困惑
「さて……」
二人揃ってクロニエ男爵家の馬車に乗り込んだ後、カスパル様はなぜか私の隣に座った。
いつもだったら向かい側に座るのに、今日はどうして隣に座るんだろう?
疑問を感じながらもピタリと身体を寄り添わせて座られたことに驚き、私は慌てて距離を開けようとする。けれど、腰を浮かせようとした瞬間──彼の腕が私の腰にまわされ、動きが封じられてしまった。
「カ、カスパル様?」
どうして急にこんなことを? と腰にまわされた彼の手を掴みながら尋ねれば、器用にも腰と一緒に私の指まで絡め取られ、本当に身動きが取れなくなってしまう。
さっきの不機嫌な表情といい、学園内で恥ずかしげもなく私を抱き抱えて歩いたことといい、今日のカスパル様はどこかおかしい──と戸惑いながら彼の顔を見つめると、何やら意味ありげな微笑みを浮かべられた。
「その顔はどういう──」
「俺が怒った理由、分からない?」
唐突にそう聞かれ、私は思わず口を噤んだ。
カスパル様が怒った理由……それが分かれば、今の状態から解放されるということ?
いくら婚約者だとはいえ、こんなにも密着するのは初めてで、校内で彼に抱きしめられてからずっと心臓が落ち着かない。
このままでは私の心臓がどうにかなってしまいそうだから、できれば解放して欲しいけれど、カスパル様が突然不機嫌になった理由なんて、私に分かるはずもなくて。
「……分かりません」
恐る恐る答えると、途端に大きなため息を吐かれた。
もしかして、幻滅された?
彼に嫌われたくなくて、私は俯き唇を噛み締める。
けれどその刹那、ふわりと身体が持ち上げられたかと思ったら、驚く間もなく私はカスパル様の膝の上に下ろされていた。
「え、ちょ、カ、カスパル様!?」
ここはあなたの膝の上では!?
混乱しつつ慌てて降りようとするも、背後から彼の両腕が私の腰にがっちりと巻きつけられていて、動けない。
私なんかの力ではカスパル様の腕は振り解けないし、足をバタつかせるなんて淑女らしくない行為もできず──もしできたとしても、彼の足を蹴ってしまう可能性がある以上、却下だ──私は困惑するばかり。
今日のカスパル様は、本当にどうしてしまったの?
「……あ、あの、離してください……」
混乱と動揺が混ざり合い、私がなんとかそれだけを喉から搾り出すようにして伝えると、
「……嫌なのか?」
と普段より幾分低い声で尋ねられた。
嫌だなんて、そんなはずはない。ただ、今までこういった接触をしたことがなかったから、恥ずかしすぎるだけで……。
けれどそれを、素直に伝えて良いものかどうかを悩んでしまう。
三年もの間ザガロと婚約関係でいたのに、彼とは数回手を繋いだことしかなかったから──なんて言ったら、引かれてしまわないかしら?
ただ膝の上に乗せられただけでこうも恥ずかしがるなんて、面倒な女だと思われたりして……。
一人で悶々と悩み、私が両手で顔を覆って考え込んでいると──不意に首筋に、微かな吐息とともに温かいものが触れた。




