24話
季節は巡り、ある朝、あまりの寒さに目を覚まして外を見ると、辺りは一面雪で真っ白になってた。
「わぁ!エリオット!起きろ!!」
「…んぁ?…うるせぇな…今何時……」
「外!雪降ってるよ!真っ白だ!!」
「なんだって!?」
飛び起きたエリオットとすぐさま身支度を整えて学園の中庭に向かう。
まだ誰も学生が通ってないから足跡ひとつない、ふわふわの雪だった。
早速適当に丸めるとエリオットに向かって投げつける。
「まだスタートって言ってねぇだろうが!」
「奇襲って言葉をご存知ない!?」
「知っとるわ!!」
手は真っ赤だし、服も雪だらけ。
それなのに背中だけは汗をかくほど雪合戦に夢中になって気付けば朝一番の学園のチャイムが鳴り響いていた。
「っくしゅ…」
「ザックお前本当に馬鹿だな。
普通こんな朝から雪合戦するかよ…ずび…」
「そう言うエリオットだって遊んでたでしょ?
私から言わせてもらったら二人とももれなくお馬鹿さんだわ。」
雪合戦の格好のまま朝食の席に移動し、二人揃って寒さに震えながら温かいスープを飲んでたら、どこから見ていたのか、ブリジットが呆れたように声をかけてきた。
そして僕らの様子を見るやいなや大きなため息をついて、飴玉をいくつか渡してくれたんだ。
「なにこれ?」
「生姜のど飴よ、あげる。
風邪、引かないようにね」
「ありがとう」
早速もらった飴を口の中でコロコロ転がすと蜂蜜の甘さと生姜の辛さが相まって、なんとなく喉にいい気がした。
味は決しておいしくはなかったけど。
なんだろう、お婆ちゃんを思い出させる味がした気がする。
雪が降ろうが、その日も授業は普通にあった。
魔獣学、マナー学、そして剣術。
よりにもよって何で剣術も入ってるんだろう。
朝の時点で少し嫌な予感はしていた。
雪合戦で調子に乗りすぎたかなって。
ずっと寒いし、鼻水も出るし、喉はイガイガするし、頭も痛かった。
寒いのは冬だから当たり前。
鼻水は校舎と外の寒暖差のせい。
喉は生姜が効きすぎてて、頭が痛いのは耳が冷たいからだ。
そんなふうに言い訳していたけど、時間が経つにつれて僕の体調は悪化する一方だった。
「おい、大丈夫かよ?」
「無理かも…絶対熱ある。これ。」
「休めば?」
「絶対嫌だ…でも、ノートは任せた。」
「はいはい」
「…どうしてエリオットは平気なわけ?」
「俺、風邪引いたことねぇから」
「……バカってこと?」
「頑丈と言え。」
他の授業なら間違いなく保健室で休んでいただろうけど、今日の最後の授業は待ちに待った、数ヶ月ぶりの勇者アレンによる講義。
この貴重な機会を逃すわけにもいかず、根性だけで僕は歴史学の教室まで向かった。
いつもなら一番前の良い席を取るけど、今日は他の生徒に体調不良を伝えて一番後ろの席を譲ってもらった。
座ってたら僕の意思に関係なく、後ろに重心が傾いてくるから机に突っ伏すしかない。
じゃないと、世界が回るんだ。
突っ伏してても回ってる気がするけど。
ガラリと教室のドアの音がして誰かの足音が聞こえる。
「今日は迷宮について話をしようと思う。」
聞こえた勇者アレンの声。
そして、なんて面白そうな議題なんだ。
そもそも迷宮とはこの世界に複数確認されている誰がどんな目的で作ったのか、いつからあるのか全てにおいて謎に包まれた空間だと言われている場所。
多くの魔獣が生息していて、最奥には金銀財宝の宝物があると言う噂だ。
昔は一攫千金を夢に見る開拓者が多かったらしいけれど、迷宮内はとても入り組んでいて、階層によってはマグマや氷山があったり、毒沼があったりととても人が生活するのには適してないという。
それでも過去、多くの無謀な開拓者が中に入り、そして死んでいった。
今では国が迷宮入り口を厳重に管理していて、定期的に騎士団が見回りに行って魔獣が迷宮の外に溢れないようにすること以外、入り口が開かれることもない。
そのため一般人は入ることは愚か見ることも叶わないって話だ。
…いつか、この目で直接見てみたい。
今、僕の視界は真っ赤でチカチカしてるけど。
「はぁ…げほっ……ゼェ…はぁ…」
「おいザック?お前、マジで大丈夫か?」
「へいき…」
身体が燃えてるみたいに暑かった。
なのに指先だけが異常に冷たくて、息を吐くと肺が変な音を立てる。
一番後ろの席にしていてよかった。
こんな姿を勇者アレンに見られてしまったら間違いなく保健室に行くように言われてただろう。
それよりも僕は迷宮の話の続きが聞きたかった。
「どうして迷宮に聖剣があるとわかったのか?
