廃嫡
メラニン侯爵の執務室で、ザガロはガタガタと全身を震わせながら扉の前に立っていた。
やばい、やばい、やばい、やばい……!
その言葉のみが頭の中を占める。それ以外のことは何も考えられない。
ザガロ自身も、今回のやらかしが、どれだけまずいのかは分かっていた。
婚約者のいる身で他の女性に手を出した──というだけならまだしも、その相手は義妹であり、誰がどう見ても無理やりことに及んだのは明らかだったからだ。そんな状況では言い訳すらできず、ただ俯くことしかできなかった。
「ザガロ……」
父親であるメラニン侯爵が、低く、沈んだ声でザガロの名を呼ぶ。
「は、はい……」
返事をし、内心で身構えるも、ザガロの震えは止まらない。
あまりの緊張に意識を手放したい衝動に駆られながらも、彼はビクビクしながら父親の言葉を待った。
良くて謹慎、悪くて領地送り……ってところだろうな。
侯爵家の領地は、ノスタリス子爵家の支援を受けて、徐々に立て直している最中だ。支援を受ける前に比べ、いくらか領民の生活の質も改善されたと聞いてはいるものの、王都との生活格差は確実にあるだろう。
ミディアと婚約したおかげで、美味いものが食べられていたというのに……。
それがなくなるのか──と思うと、少々悲しい気持ちになってしまう。学園が始まって、ミディアの邸で夕食をご馳走にならなくなった分、貴族街で色々なものを食べさせてもらっていた。だが、領地に行かされれば、それが全部なくなってしまうのか。
食べる楽しみがなくなるのは……辛いな。
実際はそれどころではないのだが、ザガロはその程度にしか考えていなかった。
しかし、そんなことを考えていたせいか──彼の身体の震えはいつの間にか止まっていた。
一瞬たりともザガロから目を離さなかったせいで、それに気づいた侯爵は、しっかりとした声でこう告げる。
「ザガロ……お前を廃嫡することとする」
「は……?」
言われた言葉の意味が一瞬理解できず、ザガロはポカンと口を開けてしまった。
「え……父上、今なんと仰いましたか?」
何となく……廃嫡って聞こえたような? でもまさかそんなはず……ないよな?
ザガロの心臓が、嫌な音をたてる。
再び全身が震え出し、ザガロは胸を突き破って飛び出しそうな心臓の鼓動を手で押さえつけるかのように、胸を上から強く押さえた。
違う……今のは僕の聞き間違いだ。僕が侯爵家から廃嫡されるなんてあり得ない!
だが──そんな彼に、侯爵は容赦無く言葉を続ける。
「よく聞け、ザガロ。わしはメラニン侯爵家当主として、お前を廃嫡することに決めた。お前は家を守るための役割を果たさないどころか、相手の家の金で勝手な散財をして怒らせ、あまつさえ婚約者である令嬢を軽視して酷い行いを繰り返したな。そして極め付けは……先ほどの蛮行だ。あんなことがあった以上、もうお前とジェニーを同じ屋敷の中に住まわせておくわけにはいかん。だからお前には、この後すぐに屋敷を出ていってもらう」
それはザガロにとって、死の宣告をされたも同然だった。
領地に行けと言われるわけでもなく、ただ「出て行け」と言われる。しかし当然、家を追い出されて行くあてなどあるわけがない。
「しょ、正気ですか? 僕は父上の実の息子ですよ? 僕がいなくなったら後継はどうするんです? さっきは確かにカッとなって馬鹿なことをしましたが、廃嫡のうえ僕を屋敷から追い出すなんて──」
「もう決めたことだ」
ザガロは懸命に抗議するも、侯爵に途中で遮られた。
とりつく島もない。ただじっと冷めた目で、侯爵はザガロを見つめてくるだけだ。
こんなにも感情のない瞳で父に見つめられたのは初めてで、ザガロはひゅっと喉から息を漏らした。




