第五話:前日譚2
「トゥアナ様が寝込まれて以来、リシア様も伏せられてしまい。エイリス様も自室に引き篭もったまま。
この国はどうなってしまうんだ。」
大臣の心配は頂点に達していた。
国政は上手く回っていたが、神たるトゥアナを欠いていてはいずれこの国は沈んでしまう。
「幻の紫水晶さえあれば……。」
それは古に伝わる力のある石のことで、願いがなんでも叶うと伝えられていた。
「王子は当てにならない。我々で探さなくては。」
大臣は拳を握りしめる。
その影に、エイリスがいるとも知らないまま。
*
「たはー、流石にやりすぎましたね。」
研究室に戻ったエイリス──と同じ名を与えられた複製体は、舌を出して頭を叩いた。
父様が邪魔だったので、激毒を盛って眠らせたら案外効いてしまったのだ。
「そろそろ起こした方がいいですか。」
そんなことを言いながら、奥の部屋に向かうと小さな白い影が見える。
その影は走りまわって、研究室で遊びに興じているようだった。
「リュイス・フィリス?
鬼ごっこしてるんですか。」
「してないヨー。」
エイリスが問えば、気の抜けた返事が返ってくる。
彼はリュイスを捕まえると、一緒に遊んでいるだろうもう一つの影を探した。
「マウル・フェオルラ。出ておいでなさい。」
そう言うと試験管の影から小さな黒い影が出てくる。
この双子は悪戯っ子で仕方なかった。
「他の複製体たちは?
どこにいるんですか。」
「奥でお喋りしてるよ。」
「ボクのこと構ってくんなイ。」
エイリスは二人の案内で奥に行くと、同じ顔の集団が激しく討論してるのを目撃する。
どうやらエイリスが残していったケーキの配分量で揉めてるらしく、我ながら酷く低俗だなとエイリスは思った。
「だーかーらー!テトスが一番偉いのでテトスが一番多く貰うんです!」
「違う、皆平等に分けるべきだ。」
「ラドウィンは頭が硬いです!」
自分と同じ顔の男たちが醜い争いを続けている。
騒いでるのはNo.00-3のテルファトスくらいだが。
残ったケーキをエイリスは一口で食べてしまうと、後ろから息を呑む音が聞こえた。
抗議の声が聞こえないうちに、エイリスはしまってあった例のブツを取りに行く。
「エイリス、なぜテルファトスのケーキを食べたんですか。」
くるくるとした橙の髪が視界に入る。
テルファトスの橙色の髪は祖父譲りだった。
エイリスも同じ色だったが、父はその色を好まない為、彼は色を抜くことにした。
詰め寄るテルファトスを無視して引き出しを漁る。
手に触れたのは紫の輝きを持つ、水晶だった。
「なんで食べたか聞いてるんですよ、エイリス。」
「しつこいです。」
水晶の埃を払って、エイリスは研究室を後にする。
アレクロミシアどもは食い意地が張っていて嫌だった。
「さて、これを使ってしまえば、
この極楽生活ともおさらばですね。」
エイリスは少し名残惜しく思う。
つつと、水晶の縁を撫でて、面に映る自身を見た。
「まあ、父様がいないと少し静かですし
そろそろ母様の体にも悪いので起こしましょうか。」
紫水晶を持って歩いているとエイリスは、大臣と鉢合わせた。
エイリスの掌にある輝きを見て、彼は目の色を変える。
「そ、それは!」
「父様が心配だったので、私も探していたのです。」
ツラツラとエイリスは嘘を並べたが、大臣は気づく様子もない。
それどころか、感極まって泣き出した。
「あのエイリス王子が、父上を思って……!
すぐに王室へ届けましょう。」
「そうですね。」
大臣先導の元、エイリスは父親の部屋へと向かう。
ここまでの段取りは完璧のはずだった。
イレギュラーが起こるまでは。
エイリスは突然、ガクンと世界が揺れたように感じた。
一瞬、動きを止めた大臣が後ろを振り返る。
それとほぼ同時に、王城に衝撃が走った。
「なんだ!」
取り乱す大臣をよそに、エイリスは冷静に当たりを見渡す。
そして紫水晶に視線を戻したときだった。
床から閃光が走って、手に持っていた水晶が弾け飛んだ。
あまりにも予想しなかった出来事に思わず、あんぐりと口を開けてしまう。
そのままパラパラと水晶は王城に開いた穴へと吸い込まれていった。