と、聞かれると少し困ってしまうけれど、私には不思議とわかるんだ。
迷宮のどこに何があるのかがね。
剣聖ギルバートと聖女マリアンヌを連れ、私は迷宮へと潜った。」
勇者アレンは面白おかしく迷宮の様子を事細かに語った。
一階層目はゴブリンやスライム、コボルトがいて、まるで遺跡のような空間が広がっているんだ。
「壁は石レンガ。
外界からの光は入ってこないはずなのに、不思議と明るい。
燃料や薪が尽きることもなく、不思議と松明は燃え続けているんだ。」
二階層は森。
グリズリーや虫系の魔獣がいて、花系の魔獣はいい匂いがするらしい。
「この階層は毒や麻痺を使う魔獣が多くて私も何度も食らったよ。
その度にマリアンヌが聖女の祈りで癒してくれたんだけどね」
三階層は岩場で、四階層は湿地帯。
五階は砂漠で、六階は毒沼。
七階はマグマ地帯、八階は氷山。
九階はロボットやゴーレムまみれ。
「全部覚えている。
イメージはあったけど、それよりずっと過酷な環境だったし、そこに生息する魔獣達はどれも強敵ばかりだ。
私達は何度も倒れそうになりながらやっとの思いで最下層である十階にたどり着いた。
そこではドラゴンが聖剣を守っていたんだ。」
戦った末に手に入れた聖剣は研がなくても切れ味が落ちることはなく、いつだって聖なる光を放っていたという。
どんな技術で作られたのかはわからない。
ドワーフに聞いたところで再現は不可能だったらしい。
今は国庫に厳重に保管されているらしく、歴史的な遺物として丁重に扱われているそうだ。
「そんな聖剣を手に入れた迷宮からの帰り道、魔王軍幹部のガルマーニが現れたんだ。
私が聖剣を持つことで、魔王を打ち倒す力をつけることを恐れたんだろうね。
ガルマーニはオーガのような見た目をした魔族だった。
魔獣を操る力はなかったけれど、武術の達人で剣聖ギルバートと互角の実力。
いや、パワーだけならガルマーニの方が強かったかもしれない。
ガルマーニが本気を出したら多くの人が命を落とすことになるだろうと思った。」
その辺りから少しずつ記憶が曖昧だ。
勇者アレンは迷宮の様子を臨場感たっぷりに細かく話してくれたし、ガルマーニとの戦闘は手に汗握る展開だった………と思う。
熱で曖昧だけど…
実際僕の隣で講義をしっかり聞いてるエリオットは時折僕を心配そうに見ながらも、講義を聞く横顔はまだ見ぬ冒険に胸を高鳴らせているみたいだった。
僕も元気ならしっかり聞けたのに。
熱が上がりすぎたせいで気持ち悪くなってきた。
けれど吐くわけにはいかない。
根性で堪えているうちに、僕の視界は暗くなっていた。
そして気がついた時には保健室のベッドに寝かされていたんだ。
「…気がついたのねザック。」
「母さん…?どうしてここに…」
「流行り風邪ですって。
全く…どうせエリオットと雪遊びをして風邪を引いたんでしょう。」
「う…」
「周りの子にうつすといけないから寮の部屋に戻らず、このまま私と家に帰るわよ。
どうせ三日後には冬休みだしね」
「えぇ…」
「自業自得でしょ。エリオットに適当に荷物を纏めてきてもらったから早く帰るわよ。」
布団から出ると一気に寒くなったように感じて体が震えて歯がぶつかってガチガチと音を立てた。
まだ熱でぐわんぐわんする視界。
起き上がってノロノロとベッドから降りたけど、そのまままっすぐ歩けず蹌踉めく僕を母さんは困ったように見てから背中を向けた。
「ほら、乗りなさい」
「やだ…おんぶなんて恥ずかしい」
「我儘言わないの。
その調子じゃいつまでも帰れないでしょ?」
ほとんど無理やり僕を背負うと、母さんは車のある駐車場を目指してゆっくりと歩き出した。
なるべく揺らさないようにしてくれているのはわかったけど、それでも揺れるから乗り物酔いみたいに気持ち悪くて思わず目を閉じた。
目を閉じたらよくわかる。
暖かい背中。少し甘い匂い。
昔と変わらない母さんだ。
こうしておんぶなんてされたのは六歳くらいまでだったかな。
「ザック?大丈夫?気持ち悪い?」
「……うん」
「もうすぐ車に着くからね」
さっきまで僕が雪遊びしたせいだと呆れていたのに今はただすごく優しい声だった。
母さんは馬車が嫌いなんだって。
遅いし揺れるし、いいことないって。
だから母さんが家から学園に出勤する時に使うのは車だ。
僕は乗れないけど、大体の操作は箒と一緒なんだって。
魔力で浮き上がって前後左右自在に走らせることができるらしい。
「やっぱり箒なんて使うもんじゃないのよ。
ザックもちゃんと安全に連れて帰れるしね」
「…母さんって昔から箒乗らないよね?
魔法使いって箒か絨毯に乗る人が多いみたいだけど…」
「確かに車は魔力のコスパが悪いけど、箒は棒が細くて安定感ないし、お尻痛いし。
絨毯は広いけどフワフワグネグネしてて乗り心地は最悪なのよ。船酔いみたいになるわ。
それに、そもそも雨の日は?
箒は下手すれば雷に打たれるし、絨毯は水を吸ってかびるのよ?
野晒しなんて私は嫌。車が最強なの。
セドリックは何故か私の箒の後ろに乗りたいらしいけどね。」
「へ、へぇ…」
「さぁ、おしゃべりはおしまい。
家に着いたら起こすから少し寝てなさい。」
「うん…おやすみ…」
「えぇ、おやすみ」
こうして僕は少しだけ皆より早い冬休みを迎えたんだ。




