人間としての甘さ
ダメだ、こいつは。もう無理だ。
どんなに言葉を噛み砕いても、根気よく分かりやすく説明しても、全くもって状況を理解していないザガロに、侯爵は乾いた笑いを漏らす。
なぜこんなにも理解しない? なぜ自分の良いようにしか考えることができない?
これが十数年間育ててきた、自分と血の繋がった息子なのか?
愚かだ。あまりにも愚かだ。愚かすぎるにも程がある。
ザガロのせいでノスタリス家との婚約は破棄され、支援がなくなったばかりか、これまでにザガロがミディアの名前を勝手に語って購入していた品物の費用全額を、払い戻さなければならなくなった。
無論、そんな金は侯爵家のどこにもない。
せっかく領地経営が黒字へと傾いてきたところだったのに、その矢先にこんなことが起きるとは──。
メラニン侯爵家を立て直すため、自尊心を抑えつけ、ノスタリス子爵に頭を下げてまで取り付けた縁だった。
その甲斐もあって支援を受け始めてからの領地経営は極めて順調で、試算によればあと数年足らずで事業が軌道に乗るはずだったのだ。だがそれを──全て息子が台無しにした。
ミディア嬢の純粋な気持ちを踏み躙り、あるいは都合の良いように利用しただけでは飽き足らず、あろうことか義妹のジェニーにまで同じことをさせ、二人で子爵家の金を搾取し続けた。
しかし、それだけならまだ、許してもらうこともできただろう。
問題は、ノスタリス子爵本人との約束を反故にしたことだ。
貴族は、約束を重要視する。だが商人は、それより更に約束を大切なものとして扱う。
貴族というより商人としての気質が強いノスタリス子爵との約束を反故にするなど、絶対にしてはいけない行為であった。
それさえなければ、まだ許してもらえる可能性が、万に一つくらい残されていたかもしれない。
ああ──だがダメだ。
ノスタリス子爵には、ザガロがジェニーに乱暴を働いていた場面を見られてしまっていたのだった。
あんなことをするような息子を育ててしまった自分を、そんな息子を大切な令嬢の結婚相手にと頼み込んでしまった当主の家を、恐らく子爵は心の底から軽蔑し、今後は距離を取るに違いない。
子爵はとても口の堅い男であるから、不要な噂は流さないまでも、両家が婚約破棄したとなれば様々な噂が飛び交うはず。そして──こちらから頼み込んだ縁談だと周囲に認知されている以上、どうしたってこちらが“やらかした”と思われるのは必定だろう。
ザガロには幼い頃から厳しい教師をつけ、貴族としての礼儀やマナーを叩き込んできた。次期メラニン侯爵家当主となるべく、真面目に学ばせてきたつもりだったのだが──。
「あなたには、人間としての甘さがある」
不意に、婚約破棄の話し合いの際、ノスタリス子爵が放った言葉が思い出された。
「甘いのは大いに結構。時にはそれが大切なときもあるでしょう。しかし、息子や娘の教育において、少しでも甘さを見せれば子供達は甘える。そして目の前でそれを見せつけられた教師陣は、雇われている関係上、甘やかされている子供に厳しくすることはできない。彼らとて……自分達の生活がかかっているのですからな」
「わ、わしは教師達の前でザガロを甘やかしたことなど──」
「ないでしょうな。だが、ミディアはザガロ君と婚約破棄の話をする上で、彼に何度か『父上を困らせるのか?』と言われたそうだ。つまり彼は、あなたの名前を出せば相手が黙らざるを得ない……ということを知っていて、普段からそれを利用しているということだ。これがどういうことか分かりますかな?」




