嫌われたくない
「ひうっ!」
初めての感触に、私の身体は反射的に跳ね、変な声を漏らしてしまう。
な、なに? 今の……。
よせばいいのに、首筋に触れたものが何だか気になってしまった私は、ゆっくりと後ろを振り向き──刹那、至近距離で空色の瞳と目が合って、すごい勢いで前方へと向き直った。
カスパル様の顔が私の首のすぐ後ろにあるということは、それってつまり……。
自分の首に触れた温かいものの正体に気づいてしまい、一気に体温が跳ね上がる。
それなのにカスパル様は、
「あれ? どうしたの?」
とわざとらしく──若干意地悪そうな響きを含んだ声で──聞いてくるのだ。
「カスパル様……絶対に分かってて、やってますよね……?」
私が羞恥に震えながら尋ねると、彼は私の首筋に唇を近づけた状態──恥ずかしいから離れて欲しいのに──で、拗ねたような口調でこう言った。
「だってさ、ミディアが全然俺の気持ちに気づいてくれないから……そこは仕方ないだろ?」
「仕方ないって……!」
その台詞につい振り返ってしまった私は、カスパル様と再び目が合う。
途端に前を向こうとしたのだけれど、それより早く彼に後頭部を押さえられてしまった。
「俺が怒ってる理由……本当に分からない?」
至近距離から見つめられ、心臓が大きく脈打つ。
何度聞かれても心当たりがないから答えられないのに、どうして彼は何度も同じことを聞いてくるんだろう? いい加減、勘弁してほしいのに。
けれど、何かを答えるまで終わらないんだろうなと思った私は、おずおずと彼の瞳を見て──気づいてしまった。彼の瞳の奥に燻る、怒りの炎に。
もしかして、私がカスパル様を怒らせたから? 嫌……嫌われたくない……。
初めて目にした怒りの瞳に恐怖を感じると同時に、心臓を引き裂かれるような痛みが私を襲ってくる。
ザガロに対する時とは明らかに違う胸の痛みだ。ザガロの時は、既にどこか諦めのような気持ちがあった。だから彼に裏切られた時も胸は痛かったけれど、ここまでの痛みは感じなかったと思う。
だけど、今は──。
今はそうじゃない。カスパル様には、絶対絶対嫌われたくない。彼を他の人に取られるなんて嫌だし、渡すなんて冗談じゃない。
カスパル様のお陰で、ザガロに関することだけでなく、学園で起こった様々な辛いことだって乗り越えることができたのに。
だから──。
「カスパル様、ごめんなさい! 謝るから私を嫌いにならないで! お願い!」
と、気づけば私は無理やり身体の向きを変え、自分からカスパル様へと抱きついていた。




