飛んで火に入る
「なんだ? 今頃になってようやく来たのか? 随分と遅いじゃないか……」
部屋のドアをノックした人物が使用人だと疑っていないザガロは、文句を言いながらも入室の許可を出した。
本当ならすぐに来なかったことを叱り、追い返してやりたいところだが、そうしたら冷えたタオルは手に入らない。
時間が経過しても、父に打たれた両頬は痛みが引いてくるどころか、どんどん痛みを増してくる。だからザガロは、使用人を叱責するならタオルを奪った後にしよう──と心に決めて、部屋の中で待ち構えていた。
が──ザガロの部屋のドアを開け、そこから顔を出したのは使用人ではなく、意外なことにジェニーだった。
「ジェッ──」
彼女の姿を見た途端、「ジェニー!」と大きな声で言いそうになったザガロの口を咄嗟に塞ぎ、ジェニーは室内へと滑り込んでくる。
「しっ! ザガロ様、大きな声を出さないで」
誰も来ないことを確かめるようにドアの方を気にするジェニーに、ザガロは口を塞がれたまま、訳が分からないながらもコクコクと頷いた。
どうして、なぜジェニーが部屋に? 普段は絶対自分の部屋になど来てはくれないのに。
普段からジェニーは自室に閉じこもっていることが多く、あまり人を中に入れたがらないばかりか、他の人の部屋にも入りたがらなかった。そのせいでザガロは屋敷内であってもあまりジェニーに近づけず、何とか彼女と距離を縮めようにも、使用人の目がないほんのわずかな隙に愛を囁くことぐらいしかできなかったのだ。
なのに今、彼女はザガロの部屋の中にいる。
しかも反省と称して部屋に閉じ込められている状態のため、お誂え向きに使用人は一人もいない。つまり、完全に二人きりの状態だ。
これは……チャンスなんじゃないか?
自分の口を塞ぐジェニーの手をそっと掴みながら、ザガロはうっすらと笑みを浮かべる。
男として、今後一生ジェニーを囲っていく者として、彼女には躾が必要だとちょうど思っていたところだ。だがその方法が思いつかず、頭を抱えて悩んでいたところへ、タイミング良く現れてくれるとは──。
サッと身体の向きを変えたザガロは、満面の笑みでもってジェニーの身体をベッドへと突き倒した。
「きゃっ! ザガロ様? 何を──」
思わず声を上げそうになったジェニーの口を、今度はザガロが上から押さえ込むようにして塞ぎ、彼女は「んー、んんー!」とくぐもった声を出す。
そんな彼女の気持ちを落ち着けるかのようにザガロは優しい笑みを浮かべ、声にも優しさが宿るよう気を遣いながら、そっとジェニーへと囁きかけた。
「静かにしろよ。お前が大声を出すなと言ったんだろう?」
「そ、それはそうだけど、いきなりこんな……びっくりするじゃない」
口から手を外されたことで警戒を緩めたのか、ジェニーがそのままの体勢で答える。
もしもこの時、彼女がザガロを強引に押し退けてでもベッドから下りていたら、この後の結果は違っていたかもしれない。
けれど愚かにも、ジェニーはザガロが自分に酷いことなどするはずがないと無条件に信じ込んでしまっていた。
まさかその思い込みのせいで、自分の運命が悲惨なものへと捻じ曲がってしまうなどとは気づかずに──。




