不機嫌
「それで……結局ザガロは今、どうしてるの?」
学園内の長い廊下をカスパル様と二人で歩きながら、私は興味本位で彼に尋ねる。
カスパル様のご両親が、ザガロ──もとい、メラニン男爵令息をボーイとして雇い入れると聞いた時は、ただ驚いてしまったけれど。どこかで放し飼いにするより、自分達の目の届くところで監視しながら働かせていた方が、よほど安心できる──というご両親の考えを教えてもらい、(なんてしっかりした方達なんだろう)と素直に思った。
あんなにも自分勝手で、我が儘で傲慢なザガロを、たとえボーイといえども自分達の邸に迎え入れるだなんて。私だったら、絶対に考えられない。
しかも、相手はあのザガロだ。どう接したところで、おとなしく言うことを聞くとは思えないのに。
いくら自分達から言い出したこととはいえ、さすがのカスパル様も苦労しているだろうと思ったら、意外にも彼は穏やかな微笑みを浮かべた。
「まあ……そうだね、最初の一ヶ月間は自分の置かれた立場に抵抗して反抗して、暴れて何度も邸から逃げ出して大変だったけど。逃げ出したところでお金はないし、当然ながら宿には泊まれず、食事だって食べられない。それで領民を脅すため、街で何度か“メラニン侯爵家”の名を出したようだけど、侯爵家は男爵家に格下げになっているし、ノスタリス子爵の好意によってギリギリ貴族でいられるだけの存在だから、全くなんの意味もなくてね。仕方なく我が家に出戻っては、また癇癪を起こして家出する……その繰り返しだったよ」
「それは……ご苦労をおかけいたしました……」
元婚約者の恥ずかしい行いに、こちらの方が申し訳なくなってしまう。
私が婚約者でいる間に彼の内面の未熟さに気づいていれば、矯正することもできたかもしれない。そうしたら、こんな風にカスパル様やそのご家族の方々に、ご迷惑をおかけしなくとも済んだかもしれないのに。
「私の元婚約者が……本当に申し訳ございません」
立ち止まって深々と頭を下げる。すると、数瞬の沈黙の後、いきなり肩を掴まれ、ぐい──と上に引き上げられた。
「きゃっ……!」
驚いて声を上げるも、そのままカスパル様に抱きしめられるような形になり、頭の中が真っ白になってしまう。
え? ……え? これ、今、どういう状況なの?
心臓はドキドキと早鐘を打つように激しく脈打ち、離れようにもカスパル様の手が私の腰を引き寄せるようにしていて、身動きが取れない。
「あ、あの……カスパル様?」
どうしたんだろう? と不思議に思い見上げると、彼の不機嫌も顕わな空色の瞳と目が合った。




