21話
剣聖ギルバートと父さんの模擬戦が行われた休み時間を終え、午後の競技が始まった。
皆疲れた様子もなく、むしろ模擬戦のおかげで先輩達は午前よりもずっとやる気に満ちていたように思う。
僕はと言えば、父さんを見たからと言って、突然特別な成績を残せたり、なんてことはなく…
一年生らしく、数合わせとして借り物競争や縄跳び耐久戦なんていう競技に参加したりしながら過ごしていた。
どれもこれも特別な成績なんて残せていない。
主戦力はどうしたって経験豊富な先輩方だ。
僕は結構できる方だってずっと思ってたけど、全然そんなことはなかった。
そんなのはあくまで一年生の中でってだけだったんだ。
「飲み物無くなっちまった…」
「僕が注いでくるよ。
次エリオットは出番だろ?腕相撲?」
「そう!助かる!」
「頑張ってね」
「おう!」
どうしたって敵わない力量差。
僕みたいに不貞腐れるわけでも、負け続けで落ち込むわけでもなく、エリオットはずっと楽しそうで元気だった。
どうして負けているのに、期待以上の結果を残せていないはずなのに、そんなに楽しそうなのか僕にはわからなかった。
取り繕うわけでもなく相手の良いところ、凄いところを純粋に褒めて競技を楽しむことができる。
それはきっと凄いことなんだと思う。
競技の入り口へ向かっていくエリオットを見送った後、僕は二人分の水筒を持って水道へと向かった。
「…はぁ……」
一人になると自然とため息が溢れた。
模擬戦の父さんは、すごかった。
普段家でコーヒーを飲んでる姿からは想像もつかないほどに。
真剣な表情も、無駄のない俊敏な動きも。
負けても堂々としていたことだって…
全部かっこいいと思った。
父さんを思い出すと、僕は少しだけ恥ずかしくなった。
エリオットに対してあからさまな態度を取っていたことに。
エリオットはきっと気づいていたけど、必要以上に踏み込んでこない。
それが彼なりの優しさだってことはずっと一緒にいたからわかる。
この大会が終わったら感じ悪くしたことをちゃんと謝ろうって思ったんだ。
謝って父さんみたいになれるように一緒に特訓しようって誘ってみようかな。
そんなことを考えながらジャバジャバと水筒に水を注いでいた。
「あ、おい、見ろよ」
「?」
「あれがアイザック・グレイシー。
セドリック・グレイシー隊長の息子様だぜ?」
「あのちっさいのが?嘘だろ?」
わざわざ僕に聞かせるように話しながら水道にやってきたのは分かりやすく性格の悪そうな三人組だった。
太ったやつと、細長いやつ、前歯が出てるやつ、本当にコミックから抜け出して来たみたいな奴らだ。
最悪…変な奴らに絡まれちゃった…って思う頃には囲まれていて逃げられなくなってた。
『変な人から話しかけられたら無視しなさい。』
母さんが口酸っぱく赤ちゃんの頃から言っていた言葉を思い出しながら、もうとっくに水筒からは水が溢れているのに無言で注ぎ続けていた。
僕はこの三人を知らないし、知らない人にいきなり失礼なことを言う人がまともなわけない。
相手にするだけ無駄。
そう思ったんだけど、僕が何も言わないのをいいことに三人組は言いたい放題だった。
「セドリック隊長の息子のくせにコイツの順位成績を見たか?」
「可哀想に。あんなに優秀な遺伝子をもらっておいて大した力量もない。
セドリック隊長も哀れだよな。」
「母親は魔法科の教師なんだっけ?
騎士やめて魔法使いにでもなったら?」
むかつくけど、事実、僕は父さんの子なのに大したことなんてなにもできてない。
そんなの言われなくてもわかってる。
他人に言われるまでもなく。
今日、順位という一番わかりやすい形で嫌と言うほどに見せつけられたんだから。
でも、どうすればいいのか、どこまでできれば正解なのかなんて考えても考えてもわからない。
全種目で一位にでもなればいいの?
一年生の?僕が?父さんの息子だから?
そうすれば皆は満足するの?
そんなの、できるわけない。
どんなに凄い先輩だってできてないことなのに。
この人達はそれを僕にぶつけてどうしたいんだろう、何を求めてるんだろう?
歯を食いしばったせいで唇の裏がブチって切れて血の味がすごく不快だった。
殴ってやりたい。
癇癪を起こして思いの丈をぶつけてやりたいけど、相手は先輩だし、そんなことをしたら僕の方がカッコ悪いからやらない。
嘘だ、本当は怖いだけ。
相手の思う壺だ。見下して、怒らせて、それでも届かないと惨めにさせたいだけなんだ。
わかってるけど…
そう思った矢先。
「まぁでもやめられないか。
どうせお前はこのまま底辺でもセドリック隊長のコネで騎士になれるんだしな!!」
僕は考えるより先に言葉が出ていた。
「父さんはそんなこと絶対にしない!!」
僕が弱いのは事実だし、それを馬鹿にされるのは仕方ない。いや、仕方なくはないけど、ムカつくけど。
でも、それが原因で父さんがズルをする人だと思われるのは違う。
父さんは誰よりもすごいんだ。
この人達だって模擬戦見てたはずなのに。
「…っなんだよ、コイツ泣いてるぜ?」
「赤ちゃんはママのところに帰ったらどうだ?」
悔しい。悔しいけど…怖い。
父さんがバカにされてるのに、こんな時でも足が震えて拳一つ振るえない自分がすごく情けなかった。
でも、泣いたって都合よくヒーローは来ない。
僕も都合よく強くもなれない。
ただ、技能大会の裏の人通りのない水道で先輩三人に満足するまで言いたい放題言われて、それで終わり。
飽きた三人が居なくなったところで僕は立つことすらできなくなった。
膝を抱えて、小さくなって、このまま消えちゃいたいと思うくらいに。
「ザック?」
「っ…」
僕がいつまでも会場に戻らなかったから競技が終わったエリオットが探しにきたんだろう。
エリオットは僕の様子を見るなり血相変えて痛いほどに肩を揺さぶった。
「おい、どうしたんだよ?
