最近少し忙しいの
今日もこの後先生の呼び出しがあるから
じゃあまたね、セドリック」
避けないようにしていたつもりだった。
セドリックを傷つけたくなかったから。
でも、取り繕う度に私はずっと辛かった。
いっそ、この気持ちを打ち明けてしまおうか。
そうすればもう私に中途半端に優しくするのもやめてくれるのかな。
なんて考えもしたけれど、私はあと一歩、踏み出せなかった。
セドリックと友人としての繋がりすらも断ち切る勇気がなかったの。
「それからしばらくして勇者アレン、聖女マリアンヌ、剣聖ギルバートは迷宮へと旅立った。
それで私はホッとしてしまったの。
セドリックの幸せを願うべきだったのに、恋人と離れ離れになった彼を見て喜んでしまった。
マリアンヌ様を意識しないで二人の時間が過ごせるかもしれないってね。
でも、無理だった。
二人きりになったらつい口が滑ってこの思いを伝えてしまう気がして怖かったから。」
季節は巡り、冬になる頃には三人は無事に迷宮から聖剣を持ち帰り、さらに道中では魔王軍幹部を倒してみせたというじゃない?
私がもし[聖女]ならそんなこときっとできない。
迷宮に行くのは怖いし、魔王軍幹部と相対するのだって。
マリアンヌ様はとても綺麗だし優しいけれどそれ以上に魔に立ち向かう勇気も持ってた。
セドリックに言葉一つ告げる勇気のない私よりずっと素敵な女性だって知ってしまった。
そんなの勝てるわけないよね…って。
私はやっと諦められる気がした。
「そう思ったのに、決意できた途端、セドリックったらマリアンヌ様と別れちゃったのよ。
マリアンヌ様は教会に戻っていってしまったし、それが原因か、それとも違う理由があったのかはわからないけどね」
「……父さん帰ってくるの何時?」
「さぁ、いつも定時だからもうすぐじゃないかしら?」
「僕もアンナおばさんと一緒の気持ち。」
「え?」
「父さんがどんなつもりで母さんに酷いことしたのか問い詰めてやる。」
「ザック!?」
「心配しないでね母さん!
僕が父さんを丸裸にしてやるからね!!」
変にやる気になってしまったザックを見て、私はまだ帰ってきていないセドリックに心の中で静かに謝った。




