危機感のないザガロ
平然と受け答えをしてきた父親に、ザガロは言葉を失う。
父は今まで、侯爵としての誇りを何より重んじてきたはずだ。だからこそ家を存続させるため、子爵であるミディアの父親に頭を下げてまで家同士の縁を繋ぎ、支援を取り付けたはずだった。
なのに──笑いものになってもいい、とはどういうことだ? そうなることこそを、父上は恐れていたんじゃなかったのか?
混乱するザガロに、侯爵は失望と諦念の混ざり合ったような視線を向けてくる。
こいつはもうダメだ、救いようがない──と考えていることが、嫌でもそこから分かってしまう。
「お前の口から出るのは、ジェニーに対する言い訳ばかりだな……」
「それのどこが……あっ!」
それのどこが悪い──と言いかけて、ザガロは唐突にミディアのことを思い出した。同時に、彼女や子爵との約束を破り続けた日々のことも。
「あ……僕は……」
何度も何度も『宝飾品の代金を払え、それができなければ婚約破棄を受け入れろ』と言われたことを思い出す。
そのたびに自分は『どっちも無理だ』と、『ちょっと約束を破ったぐらいで大袈裟すぎる』──と言って、まともに取り合って来なかった。まさかそれが原因だとでもいうのか。
「ようやく気付いたようだな。……そうだ、お前が追い出されるのは、何もジェニーのことだけが原因ではない。もちろんそれも原因の一つではあるが、最たる理由はお前がノスタリス子爵との約束を破ったせいだ。その時点でわしにすぐ相談してくれていれば、まだ手の打ちようもあったものを、お前が長い間逃げ回っていたせいで状況は最悪になってしまった」
「最悪とは……一体……?」
聞かない方がいい──と、どこかで声が聞こえたような気がした。
しかしザガロはその声に耳を傾けるより早く、ほぼ反射的に尋ねていたのだ。
支援が止められたことは、もう聞いた。ということは、他にもまだ何かあるのか……?
まさか、ミディアと僕との婚約破棄……?
だとしたら、自分にはそこまで大きなダメージにならない。
そもそも自分が伴侶として迎えたいのはジェニーであるし、ミディアと子爵は細かいことに一々うるさいから、時々鬱陶しいとさえ思っていた。ノスタリス家の資産を自由に使えなくなるのは不便だし、豪華な食事を食べられなくなることも辛いが、それでも──。
たった、それだけだ。
たとえ屋敷を追い出されても、貴族の名を失うわけではない。ほとぼりが冷めれば、きっと戻してもらえるだろう。
そうなった時にまた、結婚相手として金持ちの令嬢を探せばいい。いや、侯爵家の資産運用がうまくいけば、正式にジェニーと結婚する未来もあるかもしれないのだ。
もしもザガロのそんな心の声が侯爵の耳に聞こえていたのなら、おそらく彼は頭を抱えて机に突っ伏してしまっていただろう。
“一体それのどこが最悪な状況なんだ?”と。
しかし幸いにもその声は侯爵には届いておらず、彼は机に突っ伏すことこそなかったものの、危機感を全く抱いていない様子のザガロを見て、乾いた笑い声を漏らしたのだった。