何かあったのか?
誰かに何かされたのか?」
「っ…」
出るのは嗚咽だけ。
何があったのか、あの三人組のことをエリオットに言うのは簡単だ。
きっと怒ってくれるし、場合によっては先生にだって報告に行くだろう。
でも言いたくなかった。
カッコ悪いから。
かっこいいエリオットと友達でいたいから。
「…ザック……」
僕が何も言わないからエリオットは困ったと思う。
何かを考える素振りを見せると黙って僕を置いてどこかへ行ってしまった。
当たり前だ。技能大会の途中だし、エリオットだって僕にばかり構っていられない。
でも、僕、なんで側にいてくれないんだよって思った。
どうしたのってもっと聞いて欲しかった。
話さないけど心配、して欲しかったんだ。
本当に、一人ぼっちになっちゃった。
それで寂しいと思うなんて、三人組が言ったように赤ちゃんみたいじゃないか。
どれくらいそうしていただろう。
ふと地面に影が差したんだ。
「……ザック」
「っ!?」
上から降ってきたのは一番聞きたかった声。
でも一番聞きたくなかった声でもあった。
どうしてこんなところにいるんだろう。
父さんは二番隊の隊長としてこの大会に参加してるはずなのに。
「僕は今、ザックの何を考えいるのかが手に取るようにわかるよ」
「……なんで来たの?」
「エリオットが呼びに来てくれたんだよ。
俺より、僕が話したほうがいいってさ。」
「……エリオットが」
「心配してたからあとでちゃんと謝りなさい。」
「……うん、わかってる」
父さんは僕の返事に満足そうにすると、目線を合わせるようにしゃがみ込んで僕の頭をそっと撫でてくれた。
硬くて、大きな手だった。
僕にとっては赤ちゃんの頃から僕を撫でてくれていた優しい手だけど、今ならわかる。
どれだけ剣を振るってきたんだろう。
何度も切れては治ることを繰り返して硬くなった手のひらの皮だった。
「……仕事に戻らなくていいの?」
「伝えてから来たけど、良くはない、だろうね?
でも、僕は二番隊の隊長である以前にザックの父さんだから。
息子が困ってる時に話もしない父親には絶対になりたくないんだよ。
もしこれで、減給されたり、クビになるようなことがあるなら、むしろこちらから辞めてやりたいくらいだね。
騎士っていうのは守りたいものがあって初めて強くなれる。
僕にとって一番大切なのはアイリスとザックなんだから。
それを切り捨てたら僕はきっともう騎士じゃいられないんだよ。」
父さんが騎士じゃなくなるなんて信じられなかった。
あんなに強くてかっこいいのに。
わけがわからず首を傾げると父さんは困ったように笑った。
「今はそれでいいよ。そのうちきっとわかる。
で?どうしてこんなところで泣いてたんだ?
父さんに話してくれるかい?
…いや、違うな?当てて見せようか。
そうだな…お腹、痛かったとか?」
「全然違うよ父さん。僕漏らしてない。」
「そう?じゃあ…」
「僕はっ…父さんみたいに、なれない…」
「…………。」
「僕、今日たくさん頑張ったけど、父さんの子なのに、全然ダメで…」
「…ザックができなかったことと僕はなんの関係もないだろ?」
「ある!あるんだよ!!僕だってそう思った!
でも、みんなはそうじゃない!
僕が父さんの子だから、父さんみたいに強くなくちゃ、父さんが、馬鹿にされちゃう…
僕…僕のせいで…っ…」
言葉はうまくまとまらなかった。
悔しかった。
なんであんなこと言われなきゃならないんだ。
そんな目で見ないでよ。
僕にがっかりしないでよ。
僕頑張ったのに、なんで父さんの子なら当然になっちゃうの。
ただ口から出てくるまま。
まるで父さんを責めるような口調になっていた。
「…………なるほどね」
「あ……ご、ごめんなさい」
「謝らなくていい。
それから、ザック、焦る必要もない。」
父さんは一瞬だけ怖い顔をしたけど、すぐに優しい表情で僕を抱きしめてくれた。
しゃくりが止まらない僕を宥めるように背中をさする手がとても暖かくて泣きたくないのに止まることのない涙がもっと出てきた。
「…ザック、良く聞くんだ。」
「う…うん…」
「君はまだ十歳だ。身体もまだ発達してない子供なんだよ。
できないことを当たり前だと決めつけるつもりはないけど、成長期を迎えた生徒達とは背負ってるハンディキャップがそもそも違うんだ。
わかるね?」
「でも…」
「うん、納得できないのは仕方ない。
なら来年はもっと強くなればいい。
僕だって最初からずっと強かったわけじゃないんだよ。」
「嘘だ。」
「僕がザックに嘘をついたことがあるかい?」
「…ある気がする。父さんすぐに誤魔化すし。」
「はは…手厳しいね。
でも本当に、僕の学生時代の頃はザックと同じように悩んだりもしたんだよ」
そう言うと父さんは目を閉じてゆっくりと思い出すように話し始めた。




